17-2.早すぎる展開(2)
いつの間にか、シェリルは応接に連れてこられる。そこにはお茶の準備が整えられていた。いい香りが辺りに漂っている。
さっきまでプリベロ採集をしていたので、小腹がすいている。シェリルはソファに腰掛け、用意された紅茶や菓子に目を輝かせた。
「わぁ、素敵! 今日は豪華ね!」
「お祝いだもの。ちょっと奮発したのよ」
そう言って悪戯っぽくウインクする母に、シェリルは笑顔になる。
いつもより上等な紅茶、焼き菓子にケーキまでついている。貧乏男爵家でこんなものが出るのは、誰かの誕生日くらいだ。
シェリルは嬉しいと思いつつも、ちょっと照れくさい。
「お祝いって……」
シェリルとネイトが恋人として付き合うことが? しかしそれは、今日偶々そうなったのであって……と思い、ふと気付いた。
「お母様、もしかして邸に戻る前に、お父様のところへ?」
すると、セドリックが大きく胸を張った。
「どうだ! シェリルの好きなものばかりだろう? 父はちゃんと覚えているんだぞ。邸に戻る前に、フォルゲン領の町で買ってきたんだ!」
「フォルゲン領で……なるほど」
ターナー領では、これほど豪華なお菓子を売る店はない。ターナー領の隣、南側に位置するフォルゲン領は、豊かな地で町も栄えている。セドリックはそこまで足を運んだというのだ。
「お父様も馬を酷使したのね?」
「はは。私の愛馬はこれくらい何ということもない。体力もあって、丈夫な馬だからな!」
ネイトといい、セドリックといい、本当に……。
ローザは邸に戻ってすぐ、使用人たちに指示を出していろいろ準備したのだろう。突然だったから、ばたついたはずだ。
「とても……嬉しいわ」
「そうだな」
その声にシェリルが見上げると、ネイトがきゅいを肩に乗せた状態ですぐ側まで来ていた。そして、シェリルの隣に座る。
少しでも動けば肌が触れ合うほどの距離。胸がドキドキして緊張する。でもそれを知られたくなくて、必死に平静を装った。
……上手く出来ているかはわからないが。
「きゅうっ」
「きゅい、大丈夫だった?」
「きゅうっ、きゅいぃっ!」
きゅいは、元気よくシェリルの胸に飛び込んできた。この分なら、ローザから落ちた時の怪我もなかったのだろう。
きゅいを抱きしめることで、シェリルの気持ちは段々と落ち着いてくる。
だが、すぐに激しく心乱されることになった。
皆がようやく一息ついたという段になって、ネイトがシェリルの方に身体を傾ける。
「ネイト様?」
「シェリル、急かすようで悪いが、聞いてほしい」
「はい……」
なんだろうと首を傾げていると、ネイトがソファから降り、床に跪いた。何事かとシェリルは慌てふためく。
「え? な、なんですかっ!?」
ネイトはシェリルを見上げ、その手を取り甲に口づける。
「シェリル、どうか俺の妃になってほしい」
熱のこもった緋色の瞳に射抜かれ、シェリルは途端に何も考えられなくなった。
(え……何が起こっているの?)
その答えを探すように、シェリルはあちらこちらへと視線を遣るが、今ここにいる両親と、少し離れた場所で控えている執事と侍女ドリーは穏やかに微笑むばかりで、何も答えてはくれなかった。
「あ、の……」
「きゅうぅ、きゅう?」
きゅいが再び額を合わせてくる。
『しぇりる、ねいとのきさきになるの、いや?』
「そ、そんなこと……」
『じゃあ、ボクのきさきになって!』
「ええええ……」
シェリルが戸惑っていると、ネイトがきゅいを引っ掴んでポイと投げた。
きゅいはくるくると回転しながら、ローザの腕の中に収まる。視線は一切シェリルから外していないというのに、なんて器用なのだろうか。
「きゅいちゃん、少しだけシー、ね」
「きゅう」
「シェリル」
「あのっ! と、突然すぎて、驚いてしまって……」
なにせ、ほんのついさっき、気持ちが通じ合ったばかりなのだ。それなのに、もうプロポーズとは。
シェリルも結婚を意識する年齢だ。貴族の令嬢なら婚約者がいて当たり前。
だが、貧乏男爵家では嫁の貰い手がない。ましてや、嫌われ者のターナー家。婿を取るのも難しい。
だから、シェリルは一生独身でもいいと思っていた。本当は、父や母のような夫婦に憧れてもいたけれど。
そんな時、聖女候補として王都に呼ばれた。聖女になれば、王太子妃となる。これならターナー家の娘でも結婚はできるが、これは嫌だった。
コンラッドの妻になることが嫌なのではない。そもそも、聖女なんて御大層なものに興味がないし、王太子妃、果ては王妃など、更に興味がない。というか、恐れ多すぎる。
そして本音は……ターナー領を冷遇する王族になるなど、冗談ではない。王族になってターナー領をどうにかする、という方法もあるにはあるが、他の王族や貴族たちからの反対に遭うことは必至だった。
そんなシェリルが王都で出会ったのは、帝国の第三皇子。
最初は、ほんのじゃれあう程度の付き合いだった。
しかし、彼がターナー領へ来てからはどんどん距離が近くなり、彼の人となりも伝わってきて、好ましいと思うようになる。知らず知らず、頼ってしまうこともあった。
こんな異性と出会えるなど、思ってもみなかった。そして、恋心を抱くことなど──。
「シェリルが驚くのもわかる。だが、俺はずっと考えていた。シェリルを俺のものにするにはどうすればいいか」
「ネイト様……」
ネイトは両手でシェリルの手を包み込み、願うように自らの額に当てる。
「俺がシェリルを妃に乞うことは、本来許されることじゃない。シェリルは聖女候補、つまり、コンラッドの婚約者候補だ。ましてや、今はその筆頭。だが……俺はシェリルを愛している。そしてシェリルは、聖女、王太子妃を望んでいない」
「そうだな?」と問う瞳に、静かに頷く。
聖女も王太子妃も興味はない。なりたくない。それに今は、婚姻を結ぶなら──
「私は、ネイト様を想っています」
皆が見守る中、これがシェリルの精一杯だった。「愛している」と言えればよかったのだが、どうにも羞恥が勝ってしまう。
シェリルが俯くと、ネイトがフッと笑った。
ネイトは再びシェリルの隣に座り、その肩を抱き寄せる。
「だから、コンラッドに許しを得た」
「え?」
驚いて、勢いよく顔を上げる。
コンラッドに、許しを得た?
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