宰相への直談判?
とりあえず、緊急避難的な食糧確保はなんとか片付いた。
だが安心したのも束の間、俺の心は「未来」という名の真っ暗なトンネルに放り込まれた気分だった。
「このままじゃ、一向に復興しないな、あそこは……」
俺は両手で頭を抱えた。シーボーギウムに残るお姉さん方の一人がテーブルを囲んで同じようにため息をついている。
領地の復興を進めるどころか、食料の確保で右往左往。まさに「復興の『ふ』の字も見えてこない」である。
しかも厄介なことに、ポロニウムの惨状を理由に「ニホニウム領に面倒を押し付けてしまえ」という雰囲気が王都でも生まれつつあるらしい。
こいつはマズい。
うっかり背中に貼られた「押し付けてくださいステッカー」を剥がさないと、確実に破滅コースだ。
「とにかく、一度宰相と真剣に話をするしかないわ」
「そうそう、こっちの状況を知らないまま、勝手に押し付けてくるのが一番危ないんだから」
お姉さん方は口々にそう言う。
だが問題は「どうやって宰相に現状を分かってもらえるか」だった。
宰相に直接会って話すしか多分手は無いだろうが……。
前回みたいにバトラーさんを通して連絡を取ると、まるで延々と迷路を歩かされているような回りくどさになる。
正規の手続きを経て、連絡を取るとしても、王宮の下っ端役人を経由、最後にようやく宰相の机に届く――かと思いきや、差し戻されての堂々巡りが見ている。
「まるで『お使いクエスト』だな……」
「しかも延々とクリアできないやつね」
「依頼人がどんどん増えて、最後には最初の村人のところに戻るやつ……」
お姉さんの一言に、俺たちは全員うなずいた。
そう、まさにRPGあるある。しかも報酬は大抵しょっぱい。
だが、お姉さんも俺も「直接、王宮に行って宰相とサシで話す」という選択肢には二重三重で反対していた。
俺は、今では領地持ちの男爵だから、王宮でかなり待たされることを覚悟すればできない話ではないが、その選択肢はない。
理由は単純。サシで会えば、確実に更なる厄介事を押し付けられるからだ。
「絶対『では、これもお願いね♡』って笑顔で渡される未来が見えるわ」
「王国印の丸投げ爆弾だな……」
俺は胃のあたりを押さえながら頷く。
そこで結論が出た。
――俺の寄り親である伯爵様を通して、俺の屋敷で非公式のお茶会を開いてもらおう。
お茶会ならば建前は「私的交流」になる。
そこで自然に現場の状況を伝え、ついでに宰相の逃げ道を封じてやる。
「さすがレイさん! 少し狡い気もしますが知恵があるわね!」
「褒めてんだか貶してんだか……」
ともあれ、伯爵様にお願いしたところ、快く了承してくださった。
『国のために労をいとわず』と言って、わざわざ伯爵邸でお茶会を開いてくださるという。
準備が整った俺たちは、まずモリブデンへ向かうことになった。
モリブデンに滞在していたお姉さんを拾って、そこから王都へ向かうのだ。
馬車の中ではもちろん作戦会議。
しかし、王都と現場との温度差はあまりにも大きい。
「机の上で作る地図と、泥に足突っ込んでる現場の感覚は違うからね」
「いっそ、宰相を現地視察に連れてくるしかないんじゃない?」
お姉さん方の意見は一致していた。
結局「現地を見なきゃ話にならん」という結論しか出ない。
その様子をアイテムボックス通信で逐一王都にいるもう一人のお姉さんに報告したが、返事は芳しくなかった。
「……これ、王都にいてもどうしようもないみたいだね」
「まあ、現場に行ったことない人にとっては、全部『大げさ』に聞こえるのよ」
冷静な分析に、俺は頭を打ちつけ嘆いているしかなかった。
やがて王都に着き、俺のほとんど使われることにないかわいそうな屋敷へ。
玄関先にはいつものバトラーさんが、出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、男爵様」
その声が、やけに意味深に聞こえたのは気のせいか。
早速集められたメンバーで会議が始まる。
……が、案の定、馬車の中で何度も繰り返した内容の再演になった。
つまり、
「現場は崩壊寸前です!」
「とにかく視察してください!」
「机上の計算ではわかりません!」
をひたすらループ。
お姉さん方もシーボーギウムの惨状を知っているから想像はつくのだが、それを言葉にしても結局は「現地を見てから判断しましょう」で終わってしまう。
俺の拝領したシーボーギウムは酷かったが、それでも俺自身の責任でどうとでもできたので、やりようはあった。
しかし、ポロニウムについては、中途半端に頼ってきても、俺にはどうすることもできない。
かといって、責任だけ丸投げして仕事をもらうわけにもいかないし、なにより、ポロニウムの状況はシーボーギウムと比べるととにかく中途半端なのだ。
シーボーギウムは完全に破綻していたし、周りの村々も壊滅していたから、すべての領民を領都に集めて面倒見たので、こちらも十分に状況を把握できたが、ポロニウムの場合はそうもいかない。
まだ、かろうじて領都も破綻はしていないがこの冬を越えようものなら破綻が見えている。
いや、今回は食料を緊急で準備させたので、この冬はどうにかなるだろうが、それまでだ。
周りの村については、調査すらしていないけど、あの人たち大丈夫なのかな。
そのあたりの予測も含めて、お姉さん方とも話し合いをしていたけど、 議論は空回りし、ついにお茶会の日を迎えることとなった。
当日。
俺たちは馬車で伯爵邸に向かった。
そこには既に宰相と事務官たちが到着していた。
さっそくお茶会開始――と思ったら、開幕から波乱。
王国随一と謳われるお姉さん方の美貌に、若手事務官たちが固まったのだ。
固まったまま紅茶を持ち上げ、震える手でバシャッとこぼす。
砂糖壺にスプーンを突っ込んだまま固まる。
しまいには「……尊い」と呟いて顔を赤くしたまま停止する者まで現れた。
使い物にならん。完全にNPC化である。
一方で伯爵と宰相は冷静だった。
いや、冷静すぎて俺に文句を言ってきた。
「男爵に身受けされたとは聞いていたけど、連れてくる必要は……」
伯爵は俺に小声で言ってきたのだが、宰相はもっと直接的にお姉さん方にはっきりと言ってきた。
「この席に美人のレディーはふさわしくないのでは」
いやいやいや! ふさわしいとかじゃない!
俺は慌てて説明した。
「彼女たちはうちの領地における最高事務官です! 荒廃した領地の復興には欠かせない人材でして、美貌はオマケに過ぎません!」
俺は、宰相にもきちんと連れてきているメンバーについて説明していく。
少なくとも宰相から遣わされた事務官たちと比べるのも烏滸がましくなるくらいに何でもできるんだよ、このお姉さん方は。
お姉さん方がいなかったら、今頃シーボーギウムはどうなっていたかと思うと、ぞっとするくらいに助けられているのに、何という事を言うのかな。
まあ、気持ちはわからなくもないけど、何せ王子たちの筆おろしまでしていたくらい、この国では比べる事の出来ないくらいの美人、それも王国の至宝とまで呼ばれていた人たちなのだが、仕事中は自分らの趣味を置いておけよと俺は言いたい。
宰相は目を細めた。
だが、横の事務官たちはまだ赤い顔のまま「尊い……」と呟き続けている。
このまま今日は使いもになりそうにないな、あいつらは。
……おい宰相、そっちをなんとかしろ。
俺は心の中で毒ついたが、顔には出さずに話し合いを始める。
顔に出ていないよね、それくらいの腹芸は俺でもできたはずだ。
こうして、お茶会という名の戦場が幕を開けた。
紅茶の香りと焼き菓子の甘い匂いに包まれながら、俺たちは王国の命運をかけた――いや、領地の存亡をかけた――会話を始めるのだった。




