2.転生したら草で草
かれこれ10分になろうか、俺は目の前の石碑と軽い口論になっていた。いや字面すごいな。
俺は自分が人間だと思っているが、向こうは俺が植物だと言って聞かない。曰く、俺の体は存在しないのではなく、俺の体が周りの植物と全く同じだから見分けられないだけだそう。どうでもいいわ。
確かに幽霊になってしまったというのもなかなか非現実的な発想だが、かと言ってヤツの荒唐無稽なアイデアを鵜呑みにするほど俺はバカではない。
もし仮に俺が植物だとすると、俺が動けないことが説明できる。一方で、目が見えることの説明がつかない。植物に目ん玉があろうか。それに完全に動けないわけではないのだ。他にもいくらか反論が思い浮かんだところで、堪え兼ねた石碑が口を開いた。
「だから、1回僕の話を聞いてくれないかなぁ?!認めてないかもしれないけど、君は錯乱してるんだって」
ごめんなさい。
実を言えば、自分でも相当混乱している自覚がある。彼の意見を否定こそすれ、自分の案を出さなかった俺にも落ち度はあるというもの。
いつからか、すごい情けなくなった気がする。
しおらしくすると、言い方が多少悪かったと向こうも頭を下げてきた。ええやつや。
「さて、君が植物になっている、と言うと少し語弊がある。そこに関してはごめんだけど、可能な限り説明してあげるから許してね」
場所とかいろいろ気になることあるんだけどなぁ、という本音を抑えつつ耳を傾ける。
すると、石碑が思い出したように発言した。
「そうだ、さっきから勘違いしてるようだけど、ここは君の知っている世界ではないよ。日本でも地球でも、宇宙ですらもない。剣と魔法の異世界ってやつさ」
……ほぉ?マジか。
いや、つっかかるのはやめにしよう。これ以上は水掛け論でしかない。そら、俺の英断を見てか石碑も心なしか嬉しそうだ。こちとらちゃんと学習する生き物やぞ。聞きに徹することにします。
と、そんなところで気を取り直した石碑が再び口を開いた。
「君が向こうで死んだ、っていうところまではいいね?」
「まあ、そこは」
そう、実は俺は死んでいたのだ、多分。自分の葬式に立ち会ったわけではないので何とも言えんが、まあ、あれは死んだと思う。
......この話はどうでもいいか。
「それで、君が死んだ後、魂だけはいろいろ飛び越えてこっちの世界にやってこられた。おなじみ異世界転生ってやつだね」
「そのいろいろが気になるが、まあいい」
「ただ、これは君が想像するそれとは事情が違うっぽくて」
なんか、石と会話ができているあたり既にその片鱗がある気はするが、改めて言われると何とも言えない気持ちになる。
「これを説明する前に、まず人間の魂の仕組みを開設する必要があるね」
おお、唐突にオカルトな話になった。今更だけどこれ宗教勧誘とかじゃ......はい、ごめんなさい。
「分かればよろしい。で、話は戻るんだけど、実は魂はそれ単体で存在するものじゃないんだ。地球での事情は詳しくないから何とも言えないけど、少なくともこっちの世界ではそう。魂は受け皿とセットになっていることが知られている。肉体は物理的に存在するだけじゃなくて、”オカルト”な役割ももっているんだよ」
実は、とか言われても、あんまり魂がどうのとか考えたことなかったけどな。どうでもいいし。
今のをまとめると、思考する場である脳に意識が収まるって感じかと思ったが、厳密にいえば違うらしい。大体はあっているらしいが、どう違うかは言ってこなかった。説明するのが面倒になった説あるなコレ。
「それで、君の魂は地球からやってきたけど、このことは完全なイレギュラーだったんだ。意識と器が釣り合うように厳正に調整されているところに異世界の魂がアポ無しで飛び込んできたんだから当たり前だけど。普通の異世界転生では転生者のために魂の器が用意されるけど、君は受け皿を見つけられないまま、一時あちこちをさまようことになってしまったわけだ」
んなこと言われても覚えてないけど。そう思った俺に対して続けて曰く、受け皿にない魂は存在するのに必死で思考する暇がないらしい。どおりで。
「本当なら行き場をなくした意識は霧散して消えるはずなんだけど、君は植物に憑依する要領で今実際に存在を保ってみせている。植物に受け皿なんてあるはずないのに。訳がわからないよ」
こっちのセリフだ。
「いや待て。仮に俺が植物に憑依しているとして、やっぱりいろいろと説明がつかない気がする。このとおり目は見えるし、ある程度なら見渡すこともできる。植物には目も首もないだろう?」
「そこが、憑依という表現を用いた理由だよ。器に収まった魂は体が受け取る刺激からしか外界の情報を得られない。完全に植物に収まってしまえば、君は五感が封じられたまま意識だけ閉じ込められることになるだろうね」
でも、そうはなっていない。俺の魂はそこらをさまようでもなく、植物に取り込まれるでもなく、幸か不幸かどっちつかずの状態のままでいられたわけだ。
「植物と幽霊のちょうど間。どうやるのか分からないけど、そんな塩梅で君はやってみせた.植物の体を間借りしながら、魂として存在できるベストな加減だよ。それで、魂は魂でものをみる。目がなかろうが耳がなかろうが、ぼんやりと周囲の状況を感じられる。無垢な魂単体だと入ってきた情報を処理できない可能性もあったけど、君の場合記憶もクオリアもあるわけだから、そこらへん問題はないだろうね」
言われてみれば、さっき見まわした時には周りが藪だっていうざっくりとしたことしか分からなかったが、露出の少ないあの子が女の子だということは瞬時に分かった。そのことには何の疑問も抱いていなかったけど、言われてみれば不思議だ。……ん?
「そういえばお前はどうなんだ。石碑が”器”を持っているわけないから、お前も俺と同じクチだろ?でも俺にははっきりとお前のことが見える。でも、今喋ってるのがお前だと分かるだけで、それ以外のことは正直言って全然わからん。年齢も性別もなにも……、ってなんだよ」
「名前」
「は?」
「名前で呼んで!石碑石碑、お前お前って。僕には名前があるんだ」
急にキレるやん。いやでも、そもそも今まで名乗らなかったのはそっちでは。
まあいいか。
「んで、なんてんだ」
「ユウ。ユウって呼んで」
「どうしたの?」
「いや、意外と普通の名前してんのなって。石塚とか石原かと思ったわ」
「偽名でももう少しマシなの出すよ......まあ、聞き馴染みはあるだろうね、君と同郷だし。地球で死んで、こっちに転生して、まあ色々なワケがあって今ではこの石碑に憑依させてもらってる。八割方君と同じだよ」
な、なんだってー。
......まあ、そんな気はしてたわ。トンチキな話をしてる中で地球やら日本やらって聞こえたからな。てか、そもそも日本語喋ってるやんコイツ。
「んで、そのワケってのは?同郷のよしみで教えてくれよ」
「いや、秘密。秘密だ」
そう言って、ユウは口をつぐむ。なんだよそれ。
俺のことも教えるからと、交換条件まで出して何度も頼んでみたが、ついぞ教えてもらえることはなかった。むしろしつこすぎたのかユウは完璧にキレてしまい、またしばらく口論となってしまうのだった。
やっぱり字面狂ってて草。
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