32.王都の最新情報
「というわけで、ここに契約書がある。セドリック殿、確認してもらいたい」
「! 承知いたしました」
セドリックは大きく目を見開いた後、一礼して契約書を受け取る。
セドリックが驚くのもわかる。すでに契約書まで用意しているとは、どこまで準備万端なのか。
シェリルは契約書を確認するセドリックを見て、ケイシーを見た。そして、あることに気付く。むしろ、どうして今まで気付かなかったのか。
「あ、あの! ケイシー殿下、今まで気付かなくて申し訳ございません。一緒に来られた従者の方は……」
そうなのだ。彼はここへ、一人でやって来た。正確には、セドリックが連れてきたのだが、彼の他には誰もいなかった。
普通に考えてそれはありえない。皇族ともあろう者が、従者や護衛もつけずに出歩くなど……。
いや、とシェリルは頭を振る。
違う、そうではない。皇族でも、そうしている人物がすぐそこにいた。
──ネイトである。
「大丈夫だよ、シェリル嬢。一応、影はついているから」
「俺と兄上は、自由に動きたい質でな。従者をつけたくないと言ったら、影をつけられた。彼らは密かに護衛にあたってくれているから問題ない。姿は見せないが、ターナー家や領に害になることは絶対にないから大丈夫だ」
シェリルは驚きつつも、安心した。
ネイトの強さも知っているし、父と互角にやり合ったであろうケイシーも相当強い。とはいえ、皇族の身に何かあれば、外交問題に発展してしまう。
「それならよかったわ。きゅいがいるから、魔獣に襲われるなんてこともないと思うけれど、いつ、どんなことが起こるかわからないし。ターナー領は騎士団の巡回もあるし、治安はいいのだけれど、皇族の御身は国そのものだから」
安堵した表情でそう言うと、ネイトが悪戯っぽく口角を上げる。そして、シェリルとの距離を詰め、耳のすぐ側で囁いた。
「俺の身体は、シェリルのものだが?」
「……っ!!」
ネイトは笑いながら、熟れたりんごのようになったシェリルの頬に触れる。
そんな二人を見ていたケイシーが、「ラブラブっぷりに当てられるなぁ」などと言いながら、肩を竦めていた。そして、ふと気付いたように言う。
「そうそう、実は、面白い話があったんだった」
その言葉に、シェリルとネイトがケイシーに注目する。すると、ケイシーは内緒話でもするかのように、声のトーンを落とした。
「影からの情報なんだけどね、今、クラーク王国の王宮内がざわついているようだよ」
「どういうことだ?」
「ざわついている?」
ケイシーはニヤリと怪しげな笑みを浮かべ、後を続ける。
「コンラッド殿下の婚約者と、次期聖女が決まった話は、もう知っているよね?」
その問いにネイトは頷く。が、シェリルは首を横に振る。
そんなことなど、すっかり忘れ去られていた。今言われて、やっと思い出したくらいだ。シェリルにとってこの件は、それほどどうでもいいことなのであった。
「自分も関わっていたというのに、随分とあっさりしているんだね」
「すみません……。とにかく自分自身がそうならなければ、どっちでもいいと思っていたので。それに、ここは辺境なので、情報がどうしても遅れてしまうんです」
「ダメだよ、シェリル嬢。情報は鮮度が命だ。常に最新情報を入手できるようにしておかなければ、何か問題が起こった時に後手に回ることになる。……と言っても、今はセドリック殿がやっているだろうけれどね」
そうなのだろうか。セドリックは何も言っていなかったのだが。
「たぶん、あえて話していないのだろう。これ以上、あの件でシェリルを煩わせたくないと思ったのかもしれないな」
ネイトにそう言われ、シェリルはセドリックの方を見る。彼はまだ、丹念に契約書に目を通していた。
こういう部分を見ると、父は領主なのだと実感する。
いつもは豪快で、細かいことには無頓着なセドリックも、こういった大事なことに対してはすこぶる慎重である。自分の行動一つで、領民たちが不利益を被る可能性もある、それを常に念頭に置いているのだ。
「お父様は立派な領主だわ。私も見習わなくては」
ネイトとケイシーに向かってそう言うと、二人は穏やかに微笑んだ。
「それで、コンラッド殿下の婚約者、つまり次期聖女様は、どちらに決まったのですか?」
シェリルが話を元に戻すと、ケイシーが頷きながらクスリと笑う。
「そうだね。シェリル嬢には、まずそこからだね。王太子妃と聖女を兼ねるのは、なくなったんだよ。コンラッド殿下の強い意思によって」
「えぇっ!?」
「それで、コンラッド殿下の婚約者はピアース伯爵令嬢、そして次期聖女は、アシュトン侯爵令嬢に決まったんだ」
「えっ……」
呆然としていると、一旦部屋から出て再び戻ってきたローザがシェリルの様子に気付き、声をかける。ローザは、眠ってしまったきゅいをベッドに寝かせてきたのだ。
「どうしたの? シェリル」
「お母様! 王太子妃と聖女の件、知っていた?」
ローザは瞳をパチパチと瞬かせた後、気まずそうに小さく頷いた。
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