01.招集命令
事の始まりは、王家からの招集だった。
唯一聖女を有する「クラーク王国」では、魔力量の多い年頃の女性は、聖女の素質ありとみなされ、聖女教育が施されることになっている。
その教育とは、聖女としての心づもりやら、大陸全土に渡って信仰されている、ゴード神を崇める「ゴード教」の教えを受け、日々ゴード神に祈りを捧げ奉仕する、といったものだ。奉仕活動の中には、現聖女の補佐も含まれる。
これが、約三ヶ月間行われるのだ。その間、彼女たちの立場は「聖女候補」とされる。
その後、現聖女と神殿、王家の協議を経て、次期聖女が決定される。と同時に、王太子の婚約者となる。
これは、貴重な聖女を囲い込み、王家としての威信を維持するためと言われている。
なので、貴族たちは皆、自分の家から王太子妃を輩出しようと躍起になっていた。
魔力は、皆が持っているものだ。ただし、保持する量は人それぞれ。
一般的には、身分が高い者ほど多いとされている。つまり、王族がもっとも多く、次に高位貴族と続く。
だが、例外もある。下位貴族の中にも魔力量の多い子どもが稀に生まれるし、平民だって全くないわけではない。
魔力量がそれほどない者は、普通と何ら変わらない。多い者だけが、生まれつき持っている属性魔法が使える。属性は、火、水、風、土、そして大変希少な光、闇の計六種。
光属性は、修行や鍛錬によって収得できるとされている。ただし、元々の素質と相当な努力が必要となり、課されるのは聖女候補のみだ。
クラーク王国の王族は、皆強力な火属性を持つと言われている。そして、希少な光属性の魔法が使える者を「聖女」と呼ぶ。
光属性と闇属性の魔法を使うためには、他の属性よりも多くの魔力が消費される。それ故、聖女になるには、生まれつき膨大な魔力量を持つ者でないと難しいとされていた。
聖女になれるほどの魔力量を持つ者は、不思議なことに他国では生まれない。その理由はいくら調査してもわからず、だからこそクラーク王国は、ゴード神に愛された国として、小国ながら豊かであり、大陸のほとんどの国を属国とする大国「オルグレン帝国」と対等な立場でいられるのだ。
とはいえ、力関係は実質帝国の方が上なのだが──。
クラーク王国の辺境を領地とする、ターナー男爵家の一人娘・シェリル=ターナーは、生まれつき膨大な魔力量を持っていた。
ターナー辺境領は、帝国との国境沿いに瘴気が常に立ち込める「瘴気の森」を隔てた場所にあり、国から見捨てられた地と言われている。
シェリルは下位貴族である男爵令嬢にもかかわらず、魔力量が多いという、所謂「例外」にあたる。
しかし、魔力量が多いからには、聖女候補として国から招集されることは至極当然のことだった。
普通の貴族なら、諸手を挙げて喜ぶところだ。しかし、シェリルは違う。
「見捨てた領地の娘なんだから、そのまま捨て置いてくれればいいのに!」
王家からの招集に、シェリルは邸中に響き渡るかという大声で叫んだ。
「仕方のないこととはいえ、解せん」
ムスッとした不機嫌顔をしているのは、ターナー男爵、シェリルの父だ。筋骨隆々な両腕を組み、立派な鷲鼻をふん、と鳴らす。
彼は、この地の領主でありながら、ターナー領が抱える「魔獣騎士団」の団長でもある。魔物から領地や領民を守るため、彼は率先して騎士団を率い、魔物の討伐にあたっている強者だ。