2. おのこたるもの賢くなければならぬ
『おのこたるもの賢くなければならぬ』
祖父ちゃんはそう言って勉強の大切さを教えてくれた。
幼い僕にはその意味が良く分からなかったけれど、テストで良い成績を取ると祖父ちゃんも両親も喜んでくれたから、それが嬉しくて頑張って勉強した。
そのかいあってか、僕の成績は常に上位をキープ出来ている。
でも不思議なことに勉強を教えて欲しいと女の子にお願いされることが無かった。
中学の同級生で僕と同じくらいの成績だった竹内君はとても人気で女の子が良く教わりに来てたのに。
そんな僕にもついに女の子に勉強を教える日が来た。
「なんでまたあんたが一位なのよ!」
バン、と大きな音を立てて両手を僕の机に打ち付けた彼女は……誰だろう。
目つきが少しキツメだけれど眼鏡がとても良く似合う知的そうな美人さん。
僕は間違いなく今まで彼女に会ったことは無い筈なんだけれど、彼女は僕のことを知っている様子。
「あの、失礼ですがどなた様ですか?」
こういう時は変に知ったかぶりをすると後で痛い目を見るものだ。
多少相手を怒らせることになっても、知らないことはしっかりと聞いておくことが重要だって祖父ちゃんが言ってた。
「っっっっ!」
あちゃ~失敗したかも。
多少どころでは済まなそうな程に顔を真っ赤にして睨まれた。
「学年一位様は下々の事なんて眼中にすらないのね!」
そういえば最初の時にも一位がどうとかって言ってたね。
ついさっき中間テストの結果が掲示されたばかりだから多分その事だと思う。
ということは、彼女は僕が一位ということが気に入らないってことなのかな。
あれ、彼女の後ろで山瀬さんが小さく手を振ってる。
僕の視線に気づいた山瀬さんは右手でVサインをした。
なんでこのタイミングで勝利のポーズなんだろう。
それともピース。
じゃなくて、そうか、単純に二って意味か。
山瀬さんは、この人が学年二位の人だって教えてくれたんだ。
僕はこの人に見えないように机の下の方で片手ハートマークを作り山瀬さんにありがとうを伝えた。
え?山瀬さんが崩れ落ちた。
心配だけど、この人を無視して山瀬さんのところに行くわけにはいかないよね。
山瀬さんの友達が介抱してくれてるから今は任せよう。
ということでこの人だ。
二位の人なら分かる。
確か関さんだったかな。
中学も一緒で、いつも僕の真下の順位だったから印象に残ってる。
「もしかして関さん?」
「そうよ、ようやく気付いたの。万年二位であんたに毎回負かされている女よ!」
関さんで正解だったようだ。
でも怒りは全然収まらないみたい。
う~ん、どうしようか。
そうだ、祖父ちゃんがこんな場合のアドバイスもしてくれたんだっけ。
『和也がこのまま勉学に励み成果を出し続ければ、いずれ羨む者が出てこよう。だが決して自慢をしてはならぬぞ。逆に卑下しすぎても嫌味に思われるだろう』
『じゃあどうすれば良いの?』
『相手がおのこならぶん殴れ。おなごなら黙って話を聞け』
参考にならなかった。
祖父ちゃんの言葉だから正しいのだろうけれども、今の流れで黙ったら逆に挑発しているように受け取られそう。
仕方ないので、僕は彼女を宥めるための言葉を自力で考えた。
「僕は自分に合った勉強方法を見つけられたから調子が良いんだよ。そうだ、関さんの勉強方法も教えてよ」
「え?」
「関さんも成績が凄い良いでしょ。きっと僕の知らない勉強方法を使ってると思うんだ。もし僕と関さんがお互いに勉強方法を教えあったら、二人とももっと成績が良くなると思わない?」
僕の成績が良いのはやり方が良かっただけなんだって、納得してもらえそうな理由をつけて謙遜してみた。
それに加えて関さんも褒めて、一緒にもっと頑張ろうって言えば喜んでくれるかもしれない。
でも関さんが僕を越えることを目標とするなら意味が無いかな。
勉強方法を教え合う中で僕を出し抜くんだ、みたいに考えて落ち着いてくれると良いけど。
「え?あの……いいの?」
やった、関さんの怒りが収まったみたいだ。
その代わりに困惑しているみたいだけど、また怒られる前に畳みかけよう。
「もちろんだよ。だって、二人とも成績が良くなれば最高でしょ」
「そ、そうね」
どうやら不満は無さそうだ。
「それじゃあ早速だけど今日からやろうか。放課後空いてる?」
「今日から!?いや、その、良いけど」
思い立ったら吉日って言うからね。
「場所は何処が良いかなぁ。関さんの家とか、なーんてね」
「それはダメ!」
物凄い剣幕で否定されちゃった。
場を和ませるための冗談だったんだけど、関さんはこういうの苦手な人だったのかな。
また失敗しちゃった。
「うわごめん。冗談だったんだ」
「……………………わ、分かってたわよ。慌てたフリしただけだから」
「な~んだ」
良かった。
怒らせちゃったわけじゃ無かったんだ。
関さんは演技が上手いなぁ。
「椙山君が家に来るなんてことになったらみんなに殺される……」
小声でなんか物騒なことを言っているけど聞き間違いだよね。
「それじゃあ駅前のカフェにしよう。僕が良く行くオススメのお店があるんだ」
「え?」
「放課後迎えに行くから」
「それはちょっ」
「あ、次は移動授業だった。僕そろそろ準備しないと。それじゃあ関さん、またね」
いつの間にか時間が結構経っていたみたい。
予鈴がなったので慌てて支度をして教室を出た。
そういえば教室を出る時に関さんがまた小声でつぶやいていたような。
「これって椙山君と放課後デートよね。まずいわ、殺される。絶対殺される」
勉強の相談に乗るだけなのにデートになるのかな。
それに僕は関さんを殺さないよ。
変なの、やっぱり聞き間違いかな。
「その勉強方法であんなに成績が良いの?」
「え、ええ。何か変かしら」
関さんの勉強方法は教科書とノートを何度も深く読み込んで、例題をひたすら解くというものだった。
分からないところを随時先生に聞くこともあり、授業内容は確実に理解しているのだけれども、それを全て覚えられないという大きな欠点があった。
「暗記は苦手なの」
それなのに好成績を継続しているのは凄すぎる。
「寝る直前に覚えて朝起きたら思い出すのを繰り返すと忘れにくいよ」
「そうなの?」
僕は関さんに知っている限りの暗記のコツを伝授してあげた。
「こんなに教えて貰って悪いわ。私は大したことを教えてあげられてないのに」
「気にしなくて良いよ。関さんの成績が更に良くなって喜んでくれるならそれで十分かな」
「はうぅ」
「大丈夫!?」
突然立ち眩みしたかのように関さんの頭が大きく揺れた。
座っていても立ち眩みってあるのかな。
「大丈夫。気にしないで」
「なら良いけど」
僕に気を使ってないかな。
少し顔が赤いし心配だ。
そう思っていたら、関さんは突然真面目な顔になった。
「その、ごめんなさい」
「何が?」
「今日のお昼、あなたに突っかかってしまったでしょう。あなたは何も悪く無いのに。本当にごめんなさい」
あはは、確かにあれはびっくりしたけど気にしてないよ。
「関さんみたいな綺麗な人に話しかけられたんだから、むしろ嬉しかったよ」
「はうぅ」
「大丈夫!?」
やっぱり持病でもあるのかな。
心配だ。
でもそういえばどうして関さんは声を荒げて僕に怒ったんだろう。
こうして話をしていると関さんって物静かで怒る時は静かに怒りそうなタイプに見えるんだけど。
「もし関さんが良ければ理由を教えてくれる?」
困っていたら助けてあげたいからね。
関さんは少し迷っていたけど事情を教えてくれた。
「成績が全然良くならなくて焦っていたの」
あれ、そうだっけ。
僕が知る限りでは関さんはずっと成績が良かった気がする。
だとすると僕を追い越せないって意味なのかな。
僕がそのことを疑問に思っていると、関さんは家庭の事情を教えてくれた。
「家ってあまり金銭的な余裕が無いから、私と妹達が全員大学に行くのは難しいの。私は妹達を大学に行かせたくて高校卒業後にすぐに働こうと思ってたんだけど、お母さんがそれを許してくれなかった」
妹達ってことは少なくとも二人は妹さんがいるのだろう。
そして三人が高校と大学に進学するとなれば、相当な金額が必要になることを僕は知っている。
「でも今のままじゃ間違いなく妹達の大学進学は無理だから、私が奨学金で大学に行って私の分の費用を妹達に回せるようにしようと思ったの」
だから関さんは必死になって勉強しているんだ。
「もしかして僕に勝ちたかったのも、少しでも成績を良くして少しでも良い奨学金を推薦して貰えるようになるため?」
「ええ」
確かに学年二位と学年一位では印象が違うと思うけれど、今の関さんの成績でも文句なしで奨学金を選び放題だと思うけどな。
性格的に内申点の方も良さそうに見えるし。
「今日、今回のテストの結果が発表された時、もう高校二年なのに今回もダメだったって思ったら目の前が真っ暗になって、こんなにも勉強しているのに追いつけないのはおかしいだなんて思ってしまって、それで椙山君にあたってしまったの。最低よね。本当にごめんなさい」
関さんは将来への不安に苛まれてストレスが溜まって精神的に限界だったのかも。
冷静に考えれば十分な成績なのに僕という存在が上に居たから、ううん、僕が居なくてもテストの点数があがらなかっただけで同じことになっていたかもしれない。
「最低なんかじゃないよ。関さんは家族想いの素敵な女性だね」
「はうぅ」
「大丈夫!?」
この突発性貧血みたいなのをどうにかする方が先決じゃないかな。
「僕に出来る事なら何でもするよ。勉強も、それ以外の事でも」
「な、なんでも?」
「うん、遠慮なく頼ってね!」
家族のために頑張っている人が報われないなんて僕は嫌だ。
関さんが奨学金を勝ち取って妹さん達も大学に行けるように応援しなくっちゃ。
「なんでも……椙山くんが……なんでも……」
うん、なんでもするよ。
でもなんでそんなに顔が赤くなっているの?




