02.聖女候補としての日々
「もうすぐ神官様がいらっしゃるわ。早く済ませないと叱られるじゃない!」
「この隅がまだ汚れているわよ。早く綺麗にしてくださらない?」
聖女候補として、神殿で教育を受けたり奉仕活動をする際には、身分に関係なく全員が白の神官服を身に纏う。
大神官や神官長の身なりはそれなりに豪華だが、普通の神官や聖女候補たちの服装は、シンプルであり質素だ。よけいな飾りなどは一切ついていない。ストンとした白のワンピースというのが一番近い。
侯爵令嬢であるベリンダや伯爵令嬢であるカレンなどは、普段から派手な衣装を好んで着ているので、この格好が気に入らない。その上、聖女教育だけでなく、神殿の掃除や洗濯などの下働きもしなくてはいけないのだ。
下働きなどやったこともない彼女たちにとって、苦痛以外の何物でもなかった。だがこれが、聖女になるための「修行」で、必要なことだとされていた。
シェリルの神官服は、薄汚れていた。そういった仕事をしているのだから当然だ。
しかし、ベリンダとカレンはというと、綺麗なものだ。汚れなどほとんどない。
「シェリル! こっちも汚れているわよ!」
「はい、すぐに参ります!」
シェリルは、カレンがいる方へ急いで向かう。そして、彼女の足元に跪き、床の汚れを雑巾で拭き取った。
「ふぅ……。お祈りはともかく、掃除や洗濯なんてできないわ。どうしてこんなことをしなくちゃいけないのかしら?」
溜息をつきながらベリンダが文句を言い、それにカレンも頷いている。ベリンダは神殿の椅子に腰掛けたまま、動こうとしない。カレンはそのすぐ側まで戻り、佇んでいた。
そんな二人を横目で見ながら、シェリルは他に汚れがないかを確認していく。
もうすぐ、今日の当番である神官が確認にやって来る。それまでに全て終わらせておく必要があるのだ。
この広い神殿の隅から隅までを毎日掃除し、美しく磨き上げる。神殿には、祈りを捧げるために毎日誰かしらが訪れるので、毎日掃除をしていてもそれなりに汚れてしまう。
シェリルは、これを毎日たった一人でこなしていた。
ベリンダもカレンも、粗末とはいえ、自分の着ている服が汚れるのを嫌うのだ。それに彼女たちは、自分たちはこんなことをすべきではないと思っている。
最初に神官が少しだけ様子を見るのだが、その時だけしている振りをする。そして神官が去れば、シェリル一人に押し付けた。
これは、洗濯も同様だった。だから、シェリルの両手は荒れてしまい、とても令嬢のものとは思えない有様となっている。
(まぁ、私の手はそもそも令嬢らしからぬものだから、今更なのだけれど)
そんなことを思いながら、シェリルは確認を続ける。
そのうちに神官がやって来て、掃除のチェックを始めた。
「ほぅ。皆さんはとても優秀ですね。毎日綺麗にしてくださって、ありがとうございます。今日もまったく問題ありませんので、朝食にいたしましょう」
「ご確認いただき、ありがとうございます。神官様」
三人はそれぞれに挨拶をし、朝食へと向かう。
一足先に歩き出したベリンダとカレンの後ろを歩きながら、シェリルは人知れず吐息した。
(確認をしてくださる神官様は、この状況をどうご覧になっているのかしら? 本当に三人でお掃除していると思っているの? あの二人は一切汚れていなくて、手だって綺麗なままなのに)
彼女たちのサボりを見逃しているのなら、とんだ節穴である。
だが、神官とはいえ、身分差の壁はおいそれとは超えられない。
神官たちは皆、彼女たちに忖度しているようにシェリルには思えるのだった。