19. 大変なことになった 3
「おに~ちゃん。ぎゅ~」
「どうしたの美来。学校でこんなに甘えて来るなんて」
「なんでもな~い」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
僕の人生の最初のターニングポイントは山瀬さんを助けたあの日だろう。
何故ならばその日を境に多くの女の子達と交流する機会が激増したのだから。
そして次のターニングポイントがいつかと問われたならば、間違いなく今日だと答えるだろう。
何故ならば女の子達の僕に対する態度が変わった日なのだから。
「美来さん、体を密着させてベタベタするのは年頃の兄妹として不適切だと思いますよ」
関さんが代表して美来の甘えを注意した。
僕としてはそんなことよりももっと気になることがあるんだけれど。
「そんなこと言って良いのかな」
「構いませんよ」
「へぇ……やっぱり来て正解だったね」
話の意味が僕には分からないし、妹と女の子達が険悪な雰囲気なのは困る。
でもね、それよりも気になることがあるんだ。
「おにいちゃんをこんな場所に連れて来て、そんな恰好しているからもしやとは思ったけれど、まさか本当に協定を解除するなんて。絶対に動けないと思ったのにな」
そう、それ!
それが僕の言いたかったことだよ。
まず、『こんな場所』というのが気になることその一だ。
この場所は空き教室。
以前、片栗先輩が掃除していた部屋だ。
今回新たに五人増えたことで、水曜お昼の交流会は中庭でも大人数すぎて他の人に迷惑をかけることになるし、夏真っ盛りで外は辛いということもあってこの空き教室に目をつけた。
それは良い。
むしろ他の人の迷惑にならないのだから悪くない場所だ。
でもさ、なんでカーテンが窓だけでなく廊下側にもつけられていて中が覗けないようになっているのかな。
なんで空き教室なのにクーラーが稼働しているのかな。
そもそもどうして空き教室を使う許可が下りたのかな。
ねぇ、山吹先生。
『先生が許可出したから遠慮なく使って良いぜ』
なんで許可しちゃったのかな。
そして、なんで先生までしれっと混ざっているのかな。
分からないことだらけだよ。
「ねぇおにいちゃん。私もみんなみたいな恰好した方が良い?」
「僕に振らないで!?」
そして気になることその二が、『そんな恰好』という部分だ。
美来が僕に話を振ったように、女の子達はそろって異様な格好をしていた。
それゆえ、僕は目線を女の子達の顔の高さから決して動かさない。
絶対に下になんて向けてやらない。
「おにいちゃん、美来の取って欲しいな」
「こら、止めなさい」
お願いだから意識させないで欲しいな。
女の子達が何故か下着をつけていないことを。
しかも夏服の薄手のシャツでインナーを着ていないから……考えるな!
ここで考えたら僕の人生は何もかもが終わってしまう気がする。
『据え膳食わぬは男の……』
祖父ちゃんは黙ってて!
適度に鈍感であれ、って教えてくれたのも祖父ちゃんじゃないか!
僕は鈍感であり続けるからね!
「はわわ、みなさん本気ですね」
「これが旦那様を愛でる会ですか。まさか先生や購買の人まで来るとは思いませんでした」
「オレもびっくりだぜ。というか、流石に恥ずかしいんだがお前らよく平気だよな」
恥ずかしいなら下着つけて!
照れ顔も破壊力抜群なんだから!
「平気ではございませんが、このくらいしないと椙山様にお近づき出来ませんので」
「特に私達三年生は和也君と接する機会がもうあまり無いから積極的にアピールしないとね」
そんなことしなくても仲良くさせて頂く所存でございます。
ただ、三年生の先輩達と仲良くさせてもらう機会が少ないというのはその通りかも。
これから夏休みが待っているけれど、先輩方は受験勉強で忙しくて一緒に遊ぶといったことはあまり出来そうに無いだろうし。
「…………気持ちは…………分かるけれど…………譲らない」
「そうです!私だって椙山先輩と遊びたいです!」
「夏は色々とやりたいことがあるんですぅ!」
「椙山君と同じクラスだからこそ、一か月も会えないのは寂しく感じるよ」
みんな、夏休みに僕と遊びたがってくれている。
それがとても嬉しい。
これまでは特に用事の無い寂しい夏休みだったからな。
妹と遊ぶことしかしてなかったや。
「くぅ、今年もおにいちゃんを独り占めするつもりだったのに」
でも妹の兄離れを考えると僕に用事が多く入るのは良い傾向なのかな。
なんだかんだ言って、家にいるときは甘やかしてしまいそうだけれど。
「その、ここに来てからいきなり話が始まっちゃったけど、とりあえずいつも通りに自己紹介とかする?」
この部屋に入ってから妹が突然近寄って来て話が始まっちゃったので、ひとまず落ち着かせることにした。
夏休みの話題はお互いのことを知ってからでも遅くは無いだろう。
というか、その話題は荒れて結論が出ない気がするから後の方にしたかった。
「いや、オレらは別に紹介する必要ないぜ」
「そうなの?」
「お互いにすでに知ってるしな」
「…………確かにそうかも」
特に生徒会長、先生、購買のお姉さんは皆から良く知られているので今更自己紹介をする必要は無いのかもしれない。
「でも紅さんと美来は?」
「旦那様、私はすでに全員と知り合いです」
「美来も知られてるから必要ない」
「紅さんはともかく、なんで美来が!?」
「気にしない気にしない」
紅さんは休み時間のたびに頻繁に僕の所に来て、その度に他の女の子と騒ぎになっていた。
それを思い返せば確かに他の女の子達全員と会っていたかもしれない。
でも妹は謎だった。
特に有名人というわけでもあるまいし。
……有名人じゃないよね?
「ということで、今日は椙山クンにアタイ達が色々と聞こうとおもいまーす」
「え?」
まさかの僕への質問タイム。
これまでは女の子同士で謎のやりとりをするのがこの時間のメインだったから、僕が色々と答えることになるのは新鮮な流れだ。
「それじゃあ最初はアタシから」
松木さんか。
彼女はこの集まりの時はいつも自然な反応をしてくれるから僕としては大助かりだ。
きっと今回も程良い質問をしてくれるだろう。
「センパイが興奮する女の子の体型を教えて下さい」
「おいいい!?」
いつもの清楚な松木さんは何処に行ったの!?
その爆弾は本当にダメ!
だって女の子達の今の姿を想像してしまうし、しかも、その、松木さんは特に強く『そういうこと』を意識させられてしまうというか、あの、その、もおおおお!
「そういうのって普通は『どんな女の子がタイプなんですか?』とか『胸が大きい人が好きなんですか?』って聞くんじゃないの!?」
慌てた僕はとんでもない失態をやらかしてしまった。
もしかしたら松木さんはこれが目的で敢えて酷い質問をしたのかもしれない。
だって松木さん、にやりって笑ってるもん。
「それなら」
「『どんな女の子がタイプなんですか?』」
「うっ」
逃げられない。
だってさっきの僕の台詞は、あんな酷い質問では無くてこのレベルの質問にしてくれと自分から要望したようなものだから。
自分からそう言っておいて、回答拒否は失礼だろう。
僕は松木さんの罠に絡めとられてしまったのだ。
「僕のタイプは……」
女の子達が僕を真剣な表情でガン見している。
怖い。
君達、今ノーブラだってこと覚えてるのかな。
誰一人としてそのことを忘れて照れてないんだけれど。
あ、そうだ。
それが荒れない答えに使えるかも。
「変態じゃない人、かな」
ふふふ、これなら女の子達の奇行が抑えられるかもしれないし、紅さんとかの危険な発言も収まるかもしれない。
だって仲が良い男子が変態行為を嫌がっていると思ったら止めたくなるでしょ。
「ウソ!和也君、それってどのレベルの話?」
「私はダメですかぁ!?」
「え?」
その質問は予想外だった。
でも確かにそれは重要かも。
畑尾さんのように人には言えない趣味を持っている人は受け入れられないと言っているようにも受け取られてしまうからだ。
「周囲に迷惑をかけないレベルなら大丈夫だよ」
僕は女の子が特殊な趣味を持っていようが気にしないからね。
あくまでも常識の範囲内であれば他人と違っていても何も問題ないさ。
「良かったですぅ」
「ワタシもセーフ」
「旦那様を信じてました」
周囲に迷惑をかけないレベルって言ったんだけど日本語通じてるのかな。
特に紅さん。
「…………それだと…………みんな…………セーフになっちゃう」
「先生はもう少し好みがはっきりしている方が良いと思うぞ」
うん、だからそれを言うなら今すぐに下着をつけてくれませんかね。
先生なんて朝のホームルームの時はそんな薄着じゃなかったですよね。
色々な意味でアウトですよ。
「はわわ、私は迷惑をかけてしまいます」
その迷惑はドジっ娘の部分ですよね。
だからそういうのは関係ないので、たわわな部分を隠して下さい!
「じゃあ椙山くんは『胸が大きい人が好きなんですか?』」
「この流れでそれ聞くの!?」
その質問が出来なくなるように牽制したつもりだったんだけどな。
少なくとも下着をつけ直してからなら分かるんだけれど、その状態でその質問をするのは変態と言われてもおかしくないと思うよ。
「ア、アタシなんかのでよければ……」
止めて照れないで!
意識しちゃうから!
「椙山様、是非見比べてお選びください」
止めて持ち上げないで!
見てないけど多分そうしてるよね!
というか、誰のが一番良いかって質問じゃ無かったよね!
「旦那様、触って確かめても良いんですよ」
おいコラ、止めろ!
あれ、なんか皆さんじりじりとこちらに寄って来てませんか。
顔を真っ赤にするくらい恥ずかしいならやめましょうよ。
本当にこっち来ないで。
誰か助け……カーテンで隠されてるから助けを求められない!
「おにいちゃん」
そうだ美来がいるじゃないか。
美来ならきっと助けてくれるはず。
「おにいちゃんは美来のが一番だよね。だっていつも気持ち良さそうに美来の生乳揉んでるじゃん」
「美来うううう!」
誓ってそんなことはしていない。
妹の胸をまさぐるなんて本当の変態じゃないか。
僕はノーマルだ!
「よし」
関さん気合入れないで。
シャツのボタンを外そうとしないで。
みんな正気に戻ってえええええ!
『和也よ。どうしてもその場を収めきれなくなった時の最終手段を教えておこう』
祖父ちゃん。
この時のことを想定していたんだね。
『いや、ここは据え膳……』
うるさい!想定していたんでしょ!
僕は迷わずその手段を選んだ。
やるべきことはとても簡単だ。
膝を折りたたみ正座して、体を前方に倒すだけ。
「かんべんしてください!」
土下座は全てを解決するのだ。
最終手段を使った効果か、女の子達はどうにか落ち着いてくれた。
元通りに僕から距離を取ってくれたのだ。
美来だけは変わらず傍にいたけれど、極度のスキンシップは鳴りを潜めていた。
うう、土下座なんてみっともないことをして幻滅されちゃったかな。
そんなことを考えて意気消沈しながらお弁当を食べている間、女の子達は何かをひそひそと相談していた。
よ~く耳を澄ますと会話の内容がはっきりと聞こえる程度の声量だ。
どうやら今は関さんが先生に何かを質問しているようだ。
「先生、ここってこれからも自由に使って良いですか?」
「ああいいぞ」
良いんだ。
先生ってまだ若いのにそんな権限があるんだね。
秘密基地みたいでちょっとだけ面白いけれど、そんな特別扱いして良いのかな。
「それなら色々と持ち込んでも良いですか」
「持ち込みか。例えば何だ?」
「冷蔵庫とか」
「それは……ちょっと難しいかもな」
学校の電気を使う必要があるし、教室や部室にも無いのにここだけに設置を許可するのは難しいのだろう。
生の食べ物を持って来てダメにする可能性もあるわけだし。
「でもいずれ冷えた栄養ドリンクとか必要になるかもしれませんよ」
「……許可しよう」
おい。
栄養ドリンクが必要になるケースなんて、佐川先輩と同人誌を徹夜で作る時以外で考えられないんだけれど。
「…………よく効く…………まむしドリンク…………知ってる」
「ワタシもその手の沢山持ってますよ」
「誰か媚薬を持ってませんか?」
うん、僕は何も聞こえなかった。
でもなんとなくだけど、例え冷蔵庫が設置されたとしても、僕は使わないようにしよう。
「先生、私も要望があります」
「金森か。なんだ?」
「お布団を用意しませんか?」
「許可しよう」
おいコラ。
なんで布団を持ち込む必要があるんですか。
まさかここで寝泊まりするつもりなのかな。
クーラーと冷蔵庫があるから出来そうだけれど、文化祭前日でも無いのにそんなことする必要無いよね。
「はわわ、私が用意します!」
「出来れば」
「三人用のも欲しい」
よし、決めた。
この話をこれ以上進めさせたらヤバいから、肝心な話をしよう。
「みんな夏休みの予定はどうする?」
危険な流れを止めるためとはいえ、僕からこの質問をするべきでは無かったのかもしれない。
何故なら僕の夏休みのほとんどが、女の子達との予定で埋まってしまったのだから。
本来であれば嬉しい筈のこの事態。
だけれども、女の子達の飢えたような表情を見ると素直に喜べなかった。
この男、一学期の間に十六人も堕とした。
次回は一気に二学期に飛びます。
夏休みの間の話は気が向いたら書くかもしれません。




