27-2.ターナー領の未来(2)
「きゅうぅ~っ!」
「きゃあっ!」
きゅいがネイトの肩から飛び下り、シェリルの顔に引っ付く。
突然のことで、しかも目の前が真っ暗になったことから、シェリルはパニックに陥った。
「おいこら!」
「きゅきゅうっ」
『だいじょおぶ! ボクがいるよ! せいじゅうのボクが、しぇりるをたすける。せいじょのしぇりる、いっぱいたすけるよ!』
暗闇の中で、きゅいの声が脳裏に響く。きゅいは、シェリルと額を合わせるために、シェリルの顔に張り付いたのだ。
シェリルはきゅいを顔から引き剥がし、ぎゅっと強く抱きしめた。
「ありがとう、きゅい」
「きゅいっ!」
そんな二人を見て、ネイトはホッと胸を撫で下ろす。ネイトも床に座り込み、きゅいごとシェリルを抱え込んだ。
「ネイト様……」
「突然で、びっくりさせたな。ごめん」
柄にもなく、しゅんとしたネイトの声に、シェリルは首を横に振る。
この件は、おそらくずっと前からネイトの頭にはあったのだ。そう、聖女について様々なことが判明してから。
聖女は、一国が独占すべき存在ではない。聖女は、瘴気の森から大陸全土を護るために存在する。
瘴気の森を無くすことはできない。人類が存続する限り、その悪意がなくなることはないからだ。──それは、とても悲しいことだけれど。
ターナー領が瘴気の森を管理するための地ならば、例え国に属していたとしても、優遇されてしかるべきだ。なのに、現状はその逆。そして、それを覆すには時間がかかる。いや、難しいだろう。
その全てを見越して、ネイトは言っているのだ。ターナー領を独立させるべきだと。そして、領主である父は、聖女である娘にその判断を託した。
重い、重すぎる。その責任に圧し潰されそうだ。
しかし、シェリルは一人ではない。
「私は……」
顔を上げ、ネイトを見つめる。そして、腕に抱くきゅいと、もう一度額を重ね合わせる。
『しぇりる、だいじょおぶだよ。ボクがいるよ。ずっと、しぇりるのそばからはなれないよ』
シェリルは、緩やかに口角を上げた。
「私は、ターナー領を守りたい。それはずっと変わらないわ。クラーク王国から独立することでそれが叶うなら、私はそうしたい」
「シェリル」
「それに、今だって独立しているようなものよ。国から何の援助も受けていないし、搾取されるばかり。独立すれば税を取られることもなくなるし、その分を領のために使えるわ。でも……そんなに簡単にいくとは思えないけれど」
不安そうなシェリルに、ネイトは力強く微笑んでみせる。
「方向性が決まれば、どうとでもなる。それに、この件については、帝国の助力が得られるし、心配することはない」
「帝国の?」
驚いた。もうそんなところまで話は進んでいるのか。
「ネイト様ったら、先回りしすぎじゃない? 私が、独立までは考えられないって言ったら、どうするつもりだったの?」
ネイトは指先でシェリルの額を軽くつつき、ニヤリと笑った。
「シェリルはやるさ。それが、ターナー領を良くすることに繋がるなら、何でもやる。……そうだろう?」
シェリルの頬がカッと熱くなる。まさに、そのとおりだからだ。
シェリルの性格や気持ちを正しく理解し、先手先手を打っていく。
「ネイト様は……なんでもわかるのね」
「そうでもないさ」
「え?」
ネイトにもわからないことがある?
シェリルは、首を傾げながら緋色の瞳をじっと見つめる。すると、ネイトがシェリルの耳元に顔を寄せ、囁いた。
「俺に対するシェリルの想いは、いつも計りかねている。嫌われてはいないだろうが、未来の夫として愛されているかまでは、少々自信がないな」
「……っ!」
まさかである。
いつも余裕綽々で、自信に満ち溢れたこの男が、こんな言葉を吐くとは。
シェリルは顔を真っ赤にして、ネイトの胸に寄りかかる。
恥ずかしいやら、ネイトが可愛らしく思えて仕方ないやら、愛しくてたまらないやら──。
「自信がないなんて、ネイト様らしくないわ」
「じゃあ、教えてくれるか?」
ネイトが艶やかな視線を投げて寄越す。それにクラクラしながらも、シェリルはありったけの気力と勇気を振り絞り、小さく囁いた。
「……ネイト様を、愛しています。ずっと……一緒にいたい」
ネイトはこれ以上ない笑みを浮かべ、シェリルを強く抱きしめる。
「あぁ。ずっと、一緒だ」
「ぎゅう……」
二人の間では、きゅいが潰されそうになっていた。




