宰相からの申し出
俺は扉をノックする前に先の事務官が声を上げ、返事がある前に扉を開けて中に俺を連れていく。
目の前には宰相が書類の束をもって俺の方を見ている。
睨んではいないことだけが唯一の救いか。
宰相は、一度書類の束を机の上に置いて、俺を応接用のソファーに誘う。
「こちらにどうぞ、男爵」
「は、どうも……」
何とも締まりのない会話から始まった。
「この間はせっかくご招待いただいたのに代理の参加で申し訳なかった」
「いえ、それには及びません。
宰相閣下に私からの書を届けたく、あのような手を使い、宰相閣下には余計な手間をおかけして申し訳ない」
「確かに、あの件では余計な手間……まあ、治安維持という面ではこちらの責任の範疇にはなるが、それにしても……ね~」
宰相から『ね~』と言われても、こっちの方が『ね~~』って言いたいよ。
そのことで、俺を叱ろうという……そういう雰囲気ではなさそうだが、それならやはり潰された隣のことか。
「さて、既に報告が入っているかとは思うが、あの一連の件で、男爵家が二つ騎士爵家が五つお取り潰しとなった」
「はい、いくつかの貴族とは聞いておりましたが、それほどありましたか」
「ああ、その男爵家には貴殿と同じように領地持ちも入るのでな」
「それは私の隣のことを……」
「ああ、そうだ。
それで、貴殿に相談だが……」
「宰相閣下。
失礼になるかもしれませんが、あいにく私の本分は庶民の商人ですので、ここであえて言わせてください」
「ほ~、まずは聞こうか」
「これ以上の厄介事……あ、間違えました。
領地は要りませんよ。
それでなくとも、自分の領地の立て直しで必死なのですから」
「やはり、そう言うよな」
「では、宰相閣下は、そのようにもお考えでしたので?」
「ああ、できれば面倒事は一遍に片づけたいのでな。
そこ行くと、男爵領は割とうまく治めていると聞いていたので、できればとは考えたが、流石に昇爵でもないと、領地のさらなる下賜は難しい。
私はすぐに諦めたが、そうなると、隣の領地だったか、それとそことの行き来の盛んな街道筋の他の領地のこともある。
頭の痛い所だ」
「は~~。
それで私に何を」
「これは私の希望だが、領地の下賜は先に話した通り無理なのだが、男爵にあの領地の立て直しをしてもらいたくて、委任という形で預かってはくれまいか」
「え~、流石にそれは……」
「まあ、そうだよな。
私も、最初から難しいとは思ったのだが、皇太子殿下などから、そういう声があってな。
一応確認をしただけだ」
「そうですか、正直ご理解いただいて助かります」
「そこでなのだが……」
宰相はまだ俺に用があるのか。
これ以上俺にはないのだが、絶対面倒事だよな。
「王宮から事務官を派遣して、調査から始めるのだが、それくらいの協力はお隣さんの好意で期待しても……」
宰相は、早い話領地の安定に隣の領主である俺にも協力しろと言ってきた。
いったいどこまで協力させるのか、先の委任とあまり変わりがないくらいまでの協力を要請されても、断ることは……できないよな~。
「おいおい、無理を言うつもりはないぞ。
警戒せずとも話だけは聞いてくれ」
そこで、宰相から相談を持ちかけられたのは、俺と隣を結ぶ街道にある関の廃止だ。
しかし、あの関は俺は一切関係していない。
そこで正直に宰相にそのあたりを説明していく。
「宰相閣下。
今言われた関のことですが、領地の境にあるものでしたら、私は一切関与しておりません。
もともと、街道など使っておりませんので、気にもしておりませんでした」
「まあ、そうだよな。
一応、報告を受けており、男爵が街道を封鎖しているとあったので、一応聞いてみただけだ」
「まあ、デマの流布はそれ以外にもたくさんあったでしょうから、今更驚きはしませんが」
「まあまあ、そう言うな。
もう少し話に付き合え」
そう言って宰相は、いよいよ本題をきりだしてきた。
王都から事務官を早急に派遣しないと不味そうなのだが、ここから問題の領地までは一月近くかかる事になっているが、俺達がその日数を無視するがごとく、何度も行き来しているので、これから派遣する者たちを連れて行ってほしいとあった。
「別に構いませんが、その派遣する方々は何時頃王都を出発されるのですか」
「ああ、二、三日中には事務官と護衛に騎士隊を準備する。
悪いが男爵も一緒に王都からついて行ってほしい」
「わかりました。
それで、私はどこまでついていけば……」
「できれば問題の領地の領都までだな」
「あの、私は領境まではいけますが、あの領地には一度しか入ったことがありません。
それも、冒険者として一番最初に自領に行くときだったので、かなり前になりますが」
「構わない、街道筋を行けば着けるので、事務官たちが領都の屋敷に入るまで付き合ってほしい」
「それくらいでしたら……」
これで話が終われば、まあ、俺としては協力してもと言う気持ちになってもとは考えたが、流石王都で政治を司る宰相だけあって、こんな簡単なことだけで俺をわざわざ呼び出すようなことはしなかった。
「それでだな。
現地に入らないとわからないが、足りない物資などを運び込む必要があると私達は考えているが、急ぎ対処しないとまずいことばかりになると考えている」
「働き手の減少による経済の破綻などですか」
「経済破綻だけで済めば御の字だ。
食料が尽きて大量の餓死者を出さないか、それにより大量の民が他の領地に押し寄せないか、それが心配なのだ」
「我らに食料を供出しろと……流石にそれは……
御存知の通りあの領地は破綻していたのを立て直せと私に押し付けられ……いや、陛下より下賜されたのですよね」
「押し付けか……まあ、ぶっちゃけその通りなのだが、そこは存じておる。
食料については、他から買い取ることで、一時的にもしのぎたい。
男爵が最初に行ったようにな」
「存じておりましたか」
「ああ、今回派遣する事務官にもそのあたり勉強させており、とにかく今年だけでもどうにか持たせたいので、男爵の協力が絶対に必要なのだ。
なので、一緒に領都まで事務官と出向き、必要な物資の手配など男爵が事務官たちにアドバイスをいただけないか」
「結局のところ私に、立て直しに協力しろと」
「誤魔化して言ってもあれなので、正直に言うと、そのとおりだ。
それしか、この危機には立ち向かえないと考えている。
費用については、すべて国から出すので、男爵の港を活用して物資の購入を頼みたい」
「購入については、構いません。
数は少ないですが、港には海外の商店も出店を出しておりますし」
結局、宰相との話し合いで、事務官を俺が連れて隣の領都に入り、今現在の近々の課題だけでも対処してくれということだった。
俺は、渋々ながら宰相に合意して、一旦王宮から解放された。




