01-2.招集命令(2)
ちなみに、国には「王立騎士団」が存在する。
王立騎士団内部は、国王などの重要人物を護衛する近衛部隊やら、王都の治安を守る治安部隊、魔物の討伐にあたる討伐部隊など、様々な部署に分かれている。
討伐部隊は、王都に魔物が現れた際にその討伐に向かう。他領から応援要請があった際にも駆けつける。
ただ、ターナー領はあまりにも頻繁に魔物が現れ、且つ、王都から遠い。それに、自領で魔物に対抗する騎士団を所持しているということで、ターナー領に応援に行くことはない。
そのくせ、ターナー領に国からの補助は一切なく、おまけに、収入の少ないターナー領も他領と一律同じに税が徴収されている。
王都が魔物に襲われることは、ほぼない。ターナー領以外の領地も同じだ。
王都から離れるごとに魔物の出現率は上がっていくのだが、それでもターナー領に比べればたいしたことはない。何故なら、聖女の結界で守られているからだ。
なのに、どうしてターナー領は頻繁に魔物が出現するのか?
理由の一つが、瘴気の森に接していること。もう一つは、ターナー領まで聖女の結界が届かないためだ。
「うちは、聖女様の恩恵を全く受けていないのよ? なのに、なんで私が聖女候補になって、聖女になるための教育を受けなきゃいけないのよ!」
「辞退はできないのですか? どうせ身分からして、聖女になることはないのでしょうし」
シェリルの母であるターナー男爵夫人も、眉を顰めている。
彼女は華奢で、淑やかな女性に見える。が、その実は女傑として知られていた。その美しい見た目に反し、そんじょそこらの男には負けない強さも兼ね備えているのだ。
『自分の身は自分で守る』
これが、ターナー家の家訓だ。武に特化した家に相応しい。
もちろんシェリルも、自分の身は自分で守れるほどの強さを身につけている。幼い頃から桁違いな強さを持つ両親に鍛えられたのだから、かなりのものだ。
「私とて、辞退できるならそうしたい。だが、王家に目をつけられるのも面倒だ。聖女候補として王家に招集されることは名誉なこととされているし、それを拒否したとなるとなぁ……。不敬だの何だのと言いがかりをつけられんとも限らん」
「本当に面倒なことね」
「まったくだ」
二人とも肩を落とし、深い溜息を落とす。シェリルもだ。
国はたいしたことをしてくれない。いや、してくれないどころか冷遇している。なのに、義務は果たせと言ってくる。そんなことを言うなら、そっちも義務を果たせと言いたい。
ターナー領は貧乏だ。いや、超貧乏だ。ターナー家は貴族の末端である男爵だし、金もないので、使用人が少数いるとはいえ、暮らしは平民とさほど変わらない。
そんな暮らしが嫌だと言っているわけではない。贅沢がしたいわけでもない。しかし、文句を言いたくなることが多すぎるのだ。
ターナー領は国の力を借りず、自分たちで騎士団を持ち、魔物の討伐にあたっている。魔物の討伐には金がかかる。それを自分たちで賄っているのだ。
ならば、ちょっとくらい優遇してくれてもいいと思う。ましてや、聖女の結界からも外れているのだ。ターナー領まで届かせようとすると、聖女に多大な負担がかかるし、他が疎かになる。それをよしとしない王家と神殿、他の貴族たちが、ターナー領を結界の守りから外したのだ。ターナー領はそれを一方的に受け入れさせられた。
それに、聖女候補として王都に行ったとしても、行き損になる可能性が高い。
候補は他にもいる。今回、聖女候補として招集がかかったのは、シェリルを含め三人。
一人は、ベリンダ=アシュトン侯爵令嬢。もう一人は、カレン=ピアース伯爵令嬢だ。両家とも比較的王都に近い領地を持つ裕福な家であり、社交界でも目立つ存在である。そんな二人と一緒に招集されるのだから、シェリルの出番などないに等しい。
聖女は、身分など関係ない。……というのは、あくまで建前だ。
魔力量や聖女としての資質が著しく突出していればありうるのだろうが、そうでない限りは身分がものを言う。何故なら、聖女は将来王族になるのだから。
「他の二人を立てて、私は何もできませーんって顔をして過ごすわ。それに、他の二人は高位貴族で、魔力量もかなり多いんだろうし。私なんてお呼びじゃないわよ。ダメな子認定されて、早々に帰ってくるわ!」
招集を蹴ることができない以上、行くしかない。
シェリルはできるだけ早く領地に戻ってくることを宣言し、ターナー領を離れ、遥か遠い王都へと旅立ったのだった。