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05.薬草「プリベロ」

 ターナー領へ戻ってきてからは、忙しく動き回る毎日が始まった。

 広い領内を視察に回ったり、領民と話をしたり、ちょっとした魔物を討伐したりとせわしない。

 しかし、シェリルにとってはこれが日常で、楽しいことでもあった。王都での日々は窮屈だし、周りに気を遣わなくてはいけなかったり、我儘令嬢二人の相手で、むしろそちらの方が疲れるくらいだ。


「小さな魔獣が出るのは、日常なんだな」


 瘴気の森にほど近い小さな村を見回りしていた時、遊んでいた子どもたちを襲おうと、魔獣が草むらで息を潜めていた。それをシェリルが発見し、討伐したのだ。数匹いたので、一緒にいたネイトも手伝った。


 シェリルは、背負っているおくるみに包んだ漆黒の卵の無事を確認する。

 普通なら邸に置いてくるのだが、不思議なことに、この卵は意思を持っているのか、シェリルが卵から離れようとするとゴロゴロと左右に転がるのだ。まるで、嫌だ嫌だと駄々を捏ねているように。

 なので、ここ最近はずっとこうして卵を背負って行動している。

 最初はその姿を見て吃驚仰天していた領民たちから、今では「元気に生まれるといいですね」だの「生まれたらお祝いしましょう」などと声をかけられるようになり、これがもし魔獣の卵だったらどうしようと思わずにいられない状態になっている。


 ちなみに、偶にネイトが背負うこともある。

 魔力量が多い者なら問題ないのかと、シェリルよりは劣るが、そこそこ魔力量のある両親が試してみたところ、卵に拒否された。背負おうとしても、転がって逃げるのだ。

 両親、特にセドリックは若干凹んでいた。彼は、何が生まれるのかと少年のようにワクワクしているだけに、卵から拒否されたのがショックだったようだ。


「ここは瘴気の森に一番近い村だしね。でも、出没頻度が上がっているわ。プリベロの効果が薄れてきているのね」


 ネイトに対するシェリルの口調は、砕けたものになっていた。

 それは、ネイトに命じられ、仕方なく応じたからだ。とはいえ、敬語で話すよりこちらの方が楽は楽なので、今ではもうこちらで慣れてしまっている。


「プリベロ?」

「知らない?」


 その名を聞き、ネイトは少し考え込むが、思い当たらないといったように首を横に振った。


「やっぱり知らないわよね。こんな痩せた土地でも、逞しく育つ薬草なの。そして、魔物避けの効果もあるから栽培しているんだけど、クラーク王国でもターナー領でしか栽培していないし、知らなくても無理ないわ。見た目は黄色い花が咲いて可愛いんだけどね……実は、悲しい欠点があるのよ」


 シェリルの眉が下がる。

 そんな顔になるほどの欠点とは何かとネイトが首を傾げると、シェリルが彼を見上げ、言った。


「臭いの」

「臭い? どんな?」

「うーん……いろんな物が腐った感じ?」

「うわ……それは残念な花、いや薬草か」

「そうなの。だから、栽培する場所も選ぶのよね。絶対に風下じゃないとだめ。瘴気の森が低い土地でよかったわ。だからね、森の近くにプリベロ畑があるの。で、その香りは風にのって、風下の位置にある瘴気の森に流れ、魔物はなかなかこちらに来られない、というわけ」

「魔物も嫌がるほど臭いのか。逆にちょっと興味あるな」

「見に行ってみる?」


 そういえば、ネイトにはまだプリベロ畑を見せたことがなかった。

 興味があるなら、見せてみるのも面白いかもしれない。あの匂いを嗅いだ時、ネイトがどんな顔をするのか見ものだ。


「何か変なことを考えてるな?」

「そ、そんなことないわよ!」

「まぁ、別にいいけど。それじゃ、行くか」


 ネイトは、瘴気の森に向かって歩き出す。

 瘴気の森へも案内はしていないが、場所は彼も当然知っている。それに、その先は彼の母国でもあるのだ。関心はあるだろう。


「そうだ。ずっとは大変だろう? 交代な」

「え……」


 ネイトはシェリルの背中から卵を引き取り、軽々と背負う。

 それを当たり前のようにするものだから、シェリルはいつも止められない。本当は、止めなければいけないのに。


「こいつ、毎日少しずつ重くなってるな。シェリルもそろそろきついだろう?」


 卵は順調に育っている。確かに、背負って動き回るのも大変になってきてはいた。だからといって、ネイトに背負わせるのも恐れ多いのだが。


「もう愛着もあるし、少しくらいきつくても平気。それに、ネイト様もこうして手伝ってくれるし」


 ネイト殿下と呼ぶのも禁止され、今はネイト様と呼んでいる。それでも、ネイトは不服そうな顔をするのだが、ここまで譲歩したのだから許してほしい。


 ネイトは、ごく自然にシェリルの手を取る。シェリルがネイトを見上げると、彼は甘やかな笑みを向けた。


「当然だ。この卵は俺が拾って、あんたが育てている。いわば、俺たちの子どものようなものだ」

「こっ、こどっ……!」


 真っ赤になるシェリルの手を引き、ネイトは上機嫌で歩き出した。

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