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オレフジヨウ

作者: はらけつ

居間に一歩踏み入れて、浮く。

ふうわりと、浮く。


「おかえりー」


母が、台所から、声を掛ける。


「ただいま」


浮く足元を確かめ確かめ、進む。


「また、模様替えしたん?」


母に、問い掛ける。


「うん。

 今度は、月」


月かー。

月なら、ええか。

でも、殺風景やな。


「殺風景ちゃうん?」

「この間が、カラフルやったから、ちょうどええやん」


確かに、この間は、カラフルやった。

リオのカーニバル、やった。

それにしても ‥


「振れ幅、あり過ぎやろ」

「そお」


母は、気にする素振り皆無で、返す。


手洗い、うがいをし、自分の部屋に行く。

自分の部屋は、当然のことながら、模様変えは、されていない。

尤も、勝手に模様変えされていたら、激怒するが。


部屋に、一歩、足を踏み入れる。


風が、吹く。

吹き抜ける。


草葉の香りが、漂う。

花の香りも、微かに漂う。


日の光が、優しく照り付ける。

乱暴さは、微塵も無い。


部屋の模様は、草原のままだ。


草原の一角に、ポツネンと、棚がある。

腰くらいの高さの、棚だ。

棚の上に、背負っていたリュックを、降ろす。


棚近くの木に、手を掛ける。

手を掛けた、木の枝とその周りの空間を、横にスライドする。

木の枝とその周りの空間が、額縁に入った絵の様に、横に動く。


部屋の外の風景が、眼に映る。

外気が、部屋に、入り込む。


部屋の外の風景は、風景では無い。

隣家の壁、だ。

少しは、外の景色も、見えている。


その少しの隙間から、清爽な風が入り込む。

隣家の壁側からも、どんより進む風が、入り込む。


この部屋の窓は、この一ヵ所だけ。

この一ヵ所で、空気を入れ替える。

一ヵ所だけの為、比較的、大きな窓ではある。

であるが、半分以上は、隣家の壁で、死に体でもある。


まあ、夏は暑いが、冬は暖かいし。


隣家の壁が、保温壁になって、夏は暑いが、冬は暖かい。


草原の一角に、ポツネンとある棚。

その横に、ポツネンと立つ椅子に、腰掛ける。

周りを見廻し、思う。


飽きて来たな。

もうそろそろ、模様替えするか。



模様変えは、家具の配置を変えない。

壁紙を、変えたりしない。

カーテンも、変えたりしない。


空間を、変える。

部屋の中の空間を、変える。


気に入った空間(景色)を、部屋の空間に、固定する。


国内であろうが、国外であろうが。

海の中であろうが、森の中であろうが。

地球内であろうが、宇宙であろうが。


空間は、質感はあるとはいえ、バーチャルなので、環境に悪影響は及ぼさない。

居る人間にも、何ら、悪影響は及ぼさない。

見た目以外、周りの環境は、何ら変わらない。


要するに、部屋の中の見た目が、変わるだけ。

パソコンの壁紙を変えるのが、むっちゃ大きく、むっちゃ立体になっただけ。

部屋全体に、広がっただけ。



【模様替えコントローラー】を、手に取る。

それは、部屋と連動している。

部屋の柱に、フックで掛けてあって、コードで部屋と、繋がっている。

まるで、エアコンのリモコンの様だ。


【模様替えコントローラー】には、パネルボタンが九つ、並んでいる。

縦三列× 横三列の、計九つ。

上・三つと中・三つは、デフォルトで、模様替え用の空間が、設定されている。

機械に弱い人でも、これら六つのボタンを押せば、容易に、部屋の模様替え(空間替え)ができる。


下・三つは、フリー。

自由に、自分の好きな空間が、設定できる。

でも、それらは、使っていない。

今のところ、六つのローテーションで、充分だからだ。


しかして、そのローテーションも、飽きて来ている。

ローテーションが、何廻りもしてるから、飽きて来ている。


使こうてみるか。


【模様替えコントローラー】に、テキトーに、座標を打ち込む。


Xどったらこうたら、Yどったらこうたら、Zどったらこうたら。


砂嵐が、走る。

部屋全体に、砂嵐が、走る。

草原の風景は、消え去る。


大きくブレていた砂嵐の波が、小さくなって来る。

ブレの波が、小さくなる。

小さくなり、落ち着いて来る。

安定し出した砂嵐の波は、像を結び出す。


それは、うすぼんやりした輪郭を、まず結ぶ。

輪郭が、目に見えて、ハッキリとし出す。


それに伴い、色も、付いて来る。

最初は、白黒だった。

それらに、ほのかに、色が付いて来る。

モノクロがに、淡いパステル調の色が付いて来る。


薄赤、淡青、浅黄、黄緑。


それらの色が、徐々に、濃くなって来る。


深紅、紺碧、麻黄、真緑。


砂嵐は、いつの間にか消え、部屋は、新しい風景を映し出す。

形のハッキリした、色合いも冴えた風景を、映し出す。


どこや、これ?


新しい模様替えの地は、岩場。

岩が、ゴロゴロ、そこら中に、転がっている。

岩と岩の間に、かろうじてと云う感じで、土の見える地面がある。


ひと際大きい岩が、ある。

岩の上に、細い岩が、立っている。

いや、突き刺さっている感じ。


よく見ると、岩では無い。

木か?

木、でも無い。

もっと、硬質。


それは、よく見ると、真っ直ぐでもなかった。

少し反りが、ある。


頭頂部の十数センチは、他の部分と、ちょっと異なる。

ちょっと、太い。

何かが巻かれているかの様に、ちょっと太い。

持ちやすそうだ。


その部分と他の部分との境には、平たいものが、取り付けてある。

少し厚みはあるが、長くはない。

太いと細いの境を示すかの様に、左右対称に水平に、数センチ伸びている。


結論づける。


うん、刀やな。


岩に、刀が、突き刺さっている。

刀が硬いのか、岩がヤワなのか?


岩に突き刺さっている刀って、あの伝説の刀ちゃうん?


刀に選ばれた勇者のみが、その刀を引き抜ける、と云う。

岩から、解放できる、と云う。


もしかして、呼ばれてる?


都合良く、思う。

刀に呼ばれてる、と思う。


これも、何かの縁。

全くテキトーに打った座標が、伝説の刀の在り処を映し出すなんて、ホンマ、貴重過ぎる縁。

これは、刀を訪ねて、刀を引き抜くしかない。


座標を、確認する。

この位置、この場所ならば、一週間も旅行するつもりでいれば、問題は無い。


海外ではあるので、下調べは、しておこう。

ガイドブックを買って、熟読しておこう。

飛行機も、手配しておこう。

現地での移動手段も、確保しておこう。


出発日。

起き抜けの爽やかな青空が、時が経つに連れ一転、どんよりして来る。

出発直前には、全くもって、暗い曇り空になる。


最寄りの駅まで行き、電車で、空港に向かう。

進むに連れ、空港に近付くに連れ、どんより感は増して来る。


はらはらと、ゆらゆらと、白いものが、落ちて来る。

天空から、落ちて来る。

それは、まごうこと無き、雪。


いやいや、春なのに。

しかも、もう、春真っ盛りなのに。


積もりそうもない、儚い雪なので、飛行機の航行には影響は無いだろう。


空港に着くと、表示が氾濫し、アナウンスが繰り返されている。

「飛行機の航行は予定通りだが、この雪で、出発と到着が遅れる」、らしい。


どうも、俺の出発を、邪魔するものがあるみたいだ。

『このハードル、この壁を越えてみろ』と、言っている様な気がする。


あれか。

『刀を取りに来るやつが、勇者かどうか確かめる』、ってやつか。

試されてるとか、試験されてる、ってやつか。


進むのに、ちょっと、げんなりする。



この事態に陥ってから、伝説の刀について、ちょっと調べてみた。

設定した座標について、調べてみた。


どうやら、「『伝説の刀(剣)』の話は、世界中に散らばっている」、らしい。

方々の座標地点に散らばっている、らしい。


その中で、俺が設定した座標に該当するのは、この刀。


EX邑柾。


『選ばれた者しか引き抜けない』とか、『昔の権力者に、ことごとく不幸をもたらした』とか、曰くがあるらしい。

一部では、妖刀とも、云われているらしい。


長さは、二尺三寸。


そんなに、長くない。

この刀が、すっぽり入りそうな製図入れ、を用意している。


注意点が一つ、あった。


この刀は、意思を持っているらしい。

『我が我が』ってことは無いだろうが、まあなんやかんや、こっそり仕掛けて来ることは考えられる。



それが、これか。


げんなり気分は、続く。


雪は、離陸時とその後しばらくは、続く。

が、その後は、治まる。

治まるどころか、青空が、広がる。


結局、ほとんどの航行と着陸時は、順調過ぎるくらい順調に進む。


飛行機から降り、パスポート・チェックを済ませ、入国ゲートをくぐる。

途端、空気が変わる、匂いが変わる。

空気は水分が多くなり、スパイシーな匂いが漂う。


空港の中は、割と暗い。

照明は、ちゃんと点いているようだ。

窓から差し込む光が、弱いみたいだ。


案の定、窓の外は、曇りどころか土砂降っている。

いつの間にか、外は、かなりの土砂降り。


着いた早々、これかよ。


げんなりする。


荷物を担いで、空港を出ると、早速囲まれる。

タクシーの客引きに、囲まれる。


げんなりする。


ウザい値段交渉をして、ようやっと決まったタクシーに、乗り込む。

タクシーが走り出して、しばらくは、雨は、土砂降り続く。

が、その後は、治まる。

治まって、青空さえ広がる。


タクシーは、快適だ。

ウザかったのは値段交渉だけで、乗り込んでしまえば、快適だ。


タクシーの運転手は、気のいい奴。

適度にしゃべって、適度に黙る。

『ブロークンブロークンな日本語は、ご愛嬌』だが、こっちを敬ってくれる気配がある。

ホスピタリティが、ある。


今日は、ホテルでゆっくり休んで、探索は、明日からにしよ。


タクシーの運ちゃんが気に入ったので、滞在中の専属タクシーを、お願いする。

願ったり叶ったりだったらしく、二つ返事で、OKをもらう。


座標地点を落とした地図を、示す。


「明日は、ここに行きたいんやけど」

「ミスター、ソレはムリ」


なんでも、距離的に、車でも一泊二日のコース、らしい。

じゃあ、明日は、必需品購入日にせざるを得ない。


明日の集合時間を、打ち合わせする。

タクシーは、ホテルまで、迎えに来てくれる。


「ほんじゃ、また明日」

「ミスター、グッナイ」


タクシーは、走り去る。



次の日、必需品購入日。

上手くいったのか、いかなかったのか、微妙な日だった。


午前中は、購入できる店を見つけるのも、値段交渉するのも、やたら手間が掛かる。

お蔭で、午前中に手配できたのは、必需品の二つぽっち。


対して午後は、恐ろしいぐらいスンナリいく。

必需品の残り全てが、手配できてしまう。

しかも、暗くなる前に。


一日トータルで見て、OK。

トントンで、収支ゼロな感じ。

まあ、午後はサクッといったので、後味は良い。



そして、迎えた今日は、探索開始日。

車は、既に、迎えに来ている。


一昨日、昨日と、車が違う。

明らかに、4WD。

ジープとか、ピックアップワゴンとかっぽい。


「ミスター、オハヨウ」

「おはよう」


タクシーの運転手 ‥ ヨウは、口角を上げて、ニコやかに挨拶する。


車に、荷物を、積み込む。

オフロード用の4WDだけあって、トランクと云うか、荷物入れの部分も大きい。

一泊二日用の荷物が、スッポリ入る。

なんなら、まだ、余裕がある。


車に、乗り込む。

車が、発進する。

旅のスタートだ。


スタートし出すと、風が吹き始める。


ヒューヒュー

ヒューヒュー


風は、次第に、強くなる。


ヒュービュー

ヒュービュー


風は、完全に、強くなる。


ビュービュー

ビュービュー


しかも、向かい風。


明らかに、車の勢いが、風に押されている。

明らかに、車のスピードが、落ちている。


車窓から見える景色も、横スライドしている。

木々が、枝で後を引く様に、斜めってる。

雲の動きが、ものすごく、速い。


「ミスター、ヤバいよ、コレ」


ヨウが、言う。


「うん。

 やばいな」


外の景色を見たまま、ヨウに答える。


ヨウは、指示を、待っている。

指示待ちをしながら、ジリジリ、ジリジリ、車を走らせている。


「ヨウ」

「ハい」

「道の端に寄って、止まってくれ。

 風がやむまで、止まって、やり過ごそう」

「OK」


車は、道の端に寄り、止まる。

止まって、ヨウが、サイドブレーキを引く。

沈黙が、降りる。


 ‥‥

 ‥‥


沈黙を振り払う様に、ヨウが、問い掛ける。


「ミスター」

「何」

「ナンで、ココにキた?」


さて、どう答えたものか?


ヨウが、カタコトの日本語で、真剣に、問い掛けて来る。

ここは、お茶を濁さず、真摯に、答えるべきところだろう。


でも、事実をそのまま言ってしまって、いいもんだろうか?

ヨウは、理解してくれるだろうか?


取り敢えず、キッカケのところは端折って、要点だけを述べる。


「ヨウ」

「ハい」

「伝説の剣とか刀とか、知ってるか?」

「エクスカリバーとかムラマサとか?」

「そう、そんな感じ」

「ならシッテる」

「それの一つが、ココにあるらしい」

「ホンマに!?」

「ホンマらしい」

「ミスター、それをサガシてイルるのか?」

「そういうこと」

「マジでか!」


ヨウは、興奮気味に、答える。

明らかに、やる気スイッチが、入ったみたいだ。


再スタートしてからの、ヨウは、凄かった。


車のスピードが、上げる。

車の動きが、キレる。

ドライビング・テクニックのキビキビ感は、上がる。


ヨウのやる気向上に伴うかの様に、風も、やんで来る。

風の勢いが落ちるのに比例して、車の進み具合が上がる。


夕方には、今日の宿まで、辿り着く。

今日は英気を養って、明日は、早朝も早朝から、出発しよう。

朝の内に、目的地を、見つけよう。



「ミスター」

「うん?」

「タビのモクテキ、くわしくオシエてモラえないか?」


地図を指し示しての、明日の行程を、打ち合わせをする。

その打ち合わせが一段落したところで、ヨウが訊く。


「アカンか?」


ヨウが、悲しそうに、こちらを窺う。


「いや、あかんことないけど ‥ 」


語尾を、おもわず濁す。


話してしまって、大丈夫か?

ヨウは、信頼できるのか?

他にしゃべったり、しいひんのか?

それより、話の内容が、理解できるのか?


俺の戸惑いを見透かすかの様に、ヨウが真摯に、こちらを見つめる。


しゃーないな。

あかんかったら、そん時はそん時。


ヨウに、今回の旅の目的を、話す。

一切合財、話す。

その他諸々も、話す。


ヨウは、話を聞いて、黙り込む。

黙り込んで、眉間に皺を寄せ、考え込む。

まるで、ヨウの頭から、考え中のガシャンガシャン音が、聞こえるようだ。


しばらくして、ヨウは、頭を上げる。

口角を上げて、ニコヤカに、宣言する。


「OK、ミスター。

 モンダイない」

「あ、そうなん」


張り詰めていた気が、抜ける。


「 ‥ タダ ‥ 」


ヨウが、何か言い出す。

『気を抜くのは、早かったか?』と、身構える。

ヨウの次の言葉を、待つ。


「ひとつオネガイが ‥ 」


来なすった。

来なすったか。


「ミスターが、デンセツのカタナを、テにイレたアカツキには」

「暁には?」

「ワタシを、ミスターの、アイボウにしてホシい」

「はい?」


思わず、訊き直す。


何で、また?


ヨウが、説明したところは、こう。


昔から、日本産のバディ・ムービーや、相棒ものドラマに、憧れていたらしい。

相棒になりたかった、らしい。


俺が伝説の刀を抜けば、[俺=勇者]やと、刀が認めたことになる。

俺に、なんらかの役目が、付与されたことになる。

重大な役目を担う勇者には、相棒が必要。

相棒がいてこそ、その役目は、果たされる。


と云うわけで、ヨウは、相棒に、立候補したわけだった。


ヨウは、真摯に、キラキラ、見つめる。

すがりつくような感じも、ある。


「ええで」


ヨウが、ちょっとビックリ、する。


「ホンマに、ええのか?」

「うん。

 ええで」


ヨウは、嬉しいながらも、戸惑いを隠せない。


「なんかヒョウシヌケした」

「何で?」

「あまりにもカルイから」


ああ、そういうことか。

軽い感じでOKしたから、ヨウは、戸惑っていたのか。


「だって、俺、車の運転できひんし。

 変なとこ、社会常識と云うか、一般常識ないし」

「そうナノか?」

「うん。

 そこら辺は、多分、ヨウの方がよう知ってるやろうから、

 『助けてもらおう』と思て」


ヨウは、ニンマリとして、胸を張る。


「マカシトケ」


二コリと笑って、答える。


「頼む」


ヒョコンと、頭を下げる。


捜索隊が二人編成になったところで、今日の打ち合わせは、落ち着く。

落ち着いて、終わる。

そして、就寝に、入る。



翌朝。

早々と、夜が明け切る前に、出発する。

まだ暗い中を、4WDは、出発する。


昨日の強過ぎる風が嘘のように、風が無い。

いや、微かな風は、吹いている。

でも、それは、肌を撫でる程度。

限り無く、優しい。


この分では、午前中も中頃の内に、目的地に着けそうだ。


伝説の刀に関わってからの、気候と云うか環境と云うか、その変化は、面白い。

最初の内は、障害とかハードルの如く、荒々しい。

が、それに耐えていると、むっちゃ優しくなる。


まるで、鞭と飴。

まるで、前門の狼、後門の猫。


伝説の刀が、『自分の居場所に来るのに、ふさわしいやつかどうか』を、試しているようだ。

ハードルを仕掛けて、ハードルを乗り越える度、ステージが先に進んで行くようだ。


来て欲しいんか、欲しないのか。


伝説の刀の、揺れる気持ちを慮って、心で苦笑して思う。


今日の午前中には、目的地に、着く。

伝説の刀の元に、辿り着く。


それで、今の時間帯は、優しい気候。

と云うことは、伝説の刀の元に辿り着くまで、もう間も無いから、『ハードルを、クリアした』ことに、なるのだろう。


楽な気持ちで、穏やかな気持ちで、シートに、沈み込む。

ヨウは、車を運転しながら、フンフン、鼻歌を唄っている。

カーラジオから流れるカントリー・ソングに合わせて、フンフン、唄っている。


「ヨウ」

「はイ」

「俺が、伝説の刀を引き抜けたとして」

「とシテ」

「俺の役目って、何やと思う?」


ヨウは、鼻歌を止め、前方を見つめながら、考える。


「う~ン、ベタならば、セカイをスクう」

「そうなるか」


定番だ。


「そうなると ‥ 」


言葉を、続ける。


「ヨウは、危ない目に遭うかもしれんで?」

「そやナ」


ヨウは、前方を向いたまま、にやりと笑って、言う。


「のぞむトコロダ」


答えて、言う。


「望まれるところだ」


二人共、にっこり笑って、一瞬、頷く様に、視線を交わす。


車が、止まる。

目的地に、着く。


目的地は、やっぱり岩場。

そして、ちょっぴりの砂場。

部屋の模様替えで、映し出された空間と、一緒だ。


手元の、デジタル・コンパスで、方位と座標を、確認する。

確認したところ、伝説の刀の在り処は、ここより西。

伝説の刀の座標へたどり着くには、西へ向かわなくてはならない。


「♪ GO GO WEST」


いきなり、唄い出す。

ヨウが、怪訝な顔を、向ける。


「なんやソレ」

「西に向かう歌」

「ニシにムカウのか」


ヨウは、ちょっと、息を吸い込む。

で、唄い出す。


「♪ ゴ~ ゴ~ ウエスト」


二人揃って、西へ歩き出す。


歩き、岩を乗り越え、歩き、岩を迂回して、悪戦苦闘しながらも、進む。

そんな風なので、方向を見失いがちになる。

よって、イチイチ、コンパスで方向を確かめながら、進む。


道のりは、険しい、

岩がゴロンゴロンしてる上、なだらかに、坂になっている。

当に、岩山登山。


なんとかなんとか、ズルズルズルズル、進む。

約一時間強進んだところで、視界が開ける。

上空も、開ける。


広場の様なところに、着いたようだ。

岩は、そこら中に、ゴロンゴロンしている。

が、道を遮る感じは無くて、『オブジェとしてそこにある』感じだ。


その中で、広場中央にある岩が、多大に、おかしい。

上部が、えらいおかしい。

やけに、細長い。

今にも折れそうなぐらい、細長い。


その、上部がピョンと突き出た岩を見て、思う。


間違い無く、あれやな。


「ミスター」


ヨウも、同じ岩を、見つけたようだ。


「ああ、あれやな」


近付くと、やはり。

岩に、刀が、突き刺さっている。

刀身の三分の一ほど、突き刺さっているようだ。


早速、柄に、片手を掛ける。

片手を掛けて、握って、引き抜く様に、力を込める。

ビクとも、しない。

微かにも、揺らがない。


今度は、両手を、掛ける。

両手を掛けて、握って、引き抜く様に、力を込める。

ビクとは、した。

微かには、揺らいだ。


が、それだけ。

岩から抜ける気は、まるでしない。

抜けそうに、ない。


どないなっとんねん。


刀を、ジッと見つめ、思う。


どうすりゃええねん。


と、刀を見つめていると、頭の中に、声が響く。


《あかん、あかん。

 それやったら、あかんで》


へっ?


柄を握り直し、再び、力を入れる。


《それやったらあかん、って言ってるやろ》


周りを、見廻す。

ヨウの他、誰もいない。

声の口調も、声色も、ヨウとは違う。

そして、確かに、頭の中からしている。


《どちら様ですか?》


頭の中で、尋ねる。

頭の中の声の主へ、尋ねる。


《刀やがな?》

《はい?》

《そこの刀》


さすが、伝説の刀。

意志がある、らしい。


《ホンマですか?》

《ホンマ。

 嘘言っても、しゃーない》


ホンマに、伝説の刀の声、らしい。


《なんでまた、話し掛けてきはったんですか?》

《う~ん ‥ 》


伝説の刀 ‥ EX邑柾は、ちょっと、溜める。


《飽きたからやな》

《飽きた?》

《そう。

 じっとして、岩に突き刺さってるのに、飽きてん》


EX邑柾は、毎日の生活に、飽いたらしい。


《はあ。

 ほんで、『ここから抜け出したい』、と》

《そういうこっちゃな》


EX邑柾は、若干、エラソーに言う。


《ほな、自分で抜け出したら、ええやないですか》

《あかんねん。

 自分では、抜け出されへん。

 『抜け出しても、移動もでけへんやん』、ちゅう話や》

《ちゅうことは、『誰かの助けが、要る』ってことですか》

《そう。

 それを、『お前に、お願いしよう』と、思ってんねん》


お願いするにしては、エラソーに、EX邑柾は、言う。


《はあ。

 話は、分かりました》

《もう、分かったんかいな。

 案外、適応能力、高いな》

《はい?》

《いや、刀に話し掛けられたら、

 もう少し、戸惑うと云うかパニック起こすと云うか、

 そんな感じになるんちゃうん?》

《そうですか?》

《うん。

 思ったより、サクッとか、スラッとかいったから、

 逆に、こっちが、ちょっと戸惑い気味》

《そんなもんですか》

《うん、まあ、そうやな》

《ほな、「うわっ!」とか言って、驚きましょか?》

《今更、ええわ。

 なんや、コントみたいやし》


この状況が、『充分、コントに値する』と、思うのだが。


《ほな、また、抜きにかかるんで、よろしくお願いします》


三たび、刀の柄を、握る。


《力入れる前に、注意》


EX邑柾から、注意事項が、入る。


《お前、力入れた時、力の方向、どこに向けとる?》

《いや、引き抜かなあかんから、上方向に向けて、力入れてます》

《あかんあかん、それやったらあかん》


キッパリとした、ダメ出し。


《あかん、ですか?》

《あかんあかん。

 俺、刀やねん》

《はい》

《刀やから、反り、あんねん》

《はい》

《だから、上に力入れるだけでは、あかんがな》


ああ、そういうことか。

刀には反りがあって、形状的に曲がっているから、上方向に力入れるだけでは、あかんのか。

それでは、どっかが、引っ掛かり気味になるのか。


《だから、手前へ引く様にも、力入れんと》

《はい、分かりました》


四たび、刀の柄を、握る。

握って、力を入れる。


力を入れる方向は、上プラス横。

合わせて、斜め四十五度に力を入れる、みたいな感じ。


なんか、今までと、違う。

違う手応え、がある。


じわじわ、じわじわ

じわじわ、じわじわ


ほんま少しずつやけど、動いている感じ。


じわじわ、じわわ

じわじわ、じわわ


その動く範囲が、段々、大きくなって来る。

じわわ、じじわわ

じわわ、じじわわ


更に、大きくなって来る。


じじわわ、じじわわ

じじわわ、じじわわ

 ‥ すー ‥ しゅ


拍子抜けするくらい、あっさり、刀は、抜ける。


《えー》

《喜べ》


俺の『物足りない』叫びに、EX邑柾から、ツッコミが、入る。


抜かけた刀を、日に、かざす。

かざして、とくと、見る。


刀身が、日の光を、跳ね返す、照り返す。


確かに、綺麗、美しい。

スラッとした、刀身。

流れて淀み無い、漣の様な、刃紋。

柄も鍔も、シンプル・イズ・ベストで、気取り無さがいい感じの作り。


《そんなに褒められたら、照れるがな》


EX邑柾が、多分、顔を赤らめて、言う。


《EX邑柾さん》

《 ‥ 》


聞こえないのだろうか。


《EX邑柾さん!》

《 ‥ 》


いや、聞こえないことは、無い。


《ちょっと!》

《 ‥ ああ、ビックリした。

 俺かいな》


EX邑柾は、今更ながらに、驚く。

他人事だった、らしい。


《さっきから、呼んでますやん》

《EX邑柾さん、って言われても、分からんかった》

《へっ?》


他人事であって、自分事ではない?


続けて、問う。


《そうなんですか?》

《うん。

 [EX邑柾]って、お前らが付けた名前やろ?》


そういやそうだ。

後付け、だ。


《俺は、全然、そんなん知らんもん》

《そういや、そうですね》


俺は、気を取り直して、続ける。


《でも、何か名前があった方が話し易いから、なんか名前が欲しいです》

《それは、そやな。

 でも、[EX邑柾]は、長いし、めんどいなー》


[EX邑柾]は、お気に召さないらしい。


《じゃあ、何がええですか?》

《う~ん。

 俺に付いてる名前って、聞いたこと無いな~》

《そうですか》


気を落とす。


《 ‥ でも ‥ 》

《はい?》


EX邑柾が、何かを、思い付く。


《茎の銘には、[氏靖]とある》

《[氏靖]、ですか?》

《藤原氏靖って人が、俺を打ってくれたんや》

《ああ、刀工の人》


ここで、思い付いて、続ける。


《じゃあ、氏靖さんの名前から取って》

《ほお》

《ウジさん、って云うのは、どうですか?》

《なんか、嫌やな。

 なんか、蠢いてそうで嫌や》

《ヤッさん、では?》

《それも、なんかなー。

 なんか、輩みたいな感じがして、嫌や》


EX邑柾は、ハッキリ、ものを言う。


《ほな、藤原から取って》

《おお》

《フジさん、では?》

《ああ、それええな。

 それにしよ》


と云うわけで、EX邑柾の名前は、フジに、あっさり決まる。

『中の音、伸ばすんは、絶対なんやな』と、フジは思ったが、それは言わないことにする。


フジを見つめまま、しばらく、フリーズしていたら俺に、ヨウが話し掛ける。


「ミスター」

「ん?」

「ダイジョウブか?」


心配してくれていた、らしい。


「ああ、大丈夫。

 抜けたわ」


俺は、フジを、ヨウに、かざして見せる。


「ヌケたな」

「名前も付けた」

「ハヤっ!」

「フジ、や」

「フジ、か。

 なんかヨビヤスイな」

「そやろ」


刀身むき出しのままやったら、危なくてしゃーないので、フジを、図面入れに入れる。

持って来た図面入れに、収める。


フジの刀身は、ピッタリと、治まる。

固定の必要が無い程、測ったかのように、治まる。


製図入れの蓋を閉めて、肩に担げば、誰も、思うまい。

『製図入れの中に、刀が入っている』なんて、誰も、思うまい。


フジ入りの製図入れを、肩に担ぎ、車に乗り込む。

ヨウも、乗り込む。


車が、発進する。

午前中も早い内に、フジを手に入れることができたので、帰りは、泊まる必要が無い。

このまま、ホテルまで、ノン・ストップ。


着いたら、『ヨウの待遇について、二人で話し合わなあかんなー』と思っていたら、ヨウの方から、話し掛けて来る。


「ミスター」

「はい」


ちょっと、身構える。


「そのカタナけど」


話の内容が、話し合いの内容が、刀について、になる。


「フジと呼んだってくれ」

「 ‥ そのフジやけど」

「うん」

「ヌケたばっかりやから、まず、ソウジとかミガキとかしてやらへんと、

 アカンのとチャウか」


なるほど。

刃が鈍ったり、刀身に錆が浮いたりしたら、大変だ。


《フジさん》

《ん?》

《『手入れしてあげよう』と思うんですけど、どうしたらええですか?》

《俺を、手入れしてくれんのか?》

《はい》

《それは、有難いな。

 でも、一応、伝説の刀やから、手入れの仕方、うるさいで》


どうも、普通の手入れの仕方では、あかんらしい。


《どうしたら、ええのですか?》

《磨くのに、専用の水と砥石が、必要やねん》

《ホンマですか?》

《ホンマ》

《それは、何ですか?》

《水の方は、URE・Seaの水が、必要やねん。

 海水やけど、ええ具合に、淡水が混ざっとんねん》

《砥石の方は?》

《安田石で作った砥石、がええねん》

《安田石?》

《京都市の西の方でしか、取れん石》

《ホンマですか?》

《ホンマ》


この分だと、URE・Seaの所在も、手が掛かりそうな気がする。


《で、URE・Seaは?》

《それは、安心せい。

 同じ、日本にある》

《日本のどこですか?》

《安心せい。

 丹後半島や》

《丹後半島って言っても、京都市と離れとるやないですか》

《おんなじ京都、やろ》

《 ‥ まあ、おんなじ京都には違いない、ですけど》


「ミスター」


ヨウが、声を、掛ける。

心配して、続ける。


「ミスター、どうした?」


たまに黙り込んで考え込む(実は、フジと話しているのだが)ので、ヨウは、心配してくれているらしい。


「ああ、気にしんといて。

 俺、たまに、沈思黙考するし」

「チンシモッコウ?」


ああ、そら、分からんわな。


「黙って考え込むこと」

「ああ、ソレやったら、なんとなく、ワカる」

「たまに、それを、やるねん」

「そうナンか」

「そうそう。

 そんな状態になったら、基本的に、スルーしといてくれたらええねん」

「スルー?

 ホットケバええのか?」

「うん。

 そうしといて」

「うん。

 ソウする」


取って返す。


《フジさん》

《何や?》

《さっきの話なんですけど》

《おお》

《URE・Seaは、丹後半島のどこにあるんですか?》

《後頭部のとこ》

《はい?》

《丹後半島って、恐竜の頭みたいな形しとんねん》

《はい》

《それの、後頭部から首筋に当たる、東の海岸沿い》

《福井とも近い感じ、ですか?》

《ああ、そんな感じ。

 川が海に流れ出とるとこやから、ええ具合に、 海水と淡水が、

 混じっとんねん》


じゃあ、『次の行動は、日本に戻ってから』、と云うことか。


「ヨウ」

「はい?」

「日本に戻るけど、付いて来るか?」


ヨウは、にこやかに、即答する。


「モチロン」




地図を、見ている。

車の中で、地図を、見ている。


道の駅に止めた車の中で、ヨウと、道程を、検討している。

京都市の西の外れの、道の駅。


帰国して、家にも寄らず、空港から直接、来る。

安田石と、URE・Seaの水を、求めて向かう。


ここから、安田石の採れる山まで、少しの距離。

安田石の採石場は、数ヶ所のみ。

それも、全部、こじんまりとしている。

今時、砥石を使う人も少ないから、さもありなん。


採石場から入れば、不法侵入になるので、山の裏手から、攻めることにする。


地図で当たりを付けた所に、着く。

車を止め、降りて、辺りを見廻す。

お誂え向きに、山には、『石を切り出して運んだ』と思しき、洞窟がある。

規模は小さいとは云え、大人が立って入れそうだ。


装備を整えて、探検・侵入する準備をする。


「ヨウ、一緒に行くか?」

「マンがイチのトキをカンガえて、クルマで、タイキしとく。

 なんかあったら、レンラクしてくれ」

「分かった。

 よろしく頼む」


ヘッドライトを付け、リュックを背負う。

そして、勿論、フジの入った製図入れ(略して、フジ入れ)も、背負う。


当たり前だが、洞窟の中は、暗い。

ヘッドライトを、点ける。

洞窟内が、光に、照らされる。


洞窟は、奥まで、ズーっと、続いている。

奥まで、洞窟に、なっている。

奥まで光は届かず、暗闇に、なっている。


大きさは、大人が立って歩けるくらいは、ある。

その大きさのまま、奥まで、続いている。

高低差はあるものの、障害物には遮られずに、進めそうだ。


ザッ ‥ キュ ‥

ザッ ‥ キュ ‥


ザッ ‥ キュ ‥

ザッ ‥ キュ ‥


歩を進める足音と、地を踏みしめる靴音が、響く。


ピチャン ‥ ピチャン ‥ 

ピチャン ‥ ピチャン ‥ 


ピチャン ‥ ピチャン ‥ 

ピチャン ‥ ピチャン ‥ 


水滴が落ちる音も、頻繁に、高く響く。


暗闇の中を、ヘッドライトの光を頼りに、進む。

数十分程、歩き進む。


唐突に、前触れも無く、広い空間に、出る。

お寺の本堂や、教会を思わせるかのように、天井が高い。


イングラムでも、入れるな。


と思わせる程、天井は高い。


そこに、いた。

何かが、いた。


白い塊が、いる。

とぐろを巻いて、いる。

呼吸をしているのか、微かに波打って、いる。


《フジさん、フジさん》


フジ入れのフジさんに、話し掛ける。


《なんや》

《あれ、何ですか?》

《ここの主》

《はい?》

《ここの洞窟を管理している、白蛇の妖怪》

《白蛇って、あの白蛇ですか?》

《そうや》

《妖怪って、あの妖怪ですか?》

《そうや》

《ほな、退治する対象ってこと、ですか?》

《まあ、そやな》


白蛇が、波打つ。

蠢く。

動き出す。


《なんや、動き出しましたよ》

《ああ、俺らに、気付いたんやろな》


フジは、虫が飛んでいるのを見つけたような口調で、言う。


《なんで、そんな、落ち着いたはるんですか》

《いや、こういうシチュエーションは、何回も、経験してるから》


フジは、何の気無く、サラッと、言う。


《慣れたはるんですか。

 さすが、伝説の刀、ですね》

《いやいや、おだてんなや。

 何も、出えへんぞ》


フジは、満更でもないのが、その口調で、分かる。

一転、その口調を、引き締める。


《ほな、やるか》

《何を、ですか?》

《白蛇との対決》

《ああ、やっぱりそうなりますか》

《そうなる。

 さっさと、俺、抜け》


フジ入れから、フジを抜き出す。

抜き出したフジを、正眼に、構える。


《ちょっと、ちょっと 》

《はい、なんですか?》

《ああ、悪い。

 お前や無いねん》


俺では無い、らしい。


《《ちょっと、ちょっと》》

《《へっ ‥ 、僕ですか?》》


白蛇が動きを止め、首だけを、こちらに向ける。

キョトンとした眼をした顔を、こちらに向ける。


《《そうやがな。

 ちょっと、お願いが、あんねん》》

《《はい》》


フジは、白蛇に、話し掛ける。

白蛇も、それに答える。


音声は、行き来していない。

場は、静かに、沈黙している。

が、二人(?)の頭の中には、響いている。

二人の会話が、響いている。


《《俺、何百年間か岩に突き刺さったままで、久し振りに、

  シャバに出て来てん》》

《《ああ、そうなんですか》》

《《やから、身体、ずず汚れてんねん》》

《《そういや、そうですね。

  刀身とか、埃付いたはる感じ》》

《《そやろ。

  で、綺麗にしたいんやけど》》

《《はい》》

《《一応、伝説の刀やから、綺麗にするとか磨くとかにしても、

  条件付けられとんねん》》

《《はあ》》

《《その条件やけど》》

《《はい》》


白蛇は、ピョコンと、首を、頷く様に、上下に動かす。


《《安田石の砥石を、使わなあかんねん》》

《《ホンマですか?》》

《《ホンマ》》


フジは、相手に言葉が滲み込む様に答え、続ける。


《《で、『安田石の欠けらを、一つくらい、もらいたいな』、と》》

《《はあ》》

《《あかんか?》》


フジは、残念そうに、言う。


《《いえいえ。

  あかんこと無いですけど ‥ 》》

《《なんや、問題があんのか?》》

《《う~ん。

  一応、ここの管理任されてるもんで、ひと欠けらでも無くなったら、

  [管理不行き届き]になるんで》》


白蛇が、顔を曇らす。


《《なんや、そんなことかいな》》

《《えっ。

 なんか、ええ案、あるんですか?》》

《《おお、ある。

 「欠けら無くなった」って、誰が、報告すんねん》》

《《僕ですけど》》

《《報告せえへんかったら、ええねん》》

《《いや、それ、あかんでしょ》》


業務に、非常に忠実な白蛇、らしい。


《《ええやろ。

  他の人が見ても、ひと欠けらぐらい減ってても、分からへんて。

  ゴソっと、減るわけじゃあるまいし》》

《《それは、そうですけど ‥ 》》

《《大丈夫、大丈夫。

  分かるわけないて》》

《《そんなもん、ですかね~ ‥ 》》


白蛇は、語尾を、濁す。


《《そんなもん、そんなもん。

  俺が、保証する》》


フジに保証されても、何の足しにもならないだろうが、白蛇の視線が定まる。


《《 ‥ ほな、そうしますわ》》


言うや、白蛇は、首を、身体を、巡らす。

長い身体を、くねらせる。


器用に、ひと欠けらの石を、咥える。

咥えて、振り向く。

こちらに、フジの方に、振り向く。


白蛇は、咥えていた石を、地面に、ふんわりと置く。


《《ほな、どうぞ》》

《《お、ありがとう》》


フジは、白蛇に、にこやかに、礼を言う。

その光景を、ボーっと見て聞いていた俺に、フジが話し掛ける。


《なに、ボーっと、しとんねん》

《はい?》

《固まっとるやないか》

《いや、光景に見とれてて》

《早よ、石、拾えや》

《ええんですか?》

《ええんや。

 ご好意や》


フジの、軽やかな口調に促され、石を、拾う。

安田石の欠けらを、拾う。

丁度、砥石にいい大きさ、だ。


《《ありがとうな》》

《《あ、どうも。

 喜んでもらえて、良かったです》》


白蛇は、にこやかに、フジに、言葉を返す。

そして、身体を、とぐろに、巻き直す。

巻き直して、その中に、沈み込む。


再び、白蛇が、白い塊になる。

微かに波打つ、白い塊になって、息をつく。

「フーッ」と、力を抜く様に、息をつく。


《なんや、緊張しとったんか》

《そら、緊張するし、力入るし、強ばりますよ。

 相手、洞窟の主で、大きな白蛇ですよ》

《そうか。

 俺、全然、緊張せえへんかったけどな》


今も、白蛇と対峙している時も、全然、変わらない。

態度も口調も、全然、変わらないフジが、答える。


《でも、予想外でした》

《何がや?》

《伝説の刀なんやから、『戦って、むっちゃ強くて、勝つ』んやと、

 思てました》

《俺、争いごと、嫌いやし》


「俺、甘いもん好きやし」みたいな口調で、フジは、言う。


《で、疑問が一つ、湧いて来ました》

《何で、伝説の刀、なんですか?》

《何で、そこ、疑問や?》


フジが、疑問形に、疑問形で、答える。


《『闘って勝って、争いごとを治めるのが、伝説の刀』と、思ってたんで》


フジが、得心した様に、答える。


《ああ、そこか》

《はい。

 そこです》


噛み砕いて、丁寧に、フジは、伝える。


《目的は、『争いごとを治める』やろ?》

《はい》

《俺、今、争いごと治めたやん》

《それはそうですね》

《戦わずして、話し合いで、争いごとを治めたわけやん》

《はい》

《『その能力が高い = 争いごとを治める能力が高い』で、伝説の刀》

《ああ、なるほど》


頷いて、続ける。


《まあ、戦闘型ではなく交渉型、と》

《そやな》

《バトラー・タイプではなくネゴシエーター・タイプ、と》

《なんで、二回続けた。

  ‥ まあ、そんな感じ》


安田石をリュックに入れ、帰り道を、辿る。

無事、車に辿り着き、乗り込む。

車の中で待機していた、ヨウが、口を開く。


「オカエリ」

「ああ、ただいま」

「シュビは、ドウやった」


こいつ、たまに、今や日本人でもあんまり使わん言葉を、使うな~。


「ああ、上手く行ったで」

「ミセテくれ」

「ええよ」


リュックをがさごそして、安田石を、取り出す。

取り出して、ヨウの前に、差し出す。


「これ」

「これが、ヤスダイシ、か~」


《お日さんに、当ててみ》

《はい?》


急に、フジが、話し掛ける。


《ええから、お日さんに、当ててみ》

《はい》


「ヨウ」

「ハイ」

「その石、日に当ててみて」

「コウか」


安田石を、日の光に、当てる。

と、みるみる色が、変わって来る。

安田石の表面の色が、みるみる変わる。


内部の色が浮き上がって来たかのように、まるでリバースしたかの様に、色は、変わる。

くすんだ黒色だったものが、鮮やかな白色に、変化する。

じんわりとしたオセロの変化、とも云える。


「ミスター」

「うん」

「むっちゃキレイなシロイロになった」

「そやな」

「ホンマは、このイロなんやろな」

「そやな」


《ホンマはこの色、なんですか?》


フジに、尋ねる。


《ああ、そうや。

 お日さんに当たらへんかったから、あの色になってただけで、

 ホンマは、この色》


フジのお墨付きが、出る。

安田石は、本来、白い色らしい。


ヨウは、車に乗り込みながら、言う。


「ツギね」



URE・Seaの海岸添いに、来ている。

車は、海岸添いの道を、ゆく。


海の色は、濃紺で、深い。

鮮やかな空の青さと、好対照を、なしている。


紺碧の、波打つ水面が、続く。

続く海に、変化が、出る。


道が、橋に、掛かる。

橋が、川を、渡っている。


陸地から流れ込む川が、海に、注ぎ込んでいる。

流れ込んでいる。

川は、静かに穏やかに、流れ込む。


《ここら辺、やな》


フジが、口を、開く。


「ヨウ、ここら辺で、止めてくれ」

「オッケー」


ヨウに指示を出し、車を、止めてもらう。

トランクから、数個のポリバケツを、取り出す。


ポリバケツを、海水に沈め、海水を入れる。

海水が入ったポリバケツを、引き上げる。

まだ、少し、入る。


大きな柄杓で、海水を汲む。

ポリバケツに、その海水を、注ぐ。

一杯になるまで、海水を、注ぐ。


ポリバケツが満タンになったら、蓋を閉じる。

この作業を繰り返し、全てのポリバケツが、URE・Seaの海水で、満タンになる。


全てのポリバケツを、車に、積み込む。

俺とヨウも、車に、乗り込もうとする。


その時、変わる。


空の天候が、変わる。


青々としていた空は、みるみる、灰色になる。

雲ってゆく。


日の光が、遮られる。

それに伴い、辺りは、暗くなってゆく。

それに伴い、海の色は、深緑から漆黒に、変わってゆく。


あ~、やばい。

「ア~、なんかデソウ」

《あ~、出るなこりゃ》


奇しくも、俺とヨウとフジの意見が、一致する。


予感の通り、海面が、せり上がる。

瘤の様に、丘の様に、せり上がってゆく。


海水の瘤は、そのまませり上がり、遂には、海面が割れる。

割れた海面から、そのまませり上がって来たのは、またしても、瘤。

だが、今度は、紛れも無く、動物の肌的な、瘤。

赤褐色で、所々、まだらに、なっている。


瘤は、まだまだ、せり上がる。

しばらく、せり上がり続け、ようやく、上昇を止める。

その頃には、全体像が、判明する。

瘤は、全体としては、縦楕円形。

中程に、円らな瞳と、丸く突き出た口が、ある。


それは、頭の部分と云うか上半身で、海面下に、まだ、下半身があるようだ。


一目で、分かる。


「ミスター」


瘤を見上げながら、ヨウが、言う。


「何や?」

「コレ、ウミボウズと、チガウか?」

「正解」


紛れも無く、海坊主。


それにしても、デカい瘤、デカい顔。

優に、二階建ての建物の大きさぐらい、ある。

上半身を顔の部分が占める、としても、全長では、四~五階建てのビルくらいになりそうだ。


海坊主は、眼をくりくり動かす。

それに合わせて、盛んに、口から空気を、吐き出す。


プシュー ‥ プシュー ‥

プシュー ‥ プシュー ‥


何かに怒っているのか、顔が、心なしか赤い。

赤味は、時間が経つに連れ、増しているようだ。


《ヤバい、ヤバい》


フジが、ツッコミを、入れる。


《ヤバい、ですか?》

《ヤバい、ヤバい。

 あいつ、キレかけとる》

《怒る寸前、ってことですか?》

《そうや。

 早よ、俺、抜け》


可及的速やかに、フジ入れから、フジを抜く。

海坊主に向けて、フジを、正眼に、構える。


《《あのな》》


フジが、海坊主に、話し掛ける。


《《はい?》》


海坊主のまなこが、キョトンとする。


《《『海の水取られて、口惜しい』のは分かるけど、そんなに怒んなや》》

《《いや、そんなに怒ってませんけど》》

《《怒ってるやん》》

《《そうですか?》》

《《キレかけとるし》》

《《キレかけてますか?》》

《《俺には、そう見えるで》》


フジは、相手を納得させるように、頷く。


《《まだまだ、修行が足りませんね~》》


海坊主は、溜め息を吐く様に、言う。


《《修行?》》

《《メンタルの修行、です》》

《《ああ、『いつ何時も、平常心を保つ』、ってやつか?》》

《《そんな感じ、です》》

《《そら、生きてるんやから、喜怒哀楽もあるやろ》》

《《まあ、そうですけど》》

《《怒りたい時は、怒ったらええねん。

  喜びたい時は、喜んだらええねん。

  泣きたい時は、泣いたらええねん》》


海坊主は、『納得しかねる』顔をして、問いを発す。


《《でも、喜怒哀楽が激しいと云うか、

  感情的な人は、幼稚に見えませんか?》》

《《見える》》

《《あかん、ですやん》》

《《でも、『それは、程度問題』やと、思うで》》

《《程度問題?》》

《《そう。

  『あんまり振れ幅大きく表現しなければ、

  大概の人は、受け止めてくれる』、と思うで》》

《《そんなもん、ですか?》》

《《そんなもん、そんなもん。

  逆に、感情無さ過ぎも、不気味》》

《《確かに》》


海坊主は、得心したかの様に、呟く。


《《こんだけ、海の水あるんやから、ちょっとぐらい減つられても、

  かまへんやろ?》》

《《まあ、そういや、そうですね》》

《《怒るだけ、無駄無駄》》

《《確かに》》


海坊主は、怒りの感情を引っ込め、完全に、殊勝な体勢に入っている。


《《ほな、こいつらに、海の水、やったって》》

《《そうですね。

  持ってって下さい》》

《《おお、ありがとう》》


フジは、俺に、指示を出す。

《オッケー、や》

《海坊主さん、無償で、URE・Seaの水、くれはるんですか?》

《そうや。

 お前らも、頭下げて、お礼言え》

《はい》


「ヨウ」

「ハイ」

「海坊主さんが、URE・Seaの水、くれはるみたいや」

「オオ」

「一緒に、お礼言お」

「ヨシキタ」


ヨウと共に、頭を下げる。

下げて、揃えて言う。


「「 ありがとう御座います  」」

《《どういたしまして》》


頭の中に、海坊主の声が、ハッキリ、響く。

フジのどや顔も、ハッキリ、映る。


ヨウが、『ん?』と云った顔を、する。


「どうした、ヨウ?」

「ん、なんか、コエがしたようなキがして。

 ミスター、キこえへんかったか?」

「聞こえへんかったなー」

「そうか」


ヨウが、怪訝な顔を、浮かべる。

海坊主の声が、なんかの拍子で、ヨウにも、聞こえたらしい。



家に、帰る。

部屋に、戻る。

今度は、ヨウとフジ付き、だ。


「ナンや、コレ!」


ヨウは、早速、部屋の模様に、喰い付く。


《何やねん、これ!》


フジも、喰い付く。


まだ、模様変えしていないので、部屋には、映し出されている。

先日まで、フジが居た一帯が、映し出されている。


「ああ、部屋の模様」


かくかくしかじか、ヨウ(とフジ)に、説明する。


キラン!


話している内に、ヨウの瞳が、輝く。

何かを思い付いたかの様に、輝く。


「ミスター」

「はい」

「ミスター、ユウシャ」

「はい?」

「ミスターは、デンセツのカタナ、テにイれたから、ユウシャ」

「ああ、はい」

「ユウシャは、マモノをタオして、ヒトビトのヤクにタたなくては、

 ならない」

「まあ、そやな」

「マモノのイるトコロ、これでワかる」


ヨウは、部屋の模様を、指差す。


確かに。


部屋の模様替え機能を使って、魔物の居そうな座標を探れば、ピンポイントで、現地を突き止めることができる。

あてのない冒険をする必要は、無い。


でも、その、[魔物の居そうな座標]って、どうすれば分かる?

どうやって、探る?


《そこで、俺やがな》


フジが、口を、出す。


《フジさん、ですか?》

《そう。

 俺の登場、やがな》

《そんなん、分かるんですか?》

《分かる。

 なんとはなしに、分かる》


フジは、自信を持って、言い切る。


《どうしたら、ええんですか?》

《俺が思い付いた座標を、打ち込んでみたらええ》

《それだけですか?》

《それだけ》


フジは言い切るも、疑問の念が、隠せない。

フジが、続ける。


《あ、疑っとんな》

《疑ってるわけやないんですけど、『なんや、しっくり来ん』と云うか、

 そんな感じです》

《まあ、無理も無いか。

 根拠的には、眼に見えるもんが無いしなー》


フジは、続けて、重ねて言う。


《センサーが、あんねん》

《センサーですか?》

《そう、センサー。

 頭ん中にセンサーがあって、それが、座標を導き出してくれる感じ》

《センサー ‥ 

 ああ!

 [妖怪の居場所が分かる、妖怪アンテナ]みたいなもんですか》

《まあ、そんな感じ》


フジは、苦笑を漏らして、頷く。


《その、[妖怪アンテナ機能]では、差し当たって、

 どの辺りの座標が、引っ掛かってますか?》

《その機能名で決まりか。

 しゃーないなー》


フジは、苦笑を保ったまま、続ける。


《俺の[妖怪アンテナ機能]では、この辺り》


フジが、座標を、言う。

[模様変えコントローラー]に、フジの言った座標を、打ち込む。


「ミスター」

「なに?」

「マモノのイるところが、ワかるのか?」

「なんとなく」

「おお!」


ヨウが、リスペクトの眼差しを、向ける。

ホントは、フジの能力のお蔭ゆえで、俺は打ち込んでいるだけなので、その眼差しが痛い。


部屋の模様が、変わる。

一端、砂嵐になる。

その後すぐ、ある風景が、浮かび上がる。


大きな水辺で、水辺沿いに、木々が立ち並んでいる。

波は穏やかで、船等は、見受けられない。

水辺に隣接する道路は、比較的大きい。

が、めったに、車も人も、通らない。


道路脇には、家が、並んでいる。

家々は、大きな家屋と大きな庭を備え、各々、独立している。

が、人の気配は無い。

別荘地の様に、土日のリゾート地の様に、ひっそりしている。


なんや、ひっそりしとんなー。

でも、なんか、見たことあるぞ。


 ‥ ああ、分かった。

これ、お隣やん。


部屋に映し出された風景は、馴染みのあるもの。

ちっちゃい頃から、慣れ親しんだ、お隣の県の風景。


お隣の県には、大きな湖があり、その湖岸沿いが一部、リゾート地と化している。

そのリゾート地の一地域、らしい。


《ここに、魔物が住んでんの?》

《そやな》


フジは、答えて続ける。


《人々等には、そんなに実害及ぼしてないけど、地域の空気を、

 ネガティブと云うか、どんよりと云うか、暗いもんにしてるみたいや》


ああ、それで。


部屋に映し出された風景は、暗く、ひっそりしている。

陽光が、眩しいほど当たっているのに。


[模様変えコントローラー]の画面に映る地図を見ると、まさしく、隣の県の隣の市。

座標は、その市の、湖の西岸沿いを、示している。

更に言うなら、その西岸に面する山を、指し示している。



「ミスター」

「ん?」

「ナンにもナいな」

「こんなもんやで」


ヨウと電車を降り、駅を出る。

駅を出て、駅前に立つ。


やっぱり、ヨウの言う通り、何も無い。

ずっと先々まで、何も無い。

多分、昔から、何も無い。


駅の向かいに、屋根に看板を掲げた店が、一軒、あるだけだ。

よろず屋と云うか、なんでも屋と云うか、そんな感じの店が一軒、あるだけだ。


駅前と云うのに、車が無い。

自家用車らしきものも、タクシーらしきものも、通らないし、止まっていない。


バス停があったので、バスの時刻表を見る。


「げっ」

「ゲッ」


ヨウと共に、呆れ驚く。


バスは、朝に一本、夕に一本、だけだ。


『登校時と下校時しか、バスは無い』ってことか。

通勤の行き帰りには、この時間帯のバスを使うのは難しいから、『みんな、車使ってね』ってことか。


交通手段の優しくない、お年寄りに優しくない、土地柄だ。


マモノか妖怪の情報を得ようにも、辺りには、人っ子一人いない。

話し掛けようにも、ひとけが無い。

仕方無しに、駅の向かいの、よろず屋に、入る。


よろず屋の中は、乱雑に、整然としている。


食料、駄菓子・お菓子から、日用品、嗜好品まで、充実している。

それらは、各々は、乱雑に、並べられている。

が、食料コーナーとか日用品コーナーとか、キチンと区分けはされており、全体的には、整然とした印象を与える。


ギロッ


奥で、店番をしていたお婆さんが、こちらを、睨む。

明らかに、めったに来ない二人(住民とは思えない男と外国人)を、怪しんでいる。


にこっ

ニコッ


睨み続けるお婆さんに、にこやかに、微笑みかける。


『おやっ』とばかりに、お婆さんの眼が、戸惑う。

その間隙を突いて、話し掛ける。


「こんにちわ~」

「はい、こんにちわ」


お婆さんは、『想定外』と云った顔で、対応する。


「僕ら、こういう者なんですけど」


用意しておいた名刺を、出す。


[村崎大学歴史学研究所 研究員 都々木 茂之]


と、名刺には、ある。

真っ赤な嘘、だが。


「ああ、大学の先生」


お婆さんの姿勢が、しゃんとする。

言葉の口調も、変わる。

リスペクト感を、そこはかとなく、漂わせて、続ける。


「その先生が、なして、こんなところに?」


お婆さんの眼は、『こんな何もない土地に、何で来はった?』と、物語っている


「「この辺りで、なんか変なことが起こってる」と、聞きまして」


聞いていない。

嘘も方便、ハッタリだ。


「 ‥ う~ん、あるっちゃあるけど ‥ 」


お婆さんは、一転、思い悩む。

すぐに思い付くぐらい、『地域内では、有名事』なのだろう。

でも、それを、『外の人に、話してええもんか』の、葛藤があるのだろう。


ここで、お婆さんの心を、ちょっと軽くしてあげる。


「実は、そういう話を集めて、研究してるんです」

「はあ」

「研究資料に使うだけなんで、あんまり表には出ません」

「はあ」

「土地の名前出しますが、個人名とかの固有名詞は、必要が無いので、

 出しません」


お婆さんの眼が、光る。

眼つきが、変わる。

明らかに、警戒の色が、緩む。


そこで、押す。


「ご協力、お願いできませんか?」


お婆さんは、そこで、誇り高い顔をする。

『この人は、私を、頼っている』とばかりの、表情を、浮かべる。


「私で、分かることなら」


『最初の態度は、なんだったのか』と思う程、愛想よく、答える。


おもむろに、ノートを開き、ペンを取り出す。

お婆さんが、『おっ』とした顔を、する。

『こいつ、ガッツリ、本気やな』とか、思っているのだろう。


「この辺りで、「なんか、変なことが起こっている」と、

 お聞きしたんですけど」

「はあ」

「それは、どんなことなんですか」

「私も詳しくは知らんで、又聞きしたくらいなんやけど」

「はい。

 全然、大丈夫です」

「なんや、神隠しと云うか、行方不明と云うか、

 そんなんがあったらしいです」


紙隠し ‥ か ‥ 。

マモノとか妖怪とか、絡んでいる臭いな。


「それは、どんな話なんですか?」

「詳しくは分からんねんけど、ヤマノカミサンの山に入ったもんが、

 行方不明になってるらしいです」

「その行方不明になってる人は、やっぱり、子供が多いんですか?」

「いや。

 老若男女問わず、と聞いてます」

「それは、いつぐらいからですか?」

「う~ん、二、三年前ぐらいかららしいです」

「どんな感じで、いなくならはるんですかね?」

「いや、そこまで詳しいことは、分からんで ‥ 」


お婆さんは、これ以上詳しいことは、知らないようだ。

お婆さんへの聞き書きは、これまでのようだ。


「もう少し詳しく教えてくれる家、紹介してくれませんか?」

「う~ん」


お婆さんは、考え込む。

お婆さんは、自分の家のポジションと周りの家のポジションを鑑み、そこに親しさを加え、検討しているのだろう。


しばらく考え込み、ようやっと、顔を上げる。


「守埼さんところ、行ってみい」

「守埼さん、ですか?」

「そう、守埼さんとこ」

「あそこ、お爺さんが、いなくなってはる」


当事者だ。

実際に被害に遭った、当事者の家、だ。


お婆さんに、電話で、紹介してもらう。

道順を教えてもらい、よろず屋を、出る。

店を出るや、ヨウが、話し掛ける。


「ミスター」

「ん?」

「モクテチのイエまで、ドノくらい?」

「う~ん。

 三十分くらい」

「三十フン!」

「そう」

「トホで?」

「そう」

「クルマ、ツカおうや」

「そうは言ってもな」


辺りを、見廻す。

辺りには、車どころか、人っ子一人いない。


ヨウも、辺りを見廻す。

そして、溜め息をつく。


「じゃあ、レンタサイクルで」

「そうは言ってもな」


再び、辺りを見廻す。

辺りには、レンタサイクルの店どころか、人家でも、ポツポツとしかない。


ハアーーー


「アルキ、しかないか」


ヨウが、溜め息を、深く、吐き出す。


「そやな」


苦笑を、返す。

苦笑に、労りを込める。



暑いのか、寒いのか、分からん天気だ。


日なたは、太陽が照り付け、汗を掻くぐらい、暑い。

対して、日陰は、肌を出すのが嫌になるほど、寒い。


進む道が、日なたになる度、袖を、捲る。

日陰になる度、袖を、伸ばす。


捲ったり、伸ばしたり、忙しい。

その合間に、汗を拭いたり、鼻をかんだり、忙しい。


捲り伸ばししいしい、汗拭き鼻かみしいしい、歩を進める。

ヨウも、しいしい、しいしい、している。


何十回か目の、しいしいローティションをこなして、ようやっと、目的地に着く。

気候のせいか、歩き慣れていないせいか、時間が、かなりかかったようだ。

時計を見ると、四十五分強、かかっている。


三十分ってのは、嘘やったな。


チラッと、ヨウに眼をやる。

ヨウは、フーッとばかりに、息を、吐き出している。

出発時と比べ、くたびれ感が、強い。


俺も、あれぐらい、くたびれていることであろう。


今から、お宅訪問なので、くたびれてはいられない。

服装直し、居住まい正し、背筋を伸ばす。


ガラガラ


「こんにちわ~」


戸を開け、奥に、呼びかける。

反応は、無い。


「こんにちわ~」


今度は、反応が、ある。

何か、物音が、立つ。


「ふあ~い」


返事が、返って来る。

何か、こごもった声だ。


ギッギッ ‥

ギッギッ ‥


廊下を踏みしめる音が、響く。


奥から、口元を押さえた女性が、姿を現わす。

口を、モゴモゴさせているところを見ると、何か、食べていたらしい。


女性は、歳の頃、四十から五十代くらい。

子供が社会人になっていそうな頃合い、だ。


「すいません。

 お食事中に、お邪魔して」

「ふゅえいえ。

 おふぁし、たふぇてたらけ、ふぇすから」


女性は、お菓子を、高速起動で、噛み下す。

噛み下して、飲み込む。


「失礼しました。

 何か、御用ですか?」

「はい。

 駅前のよろず屋さんから、こちらのことを、聞きまして」

「ああ、鈴木さん」

「よろず屋さん、鈴木さんって、言わはるんですか。

 その鈴木さんから、こちらのことを伺って」

「どんなことを、ですか?」


女性は、訝し気に、問う。


「あの、ここら辺で起こっている、神隠しみたいな、

 ヤマノカミサンが絡んでいるらしい現象について、

 お伺いしたいと思いまして」

「ああ ‥ 」


女性は、顔を曇らす。

明らかに、気が進まない様子、だ。


「私は、こう云う者です」


すかさず、名刺を出す。


「ああ、大学の先生」

「そう云う話を、研究資料として、集めていまして」

「学術的なもん、ですか ‥ 」


女性の顔が、ちょっと、持ち直す。


「こちらは、助手のヨウ、です」


ヨウを、紹介する。

ヨウが、ペコッと、頭を下げる。


「はあ」


女性の表情は、だいぶ優しくなって来たが、所々に浮かぶ不安の色は、隠せない。


「実は、こう云うものを、作ってまして」


女性に、渡す。

[復位県高濱郡宇和背町調査報告書]と題した、冊子を、渡す。


冊子は、製本されていて、『本』然としている。

が、見た目は、同人誌に毛の生えたようなクオリティ、だ。

それもそのはず、神隠しの話を聞き込むに当たって、急遽、こしらえたもの。

自称している身分(大学の研究員)に説得力を持たせる為、急遽、こしらえたもの。


中身は、その題した土地に近い所の、調査報告書を、まるパクリしたもの。

まあ、嘘ではない。

嘘ではないが、ハッタリだ。

俺の言動、行動にハッタリを利かす、ハッタリ・ツール、だ。


おお。


報告書を一目見て、女性の瞳が、輝く。

どうやら、上手くいったようだ。


女性は、報告書をペラペラやり、あるページを、熱心に読み込む。

それは、民間信仰のページ、だ。


女性は、冊子から、顔を上げる。

顔を上げて、俺を見る。

顔に、『この人なら』の思いが、浮かんでいる。

『上手くいった』と思ったが、澄ました顔で、女性の視線を受け止める。


「 ‥ あの ‥ 」

「 ‥ はい」


ガッつかず、静かに、返事を返す。


「 ‥ ウチの義父のことなんですけど ‥ 」

「はい」

「行方不明になってまして」

「はい」


相手に、躊躇を与えないよう、殊更、冷静に返す。


「どうも、山の中で消えた、らしくて」

「はい」

「その山が、ヤマノカミサンの山で」

「はい」

「義父失踪が、[ヤマノカミサンの神隠し]みたいに言われてるんです」

「そうなんですか」

「歳の割に、足腰丈夫で、まだ、農作業とかもしてたんです。

 で、「ヤマノカミサンのお供え、変えて来るわ」と言って出てって、

 それっきり ‥ 」

「はい ‥ 」


女性の、発言フェイドアウトに合わせて、返事もフェイドアウトする。


その後も、色々、聞き出す。


・いなくならはった日時は?

・いなくならはる前に、いつもと違う行動を、取ってはらなかったか?

・ヤマノカミサンは、どういう信仰対象で、どんな風に、祀ってはるのか?

等々。


何件か、他に[ヤマノカミサンの神隠し](?)の被害に遭っている家を教えてもらい、女性の家を、後にする。

その後も、何件か聞き込みをするが、大した収穫は無い。

最初に女性から得た情報と、あまり、変わらない。



《なんや、ようある話、やな》


フジが、話し掛けて来る。


《そうですね。

 『よくある事例』やと、思います》

《さして、珍しいもんでもないがな》


町場や市街地等に住んでいる人は、「未だにそんなんやってはるの!」とか言う。

が、所謂、地方とか郊外とか言われるところでは、ビックリするぐらい、そんなんやってはる。

その状況を知ってたら、さして珍しいもんでもない。


《そうなんですけどね ‥ 》


口を籠らせると、フジが、すかさず、ツッコんで来る。


《なんや、なんか、引っ掛かってんのか?》

《 ‥ はい、実は》

《何やねん?》

《う~ん。

 『[ヤマノカミサンの信仰]も[神隠し]も、珍しいことではない』と、

 僕も思うんです》

《そやろ》

《お祀りの仕方にも、変わったところは無いし》

《そうやがな》

《でも ‥ 》

《何や?》

《[神隠し]の発生の仕方が、気になるんですよ》

《何や、それ?》


フジが、想定外の返事を返され、怪訝そうに、訊く。


《普通、[ヤマノカミサンの信仰]と云うか、

 ヤマノカミサンへのリスぺクトがあって、

 『[神隠し]がある』、と思うんです》

《おお》

《誰かが居なくなったけど、ヤマノカミサンの[神隠し]にして、

 『若干でも、俺らは、ポジティブに捉えよう』としている、

 と云うか》

《おお》

《『居なくなったけど、神に抱かれている』、みたいに捉えて》

《なるほど》

《でも、今回の場合》

《おお》

《[神隠し]が先にあって、ヤマノカミサンのせいになってる、と云うか》

《おお?》

《ヤマノカミサンのとこで居なくなった人がいるから、

 ヤマノカミサンのせいになってる、と云うか》

《まあ、そうとも言えるな》

《そこに、ヤマノカミサンへのリスペクトは無くて、現象だけから見て、

 『そうなってる』、って言ってるみたいな》

《おお》

《なんや、そこに、『しっくり来ない感がある』、って云うか》

《つまり、ここの土地には、[ヤマノカミサンの信仰]はあるけれど、

 『人々は、あまり、ヤマノカミサンを敬っていない』感がある、

 ってことか》

《まあ、そんな感じです》

《で、行方不明が、[ヤマノカミサンの神隠し]にされて、

 住民の意識の中で、機械的に処理されてると》

《そうです。

 当に、そんな感じです》


なるほど。


フジも、実は、そう思っている。

言葉にはできなかったが、そこはかとない『しっくり来ない感』は、持っている。


《どうしたら、ええねん?》


フジが、堂々巡りそうな思考を抱え、尋ねる。


《う~ん。

 『これ以上は、聞き込みをしても無駄』、のような気がするんですよね》

《なんでや?》

《おんなじことを、聞かされそうで》

《ああ。

 そんな感じは、俺もする》

《それならば、ここらへんで》

《おお》

《もう、直に、ヤマノカミサンの山に、行ってみてはどうかと》

《おお》

《その方が、何らかの進展が、あるんやないかと》

《そやな。

 俺も、基本的に、賛成や》

《基本的?

 何か、引っ掛かるとこが、あるんですか?》

《いや、『ここのヤマノカミサンについて、もっと調べなあかんな』、

 と思て》

《はい?》

《いや、俺ら、聞き書き・聞き込みでしか、ここのヤマノカミサンのこと、

 知らんやんか。

 だから、図書館なり役所なりで、

 『客観的に、ここのヤマノカミサンのことを、調べなあかんな』、

 と思て》

《ああ、なるほど。

 どうしても、聞き書き・聞き込みは、聞いた人の主観に、

 左右されますからね》

《そう云うことやな。

 第三者的な意見と云うか、そう云うものも、欲しいねん》

《分かりました》


「ミスター」


その場に佇み、沈思黙考(実は、フジと会話している)している俺に、ヨウが、話し掛ける。

長い沈思黙考なので、心配したみたいだ。


「ん、何?」


沈思黙考を切り上げ、ヨウの顔に、視線を注ぐ。


「ダイジョウブか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。

 『これからどうしよ』と思て、考えててん」

「なんか、ええカンガエ、ウかんだんか?」

「まあ、一応な」

「オオ」


『さすが、ミスター』の視線が、突き刺さる。


必要以上に、賢こ顔を作る。

そして、発言する。


「ヨウ」

「ハイ」

「次は、図書館に、行くぞ」

「はい。

 トショカン、どこにアンの?」

「そら、町の中心部やろ」


そこで、ハタっと、気付く。

ここは、町の中心部から、離れている。

最寄駅は、鉄道の駅。

バスは、無い。


駅までの歩きが、決まる。

来た道を引き返すことが、決まる。



この辺りの地域は、所謂、地方都市と一緒で、駅を中心にして、町ができている。

居住地域が、構成されている。


『駅を介さずに、他の地域に行こう』と思えば、車の存在が、必須。

車を運転できることが、超重要。

それは、違う自治体に属する地域でも、同じこと。


バスも、鉄道の駅を基点としており、事情は同じ。

案外、不便。

免許を持たない老若男女に、優しくない。


路線バスの旅の、いつも問題になる点、やな~。


そんなことを考えて歩いていると、駅に着く。

時刻表を、見る。

次の列車まで、約二十五分。

前の列車が行ったとこ、みたいだ。


二十五分て ‥ 。

ここで、どうやって、時間潰すの ‥ 。


一時間に二本しかないので、さもありなん。

でも、バスに比べたら、大概マシ。


まあ、仕方が無いので、先程のよろず屋で、時間を潰すことにする。

それしか選択肢が無い、とも言える。


ガラッ


よろず屋に、再び、入る。


ギロッ


入るとすぐに、お婆さんの視線が、飛んで来る。


おやっ


お婆さんの視線は、疑問を含んだ、優しいものに変わる。


「どうしたん?」

「図書館の方に行きたいんですけど、列車の時間まで間があるので、

 また、寄せてもらいました」

「話、聞けたんかいな?」

「それは、充分、聞けました。

 あと、ちょっと調べものをしたいので、図書館に寄ろうかと」

「なら、図書館方面に行く列車待ちの時間潰し、に寄ってくれたわけやな」

「すいません。

 そうです」

「かまへんかまへん。

 話し相手になってくれたら、大歓迎や」


ガチャガチャ


お婆さんは、レジ向かいのスペースに、スツールと云うか、椅子を出す。

二脚、出す。


「ほら、二人共、座り」

「すいません」

「スイマセン」


ヨウと共に座ったものの、三人共、話を切り出そうとはしない。

ヨウも俺も、自分から喋り出す方ではない。

どうやら、お婆さんも、そうみたいだ。


「あの ‥ 」


落ちる沈黙を遮る様に、言葉を、発する。


「頻繁になったのは、ここ二、三年らしいですけど、

 [ヤマノカミサンの神隠し]自体は、昔からあるもんなんですか?」


お婆さんに、何の気無しに、訊く。


「いや」


お婆さんは、何の気無しに、答える。


「 ‥ えっ」

「 ‥ エッ」 


二人揃って、驚く。


「いや、今まで無かった。

 最近、耳にし出した」


てっきり、『昔からあるもの』と、思っていた。

なんなら、江戸時代くらいから。

それが、ここ最近、現代の話かよ。


「キッカケとか、あるんですか?」


なんでまた、最近になって起こった?


「キッカケな~。

 行方不明が、ヤマノカミサンの山とかで続いてるから、

 そんな風に言ってんのかもしれんな~」


曖昧な言い回しに、終始。

お婆さんから、これ以上聞き出すのは、望み薄みたいだ。


と思っていたら、お婆さんが、続ける。


「そう云えば ‥ 」

「はい」


勢い込んで、答える。


「勧請、してからかな~」

「勧請」


有名な祭神を、自分らの土地に、分祀するやつか。


「オイセサンとアタゴサンとアキバサンを勧請してからと、

 期を一にしているような気はする」

「今まで、その三社は、無かったんですか?」

「各家で、お札もらって、お祀りしてたみたいやけど、ムラ全体で、

 お祀りしようと云うことになってん」


ここで言うムラは、その地域のことである。


「なんで、また?」

「年寄りが増えて来て、代参する者が、いいひんようになって来てん。

 だから、近所でお参りできる様、勧請してん」

「ああ、なるほど」

「ほんで」

「はい」

「三社まとめて、ヤマノカミサンの隣の山に、祀った」

「お隣の山ですか?」

「うん。

 『神さん事を、まとめとこう』、と思て」

「ああ」

「その山には、三社の、小さい祠が、並んでる」


そりゃ、ヤマノカミサンが、気ぃ悪うもするわな。


今まで、自分が中心となって、地域の安寧に尽くして来たのに、新参の神さんが、三人も一遍に増えたら、そら気も悪くなるわな。

それに、勧請とは云え、自分より神格の高い神さんばっかやしな。


原因は、そこにあるような気が、強くする。

でも、果たして、民間信仰神とは云え、ヤマノカミサンともあろう神が、そんなことをするだろうか?


腑に落ちたような、落ちないような、複雑な気持ちを抱え、よろず屋を、後にする。

はたして、ヨウが、疑問を呈する。


「ミスター」

「ん?」

「ここのカミさんは、そんなことスルのか?」


あ~、やっぱりヨウも、そう思ったか。

国の違いがあるとは云え、どこの国の神さんでも、そんなせせこましいことは、しそうにないからな~。

てか、眼中にも無さそうな気も、する。


「ヨウ」

「ハイ」

「図書館で調べてから、現地にも行かんとあかんな~」

「ソヤナ」



電車を降り、駅を出る。

駅から幾らか距離はあるのに、町役場は、見える。


高い建物が無い、せいだろう。

高い樹木等が無い、せいだろう。

せいぜい、二階建てくらいの高さしか、見えるところにはない。

そのせいか、空が、とっても、広い。


町役場のみ見えるのは、町役場のみ、四階建てになっているから。

役場機能が、一つの建物の中に、集中しているらしい。

その一つとして、図書館がある。


道に迷う必要も無く、町役場に、向かう。

この通りは、町一番の繁華街だと思うが、寂しい。


駅前に、二階建ての大きなスーパーマーケットがあるが、それだけ。

町役場に続くこの通りには、ポツンポツンと店があるが、それだけ。

平日昼間なのに、シャッターを下ろしている店も、多い。

たまにシャッターが開いていて、看板を出していたら、全国チェーンの店だったりする。


典型的な、地方都市の駅前風景、やな。

で、国道沿いの方が、開けてたりするんやろな。


町役場のドアを抜けると、案内台が、即、目に入る。

案内台はあるが、人はいない。

明らかに、人ひとり座れるスペースは取ってあるが、人はいない。

人員削減された、らしい。


案内台の横に備え付けられた、構内案内板を、見る。

見て、図書館が四階にあることを、確認する。

四階に、図書館とか歴史民俗資料館とか、文化施設は、まとめられている。

どこの役場も、同じようなもんだ。


「ヨンカイか~」


ヨウが、溜め息気味に、呟く。


「四階、やな」

「ミスター、アソコに、エレベーターがある」


ヨウが、指差す先に、エレベーターはある。

でも、首を振る。


「階段で、行こう」

「エ~」


ヨウは、明らかに、『四階なのに』の不満を、醸し出す。


「太るぞ」

「デも」

「なんや、エレベーターとかエスカレーター、極力使わんようにしてたら、

 自然に手軽にフィットネスできて、太りにくくなるいらしいぞ」

「ホンマか?」

「ホンマ。

 これは、公に、事実として発表されてる」


とは云え、やる人は、なんやかんや言うて、あんまいいひんけどな。


エレベーターとかエスカレーターがあれば、分かってても、『そちらに流れるのが、人間』と云う者らしい。


タッタ タッタ タッタ タッタ ‥

タッタ タッタ タッタ タッタ ‥


リズミカルに、階段を上る。

ヨウも、上る。


タッタ タッタ タッタ タッタ ‥ 

タッタ タッタカ タッタ タッタカ ‥


三階を過ぎ、二人のリズムが、ズレ出す。


タッタ タッタ  タッタ タッタ ‥ 

タッタカ タッタン ‥ タッタカ  タッタン ‥


四階に着く頃には、ズレどころか、ヨウの遅れが隠せない。

心なしか、息も弾んでいる。


「(はあはあ ‥ ) ‥ ミスター ‥ 」


ヨウが、やっとのことで、口を開く。


「何や?」


涼しい顔で、答える。


「ハヤい」

「いや、最初からおんなじペースやで」

「ホンマか?

 トチュウから、アゲてへんか?」

「上げてへん、上げてへん」


これが、普段から、階段使っている人と、エスカレーターとかエレベーター使っている人の差か。


四階に到着し、案内板を、確認する。

フロアの中央、一番目立つところに、図書館はある。


フロアの三分の一を占めているとは云え、図書館と言うより図書室みたいなものなので、蔵書数には、期待できない。


まあ、ゆっくりと雑誌読めて、調べものできたら、御の字やな。


棚を、探す。

[民俗・風俗・民間信仰・宗教]と云った棚を、探す。


おそらく、歴史関係の棚と隣接していることが多いから、そこら辺で、当たりをつけよう。


ヨウは、手持ち無沙汰で、後を付いて来る。

『図書館では、静かにしなくてはいけない』ことに加え、外国語の本ばっかりが並んでいるのだから、つまんないだろう。


「ヨウ」


小さな声で、ささやく。


「ナンや?」


普通の声で、ヨウが、返す。


「大きい大きい。

 もうちょっと、声、抑えて」

「ナンや?」


ヨウも、小さな声で、ささやく。


「席、とっといて」

「セキ?」


分からない、らしい。


「ああ、調べる机、確保しといて」

「ああ、シラべるツクエ、な」


分かったらしい。

ヨウは、『本の鬱蒼とした森から、解放された』体で、閲覧スペースへ、向かう。


[民俗・年中行事・民間信仰]等の本が並んでる棚を、見つける。

その棚に、そのものズバリ、[地域の信仰]と云う本を、見つける。


本と言うよりは、冊子。

厚手の紙を表紙にして、本文用紙を包んでいる。

体裁的には、地方自治体が出す[~報告書]や大学の出す[~研究紀要]に近い。

近いと云うか、当に、それ。


やはりと言うか、著作者は、[地域文化保存会]になっている。

おそらく、役場の文化財保護課かなんかが音頭を取って、作成した冊子、だろう。


ペラッ ‥ ペラッ ‥


冊子を、捲る。

目次を、見る。


章立ては、各地域ごと、になっている。

一つの地域で、一章を使い、説明している。

そして、最後に、総論と云うか、まとめの章がある。


一章に割かれるページは、大体、二~四ページ。

そんなには、充実していない。

『どこに祀られているか』を示す地図も、記載された地域で、あったり無かったりする。


ペラッ ‥ ペラッ ‥

ペラッ ‥ ペラッ ‥


「お、あった」


思わず、声を漏らす。


該当の地域が、ある。

ページも、四ージ、取ってある。

地図も、ちゃんとある。


ページも地図もあるところを見ると、民間の風習の類いは、ちゃんと行なっている地域のようだ。


一地域一章だが、その一章の中にも、何節か設けられている。

その中で、[家・地域の信仰]で一節、取っている。


家の信仰関係では、コウジンサンやギオンサン等が、見受けられる。

地域の信仰関係では、オイセサン、アタゴサン、アキバサン等が、見受けられる。

そして、勿論、ヤマノカミサンも。


これ、ちょっと、ひどくないか。


オイセサン、アタゴサン、アキバサンは、比較的新しい信仰らしく、資料があるのか、二、三行に渡って、記述されている。

対して、ヤマノカミサンの記述は、少ない。

「少ない」なんてもんじゃなく、[この地域には、ヤマノカミサンの信仰もある。]で、終了。

なんと淡白な、終了。


いや、全然、詳しいこと、分からへん。


地図に、信仰対象の所在地が、記載されている。

オイセサン、アタゴサン、アキバサンに加え、ヤマノカミサンも、ちゃんと載っている。


これも、ちょっと、ひどくないか。


オイセサン、アタゴサン、アキバサンと、ヤマノカミサンは、分けて、別々

の場所に、祀られている。

異なる山に、祀られている。


が、隣の山、だ。

隣接する山、だ。

お隣同士、だ。


異なる山とは云え、尾根同士が繋がっているので、道は一つで行ける。

言わば、一つ屋根の下の、長屋かテラスハウス状態。

一蓮托生、一心同体、っぽい。


これやと、母屋が、オイセサン・アタゴサン・アキバサン連合軍で、離れが、ヤマノカミサン軍、みたいな感じになるなー。

そら、ヤマノカミサン、『俺の方が、古株やのに』って、気ぃ悪うもするわな。


開架の雑誌を熱心に見ているヨウを置いて、図書館を出る。

図書館に隣接する、歴史民俗資料館に、入る。


安いとは云え、しっかりお金を取るので、入場料を、払う。

事務的に、半券とパンフレットを渡され、中に入る。


まずは、郷土の歴史のパネル展示が、並ぶ。

随時、発掘物や古文書のガラスケース展示も、加わる。


[郷土の偉人]コーナーに、移る。

イマイチ、よく分からない。

ここの地域では、有名なのだろうか?


偉人コーナーを過ぎ、お目当てに、辿り着く。

[郷土の民俗]コーナーに、辿り着く。


最初は、[生業]と題して、民具が、ズラズラ並ぶ。

ここの地域は、やはり、昔から、農業が主体。

そして、ポツポツ、林業もある。

今は、サラリーマン主体の兼業が多くなったとは云え、まだ、やっているらしい。


次が、『待ちかねたぞ』の[行事・信仰]。

年中行事と、民間信仰(オイセサン、アタゴサン、アキバサン等)・ムラの組織(若者組等)は、切り離せないものなので、まとめて展示してある場合が、多い。


ほとんど、実際の写真込みの、パネル展示だ。


やはりと言うべきか、ヤマノカミサンの記載は、薄い。

他の民間信仰や村の組織の記載と比べて、明らかに、薄い。


一枚のパネルの中に、ちょろっと、文がある。

一枚のパネルの中に、ずいぶん古そうな写真が一枚だけ、載っている。


なんや、あんまり、情報、増えへんかったな。


保持情報が少ない上、新たな情報を仕入れることも、できない。


ほな、訊くか。


受付に顔を出し、訊く。


「ヤマノカミサンのことについて聞きたいんですけど、分からはる方、

 いはりますか?」


受付の、パートらしきおばさんが、奥に言う。


「尾戸尾さ~ん、お客さん」


 ‥‥


「はい」


数秒遅れて、返事がある。

そこからまた、数分遅れて、尾戸尾が、出て来る。


「何ですか?」

「この人が、ヤマノカミサンについて、聞きたいんやて」


ペコッと頭を下げ、名刺を差し出す。

フェイクの名刺には、先程と同じく、

[村崎大学歴史学研究所 研究員  都々木 茂之]と、ある。


「あ、大学の先生」

「まだ、非常勤なんですけど、一応、研究員やってます。

 この辺りの、民間信仰を調べてまして、『それについて、お聞きしたい』

 と、思いまして」

「はあ」


尾戸尾も、名刺を出す。

尾戸尾は、ここの学芸員、らしい。


「ここには、何人くらい、学芸員さん、いはるんですか?」

「私だけです」

「えっ、一人だけ、ですか?」

「はい」


まあ、そんなもんだろう。

あまり、こう云うことに力を入れていない地方自治体なら、珍しくもない。

と云うか、それがデフォルトみたいに、なっているのだろう。


「館長さんは?」

「ああ、名誉職のような感じで、町長が兼ねてます」


ああ、さもありなん。


『知ったはるやろか?』と、一抹の不安を覚え、訊いてみる。


「あの」

「はい」

「ヤマノカミサンについて、詳しく知りたいんですが ‥ 」


キラン!


ヤマノカミサンと言った途端、尾戸尾の眼が、光る。


「ヤマノカミサン、ですか」

「ヤマノカミサン、です」

「そうですか!」


尾戸尾は、喰い付き気味に、『待ってました』とばかりに、答える。


どうも、尾戸尾は、民間信仰関係のエキスパート、らしい。


それから、尾戸尾のラッシュと云うか、畳み込みと云うか、そう云うものに遭う。

防戦一方、となる。


お蔭で、尾戸尾の話が一段落した時には、この地域の民間信仰について、一通り、知識を得る。

ヤマノカミサンは元より、オイセサン、アタゴサン、アキバサン等々についても。

由来、歴史背景から、祭祀組織、今やっている行事まで。

「なんやったら、映像、見はりますか?」とも言われたが、それは、遠慮することにする。


やはり、ヤマノカミサンの祭祀は、世代々々年々、廃れているようだ。

「オイセサン、アタゴサン、アキバサン等、新興勢力に押されている」、とも言える。


年に一回、ヤマノカミサンの日に、お供えをするぐらいになっている。

しかも、ムラ(地域)の行事と云うよりも、ヤマノカミサンの山を所有する家の、家の行事みたくなっている。

しかも、その山の所有者は、地元にいない。


「えっ、いはらへんのですか?」

「はい。

 街の方に出て、そこで住んで働いたはります」

「じゃあ、山の管理は?」

「近所の人が、ごくたまにしはるだけで、『基本、放っぽりっ放し』、

だそうです」

「うわあ」


でも、まあ、そんなとこ、多いわな。


口調を、重く真剣なものに、変える。


「なんや最近」

「はい」

「この辺りで、失踪者が多いみたいで」

「そうですね」


尾戸尾が、あからさまに、警戒する。

公共職員としての立場上、縛りが多いみたいだ。


「それが」

「はい」

「ヤマノカミサンのせいにされてる、って、聞いたんですけど」


尾戸尾は、警戒心を、ちょっと、緩める。

そして、高らかに、強く、否定する。


「そんなことは、ありません!」

「はい?」


尾戸尾の意気込みに、戸惑いを隠せない。


「ヤマノカミサンは、ムラのみんなを、慈しんで保護するもんです」

「はい」

「それが、ムラのみんなに、被害をもたらすわけが、ありません」

「はい」


と云っても、それは、尾戸尾さんの心情に基づいた、希望的観測ですよね。

ホントのところは、分かりませんよね。


これ以上、新たな情報を得ることは、できそうにない。

ので、丁重に、尾戸尾に礼を言い、歴史博物館を、後にする。


《おい》


博物館を出た所で、フジが、話しかける。

背負ったフジ入れから、話しかける。


《はい》

《あれ、あかんやろ》

《あれ、って?》

《あの、学芸員》

《ああ、学芸員さん、ですか》

《自分の専門大好きで、周りが見えてへんから、客観的な眼が無い》

《そうですね》

《だから、客観的に、妥当な判断が、できひん》

《そうですね》

《まあ、お前も、それが分かっとるみたいやけど ‥ 》


フジは、探る様に、続ける。


《次の手は、どうすんねん?》

《う~ん。

 やっぱり、現地に、行ってみようかと》

《そやな。

 それが、ええな》

《フジさんは、なんか、見当がついてるんですか?》


フジは、自分に振られて、少し、戸惑う。

戸惑うが、キッパリ、言う。


《ついてる。

 十中八九、ヤマノカミサンの仕業や》


えっ。


《学芸員さんは、「神さんは、そんなことせえへん!」みたいに、

 言ってはりましたけど。

 僕も、そう思いますし》

《するやろ。

 ギリシア神話とか、見てみいや》

《そら、そうですけど ‥ 》


なんか、釈然としない。


《まあ、現地行ったら、分かるがな》

《はあ ‥ 》


図書館に戻り、ヨウを探す。

ヨウは、閲覧机で、雑誌を、読んでいる。

写真がほとんどの雑誌を、眺めている。


「ヨウ」

「ン?」

「行こか」

「エエのか?」

「何が?」

「シラべもの」

「ああ、もう済んだ」

「ハヤッ」


ヨウと共に、図書館を、出る。

図書館を出た途端、ヨウが、話し掛ける。


「ミスター」

「はい」

「なんか、ワカッたんか?」


複雑な表情を、ヨウに、返す。


「分かった様な、分からんかった様な」

「ナンやソレ」

「情報は得られたけど、肝心の欲しい情報は得られんかった、

 みたいな感じ」

「ああ。

 そんなカンジか」

「そんな感じ」



駅を出て、ヤマノカミサンの山へ、向かう。


先程の駅だ。

逆戻りだ。

デジャブの暇も、無い。


歩く。

駅を出て、歩く。

駅前のよろず屋を、スルーする。


向かう先は、ヤマノカミサンの山。

地図で確かめると、三キロは、ある。

時間にして、四十五分弱と云ったところ。


「ミスター」

「うん?」


ヨウが、げんなりと、問い掛ける。


「ヨンジュウゴフンも、アルくのか?」

「まあ、そやな」


ヨウが、更に、げんなり。


「カリよう」

「何を?」

「ジテンシャ」

「いや、この辺、レンタサイクル無いやろ」

「ナイやろうけど、よろずヤなら、ジテンシャ、カシてくれそう」


ああ、なるほど。


歩きの行程に、ちょっと凹んでいたので、すぐさま、賛成する。

速やかに、素早く、Uターン。

よろず屋へ、Uターン。


ガラガラ


「こんにちは~」

「はい。

  ‥ また、かいや」


お婆さんは、苦笑する。


「はい。

 また、です」


頭を、下げる。

遅れて、ヨウも、頭を下げる。



キーキー

キーキー


自転車を、漕ぐ。

店用の自転車を、貸してもらう。

貸してもらったはいいが、一台しかなかったので、俺は、荷台行き。

荷台に座って、ヨウに、しがみついている。


「ミスター」

「ん?」

「ホウコウは、コレでええのか?」

「ああ、ええ。

 道なりに、進んでくれ」

「ミチナリ?

 ヒトのナマエか?」

「違う、違う。

 このまま進んでくれたらええ、ってことや」

「OK。

 ミスター、ナビ、タノムぞ」

「心得た」


ナビも何も、このまま、道を突き進んでくれたらええ。

分かれ道も、信号も、無い。

車も人も、通らない。


この時間帯は、この辺りの人々にとっては、テレビのワイドショーを視聴する時間帯なのだろう。


すれ違う車も無く、人も無く、ヤマノカミサンの山のふもとに着く。

なだらかな坂道ではあったが、さして苦労することも無く、着く。


山そのものは、大したものではない。

低い。

高さにして、三百メートル、あるかないかだろう。


お隣の山も、それくらい。

そして、お隣の山と、尾根づたいに、繋がっている。

おそらく、お隣の山が、オイセサン・アタゴサン・アキバサン連合祭祀の山、だろう。


ほぼ、一つの山、やん。


二つの山は、近付いて見れば、独立した二つの山に、見える。

が、遠目では、起伏のある、一つの山に、見えてしまう。


こりゃ、ヤマノカミサンも、気ぃ悪いやろな。

第三者の眼的には、『一つの山に、ヤマノカミサン、オイセサン・アタゴサン・アキバサンが、合祀されてる感じ』やもんな~。


自転車を、山の麓に、止める。

登山口を、探す。

登山口と云ったものは、見受けられないが、山の上へ続く様な道を、見つける。


その道を、登る。

ヨウと、登る。


さして高くない山だから、小一時間程度で、頂上まで、辿り着けるだろう。


登り始めた途端、山道の洗礼。


山道は、最低限、人が昇れる様になっているものの、ほぼ自然のまま。

石・岩や土が、当たり前ながら、剥き出し。

杭や木板、手すり等で、整備されているわけではない。


登る度、踏み出す度、山深く、林深く、暗くなって来る。

木々が、日の光を遮る。

心なしか、気温も変化しているような、気がする。


《あ~、来とんな》


フジが、急に、声を出す。


《何か、来てるんですか?》

《来てる、来てる。

 割と、神聖なやつ》

《ここ、ヤマノカミサンの山やから、それは、ヤマノカミサンでしょう》

《多分な。

 でも、カミサンとかにしては、めっちゃ速いリアクションやないか?》

《そう言えば、そうですね》

《感情的に、煮詰まって、気ぃ急いとんのやないか?》

《カミサンに、感情的って、なんか、似合わないですね》

《似合わんけど、煮詰まってて余裕無いから、リアクション、速いんやろ》

《なるほど》


フジの言うことにも、一理ある。

一理どころか、多分、それが、正解だろう。


なんか、眼に、見えて来る。

木々がや草花が揺らめいて、人の形を、取っている。

空間が揺らめいて、人の形を、取っている。

それが、近付いて来る。


これか。

モロバレ、やな。


空間揺らめきヒト形は、接近して、立ち止まる。


《《出て行け》》


頭の中に、話し掛けられる。

時候の挨拶とか枕言葉とか、導入部が無くて、いきなり結論だ。


《《意味が、分かりません》》

《《出て行け》》

《《意味が、分かりません》》

《《出て行け》》


果てしの無い堂々巡りが、繰り替えされそうになる。


《《待て待て》》


そこに、フジが、助け舟を入れる。

明らかに、空間揺らめきヒト形 ‥ ヤマノカミサンは、戸惑う。

『お前、誰や?』、ってなもんだろう。


《《誰や?》》

《《俺、こいつの持ってる刀の精、みたいなもんや》》

《《こいつ?》》

《《ああ。

  日本人の方な》》

《《で、こいつとお前が、どうしてん?》》

《《この辺りで、人が行方不明になってるから、調査しに来てん》》

《《ああ》》

《《なっとるやろ?》》

《《ああ》》

《《何でか、知らんか?》》

《《「オレが、神隠しにしてる」、からや》》


ヤマノカミサンは、あっさり、認める。

微塵も後ろめたさを感じさせず、認める。


《《原因は、お前かいや》》


フジは、拍子抜けして、毒気を抜かれる。


《《薄々、感づいとったんやろ。

  だから、ここに来たんやろ》》


ヤマノカミサンは、したり顔で、言う。


《《まあな》》


フジは、苦笑で、返す。


《《ちょっと、ちょっと》》


二人の会話に、割って入る。


《《お二人は、お知り合いなんですか?》》


フジとヤマノカミサンは、顔を見合わせる。


《《いや、初対面や》》

《《右に、同じ》》


フジとヤマノカミサンは、続けて返答する。


《《なんや、タメ口で、しゃべったはりましたやん》》

《《まあ、同じ種族と云うか、同じ世界に属する仲間みたいなもんやから、

  タメ口になってしもた》》

《《右に、同じ》》



ヨウは、フリーズして、沈思黙考する俺を見て、『マタか』と思う。

『ダレにもテダシはさせないぞ。オレが、ホゴするんや』とばかりに、辺りを見廻す。

幸い、 空間揺らめきヒト形も、フリーズしている。



ヤマノカミサンに、改めて、向き直る。


《《困るんですけど》》

《《何が?》》

《《いや、人、勝手に、行方不明にしてもろたら》》

《《だってな》》

《《はい?》》

《《あいつら、勝手に、俺のこと、疎かにしよんねんもん》》


子供か、駄々っ子か。

しかも、深刻な内容とは裏腹に、軽い口調。

まあ、あまり深刻にし過ぎん為に、ワザと軽い口調にしてる節もある。


《《はあ。

  それは、重々、認識しています》》

《《そやろ。

  あいつらのヤリ口、ひどいやろ?》》

《《『ひどい手の平返し』とは思いますが、神さんであるヤマノカミサンが、

  それに怒って、こんなことをするのは、如何なものかと》》

《《「あいつらが、正しい」、言うんかいな?》》

《《そんなこと、言ってません。

  『畏れ多くも、神さんが、そんなことしてええの?』って、

  思ってるだけです》》

《《それが、『あいつらの肩を、持っている』ことに、

  なるんちゃうの?》》

《《そんなん、言われたら ‥ 》》


まずい。

あやしい雲行きだ。

ヤマノカミサンの論法に、流されそうだ。

思った以上に、ヤマノカミサンは、手強く、めんどくさい。


《《大人げ無い》》


フジが、一言、ぶった切る。


《《このままでは、埒明かん。

  抜け抜け。

  俺、抜け》》


フジが、煽る。


《《はい》》


フジ入れから、フジを、抜く。

ヤマノカミサンの前に、かざす。


「ミスター!」


ヨウが、驚く。


「タタカうのか?」

「闘わへん、闘わへん」

「でも、イマ、カタナだした」

「ちょっとした、威嚇行動」

「イカク?

 ズケイか?」

「それは、四角。

 まあ、『襲われんように、用心している行動』、やな」

「それなら、なんとなく、ワかる」


フジを抜いて出した途端、ヤマノカミサンの動きが、明らかに、鈍くなる。


《《おいおい》》


フジが、声を掛けて、続ける。


《《それは、聞き捨てならんな》》


フジが、ネゴシエイター・モードに、入る。


《《何が?》》


ヤマノカミサンが、応える。


《《聞いてたら、「人間が、俺を祀るのを疎かにしているので、

  人間に思い知らせてやろうと、神隠しをしている」風に聞こえる》》


フジがツッコむと、ヤマノカミサンは、答える。


《《そうや》》


あっさり、認める。


《《「そうや」って ‥ 。

  ヤマノカミサンやったら、細かいこと言わずに、

  人間が助け求めてきたら、手を差し伸べるもんやろう。

  それが、手を差し伸べるどころか、損害を与えて、どないすんねん》》

《《それは、ギブテクやろう》》

《《 ‥ ああ、・ギブ・アンド・テイクか》》

《《そう。

  あっちが、ちゃんと祀ってくれるから、

  こっちもええ状況を与えるわけで》》

《《神仏的には、『無条件で無償で、老若男女問わず、

  手を差し伸べなあかん』のとちゃうの?》》

《《聖人君子やあるまいし》》

《《聖人君子の前に、神さんやん》》

《《神さん言っても、昔から、他の神さんも、試練や障害も、

  多数、与えてるやん。

  それに、よく言うやん》》

《《何て?》》

《《天は、自らを助くる者を、助く》》

《《なるほど》》


ヤバい。

フジが、説得されかかっている。

凄腕ネゴシエイターの、伝説の刀の名がすたる。


《フジさん、フジさん》

《何や?》

《ヤバいのと、ちゃいますか?》

《何が、や?》

《いや、説得されかかってますやん》

《いやいや。

 説得されかかってないし》

《でも、ヤバそうな雰囲気、でしたよ》

《あ~、『一理、有るかな』と思ったけど、

 『神さんがそんなことしたら、あかんやろ』と、

 直ぐに、思い直してるし》

《ホンマですか?》

《ホンマ、ホンマ》

《任せて大丈夫、ですか?》

《大丈夫、大丈夫。

 任せとけ》


フジは、俺の不安を他所に、ヤマノカミサンへ、向き直る。


《《訊きたいんやけど》》

《《何や?》》

《《何を、そんなに、怒ってんねん?》》

《《はあ?

  怒ってないし》》


ヤマノカミサン、逆ギレ寸前。


《《訊き方が、悪かった。

  何をもってして、不機嫌になっとんねん?》》


フジは、表現を柔らかくして、もう一度、訊く。


《《だから、祀り方》》

《《祀り方、か》》

《《「一緒くたにするな」、っちゅう話》》

《《具体的には?》》

《《祀る場所と、その方法やな》》


つまり、「俺tと、オイセサン・アタゴサン・アキバサンを、まとめて祀るな」、と。

「年一回だけやなく、せめて、季節毎、祀れ」、と。


そのようなことを、フジが言うと、ヤマノカミサンは、満足そうに、頷く。


《《まあ、そういうこっちゃな》》


ここで、フジの、眼が光る。


《《なら、ヤマノカミサンだけ、場所的に独立して、

 季節毎に、祀るようにすれば》》

《《おお》》

《《神隠しにしている人を、返してくれるわけか》》

《《そやな》》

《《神隠しになってる人、生きてるんやろな?》》


フジは、ヤマノカミサンへ、疑惑の眼差しを、向ける。


《《失敬な。

  これでも、一応、神さんやで。

  ちゃんと、機嫌良う、生活してもろてる。

  別次元になるけど》》

《《別次元?》》

《《別次元ってゆうか、神さんと人間の、隙間の世界》》

《《ペラペラとかに、なってへんやろな》》

《《なってへん、なってへん。

  案外、快適に過ごしてるはずや》》

《《ほな、あんたの祭祀場所と祭祀方法について、

  前向きに、考慮してもらってくるわ》》

《《おお、よろしく》》

《《善処できたら、速やかに、神隠しになってる人々を、返してや》》

《《任せとけ》》


フジは、俺に、向き直る。


《契約、成立や》

《へっ?

 どうしたら、ええんですか?》

《こうしたら、ええねん》


フジは、ヤマノカミサンとの一連の会話を、伝える。

これからすべきことも、整理して、伝える。


《つまり》

《おお》

《ムラの人々に》

《おお》

《ヤマノカミサンを別のとこに祀って、三ヶ月に一回くらい、

 ヤマノカミサンにお参りに行ってもらう、ってことですね》

《かいつまんで言うと、そうなるな》

《でも ‥ 》


ちょっと、言い淀む。


《「今の場所から、ヤマノカミサン動け」って言っても、

 ヤマノカミサンの機嫌悪くするだけで、動かないんじゃないですかね》

《それは、俺も、考えた》

《ほな、どうしましょ?》


フジは、少しニヤッと笑って、言う。


《先住民優先の論理、や》



「ミスター」

「はい」

「コンドは、トナリのヤマのカミサンにコウショウか?」

「そやな」


尾根続きの、隣の山へ行く。


オイセサン・アタゴサン・アキバサンの、合同祭祀場所へ、着く。

すぐに、着く。


こんだけ近いと、ヤマノカミサンも、怒るわな~。


神棚みたいな小さなお社が、三つ、並んでいる。

左から、オイセサンのお社、アタゴサンのお社、アキバサンのお社。


早速、対話体勢に、入る。

早速、フジ入れから、フジを抜き出して、オイセサンのお社・アタゴサンのお社・アキバサンのお社に向かって、構える。


《《物騒やな》》

《《ホンマや》》

《《なんやねん》》


フジが話し掛けるまでもなく、早速、リアクションが、起こる。


《《ああ、ごめんごめん。

  ちょっと、話が、したかってん》》

《《何?》》


オイセサンが、要件を、訊く。

アタゴサンとアキバサンは、横で一緒に、聞いている。

一連の動きを見ていると、オイセサンがリーダー格、のようだ。


《《みんなの祀り方について》》


『ああ、そのこと』とばかりに、オイセサンは、長い髪を、手で梳く。

ポニーテールにしたら、さぞかし似合いそうな髪を、梳く。

額から頭頂へ、かきあげるかの様に、梳く。


《《常々、不満に、思っててん》》

《《なして?》》

《《ただでさえ、オイセサン・アタゴサン・アキバサンで、

  合同祭祀されてるのに ‥ 》》

《《のに?》》

《《尾根伝いの、ほとんど同じ山で、ヤマノカミサンも祀られてるって、

  どいういうこと?!》》


こちらに、不満をぶつけられても、困るが。

まあ、つついたのはこっちなんで、仕方が無いが。


《《要するに》》

《《うん》》

《《祀られている場所が問題、やと》》

《《まあ、そやね》》


オイセサンは、毛先をいじって、答えて、続ける。


《《百歩譲って、アタゴサンとアキバサンとの合同祭祀は、ええねん》》

《《それは、ええんや》》

《《うん。

  仲ええし》》


オイセサンとアタゴサンとアキバサンが、顔を見合わせ、にっこり笑う。

三神共、笑顔を、こちらに向ける。


《《要するに、「ヤマノカミサンと違うところに、祀れ」、と》》

《《ハッキリ言えば、そう》》

《《祀り方と云うか、お参りの回数とか、そんなんはどう?》》

《《ああ、それは、今のままで、ええで》》

《《今のまま、ってゆうと ‥ 》》

《《年四回、季節毎のお参り》》


ヤマノカミサン、年一回やから、羨ましかったんやろなー。

だから、年四回、季節毎のお参りに、こだわったんやろなー。

隣が、そんな風やったら、妬んだりもするわな。



山を、下山する。

話は、分かった。


「ミスター」

「ん?」

「ユウシャのカタナかざして、ナニかワカッタのか?」

「分かった」

「ナンや、ソレは?」

「つまり、ヤマノカミサンと、オイセサン・アタゴサン・アキバサンを、

 別々の場所に祀って、

 ヤマノカミサンへの参拝回数を増やしたらええねん」

「デモ ‥ 」


ヨウが、心配そうに、発言して、続ける。


「ヤマノカミサンも、オイセサンたちも、

 イマのバショからウゴきたくないやろうし、ウゴくつもりないやろうし」

「ああ、無いやろな」

「ドナイすんの?」


ちょっと、ここで、ニヤッと、笑う。


「俺に、考えが、ある」



「 ‥ と、云う訳で」


話し終える。

今までの状況、先方の要望、具体的な対処案を提示して、話し終える。


居並ぶムラの指導者達(区長であり、組長であり、ムラの有力者であり等)は、顔を伏せて、考え込む。


話を終え、プロジェクターに繋いだノートパソコンの、パワーポイント等を操作してくれたヨウと、視線を交わす。


ヨウの眼は、「ハナシのナイヨウ、OKです!」を、伝えている。

俺の眼は、「上手いこと、できた」を、伝える。


出した対処案は、尾根切り。


ヤマノカミサンの山、オイセサン・アタゴサン・アキバサンの山、を結んでいる尾根を、切る。

人が、二つの山を、尾根づたいに通えないよう、尾根を切る。

物理的に、二つの山を、独立させる。


これで、ヤマノカミサンも、オイセサン(&アタゴサン&アキバサン)も、動くこと無しに、独立できる。

その上で、ヤマノカミサンへのお参り回数を、年一回から年四回にしてもらう。


ムラの人々には、山登りとお参りの労力が、増えてしまうことになる。

が、これで、今後の神隠しが解消されるならば、御の字だろう。


「 ‥ そうするか」


このムラの表トップである、区長が、呟く。


「 ‥ そやな」


このムラの裏トップである、分限家の家長が、呟く。


「ホンマに、これしたら、神隠し、無くなるんか?」


区長が、俺に、念押しで訊く。


「はい。

 ヤマノカミサンと、話がついています。

 ヤマノカミサン、これが実現され次第、神隠しを解消するそうです」

「でも、ヤマノカミサンの祭祀回数増やしたら、それでええんやないか?」

「いや、ヤマノカミサンは、独自に祭祀して欲しいと云うか、

 祭祀場所を独立させて欲しいと云うか、そんな感じです」

「う~ん」

「それに、オイセサン・アタゴサン・アキバサンも、それを望んでいます。

 だから、尾根切りして、各自の祭祀場所を独立してあげないと、

 『神隠しが増えこそすれ、無くなることは無い』、と思います」

「そうなん?!」

「オイセサン・アタゴサン・アキバサンも、祭祀場所について、

 不満いっぱいだったんで、いつ、新たな神隠しを発生させるか、

 分かりません」

「げっ」


区長は、下品な声を上げ、黙り込む。

なんとか、ムラ住民の登山回数を減らそうとしたらしいが、現実を突き付けられた格好だ。


区長は、分限家々長を、見る。

話しかける様に、見つめる。

分限家々長は、『しゃーないやろ』と苦笑する様に、眼と口を、ほころばす。

ほころばして、頷く。


区長は、他の参加者を、見廻す。

他の参加者は全て、『異議無し』と言う様に、頷く。


「ほな、そうします」

「そうして、くれはりますか?」

「はい。

 可及的速やかに、そうします」



《《 ‥ って、ムラのもん、約束してくれた。

  やから、ちゃんと祀ってくれたら、神隠し、解消してくれよ》》

《《了解》》


フジが、ヤマノカミサンに、話をする。

ヤマノカミサンが、返事して、続ける。


《《ちゃんと、尾根切りしてくれて、祭祀回数増やしてくれたら、

  ちゃんと、解消するわ》》

《《信用して、ええんやな?》》

《《これでも神さんや。

  信用してくれ》》


ヤマノカミサンは、ドヤ顔で言う。

が、『ふくれて拗ねて、神隠し起こしたん誰やねん!』と思ったが、それは言わないことにする。


《フジさん、フジさん》


フジに、話しかける。

視線は、ヤマノカミサンから、ヤマノカミサンに向かって構えた伝説のフジへ、移す。


《何や?》

《どうです?

 上手く行きました?》

《交渉、か?》

《はい》

《二つ返事で、上手く行った。

 全然、OKや》

《さすが、伝説の刀》


フジは、照れ笑いを隠せない。


《あんま、持ち上げんなや。

 こそばゆい、やんけ。

 まだ、何回か、詰めの交渉せなあかんし》

《いやいや。

 これで、また、『伝説補強、伝説プラス』でしょう》

《まあ、そうなるか》


満更でもない。


《負け知らず、ちゃいますの?》

《『交渉に、勝ち負けは無い』、やろう》

《でも、WinーWin、ってあるやないですか》

《ああ。

 双方ともに利益の有る交渉、ってやつな》

《それって、『交渉的に、勝ち』にしても、ええんちゃいますか?》

《そういう意味では、負け知らず、かもしれんな》


うん、満更でもない。



フジは、顔を曇らす。

ヤマノカミサンとの二回目の交渉、の後である。


フジの刀身が、あんまり冴えないので、心配して、声を掛ける。


《フジさん、フジさん》

《なんや?》

《交渉、上手く行かなかったんですか?》

《交渉自体は、上手く行った》

《ほな、なんでまた》


交渉は、上手く行ったらしい。


じゃあ、近々にも、神隠しは、解消されるはず。

消えたムラ人は、帰ってくるはず。


《時期や、タイミングや》

《はい?》


フジが、言っていることが、こだわっているところが、よく分からない。


《俺は、「尾根切りして、一回目の祭祀したところで、

 神隠しを解消してくれ」、と言った》

《はい》

《ヤマノカミサンは、「『一年間に、ちゃんと四回祭祀をしてくれるか』を

 見届けて、神隠しを解消する」、と主張してる》

《話し合いは、神隠し解消時期を巡って平行線、未だ交渉未成立》

《はあ》

《つまり、神隠し解消自体は、お互い、同意できてる。

 けど、直ぐに解消か、一年後に解消かで、もめてるってことや》

《それ、えらい違いやないですか》

《だから、困っとる》


フジが、顔を、曇らす。

俺も、顔を、曇らす。

顔をくもらせた俺を見て、ヨウが、話し掛ける。


「ミスター、どうした?」

「ヨウ、頭貸してくれるか?」

「いや、アタマは、トリハズしできひん」


ヨウは、ちょっと、後ずさる。


「そうやなくて、ちょっと、知恵貸して欲しい、って云うこと」

「ああ、ソウか」


ヨウに、交渉のザっとした経緯を、話す。

勿論、フジのこととか、その他諸々は、端折って。


ヨウは、ニカッと笑って、言う。

『なんで、こんなんで困ってんの』のニュアンスも含んで、言う。


「カンタンやん」

「簡単、か?」

「カンタン。

 イチブン、イレたらええねん」

「一文」

「そう。

 [ちゃんとマツらナいトキは、カミカクシをフッカツさせてもらって、

  カマいません]とか、イチブン、イレたらええねん」

「そうか。

 すぐに効力を発効させる為に、補足文、加えたらええねんな」

「そんなカンジ」


フジに、すぐ、伝える。


《聞きました?》

《聞いた。

 あいつ、なかなか、キレるやんけ。

 そこらへん、抜けてたわ》

《でしょう?》


ヨウが褒められて、満更でもない。


《ほな、新たに入れる一文、考えとくわ。

 出来次第、伝えるから、それを、文章に起こしてくれ》

《はい。

 起こして、契約書みたいなもんを、作ります》


フジが、考えに入る。


沈思黙考をやめ、ヨウに、向き直る。


「ヨウ」

「ハイ?」


ヨウに向かって、親指を立てる。

サムズ・アップ。


「グッジョブ」


ヨウは、キョトンとする。


「ナニが?」


ちょっと、ズッコケる。


「今の、考え」

「ナニが?」

「一文を入れる、考え」

「アア」


ヨウは、ようやく得心し、答える。


「ドウイタシマシテ」



サイン終了、捺印終了、契約終了。


ヤマノカミサンとの契約を、終える。

先に、オイセサン・アタゴサン・アキバサンとの契約も、終えている。

ヨウの言う通り、補足事項の一文を入れたところ、ヤマノカミサンも、オイセサン(&アタゴサン&アキバサン)も、すんなりと、契約してくれた。


これで、今日にも、今にも、神隠しは、解消される。

いなくなった人々が、帰って来る。


《フジさん》


フジに、話し掛ける。


《何や?》

《スゴいですね》

《何が、や?》

《いや、フジさん》

《俺?》

《さすが、伝説の刀、ですね》

《なんや、それ》


フジが、今更の様に、苦笑する。


《今回も、明確なバトル的な勝利じゃないですけど、

 実用的な交渉的な勝利やないですか》

《そやな》

《そういう意味では、『負け知らす』やないんですか?》

《そういや、そやな》


満更でもない。


《スーパー・ネゴシエイター、ですね》

《いやいや、あんま、褒めんなや》


うん、満更でもない。


《いやいや、ホンマに》

《そう言うてくれると、嬉しいわ。

 でも ‥ 》


フジが、口調を変えて、続ける。


《今回は、そいつの閃きがあったからこそ、

 早よ、決着が付いたんやけどな》


フジが、目線で、ヨウを、指し示す。


《まあ、それは、そうですね》


すんなりと、同意する。


《で、考えたんやけど》

《はい》

《俺のこと、そいつにも言っておこうや》

《はい?》

《伝説の刀こと俺を、そいつにも明かしとこうや》

《ええんですか?》

《ああ、ええで。

 その方が、戦力増えて、対応策のバリエーション増えて、

 何かと、やり易くなるんとちゃうか》


考える。

検討する。

結論が、出る。


《ええですね。

 僕も、そう思います。

 時期見て、言うようにしましょう》


フジが、手を振る。


《いやいや》

《はい?》

《今言ったら、ええやん》

《今、ですか?!》

《うん、今》


ヨウは、本を、読んでいる。

俺が沈思黙考している間、手持無沙汰なので、本を読んでいる。

『読書中、申し訳ないな』と思いつつも、ヨウに、声を掛ける。


「ヨウ」

「ハイ」

「ちょっと、こっち向いてくれるか」

「ハイ?」


ヨウは、本を降ろし、こっちを向く。

ヨウに向かって、フジをかざす。


伝説の刀と、真正面から向き合い、ヨウは、ちょっと怯む。

が、すぐに立ち直り、刀身と、眼を合わせる。


《おお、こんにちわ》


ヨウの頭に、声が、響く。

頭の中で、人型の像を、結ぶ。

その人が、しゃべっている。


《?》

《こんにちわ》

《??》

《なに、無視、しとんねん》

《???》


頭の中で、理解不能の人が苦笑して、声が響く。

ヨウは、混乱する。


《ああ、そんな混乱せんでええ》


頭の声が、微笑んで、答える。


ヨウは、おずおずと、問う。


《 ‥ ドチラサマですか?》

《あそこのもんや》


頭の中の人 ‥ フジは、親指を立てて、伝説の刀を、指し示す。

俺が持つ伝説の刀を、指し示す。


《アソコ、って》

《うん、あそこや》

《デンセツのカタナのとこ、チガうの?》

《そや。

 だから、俺、伝説の刀》

《マジで!》


ヨウが、驚いた顔で、フジを、まじまじ見る。


《ああ、マジ。

 ほんで、名前は、フジさん》


俺は、話に割って入り、フジを紹介する。

やっと、三人、一同に会して、話ができるようになる。


《ミスター》

《はい?》

《デンセツのカタナ、やて》

《ああ、そうやな》

《デンセツのカタナに、ハナシカケられてるやん!》

《ああ、そうやな》

《とイウことは》

《と云うことは?》

《『オレも、デンセツのユウシャ』、ってこと?》

《それは、どうかな》


ちょっと、首を、傾げる。


《ユウシャに、しといてえな》

《う~ん》


思い悩んでいると、フジの声が、入る。


《ええんちゃうか》

《ええんですか?》


軽く言うフジに、すぐさま、返事をかぶせる。


《ああ、ええで。

 俺に仕える、勇者のバディ・コンビ、と云うことで》

《ソレ、ええな》


ヨウは、明らかに喜び、すんなり受け入れる。


《ユウシャ、オレがユウシャ》


喜ぶヨウに、ちゃちゃは、入れられない。


まあ、ヨウなら、いいだろう。


《ヨウ、今後とも、よろしく》

《ハイ、コチラこそ》


俺とヨウは、ガッチリ、握手する。

握手した手の上に、フジも手を、重ねる。


《ほな、今後も、三位一体みたいな感じで、頑張ろうや》

《はい》

《ハイ》



と云う訳で、俺とヨウは、再び、駅前に来ている。

なんにも無い、よろず屋一軒だけがある、駅前に来ている。

一連の事件が解決したのに、再度来ようとは、思わなかった。


神隠しは、解消している、解決している。

尾根切りして、ヤマノカミサン、オイセサン・アタゴサン・アキバサンを、各組独自に祀ったら、解消した。

ヤマノカミサンの祭祀回数を増やしたら、解決した。


速やかに、神隠しに遭っていた人は、全員、帰って来ている。

ヤマノカミサンの山と、オイセサン(&アタゴサン&アキバサン)の山の境に設けられた茶室から、全員、戻って来た。


ヤマノカミサンの山と、オイセサン(&アタゴサン&アキバサン)の山の境とは、当に、尾根切りをしたところ。

お互いの山から行き来できないよう、柵を設けたところ。

そんな所に、茶室を設けた覚えは、無い。

誰にも、無い。


そして、神隠しから戻った一人が、こう言っている。

いつもの口調とは違う、心ここに有らずの口調で、言う。


「ヤマノカミサンと、オイセサン・アタゴサン・アキバサンと交渉した、

 一人と、一振りと、一人を、茶室まで、連れて来てくれ」


で、俺と、フジと、ヨウは、再度、呼ばれる。

呼び出される。


「一人と、一振りと、一人」とは、まぎれもなく、俺と、フジと、ヨウのことであろう。

何の用、だろう。

しかも、見覚えの無い、行ったことも無い茶室に、呼ばれている。


取り敢えず、区長さんにだけ、挨拶を済ませる。

そして、山に、向かう。


「ミスター」


ヨウが、心配げに、言う。


「何や?」

「ちょっと、キガカリなテンがある」


ヨウが、顔を曇らせている。

よほどの気掛かりがある、ようだ。

ヨウが、続ける。


「これからイクの、チャシツやんな」

「そやな」

「オレ、オチャセキとかイッたことないから、サホウとか、ワカラへん」


そこか!

ヨウの心配事は、そこか!

今後の展開とかの心配、や無いんや。


《それ、俺も、分からん》


フジが、ヨウの言葉に、共感する。


《そんなこと言うたら、僕も、知りません》

《あれやろ、お茶飲む時に、お茶碗廻すやつやろ》

《ああ、そんな感じです》

《どうしよ》

《ドウシヨ》


フジとヨウが、思い悩む。

フジは、実際には、『携わる必要が無いから、悩む必要も無い』と、思うのだが。


《とにかく、見苦しくない程度に、美味しくお茶いただいたら、

 ええんとちゃいますか。

 作法とか、二の次にして》

《そんなんで、ええんか?》

《ええでしょう。

 こちとら、素人で、初心者なんですから》

《ホンマに、エエのかな》

《ええやろ。

 それに、こちとら、招待されたお客さんなんやから》


フジとヨウに、説得を、かます。

説得が功を奏したのか、自分で自分を丸め込んだのか、二人共、渋々、納得

た空気を出す。



「うわっ」

「ホンマや」


ヤマノカミサンの山と、オイセサン・アタゴサン・アキバサンの山を繋げる尾根に、茶室が、出来ている。

山の境、柵を立てて尾根切りをした所に、茶室が、出来ている。


「ホンマに茶室、出来てるやん」

「ミスター、ワリとリッパやな」


茶室は、こじんまりとしているものの、建付けがいいのだろうか、よくまとまっている印象を、受ける。

その佇まいは、待庵を、思わせる。


場所柄、庭と云うものは無いが、躙り口には、履物を脱ぐ踏み石も、備え付けてある。

思ったより、茶室だ。

まごうこと無き、茶室だ。


茶室が、茶室自体が、おいでおいでを、している。

『中に入っておいで』の雰囲気を、醸し出している。


俺とヨウ(とフジ)は、腹を決めて、茶室に向かう。

踏み石で靴を脱いで、躙り口から、躙り入る。


中は、明るい。

思った以上に、明るい。

窓から差し込む光が、多いようだ。


日中の日の光を、できるだけ多く取り込めるように、設計されているのだろう。

その設計に合わせて、窓の位置や大きさ、形を、決めているのだろう。


中には、誰もいない。

だが、風炉は、ある。

風炉には、釜が、セッティングしてある。

そして、釜からは、一筋の湯気が、立っている。


準備はいい、らしい。

いつでも、お茶を淹れられるように、なっているらしい。


と、


唐突に、戸が、開く。

奥の、茶道口の戸が、開く。

開いた人は、頭を下げ、御菓子を抱え、スクッと立つ。


スッスッと、畳の上を、歩く。


俺の前に、御菓子を、置く。


その、ポニーテールにした髪をシニョン(団子頭)にまとめた人を見て、気付く。


もしかして ‥


その人の横顔を見て、フジも、気付く。


もしかして ‥


その人の立ち姿を見て、ヨウも、気付く。


モシカシテ ‥


その人、いや、その存在は、まごうこと無き、オイセサン。


オイセサンが、茶道口から、去る。

と、入れ違いに、新たな人が、茶道口から、姿を現わす。


新たな人は、茶道具一式を、持っている。

その人を見て、思う。


もしかして ‥

もしかして ‥

モシカシテ ‥


一人+一振り+一人は、その人を、見つめる。


間違い無い。

間違い無い。

マチガイナイ。


ヤマノカミサン、だ。


二人(二神?)して、共同で、この席を、設けたらしい。

いや、多分、水屋には手伝いとして、アタゴサン、アキバサンもいるに違いない。


「御菓子を、どうぞ」


ヤマノカミサンの声を得て、御菓子を取って、食べる。

食べながら、ヨウと眼を合わす。

壁に立てかけた、フジ入れの中のフジとも、頭の中で、眼を合わす。

そして、視線で、言葉を交わす。


《ヤマノカミサン、やんな?》

《ヤマノカミサン、や》

《ヤマノカミサン、ヤ》

《なんでまた、茶、点ててくれんのやろ?》

《さあ》

《なんでまた、亭主となって、俺らを、招いてくれたんやろう?》

《サア》


ヤマノカミサンは、帛紗を捌いて、茶筅を洗って、黙々と、準備を進める。


シャカシャカ

シャカシャカ


お茶を点てる音が、し出す。

一杯目が、出来上がる。


ヤマノカミサンは、計三杯のお茶を、点てる。


その内、二杯は、俺が飲む。

一杯は俺の分だが、もう一杯は、フジの分らしい。

(二杯目については、俺が飲んだものの、味覚等は、フジに任せる。)


残りの一杯は、ヨウが、飲む。

海外育ちだから、お茶は初めてらしく、戸惑っている。

そして、案の定、飲んで、顔を盛大に、シカめる。


一息付いたところで、ヤマノカミサンが、頷く。

俺達の顔を見廻し、頷く。


その頷きが合図になったかの様に、茶道口が、開く。

開いて、入って来る。

続々と、スッスッと、入って来る。


オイセサン

アタゴサン

アキバサン


入って来ると、ヤマノカミサンの横に、座る。

丁度、対面になる。

剣道か柔道の団体戦を、思い出す。


まあ、二対四の、ハンデ戦やけどな。


《俺もおる、やんけ》


フジが、すかさず、ツッコむ。


《フジさん、数に入れて、ええんですか?》

《ええんちゃうか。

 差、有り過ぎやし》


他愛のない会話をしていると、ヤマノカミサンが、口を開く。


「 ‥ 抜いて下さい」

「はい?」


訊き直す。


「刀を、抜いて下さい」

「刀、ですか?」

「はい。

 そのケースの刀を、抜いて下さい。

 刀の人とも、話がしたいので」


『フジ入れから、フジを抜き出して、構えろ』、と云うことらしい。


フジ入れから、フジを抜き出して、構える。

ヤマノカミサンと、オイセサン(&アタゴサン&アキバサン)に向かって、構える。


《《久し振り》》


フジが、にこやかに、挨拶する。


《《お久し振り、です》》

《《お久し振りです》》


ヤマノカミサンとオイセサンは、頭を下げながら、挨拶を返す。

アタゴサンとアキバサンも、頭を下げる。


《《どうしたん?》》


フジが、訊く。


ヤマノカミサンは、オイセサンを右の掌で紹介して、答える。


《《こういうことになりました》》

《《はい?》》

《《私と、オイセサンとアタゴサンとアキバサンは、

  これから共に、生きて行こうと》》

《《はい?》》

《《まあ、と言っても、お互いの時間の空いた時に、

  この茶室で邂逅するだけ、なんですが》》

《《はい?

  つまり、なんや、あれか?》》

《《はい》》

《《茶飲み友達になった、ってことか?》》

《《はい。

  まあ、そんなもんです》》


ここで、フジは、むず痒くなる。


《《なんか、ムズムズして、しっくり来んな》》

《《何で、ですか?》》

《《前回と、えらい口調違う、やんけ》》


確かに、違う。


《《ああ》》


ヤマノカミサンは、ここで、フフッと、笑う。


《《再び、地域を守る役目が明確になったし、

  他の神様と、連携をとらなあかんようになったし、

  その責任感が、口調にも、滲み出てるんやないですか》》


よう言うわ。


《《なるほど》》


フジは、真反対のことを思ったが、ここは、頷いておく。


《フジさん、フジさん》

《フジサン、フジサン》


ヨウと共に、フジに、話し掛ける。


《どうなったんですか?》


フジに、前のめり気味に、問い質す。


《あ~》


フジの頭に、説明事項が、乱立する。

そして、続ける。


《早い話が》

《早い話が》

《ハヤいハナシが》

《ヤマノカミサンと、オイセサン・アタゴサン・アキバサン、仲良うなって、

 一緒にお茶室作って、お茶会する様になったんやて》


ごっつまとめて、フジは、答える。


《何で、また?》

《それは、知らん。

 聞いてへん。

 まあ、仲良なったんやし、ええやないか》

《まあ、神隠しも解消されたことやし、

 この調子では、今後も、神隠しは発生せえへんやろし、

 全然OKです》

《OKデス》


フジの意見に、ヨウと共に、同意する。

ヤマノカミサンと、オイセサン・アタゴサン・アキバサンの笑顔を見て、安心する。



{どう云うことや}


電話の第一声が、それだった。


相手先は、神隠しを解消したムラの区長さん。

ヤマノカミサンと、オイセサン・アタゴサン・アキバサンを祀るムラの、区長さんだ。


なんでも、聞くところによると、また、神隠しが発生したらしい。

神隠しの期間は、半日ほどだが、多くの子供達が、行方不明になるらしい。


「何処へ、行っていたのか?」を聞いても、理解不能の言葉をしゃべるばかりで、要領を得ない。

そのくせ、その理解不能の言葉は、(神隠しに遭った)子供間では通じるらしい。

子供達間では、よくその言葉を使って、話している。


神隠しをキッカケに、言葉によって、ムラの住民の間に、溝が出来ている。

理解不能の言葉を境に、子供と大人間に、断絶が出来ている。

ムラの衰退の始まりになる、かもしれない。


大げさな。


こう思うも、『自分の仕事を、中途半端に終わらした』と思われるのもシャクなので、対応策を、検討する。

そして、三たび、そのムラに、足を踏み入れる。



子供達が委縮するといけないので、駅前のよろず屋で、神隠しに遭った子供達と、対面する。

以前は気付かなかったが、よろず屋には、駄菓子を食べるコーナーが、ちゃんとある。

よろず屋は、子供達の駄菓子屋も、兼ねているらしい。


子供達は、最初、緊張していた。

無理も無い。

他の土地から来た、偉そうな肩書の、大人が質問するのだから、あにはからん。


ただ、こちらが、駄菓子食い食い、質問すると、ほぐれて来る。

向こうも、駄菓子食い食い、答えてくれる。

十数分後には、しっかり緊張も解けて、お互い、タメ口で話すようになる。


ああ、そう云うことね。


子供達は、神隠しに、遭っていない。

半日ほど、お茶を習いに、行っているだけだ。

カミサン方のとこへ、例のお茶室へ。


ここで、気付いたことがある。

子供達の話す言葉は、俺には、全然、理解不能じゃない。

それどころか、すんなり、頭に入って来る。


えっ、これって、俺がまだ、ガキってこと?


と思ったが、そうでも無いらしい。

現に、よろず屋のお婆さんは、理解不能の顔をしている。


お婆さんは、俺よりも、子供達に接する時間も機会も、多いはず。

その人が、理解不能。

対して、俺は、隅々まで理解可能。


「あの ‥ 」


お婆さんに、話し掛ける。


「俺とか、子供達の言うことで、理解できんとこ、ありますか?」


「ああ、大概は、分かんねん」

「はい」

「でも、一部、全然分からんとこが、ある」

「どこ、ですか?」


そこ、だった。

『カミサンとお茶』のくだり、のところが、お婆さんには、全然分からないらしい。

よって、『神隠しやなくて、お茶を習いに行ってるだけ』のことも、『カミサン方々が、お師さんであること』も、分かっていないらしい。


つまり、カミサンが関わるとこ、か。


カミサン仕様の語句や言葉、語彙は、カミサンに関わった人間には、すんなり、理解できるのだろう。

だから、子供達と俺には、この点では、共通理解がある。

でも、子供達とお婆さんには、この点では、共通理解が無い。


う~ん。

このままでは、ジェネレーションの断絶は、続くな。

と言って、大人全員を、お茶室に呼んで関わらせるのは、現実的や無いな。


詰まる。

考えが、行き詰まる。

カミサマ事だが、神様に問い掛ける。


何か、ええ手、無いですか?

ヤサカさん、ハチマンさん、エベッさん、テンジンさん

 ‥ テンジンさん ‥ 天神さん ‥ 北野さん ‥


閃く。


(北野の)大茶会、あるやんけ。


北野の大茶会が、あった。

曰く、豊臣秀吉が、北野天満宮にて、大々的に、催した茶会。

老若男女、貴賤、関係無く、誰でも参加可能にした、茶会。

安土桃山期の、一大イベント。



区長に、話をつける。


神隠しの経緯(「ホンマは、神隠しやない」)を、説明する。

理解不能の言葉についての推測も、説明する。

それへの対処法も、説明する。


「と云うわけで、『大茶会を、催したい』と、思います」


断言するも、区長は、不安顔。

ヤマノカミサンと、オイセサン&アタゴサン&アキバサンが、お茶を点てるだけの為に、人前に姿を現すとは、考え難い。

まして、神隠しへの対処法も推測の域を出なく、本当に効果があるのか、半信半疑。


「う~ん」

「他にも一つ、メリットが」


区長は、俺の言葉に、眼で、問い掛ける。


「少なくとも、子供達は、確実に喜びます」

「おお」


区長は、喜ぶ。

大茶会は、『大人と子供達の断絶解消の一助』、にはなってくれる。



その日は、晴れ。

抜けるような、青空。


ムラの公民館は、人で溢れている。

ムラ人全員が、出て来たようだ。

みんな、準備に、忙しい。


公民館内の茶室は、カミサン方が、茶を振る舞う場となっている。

カミサンの弟子である子供達は、公民館の庭で、茶を振る舞う。

赤い毛氈を引き、赤い傘を立て、野点を行なう。


おめかしは、していない。

みんな、いつもの恰好だ。

Tシャツ、ジーンズ、短パン、ブラウス、スカート、等々。


ただ、みんな、利休帽を、被っている。

おそらく、紙で、各個々人で作ったのだろう。

サイズや形が、各々で、大きく違っている。

しかし、


「宗匠!」


と呼びたくなる様、ではある。


公民館内では、秘かに、ザワついている。


「ホンマに、来てくれるんか?」

「もうすぐ、開始時間やないか」

「おいおい、大丈夫か」


等々、ザワついている。


「ミスター」


ヨウが、心配深げに、訊く。


「ダイジョウブなんか?」

「大丈夫。

 任せとけ」


と答えはしたが、不安は、隠せない。


《大丈夫や。

 俺が、交渉したんや。

 大船に乗った気でいてええ》


フジが、不安を吹き飛ばす様に、請け負う。


《ですか》

《デスカ》


俺とヨウが返事をするのと、時を同じくして、吹き抜ける。

風が、吹き抜ける。

公民館内に、風が、吹き抜ける。


それは、スッと開いた玄関から、吹き込んでいる。

なんと、清爽な、風。


「今日は」

「こんにちわ」

「今日わ」

「今日わ」


玄関に居並び、カミサン方が、姿を現す。


《違う》


フジが、出し抜けに、言う。


《何が、ですか?》

《顔が、違う》


フジが、以前会った時と、顔が、違うらしい。


《じゃあ、違う人 ‥ ニセもん、ですか?》

《いや、ホンもんやと、思う。

 雰囲気とか、この間と、全く同じや。

 顔だけ、大いに、違っとる》


フジは、断定する。


《じゃあ、人間仕様に、顔、作ったんちゃいますか?》

《そうか》

《ソウナンか?》


ヨウが、入って来る。


《そうみたい。

 『ホンマの顔は、後のお楽しみ』って、ことやと思う》

《ソウか。

 イケメン1+ビジョ1+フツメン2、ってトコやな》


「今日は、お招き、ありがとう御座います」


ヤマノカミサンが、代表して、挨拶を、述べる。


「いやいや、亭主役受けて下さって、こちらこそ、ありがとう御座います。

 ご指示通りに、場を準備しましたので、ご確認下さい」


区長は、カミサン方の気に圧されながらも、言葉を、返す。


カミサン方は、室内に、スッと、入って来る。

各々、散らばる。

散らばって、確認を、始める。


ヤマノカミサンは、、茶器、茶筅等。

オイセサンは、風炉、釜等。

アタゴサンは、掛け軸、花等。

アキバサンは、その他諸々。


OKが出て、最初の客が、入室する。

区長及びムラの有力者が、計四人、入室する。

ヤマノカミサンが、改めて、入室する。


それから、ひきりっなしに、お客が、押し寄せる。

カミサン方に、お茶を点ててもらうなんて経験、これまでにしたことないし、おそらく、今後も無い。

ムラの人々が殺到するのも、さもありなん。


カミサン方のお茶をいただいた後、ほとんどのムラ人は、子供達の方へ、行く。

公民館の庭の、子供達がお茶を立てる野点の方へ、行く。


公民館の中も外も、大盛況。

ようやく、人並みが落ち着いたのは、二時間ぐらい後、だった。


これで、ムラのほとんどの人が、カミサン方と、直接、顔見知りになったことになる。

カミサン方の空間と空気感に、触れたことになる。


だから、もう理解不能は、無くなるだろう。

子供達の言う言葉が、全て、理解できるだろう。

大人と子供の断絶も、徐々に、埋まって行くだろう。


『一安心』と思っていると、区長が、向かって来る。

俺とヨウに、向かって来る。


「カミサン方が、お呼びです」

「何か、あったんですか?」


ヨウと、身構える。


「そんなんやなくて、『お茶を、差し上げたい』、そうです」

「ああ、そうですか」

「ソウデスカ」


公民館の中へ、喜んで、向かう。


入って、正座する。

ヨウも、四苦八苦して、なんとか、正座する。


茶道口から、ヤマノカミサンが、入って来る。

ヤマノカミサンは、座って、茶道具を置く。

置いて、口を開く。


「もう一人の方も、よろしくお願いします」


もう一人の方 ‥ ?

 ‥ ああ、そうか。


フジ入れから、フジを抜き出す。

青く煌めく刀身を前にして、フジを、畳の上に、置く。

フジを置いた場に、ひと一人分の空間を、空ける。


「まず、お二人に、私から、お茶を差し上げます。

 そして、改めて、人を変えて、刀身の方へ、お茶を差し上げます」


フジは、三客となるが、明らかな、特別扱いとなる。


御菓子を、いただく。

美味しく、いただく。

俺とヨウは、アイ・コンタクト。


『美味いな』

『ウマイな』


フジは、いただけない。


お茶を、いただく。

思った以上に、


『美味いな』

『ウマイな』


アイ・コンタクト。


フジは、いただけない。


ヤマノカミサンは、そこまでで、退場する。

次に、茶道口から、姿を現したのは、オイセサン。


オイセサンは、お茶を点て、フジ(の刀身)の前に、置く。

フジの前には、手付かずのまま、御菓子も、置かれている。


急に、頭に、イメージが、浮かぶ。

フジが、茶室に正座している、イメージが、浮かぶ。

傍らには、ヨウも、居る。


《美味いな》


フジが、御菓子を、いただいている。

顔から笑みが溢れんばかりに、堪能している。


俺とヨウは、いただけない。


《美味いな》


お茶も、いただく。

『苦いけど、甘い』と云った、ほくほく顔で、お茶も、いただく。


俺とヨウは、いだだけない。


フジの前には、オイセサンが、座っている。

長い髪を、シニョンにして、動き易くしている。

が、うなじが眩しく、眼を、吸い寄せられる。


フジのみ、オイセサンが、亭主として、対する。


なんでや?


フジに、問う。


《俺にも、分からん》

《訊いてみて、下さいよ》

《え~》

《ほらほら》


フジは、ピョコンと、小さく、手を挙げる。


《《はい?》》


オイセサンが、リアクションを、返す。


《《質問が、あるんやけど》》

《《はい》》

《《何で、俺も、客として、もてなしてくれるん?》》

《《ああ》》


オイセサンは、眼に、笑みを、浮かべる。


《《実際、私らに交渉してくれはったのは、そちらなんで、

  『人間のお二人だけ、もてなしては、片手落ち』やと、

  思ったんです》》


フジには、もう一つ、疑問がある。


《《もう一つ、質問が、あるんやけど》》

《《はい》》

《《なんで、俺だけ、オイセサンが、もてなしてくれるん?》》

《《それは ‥ 》》


オイセサンは、言い淀みながらも、続ける。


《《 ‥ 私の希望です》》

《《オイセサンの希望?》》

《《はい。

  私から、ヤマノカミサンとアタゴサンとアキバサンに、

  お願いしました》》

《《なして、また?》》


フジが、オイセサンを、見つめる。

オイセサンが、そそくさと、慌てて、眼を伏せる。


《《そう云うことか》》


合点する。


《《ソウイウコトカ》》


ヨウも、合点する。


《《どう云うことやねん?》》


フジは、まだ、分かっていない。


《《いや、だから》》


まどるっこしい。


《《おお》》

《《オイセサンが、わざわざ、フジさんにだけ、

  お茶を振る舞ってくれたわけでしょ?》》

《《そやな》》

《《わざわざフジさんを指名して、

  わざわざ他のカミサン方にお願いして》》

《《そやな》》


フジは、まだ、訝し気な顔。

もどかしい。


《《何で、そんなことしはったんですかね?》》

《《そりゃ、俺の労をねぎらう為やろ》》

《《ほんまにそれだけやったら、お茶点てるの、ヤマノカミサンに任せても、

  ええやないですか?》》

《《そやな》》

《《そうしなかったのは?》》

《《そりゃ、オイセサン、自分の手で、俺をねぎらいたかったからやろ》》

《《なんで、また?》》

《《そりゃ、俺を気に入っとるからやないか ‥ あ ‥ 》》


フジも、ようやく、気付いたらしい。


《《そう云うことか》》

《《そう云うことです》》

《《ソウイウコトデス》》


フジは、オイセサンと、視線が合わせづらくなる。

今更ながら、づらくなる。


《《じゃあ、ここは、若いもんに任せて》》

《《マカセテ》》

《《いや、俺、全然、若くないぞ》》

《《こう云う場合の決まり言葉、定番ムーブ、です》》

《《デス》》

《《いや、おってくれや》》


フジは、切実な顔をして、願う。

が、獅子が我が子を千尋の谷に落とす様に、宣言する。


《《いや、帰ります。

  詳しくは、オイセサンと、話して下さい》》

《《クダサイ》》

《《そんな殺生な》》

《《この場に、「僕らに、居て欲しい」と言う方が、殺生です》》

《《オレもソウオモウ》》


フジは、一瞬、固まる。

が、すぐに立ち直り、腹を括った様に、言う。


《《分かった。

  俺も男や。

  立派に、この場を、切り抜けたるわい》》

《《大げさな》》

《《オオゲサナ》》


ヨウと、苦笑を、交わす。



まさか、『四たび、ここに来る』とは、思わなかった。


慣れ親しんだ駅に、降り立つ。

慣れ親しんだ駅舎を、出る。

慣れ親しんだ、よろず屋に、向かう。


子供達から、依頼があった。

ムラ全体でも、区長とかでもなく、子供達。

子供達のリーダーとか一部でも無く、子供達全員。

お茶を習っている子供達全員が、依頼者。


依頼通り、フジは、持って来ていない。

家で、留守番を、している。

『危険は、無い』と思って、置いて来た。


相棒は、ヨウだけだ。

なんや、頼り無さそうだが、ここ一番、頼りになる相棒ではある。

だから、フジがいなくても、割と、安心だ。


待ち合わせは、よろず屋。

よろず屋で、子供達の代表者数人と、会う。

オブザーバーとして、よろず屋のお婆さんが、付く。


よろず屋の前まで、行く。

呼吸を一つ抜いて、ヨウに、話し掛ける。


「何の用事やろ?」


さんざん、打ち合わせをしてきたが、この期に及んでも、ヨウに訊く。


「ダカラ、ワカラへん」

「やんなー」


自分でも、ヨウの返事が分かっていた様に、呟く。


「デモ ‥ 」


ヨウが、続ける。


「デンワのクチョウからは、『そんなに、ワルイことではない』と、

 オモタけどな」


電話を受けたのは、ヨウ。

ヨウを通してしか、俺は、今回の依頼に関しては、タッチしていない。


「マア、ワルいことでは、ナイやろ」

「そやな」


気を取り直し、戸に、手を掛ける。

戸を、開ける。


ギロ

ギロ

ギロ


三つの目線が、一斉に、突き刺さる。


一人は、男の子。

一人は、女の子。

もう一人は、よろず屋のお婆さん。


「こんにちは~」

「コンニチハ~」


「お久し振り、です」

「お久し振り、です」

「久し振り」


子供二人と、よろず屋のお婆さんが、返事を、返す。


子供二人とよろず屋のお婆さんは、今も、依頼について、熱心に、話していたらしい。

空気中に、いい感じの熱が、籠っている。

熱いけれど、心地好い空間が、築かれている。


「「実は ‥ 」」


男の子と女の子が、同時に、口を開く。

二人の視線が、俺とヨウに、突き刺さる。

思いを込めた視線が、真摯に、突き刺さる。


分かった。


腕を、着き出す。

掌を前にして、手を、着き出す。


「皆まで、言うな」

「ミナまで、イウな」



にやにや にやにや

ニヤニヤ ニヤニヤ


俺も、ヨウも、上機嫌だ。

帰って来てから、上機嫌だ。

上機嫌で、フジを、みつめている。


ムラから帰ってすぐ、依頼内容を、フジに、伝える。

ああ、伝えた。

すぐさま、伝えた。


フジは、呆気に、取られていた。

当に、『想定外』の顔を、していた。

幾ら、スーパー・ネゴシエイターでも、今度の依頼の対処は、難しいだろう。


それから、俺とヨウは、にやニヤ笑いが、止まらない。

フジを見る度、にやニヤ笑いが、止まらない。

フジの『嬉しく困惑する顔』が、俺達の笑みを生み出し、継続させる。


フジは、依頼を受けた後、何度も、ムラに行く。

フジ一人では移動できないので、俺とヨウも、付き添う。

多少強引であろうが、お節介気味であろうが、万難を排して、付き添う。


俺とヨウは、よろず屋で待機し、(フジ入れに入った)フジを、子供達が運ぶ。

茶室まで、運ぶ。

茶室には、オイセサンが、待ち受けている。

子供達は、フジ居れからフジを抜いて、茶室内に置いて、その場を去る。


茶室内で、二人が、どんな話をしているかは、知らない。

どんな逢瀬をしているかは、知らない。

知りたくはあるが、そこらへんは、最低限のデリカシーはある。


が、むっちゃ、知りたい。

むっちゃ、訊きたい。

むっちゃ、気持ちを、共有したい。


「なあ」

「ナンや、ミスター」


思い悩んで、ヨウに、話し掛ける。


「『訊いてええ』と、思う?」

「ナニが?」

「フジの件」

「 ‥ ア~ ‥ 」


ヨウは、悩んで。続ける。


「ウ~ン、ドヤロな」

「あかんかな?」

「イヤ、ヒヤカシとかやなくて、

 ホンマにシンパイしてるカンジなんやったら、エエんチャウか?」

「心配と云うよりは、今の、フジの、

 『幸せな気持ちを、共有したい』と云うか、そんな感じ」

「アア、ナルホド。

 ソレやったら、エエんチャウか?

 オレも、そのキモチ、なんとなくワカルし」


ヨウのお許しが、出る。

勢い込んで、頭の中の、心の中の、フジに、話し掛ける。


《フジさん、フジさん》

《フジサン、フジサン》


ヨウも、付いて来る。


《何や?》

《あの、訊きたいことが、あるんですけど ‥ 》

《何や?》

《あの、最近のことで ‥ 》

《何や?》

《仕事関係っちゃ、仕事関係のことなんですけど ‥ 》

《だから、何やねん?》


まだるっこしそうに、フジが、問い直す。


《例のムラ、のことで》

《はあ?》

《例の茶室、のことで》

《はあ?》

《オイセサン、のことで》

《 ‥ ああ ‥ 》


ようやく、フジが、合点する。


《どうなりました?》


《どうなりました?》に、豊潤に意味を持たせ、訊く。

訊き質す。


《ドウナリマシタ?》


ヨウも、すかさず、ツッコむ。


《ぼちぼち》


フジは、素っ気無い口調で、ぼそり、答える。


《もうちょい、具体的に》

《グタイテキに》


ヨウと共に、更に、ツッコむ。


フジは、照れを隠すが、嬉しさは隠せない。

そして、必要以上に、ぶっきらぼうに、答える。


《交渉中》


{了}

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