お披露目の準備
「バトラーさん。
俺は、成り上がりで、しかも、王都には伝など商人くらいしか人脈は持ち合わせていないので、執事やメイドと言われてもすぐには無理だ。
今言われている件については奴隷商にはかなり前から頼んで入るが、そもそも奴隷となるメイドなんてそうそう居ないらしい。
なので、ここは恥を覚悟して伯爵様に泣きつこう」
「そうですね。
寄り親に相談する案件ではありますが……」
バトラーさんも、メイド長のタリアも渋い顔だ。
自家内の問題ごとでの相談なんて前代未聞とは言わないが、貴族としては恥の部類になるらしい。
しかし、お披露目をするにしても招待する貴族を始め俺には絶対に出来無い事ばかりで、やっぱり俺には貴族は無理そうだな。
これなら領地ごと宰相に返還してしまおうかとも考えているのだが、それすら現状許されないだろう。
なにせ、俺の領地のシーボーギウムの再建はやっと始めたばかりで、俺が手を引くとあそこは餓死者の山ができそうだ。
少なくともお隣の貴族絡みの連中には無理だ。
出来るようならばあそこまで酷くなる前に手を打っていたはずだし、それに何より自分の領内の仕置すらまともにできているとは思えない。
出来ている様ならば俺のところに大量にやって来る借金奴隷予備軍など発生しないはずだ。
アイテムボックス通信で定期的に送られてくるシーボーギウムの報告書でも、未だに森に入れば保護してくるそうだ。
保護する人数の倍近くは……なので、少なくともお隣からは俺のところに抱えている人数の3倍近くは領民が居なく成っている。
それもすべてが働き盛りの男性ばかりなので、それこそ大丈夫かと心配にすら成ってくる。
農業するにしても人手は必要で、何より力仕事が多いので、男性は必須だ。
その男性が、退去して俺の領内にそれも森を抜けてやって来るなんて異常としか思えない。
自力で森を抜けたものなど一人も居ないことからも、無謀であることは誰もが知るところなはずなのだが、せめて街道を通って来る工夫位は欲しかった。
「御主人様。
恥を覚悟されているようならば、何も申し上げることはありません。
それに何より、今の我々にはそれしか手はありませんしね」
「別に俺は貴族としての誇りなどは一切無いし、問題ない。
それに慣例だって別にやらなくともと俺は一切気にはしないが、それによって世話になっている伯爵に迷惑を掛けるようならばそれだけは避けたい」
「御主人様の思いは理解しました。
すぐに伯爵邸に使いを出します。
伯爵に都合がつき次第向かうことにしましょう」
「タリア、悪いが今度の伯爵邸訪問には付き合ってもらうぞ」
「え?
理由をお聞きしても」
「ああ、伯爵様からメイドを借りるためだ。
メイド長が直接話したほうが話は早い」
俺は、伯爵邸に執事やメイドたちと直接交渉することを考えている。
これは貴族としてはありえないことのようなのだが、俺達には時間がない。
間に俺や伯爵を入れては時間ばかりが過ぎていくので、そのあたりも伯爵に直接お願いするつもりだ。
先に伯爵邸に使いを出していたものが戻ってきた。
「バトラー様。
すぐにでもお会いしたいそうです」
「御主人様。
場所の用意をいたしますので……」
普通ではありえないくらいのスピードで話は進んでいくが、俺のほうが問題だ。
普段着でうろついているし、この格好では流石に……
「ご主人様。
一度店に戻ります」
タリアに無理やり店に連れ戻された。
そう、俺の着替えをするためだ。
店には俺の知らない間に貴族としての衣装(普段着用)が準備されていた。
「この衣装って、正装なのか」
「いえ、普段着です。
ですので、王都のいる間だけでもこの衣装を着ていただきたいのですが……それよりもすぐに着替えてください。
アイ、ご主人様の着替えを手伝いなさい」
タリアは店で接客中のアイを呼び出して俺の着替えを手伝わせた。
メイド二人掛かりで着替えをしたので、あの難しい衣装の着替えも割と直ぐにできた。
俺は保育園児かと言いたくなってきたが、本当に貴族の衣装って結構面倒だ。
普段着と言っていたので、あの仰々しい飾りは殆どなかったのだが、それでも服を着替えるのに人手を要すってなんだよ。
そのうち普段着?くらいは一人で着替えられるようになる……のかな。
そうなれば『わ~い、一人でできた』って、俺は保育園児じゃない。
俺は着替えが終わるとすぐに屋敷まで連れて行かれ、馬車に無理やり押し込められるように乗せられた。
そこからすぐに伯爵邸についた。
しかし……俺の店から歩いたほうが伯爵邸には早く着く距離なので、俺にはどうしてもこのような訪問には納得ができない。
まあ、馬車での移動ならば伯爵邸の正面の玄関に通されるので、屋敷の中に入ってからは伯爵に面会するまでは早いが、それでも納得ができない。
本当に貴族の生活は無駄が多い。
「お~、来たか、男爵」
「はい、今回も不躾なお願いを持って、お邪魔しました。
まずは、粗品ではありますが、これをお収めください」
俺はそう言ってタリアが用意した石鹸のセットを伯爵邸の執事の一人に手渡した。
「いつも済まないな」
「いえ、それはこちらです、伯爵」
「それで今回は……」
「はい、うちのバトラーが言うには、そろそろ拝領した屋敷のお披露目をしないと寄り親である伯爵に恥をかかせるとか。
あいにく私はにわか貴族なもので、そういう常識がないので、すでに伯爵に恥をかかせているとか……」
「おう、そういえば屋敷のお披露目はまだしておらなんだな。
現状では、王都もそれどころではなさそうなので、私が恥をかくとかはないから安心しておけ。
だが、確かにあの屋敷の改装もそろそろ終わりなのだろう。
なら、お披露目はしておいたほうが良いな」
「はい、ですが、私どもではまだ人手に全くの余裕が……」
「人を貸せと」
「はい、端的に申しますなら、そのとおりです」
「別に構わないが……男爵邸で新たに採用は考えてないのか」
「考えるも何も、私が無知なために指摘されるまで失念しており、一切に採用活動はしておりませんでした。
慌てて探そうにも……私は商人ですので、そちらの方には幾分人脈もありますが」
「そういう事か。
採用する気があるのならば私の方でも探してみよう」
「ありがとうございます。
伯爵のご配慮これ以上無い感謝を」




