31-2.商談(2)
「ほら、これも美味しいよ」
「きゅうぅ~~っ!」
食卓は、どことなく異様な雰囲気に包まれていた。
いつもはローザの膝の上で一緒に食事をしているきゅいだが、今きゅいがいる場所は、ローザの膝ではない。
「兄上……」
「ん? そんな難しい顔をしてどうしたんだ、ネイト。いやぁ、聖獣がこれほど可愛いものだとは思わなかったよ。僕でさえこれだから、ブラッド兄さんならもっと大変なことに……」
「兄上っ!」
ネイトがケイシーの言葉を遮る。
はて? 今、おかしな言葉が聞こえたような気がしたのだが、空耳だろうか。
「いいじゃないか。いや実はね、ブラッド兄上は見るからに強面で怖いんですが、可愛いものが大好きなんですよ。なので、この聖獣を兄上が目にしたら、それはもう大変です。表情が締まらなくなるのは当然として、あまりの愛らしさに、強く抱きしめすぎて潰してしまうんじゃないかって心配になりますよ。あはははは!」
あはははは、ではない。大好きのあまり潰されてはかなわない。
シェリルは、ケイシーの話に苦笑いで返すしかなかった。
「きゅいっ、きゅきゅきゅ~~、きゅいぃっ!」
「ん? なんだい?」
蕩けるような笑顔できゅいの顔を覗き込むケイシーも、決して人のことは言えない。自分はさほどでもない、というように言っているがとんでもない。何よりも、そのニマニマ笑顔が証明している。
きゅいは今、ケイシーの膝にいた。そして、ケイシーの手から食べ物を貰っている。
ケイシーときゅいが対面した直後から、彼の興味はきゅい一択である。抱っこさせてもらえないだろうかと願い出て、きゅいも拒まなかったことから、ケイシーはきゅいに触れた。
それ以降、離さない。しまいには、自分の膝に乗せて一緒に食事をし始めたのである。
セドリックもローザもしきりに恐縮したが、なにせ本人たっての希望だ。そして大満足している。なので、そのまま放置となっているが、内心ではこのままでいいのかとぐるぐる考えていることだろう。
「そうだ。額をつけると言葉がわかるんだよね? よし!」
ケイシーは手にしていたナイフとフォークを置き、きゅいを抱き上げた。そして、額をくっつける。
「きゅ~~、きゅいきゅいきゅっ、きゅきゅ、きゅう、きゅいっ」
「……ダメだ。残念。シェリル嬢がわかるというのは理解できるが、ネイトもわかるんだろう? それが悔しいなぁ」
ケイシーは、本気で残念そうにしている。
彼はここへやって来てから、実にいろんな顔を見せている。
高貴さもあるのだが、それ以上の親しみやすさがある。好き嫌いが激しいというが、本当にそうなのかと疑ってしまいたくなるほどだ。
「たぶんだが、そいつは、兄上に名前で呼んでもらいたいようだぞ」
「え? そうなの?」
「きゅいっ!」
そうだ、というようにきゅいが鳴く。シェリルは驚きの眼差しをネイトに向けた。
「やっぱり、ネイト様は額を合わせなくてもきゅいの言葉がわかるのね」
「いや、なんとなく勘だ」
「勘っていうレベルではないと思うわ」
「そうか? シェリルの考えていることも、これくらいわかるといいんだがな」
「……っ」
艶っぽい流し目を送られ、シェリルがバッと顔を背ける。しかし、赤くなったそれを隠すことはできなくて──。
「いやいや、武骨な弟の、こんな顔を見られる日が来るなんて。人生、何があるかわからないものだね」
「ふん」
若干不貞腐れたような声をあげるネイトに、その場の全員が笑みを浮かべる。
この時は兄らしい表情だったケイシーだが、きゅいを見た途端にだらしなくなった。彼は膝に下ろしたきゅいを見つめ、その名を呼ぶ。
「きゅい、くん?」
「きゅいっ!」
「~~~~~っ」
すでに声になっていない。
「ったく、ケイシー兄さんでこれだと、きゅいをブラッド兄さんに会わせるのは、本気で危険だな」
「え……」
ポソリと呟き、呆れ果てているネイトを目にし、シェリルの背に冷たいものが流れた。
ブラッド殿下ときゅいを会わせることになっても、抱っこは遠慮させてもらおう。ひっそりそう決意するシェリルだった。
そんなこんなで楽しい食事を済ませ、食後の紅茶を飲んで一息ついた頃、セドリックがシェリルに言う。
「シェリル、ケイシー殿下がお前の普段作っているポーションと、きゅいの力の加わったポーションを確認したいとおっしゃっている」
「え?」
シェリルが驚いていると、事前に知らされていたのだろう、ドリーが二つのポーションを持ってきて、テーブルに並べた。
中身は一見同じである。ただ、区別をつけるために蓋の色だけを変えていた。普段作っているものには白、きゅいの力が加わったものは赤である。
ケイシーは、二つのポーションをじっくりと眺め、こう言った。
「この二つの違いを、今ここで確かめさせてもらっていいかな?」
確かめる? ネイトがやったように、自分の身体を傷つけるのだろうか。
それを危惧しながらも、シェリルは頷くしかない。
「はい。それは構いませんが……」




