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命がけのモリブデン紀行



「そ、それは……できない。というか、手伝ってもらわねば……」


「それは慣例に反するのでは?」


 俺がニヤリと笑って言うと、宰相はついに机を握りしめた。

 その横で紅茶のカップがカタカタ震える。

 もう少しで「はい、土下座でお願いします」って言いたくなるほどのテンパり具合だ。


 そこで――

 沈黙を破ったのは、お姉さん方の一人、マリーだった。


「宰相。一度、現地を視察してください」


 その声は穏やかで、しかし空気を切り裂くほど鋭かった。

 宰相が慌てて首を振る。


「無理だ! そんな余裕はない!」


「ですが、現場を見ずに判断するのは危険です。

 貴方の“最も優秀な事務官”が濡れ落ち葉になって帰ってきた理由を、直接ご覧になるべきです」


 ぐうの音も出ない。

 宰相の顔が、紅茶のカップと同じくらい赤くなった。

 やがて――

 しぶしぶながら宰相はこう言った。


「……わかった。できうる限り情報を集めよう。

 それと、王都から追加の応援を出す」


 俺は内心ほっとした。

 ようやく一歩前進だ。

 ――ただし、その言葉の中に“俺に迷惑をかけたことへの謝罪”は一文字もなかったけどな!


 会議が終わると、俺は屋敷に戻った。

 ぐったりしながらソファに沈むと、お姉さん方が「お疲れ様」と紅茶を差し出してくれる。

 いや、もう紅茶は十分だ。胃が紅茶で満杯だ。


「でも、レイさん。今日のは痛快だったわね!」


「宰相の顔、見た? あれ、たぶん三日は眠れないわよ」


「こっちも三日は眠れないけどな……」


 そう、問題は山積み。

 宰相の視察が決まるまで、王都での雑務や根回しが山のようにある。

 そして俺は、貴族としての義務も果たさねばならない。

 今回宰相との件で便宜を図ってくれた伯爵の顔を立てねばならないので、伯爵派閥の貴族たちとの面会や、その際の付け届け、それに王宮に出向き、自分の領地であるシーボーギウムの現状報告もある。


 それに何より一番大切な仕事が残っていた。

 ――そう、「福利厚生」である。

 今まで忙しさを理由にかまってあげられなかったことで、寂しい思いをさせていた王都の店に働く女性たちへの、恒例の“大運動会”である。


 昼間から彼女たちを貴族の屋敷に招いて大運動会。

 くんずほつれずの、それこそ死力を尽くす運動だ。

 笑い声と悲鳴が入り混じる中、俺は汗だくだったが、彼女たちは汗のほかにも潮を吹き巻き、カオスとしか言えない状況を作っていた。


 ……が、誤算があった。

 お姉さん方三人も参戦したのだ。


「レイさん、私も混ざるわ!」


「待て待て、服! その服じゃ走れ――ってもう走ってる!!」


 結果、運動会は昼から夜通しへ。

 屋敷中がカーニバルと化し、翌日には王都の店が三日間閉店する羽目になった。

 俺の体力も二日で限界。


 最終日は全員で屍のように寝転び、回復魔法の詠唱だけがあちこちで響いていた。

 こうして俺は、三日間の激闘の末に「王都大運動会」を完走し、翌日――

 ヨロヨロの体で再び馬車に乗り、王都を離れた。


 車窓の外には、いつもの穏やかな風景。

 だが俺の胸中はひとつの予感でいっぱいだった。

 ――あの宰相、きっと来る。

 そして現地を見て、絶句する。

 その時こそ、「濡れ落ち葉」の真価を理解するだろう。


「ま、見てから泣け。宰相さんよ」


 俺は馬車の中で、誰にも聞こえないように小さく呟いた。

 紅茶と絶望と、ほんの少しの達成感を胸に――

 俺の、面倒くさい戦いはまだまだ続くのだった。

 王都を出て三日。


 俺の人生で、これほど長く感じる四日間はなかった。

 馬車の中――優雅な旅とは程遠い。

 昼は砂塵と日差し、夜は焚き火と蚊の大群。

 しかも「村には寄らず突っ走る」という俺の英断(いや、暴挙)によって、休憩すらろくに取れない。

 馬だって死にそうだが、正直、俺のほうが先に逝きそうだった。


「ねぇ、レイさん……ちょっと休まない?」


「無理だ。止まったら朝になっちまう」


「でも、ほら……私たちの“福利厚生”の時間、まだ――」


 ……そう、問題はそこだ。

 王都での“運動会”以来、彼女たちは完全に味を占めてしまったのだ。

 馬車に乗っていても、「夜は夜で、福利厚生のお時間ですよね?」と、きらきらした目で言ってくる。


 やめろ、その笑顔は疲労困憊の男には毒だ。

 とはいえ、彼女たちはずっと俺を支えてくれた。

 王都での後始末、店の経営、外交(?)まで全部やってくれたのだ。

 その恩を思えば……うん、逃げられない。


「……わかった、ちょっとだけな」


「やったーっ!」


「“ちょっと”って、どのくらいの“ちょっと”ですか?」


「命がギリギリ保てるくらいの“ちょっと”だ……!」


 その夜、馬車の中は戦場と化した。

 月明かりの下、ガタガタ揺れる車内。

 「揺れが心地いい」とか「これが旅の醍醐味ね」なんて言ってるけど、俺は必死に命を繋いでいる。


 途中で何度も「これ、もうスキルで補正されてるだろ」と思った。

 スキル欄を開けないのが悔やまれるが、もし確認できたら、間違いなく「性豪:Lv.MAX」とか書いてある。

 普通の人間じゃ到底できない芸当を、俺は笑顔で(いや、半泣きで)こなしていたのだ。


 四日目の朝――。

 俺の魂は抜けかけていた。

 隣の席では、お姉さん方が満足げに毛布をかぶり、「ねぇ、次の目的地では温泉付きの宿がいいわねぇ」なんて言っている。

 いや、頼むから寝かせてくれ。温泉より棺桶を所望したい。




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― 新着の感想 ―
主人公はそのうち腎虚で死なないかなぁ…まぁその時は異世界の魔法とかでなんとかするのかな、つかチートに「性豪」とか付いてませんかねぇw あと宰相は…お前の巻いた種だしキッチリケツモチしないとw
羨ましい気持ちと恐ろしいと思う気持ちが、ハーレムは甲斐性があるレイさんじゃないと維持できませんね。
「性豪:Lv.MAX」どころじゃないんじゃないかな? 「性豪Ⅱ:Lv.MAX」とか「性豪上位:Lv.MAX」とか スキル上位化とか進化とかまでやらかしてんじゃね?(スットボケ
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