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6.ユウ、キレてて草

 いつの間にか五体が復活していた。

 手元に感覚があったので、見れば美しい球がいくつか乗っている。

 きらきらと絵本に出てくる綺羅星のようではあったが、俺の目には魅力的に映らない。

 どうでもよいので、全て足元に投げてやった。


 世界が一変した。

 かすかに存在するのみだった黄金の本流は一気に太くなり、目を凝らさなくても良いほど際立っている。

 先ほどまでは手桶で水をすくうように繊細な扱いをもって初めて触れられていたものが、今では自在に操れるようなった。

 ユウが魔力の淀みと呼んでいたものは透明度が低いのか、薄汚れた鏡のように魔力の円環の姿を反射している。

 鏡合わせの像を近づけるようにそれを下げていったところ、ついにその一端が触れた。

 その瞬間、明らかに何かがめぐりだす感覚を覚え、見れば淀みは円環との接点から透き通り始めている。

 続々と、連鎖的に浄化、よく分からんがたぶんそうと思われる現象、が進む。

 足元の汚泥は、遥か彼方まで続く輝かしい水面となって俺の前に現れたのだ。

 黄金の水平線の奥深くには未だに汚泥が残っているように見える。

 1点で触れているだけでこの威力なのだから、この円環をすべて沈めれば。

 そう考え始めたところで


「何、してんだぁ!!」


 聞きなじみのある声が頭に響く。

 それと同時にはるかかなたに煌めくものを発見する。

 次の瞬間それはすぐそこまで近づいていた。

 この魔力の本流とも違うタイプの黄金色、そして声色からしてもその正体はユウなんだろうなあ。

 なんて考えているうちに気付けば既に目と鼻の先。

 とんでもない速さでこちらに向かってくる光球は……

 こつん、と俺の額にぶつかる。

 見た目の速度感に反して軽い衝突の後、俺の意識は穏やかに沈んでいった。



 目が覚めると辺りはすっかり暗くなっており、元通りといった具合だろうか。

 ただ少し、もとい相当違う点があると言われれば、今までのよく分からん感覚から抜け出せたことが大きい。辺りは晴れの日の夜のように仄かに明るい程度で、依然足元に広がる汚泥は残っている。そんな状況で、目の前には黄金に輝く光の玉、ユウが浮かんでいて、俺はその前にいる。体もある。先ほどは暗かったからとか、そういうの関係なしに状況が明らかに分かりやすくなった。

 明らかに、そう明らかに。


「何もしない、って言ったよねぇ?」


 俺は怒られている。しっかり正座もさせられて。

 まさか大学生にもなって正座させられるなんて思わなかったなぁなんて考えていると、キッと睨まれてしまった。怖い。


「君は、消えてしまうところだったんだよ、分かってる?」

「返す言葉もございません」


 さっきまでのことは、渦中にあった俺自身でさえよく分からないままに怒涛の展開で進んでいった。ユウが補足してくれた内容を踏まえ、あらためて状況を整理してみようと思う。

 俺が異世界に転生して憑依した先は、ご存じの通り植物であった。それも小さな若芽で、これからが成長期。しかし、そこは太陽光、植物の生長・生命活動に不可欠なエネルギー源の届きにくい極相林であった。

 ところでこの世界は魔力だとか魔法だとかがメジャーなティピカル異世界。というわけで異世界の植物はもともと俺がいた地球での役割とは少し違うはたらきをしているようだ。物質・エネルギー循環と同じ要領で魔力の再生に関わる重要な位置にあるのだ。地球に生えていた植物よりも太陽光に対する依存度は大きいと言えよう。

 それほどまでに重要な太陽光が不足している状況。普通はこんな雑魚草はさっさと枯れてしまうものだ。だが、今回の場合は普通じゃない。


 そう、この植物には俺が憑依している。


「魔力とはすなわち、精神や魂に由来する力。魂だけの君が感覚器なしに世界が見えるのは、この世界を構成する魔力を魂で読み取れるからこそ」


 普通の植物にはない特徴だと、ユウは説明した。

 だとすれば魂と魔力は同質のエネルギーだとも言える。ということは


「逆に、魂そのものを使って魔力にはたらきかけるエネルギーを生み出すこともできる、というわけだな」

「合ってる、……けど。なんでそんなに偉そうに言えるの?お仕置き」


 明らかに不満そうなユウから一筋の光線が放たれ、って!!なんだこれ痛ってぇっ!!例えるならば冬場のドアノブと触れた時に生じる静電気の100倍は痛い。体感で。ガチで。


「通常植物が利用する太陽光を自分の身を削って代替してたんだよ、君は。とんでもない量になるはず。こんなことするなんて知ってたら置いていかなかったのに」


 正直に言ってしまえば俺もここまでするつもりはなかった。ただ単にこの草の状況を伝えられた時点でヤバくねとは感じていたから、少しでも手掛かりを得ようと考えて、真実にたどりついたまではよかった。そこで好奇心に負けて、少しだけ感覚を試そうと思ったのだ。はやく問題を解決したいというのもあったが、それ以上にこれ以上人の前で失敗をさらしたくなかったというのもある。これは俺の性分で、完全に俺が悪い。

 試行錯誤の末感覚をつかめたのでやめようと思ったところ、そこで止めらなかった。いや、止められなかったという方が正しい。成功したことで興奮していたのを考えても、あの時の俺は正気じゃない。なんなら若干記憶がない。

 さながら滑り出したスノーボード。あまりに勢いがすさまじく、安全に止めたければ逆に滑り終えてしまうほかない、そう思わされるほどだった。

 だから、6割ぐらいは俺も悪くないのだ、と思うのだが。俺に手を上げてひと段落したかに見えたユウの気持ちが、ふたたび昂り始めていた。端的に言うと俺が反省していないのを見て、またキレそうなのだ。

 俺としてもさっきのクソ痛光線は二度と食らいたくないので平謝りするほかない。くそう。だが、謝罪の甲斐あってユウも矛を収めてくれたようでひとまずは安心。

 というかコイツ、さっきから俺の心を読んでるんじゃないかってぐらい勘が鋭い。

 と思ったら、ユウは表情を一変させて不思議そうな顔をして言った。


「え、気づいてなかったんだ?」

「何をだよ」

「”みたい”もなにも、君の心の声はほとんどだだもれだよ?最初から」


……なんて?


「これほどまでにエネルギーを消費しても君はピンピンしてる。普通だったら消し炭になってもおかしくないのに、目立った損傷もなさそう」


 屈強なんだよ、魂が。そうユウは言う。

 曰く、魂が魔力を感知するように、魂も魔力と同じようにエネルギーのはたらきをする。つまり魂も一定量の魔力を発することができる。特に感情や思考は勢いのある魂の動き。それに伴って強く波及してほかの魂にも影響を与えるのだとか。

 つまり、魂が強い俺の思考は他の魂をもつ存在に筒抜けになってしまうという、こと。

 マジか。


「こっちとしてはコミュニケーションが楽になるから助かるけどね」

「うるさいやい。……というか、なんでお前の心の声は俺に聞こえないんだよ」

「鍛え方が違うからねぇ。現代日本でぬくぬく育った弱者男性には負けんよ」

「うっせ、やかまし」


 なんか色々恥ずかしくなってきたわ。あんまやましいこととか考えてなかったとは思うけど、それでもいい気はしない。

 というか、つまりは


「俺の思考が最初から筒抜けって、本当に最初から?」

「うん」

「この空間に来る前の、ガチの最初から?」

「うん」

「……あの娘が歩いてきたときも、全部ばれてたと?」


 首肯。

 ユウはこともなげに答えてみせた。


……マジかぁ。

 あの女の子からしたら身の回りに人っ子一人いないのにブツブツなにか聞こえてきて、しまいにはでかい声で呼びかけられたわけか。

 そら逃げるわ。俺もそうする。


「そんなことより、忘れてた、君大丈夫?」

「そんなことって……。てか、大丈夫とは?」

「あのまま行ってたら君は消えかけてたって、何回言わせんの?色々違和感があるはずだよ。……たとえば、記憶が消えてるとか」


 んなこと言われてもねぇ。魂がどうのって意識したことないから、何をどう感じるって感覚がそもそもないわ。違和感とか言われても分からんわ。

 記憶もそうだ。電話番号も所属大学も家族の名前も友達の趣味も、なんでも思い出せる。


「じゃあ丁度いい」


 不機嫌そうな雰囲気から一転、ユウはいっそご機嫌にも見える。


「名前、教えてよ。いつまでも君、君じゃかっこつかないからね」

「別にいいだろ。どうせ俺ら以外いないんだし」

「僕がよくないの!」


 ああそうかい。まあ、だったら。


「……太郎でいい」

「ふざけてんの?」

「あだ名ってことだよ。俺、プライバシーとか気にする質なんで」

「さっき”俺ら以外いない”って言ってたよね。......まぁ、いいよ。そういうことにしといてあげる」


 釈然としてないようだが、ユウは無理やり納得したらしい。というか、これ以上何か言っても無駄だと悟ったか。どちらでも構わない。

 じゃあ太郎と、ユウは俺に呼びかける。


「これからは二度とアレ、やらないこと」

「はいよ」


 俺だって死にたくはないからな、別に。

 ところで、この光景そこはかとなく犬のしつけみたいだな。もっとマシな偽名にしとけばよかった。でもやっぱり丁度いいか。異世界転生といったら、太郎だろう。

 話が大分それてしまった。


「ところで、これからどうするんだ?」

「何をって、この魔力のよどみのこと?」


 ユウは足元の汚泥を示したのに、俺は同意する。

 あのとき大分片付けたかに思えたが、まだ大量に残っているようだ。これじゃあいつまでかかるか、考えるだけでも気が遠くなる。

 ユウの話を聞く限りなるたけ急いで処理しなければならないもののようだ。ある。俺が独断専行しただけで、本来はユウの手助け前提で取り組むはずだったものだ。

 ユウはしばらく考えたのち、口を開いた。


「あのとき太郎は確かに要領めつかめていた。あとは僕が手伝えばいいんだけど、それでも君に多少なりとも負荷がかかるんだよね」

「じゃあ、しばらくはお休みか」

「そういうことになるね」


 なら、久しぶりに俺も休むか。

 そうして正座を解いて横になったところで、今更だが体が戻っていることへの感動が押し寄せてきた。

 逆になんで今まで俺は正座させられていたのか。まあ、俺のせいか


 目閉じてれば、眠くなるでしょ。

 いや床硬くて草……



「すみませーん、誰かいますかー?」


 突如、少女の声が響いた。


 しかも、それは相当聞き覚えのあるものであった。

誤字報告や感想などあらば、ぜひ書いていってください。

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