36-2.情報共有という名のデート(2)
湧き水スポットに到着する頃には、シェリルはすっかりヘロヘロになっていた。馬に乗って駆けることはあるが、比にならない。
「これでもまだ抑えていたんだがな」
「信じられない……」
「きゅう……」
きゅいもすっかり目を回している。
「グルゥ」
ノワールは、シェリルの腕からきゅいを咥えて地面に横たわると、労わるようにきゅいの体をペロペロと舐め始めた。
「きゅう」
「グゥ」
きゅいは気持ちよさそうに目を閉じ、されるがままになっている。そんな二頭を見て、シェリルは小さく微笑んだ。
「それじゃ、シェリルはこっちだ」
「え?」
ネイトはすぐ側の木に凭れて座り、膝を立てる。そして、両足の間にシェリルを座らせ、後ろから抱きしめた。
「~~~っ」
密着度が高すぎて、きゅいではないが、目が回りそうだ。
ネイト様! と抗議の声を上げたいのだが、肝心の声が出ない。
「ずっと、シェリルが足りなかった」
「……」
そして、トドメは囁き攻撃だ。
シェリルはくたりとネイトの腕に寄りかかった。撃沈である。
足りない。それは、シェリルだって同じだ。しかし、これはいささか過剰摂取である。できれば、少しずつ摂取したかった。
そんなことを考えながら、シェリルはそっと見上げる。すると、優しい瞳をしたネイトの顔が近づいてくる。思わず目を閉じると、額に柔らかなものが触れた。
「……倒れてしまいそう」
いや、すでにもう倒れているも同然だ。
ネイトはクツクツと喉を鳴らし、今度は頭頂部分に口づける。そして、おもむろに話し始めた。
「クラーク王国にも、ターナー領産の薬やポーションが出回り始めた」
「え? もう?」
いずれそうなるだろうと聞いていたが、これほど早く実現するとは思わなかった。だが、取引先にクラーク王国の商会や貴族の名はなかったように記憶している。
シェリルがそのことを尋ねると、ネイトは呆れたように言った。
「この国の貴族は、本当に愚かだな。自国で買い付けできるものを、わざわざ他国を経由して逆輸入するのだから。その分、高額になるというのに」
よほど余裕があるのだな、と付け加え、ネイトは肩を竦める。
どうりでターナー領に注文がこないはずだ。
「どうあっても、うちからは買いたくないってことなのね」
若干憤りを覚えるが、それもそうかと思い直す。これまでのターナー領の扱われ方を考えると、そうなるだろう。
「裕福な家には、すでに出回っているそうだ。薬もポーションも、とてもよく効くと評判になっている。評判が評判を呼んで、帝国には注文が殺到しているぞ。評判になっているのは帝国も同じだし、まずはこちらが優先だ。というわけで、クラーク王国の貴族たちは、手に入れるのに四苦八苦している。争奪戦が繰り広げられているらしい」
「……それ、もしかして、うちが作っているっていうことを知らないんじゃ?」
「それはありえない。生産地はきちんと公表している」
シェリルの眉が八の字を描く。
「うちが売ろうとした時は、話も聞こうとしなかったのよ? ターナー領のものなんて、効くわけがないって」
「だが、それが効くとわかった。帝国で皆が買い求めていると聞けば、クラーク王国をはじめ、他国も注目する。そうそう、他国からも注文がきているから、益々クラーク王国まで回らないというわけだ」
ネイトが言う「他国」とは、オルグレン帝国傘下にある国のことだろう。
クラーク王国は一応独立国なので、帝国とは対等だ。しかし、歴然とした力の差はあるし、帝国は属国を大切にする。それ故、そちらを優先するのは当然のことだった。
クラーク王国内で作られているものなのに、他国よりも手に入りづらい。なんとも皮肉な話である。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いいな、面白いな、と感じていただけましたら、ブクマや評価(☆☆☆☆☆)をいただけますととても嬉しいです。皆さまの応援が励みになります!
どうぞよろしくお願いします!




