モリブデンの辺境伯
今の俺は、人間が成長したのか、俺だけの満足よりも領民すべてを含め、皆で幸せを目指しているみたいだ。
だって、今ここに保護している皆が社畜時代の俺を見ているような気がしてならない。
理不尽がお友達なんか、糞食らえだ。
翌日は、もう一度モリブデンに向かうべく船に乗る。
王都に行って、バトラーさんを含め伯爵あたりと相談もしないとそろそろ不味そうだ。
今回の移動も3日でモリブデンに着いた。
だが、その港でちょっとしたアクシデントが合った。
俺は、港の到着早々にモリブデンの領主様に呼び出された。
ご領主様は、『ちょうど俺と話がしたかった』と言っておられるとか。
モリブデンの辺境伯とは、以前から呼び出しが合ったのをさんざん逃げていたが、貴族に取り立てられたため王都でのパーティーで顔を合わせているので、初対面ではない。
お互いに、紹介をされて、既知の間柄となっている。
全く合ったこともない人ならば貴族であっても、いや、貴族だとなおさらに、合うことに慎重にはなるが、モリブデンの辺境伯とは既に知った間柄だ。
呼び出されたのならば会わないという選択肢はない。
これは貴族の間である習慣というか、まあ一種の礼儀のようなもので、知っている貴族からの招待は、 そうそう断れるものではないらしい。
俺も、そのあたりについてはお姉さん方からかなり詰め込まれた。
貴族としての礼儀を外してばかりだと、それこそ命取りになりかねないらしい。
政治的とか生易しいのではなく、物理的に首が飛ぶことも珍しくないと言うものだから、俺も必死で礼儀作法などを覚えたよ。
だから今回の場合も貴族としてのご招待なので、お呼び出しに応じる以外に俺は選択肢を持っていない。
港から領主館までは長い坂道を登らないといけないが、ご領主様からのご招待扱いなので、長い坂道を歩いて登ることはなく、港に俺を迎えに来ていた馬車に押し込められて館に向かった。
俺が今日あたりモリブデンに到着することは、モリブデンの屋敷の連中には判っているので、俺が馬車に攫われたなんて心配されると色々と面倒になりそうなこともあり、馬車の中から自宅にはアイテムボックス通信を使って連絡入れてあるので、問題は無さそうだが、それにしても今回の招待はえらく急な話だ。
領主様もかなり急いでいたのか、俺達は屋敷に案内されるとそのまま領主様の執務室に連れられていった。
「急な呼び出しで申し訳ない」
領主様はこの挨拶から話が始まった。
内容はと言うと、以前に王都でお会いした時の侯爵からの嫌がらせの件だった。
あれからも、まだ侯爵から無理難題をふっかけているようで、俺に近い貴族たちに迷惑をかけているらしい。
王都では少々面倒事になっているらしく、俺にどうにかしろという話らしい。
で、俺にどうにかしろと言われても俺に何かできる筈もなく、そのあたりもご領主様は理解していた。
理解はしているが、王都の貴族たちからの依頼もあり、俺に連絡を取る準備をしていたさなかでの俺の帰還を聞いたようだ。
それならばと、ここでいっぺんに仕事を片付けるつもりで俺を屋敷に呼んだようだ。
問題の根源を絶つつもりで、俺に『とりあえず王都に行って伯爵と話し合ってくれ』とご領主様は言いたいらしい。
俺にとっては、もともとから王都には行くつもりだったので、問題はないが、それにしても面倒な連中だ。
たしかあのパーティーの時に話に出たところでは、問題の侯爵たち一派は王宮に俺の不正を訴えているとかなんとか。
しかし、元から俺が何かをしたわけでもないので、不正と言われても困るだけだ。
いっそのこと、領地を調べてもらえば済むようならばそうしてほしいところではあるが、侯爵が絡むので、公正な取り調べなどありえないとか、そんな理由で伯爵も取り調べを拒んでいると言っていた。
とにかく、現状を確認するためにも領主様と話していると、何やら更なる面倒事に繋がる話をしていた。
「なんでも男爵が、自分らの領地から住民をさらっているらしいとも言っているが、心当たりはないかな」
「住民をさらうですって、なんでそんな面倒をしないといけないのでしょうか」
俺がそう答えるとダーナが申し訳無さそうに小声で俺に言ってきた。
「あの子達が治療している兵士たちの件ではないでしょうか」
「兵士?」
領主様はダーナが言っていた『兵士』という言葉に食いついた。
「男爵、どういうことかな、その兵士というのは」
俺は聞かれたので素直に答えた。
「う~~む。
どうもそれについて言っているようだが」
「え?
だって、俺……私達は、お隣の領地どころか近づいてすらいませんよ。
その兵士や、怪しげな連中は皆流行り病で潰した村の近くで魔物に襲われていたのを、助けただけですが」
「彼らを返すのは」
「ええ、彼らを治療しておりますから、治療費を頂けたら返すつもりでしたが、その……」
「金など持っていないようだな。
元から持っているようならば、男爵領にいちゃもんなど付けずに居ただろうから、男爵領から少しでも金目のものなどを奪うつもりだったのだろう」
「ええ、彼らを保護してきた連中もそう言っていましたね」
「それで、どうする」
「どうするとは」
「その彼らだ。
そのまま犯罪奴隷にでもするのか」
「いえ、元から我々には何ら被害も出ておりませんし、盗みに入るつもりだったとしても、未遂ですらありませんしね。
強いて言うのならば我が領地内への不法侵入でしょうか。
それですら、我らは領内の立ち入りを禁止しておりませんから、それすら怪しくなりますね。
尤も、お隣では道を閉鎖しておりますから、お隣の法には触れそうですが。
彼らが自主的にその境を超えたのならばの話ですが」
「自主的にか……そうだろうな。
食うに困った領民が勝手にとは考えられなくもないが、今の男爵の話を聞く限り、それもないな」
その後、その治療しているお隣の領民?の扱いについて相談して、とりあえず借金奴隷として扱うことで話がついた。
もともと、俺もそれしか無いかとは考えていたが、問題はどこで奴隷として扱わせるかだ。
モリブデンのご領主としては、問題しか無い奴隷の扱いについて難色を示している。
もともとモリブデンには利益のある話ではない。
それでいて、貴族としては色々と面倒なことになりそうなことが見えているだけに俺に考えろと言っていた。
そもそも借金奴隷については純粋に商業活動内の話で、たとえここに王族が出てこようともどうこう言える話ではないらしい。
あくまでこの国の法律の範疇での話だ。
実際には、商業活動でも貴族が絡むと、色々と配慮しないとまずいらしく、その地の領主が気に入らないような活動はまずできない。
今回の借金奴隷の取引は、まさにそれに当たる。
俺としては、世話になっているフィットチーネさんにでも任せれば良いかと安易に考えていたが、それは無理そうだ。




