濡れ落ち葉地獄 in ポロニウム領
俺が「……あとは任せた」と言い残し、颯爽と領都ポロニウムから退場しようとした、その瞬間だった。
――ベチャッ。
何かが俺の足首に絡みついた。
「え?」
見下ろすと、事務官Aが俺の足にしがみついている。
続いて事務官Bが腰に抱きつき、事務官Cが背中に飛びついた。
なんだこれは。新手の必殺技か? 三位一体の必殺「人間しがみつき団子」か?
だが俺の頭に真っ先に浮かんだ言葉は――
「……濡れ落ち葉」
そう、学生時代に習ったあの比喩だ。老いた夫がどこへ行くにも妻を連れ歩く、その姿を「濡れ落ち葉」と揶揄するってやつ。
当時はクラス全員で爆笑したもんだ。「いや、奥さん可愛いじゃん!」「落ち葉に例えるのは失礼だろ!」と。
だが今になってわかった。笑ってる場合じゃねぇ。これは本気で笑えない。
事務官どもが俺に絡みつく様は、まさしく秋雨に打たれて地面に貼りついた落ち葉。
剥がしても剥がしても、靴裏にねっとり張り付いてくるあの不快感。
「うわぁあああ! 離れろ、離れろって!」
俺は必死に振りほどこうとするが、剥がしたそばから別の事務官がペタリ。
もう一人がズルリ。
何これ、無限落ち葉モード? ここは秋の枯葉ロードか!?
俺はサーシャとダーナに叫ぶ。
「悪い! 一枚ずつ剥がしてくれ!」
「は、はい!」
サーシャが事務官Aをむんずと掴んで引きはがす。
ダーナが事務官Bをひょいと持ち上げて投げ飛ばす。
だが次の瞬間――
「いやぁあああ! 置いてかないでぇ!」
飛ばされたはずの事務官Bが、ゾンビのように這い寄り再び俺の腰へダイブ!
その無様さに、ついに護衛の騎士たちまで加勢してくれた。
「失礼します!」
と言いながら、無言で事務官Cを引きはがす騎士。
おいおい、護衛対象に対して容赦なさすぎだろ。
だが今はそれでいい。
結局、総力戦の末になんとか事務官団子を剥がしきり、俺は逃げるようにポロニウム領を後にした。
振り返れば、館の前に取り残された事務官たちが、秋風に吹かれる本物の落ち葉みたいにヒラヒラしていた。
……哀愁? いや、ただただ鬱陶しいだけだった。
帰り道は快適そのものだった。
何せ、濡れ落ち葉団子を引きずる必要がない。
俺たちのペースで歩ける幸せよ。関所に泊まる必要もなく、スイスイと領都ニホニウムまで帰ってこられた。
が、心の中はモヤモヤしていた。
「あれ、本当に酷かったよな……」
王都から派遣される人材が、あんなんでいいのか?
だって騎士たちは動じることなく「まあまあ」って顔してたけど、あれよく考えたら――
「……現状を理解してなかっただけなんじゃね?」
そう。事務官たちは真剣にまずいと思って俺にすがりついた。
濡れ落ち葉になってでも頼み込んだ。
でも騎士たちはというと、のんきに構えてただけ。つまり――
「これ、やばくね?」
領地が崩壊寸前なのに、護衛騎士が事態を把握してないって致命的だろ。
俺はニホニウムに戻るとすぐにお姉さん方を呼び集めた。
「隣のポロニウム、相当やばい。ってことは、その周りの村々もとっくに破綻してるかもしれん」
真剣に説明すると、集まった者たちは顔を見合わせてうなずいた。
「王都に抗議も含めて知らせるべきですね」
「うんうん、黙ってたら絶対に押し付けられるわ」
というわけで、俺は手紙をしたためることにした。もちろん文面は全部お姉さん方に丸投げだ。俺が書いたら「おいっす、隣やばいっす、以上」とかになりかねん。
アイテムボックス通信を使って、王都にいるバトラーさん経由で宰相に送る。
十日も経たないうちに返事が来た。
内容は――
「……ひどっ」
要約すると「悪かった。でもどうにかしてね♡」という、見事な丸投げ。
いやいやいや、そっちが派遣した事務官が濡れ落ち葉だったんだろ!?
宰相からの手紙は高貴な言葉で飾られていて、俺には解読不能だったが、お姉さん方の翻訳によれば――
「つまり、ニホニウム領主殿にお任せします、ってことですね」
……ほぼ丸投げ。
そんな中、再びポロニウムから来訪者が現れた。
例の事務官の一人だ。護衛に二人の騎士を引き連れて、血相を変えて飛び込んできた。
「た、助けてぇえええ!」
開口一番、それだけ。
こいつら、本当にどうしようもない。
だが食料問題だけは放っておけない。
優先順位を叩き込んで、まずは食料確保を命じた。
港にできたばかりの商店街――ほとんど王都の大店の支店だ――に連れて行き、食料の買付契約を強制させる。
しかし、ここで驚愕の事実。
事務官は商人とまともに交渉できないのだ。
カモられかけたところで、俺が横から釘を刺した。
「そんな商売するなら、この領地で二度と商売できなくなるぞ。ポロニウムにでも引っ越せ」
すると、商人たちは急にしおらしくなった。
……って、これ、本当に事務官いらなくね?
そして支払いの段になって、さらに呆れた。
「では金貨で一括払いを……」
「おい、待て待て待て!」
俺は即座に止めた。
この地では現金は命綱だ。全部流出したら即ゲームオーバー。
そこで俺が商店主たちに交渉を持ちかける。
「王都に本店があるんだろ? なら手形を発行して、支払いは王都でさせろ」
結果、現金の流出は防げた。
だが事務官は渋い顔をしていた。
「予算がどうのこうの……」
「なら俺は知らん」
そう突っぱねると、やっと言うことを聞いた。
いやお前ら、自分から助けを求めに来てるのに、なぜアドバイスを素直に聞けない?
俺は最後に大きくため息をついた。
「……本当に面倒だ」
こうして俺は、また一つ厄介事を背負い込んだのだった。
濡れ落ち葉のように。




