騒動の発端
そんな感じでくだらないことを話しながら今後のことを話し合った。
逃げることではなく、この先どうするかについてだ。まあ、伯爵邸でのパーティーが終わらないことには何も始まらない。
どうも、今度のパーティーにはモリブデンの領主かその代理人が来るらしく、伯爵から注意を受けたほどだ。
そういえば、モリブデンの商業ギルドからも伯爵との面会のことで話があった。
貴族相手は面倒なので、全て無視していたが、王都の伯爵に捕まってからは意味がなくなった。
今までモリブデンで商売していたにもかかわらず、領主に挨拶せずに王都で貴族になったことで、貴族としては少々面倒なことになっているようだ。
しかし、王都でも商売しているし、実際に王都の商売とは無関係とも言えない伯爵家との繋がりのおかげで貴族になったので、そういった面倒ごとについては灰色の扱いだとか。
いや、黒に近いというか黒じゃないから灰色扱いらしい。
尤も、俺の場合、特殊な状況で王宮まで絡んでの叙爵だ。騎士爵にされたかと思ったら、すぐに男爵位を渡されて領地の拝領だ。
それも王宮主導のことである。一応、俺の派閥は最初に貴族になったことで伯爵派閥になっているが、色々と微妙らしい。
まあ、俺の特殊性のおかげで伯爵も面倒を引き受けてくれているようだが、本当に貴族は面倒しかない。
とにかく伯爵からは大人しくしていろと言われているので、パーティーまでの間は王都の店の手伝いでもしておく。
とはいえ、新たな料理を考案することくらいしかできそうにないので、時間が許す限りドースンの店にも顔を出していた。
「お、久しぶりに顔を見たような気がするが、どうしたレイ様」
「ドースンさん、そのレイ様ってどうにかなりませんか。でないと、ドースン殿とかと呼びますよ」
「よしてくれ、わかった。しかし、レイさんも男爵様なのだろう。俺が気安く話せる相手ではないのだが」
「それこそ今更ですよ。それに俺の男爵って、はめられたようなものですから、あの呪われた領地の拝領も合わせてですがね」
「お~、お~、俺も噂では聞いているぞ。さすがレイさんって感じかな。あの呪われたシーボーギウムを短期間で復興させ、さらなる発展を遂げているって」
「ドースンさん。その話はどこから」
「どこからって、王都ではその噂で持ちきりだぞ。といっても上流社会での話だがな」
「上流社会って……」
「早い話が貴族街だけの話だ。こと、爵位に絡む儲け話には耳ざとい連中ばかりでな」
「連中って、まあいいか。俺もその連中の一人だし。しかし、なんでそんなデタラメな話が伝わるのかな」
「デタラメ?そんなことないだろう」
「それはどうしてですか」
「だって、モリブデンの商人たちもそんな話を持って貴族街をうろついているって話だ」
「また、モリブデンですか。やっとわかりましたよ」
「何だ、それは」
俺は、ドースンさんとの話でやっと今回の発端が見えてきた。
俺が緊急で食料を外国に頼ったため、食料を運び入れるために港を使っていたのだが、どうもこの世界では海運が盛んでないためなのか、少しでもいつもと違う動きがあるとやたらと目立つ。
久しぶりといっても10年以上前に遡るらしいが、シーボーギウムの港に船が盛んに出入りしているとモリブデンの海運関係者たちが騒ぎ出したのだろう。
自分たちも儲け話に入れろと。
しかし、俺が相手をしているのは現状では実質一人しかいない。それもこの国の人でないため、余計にモリブデンからは気に入られないのかもしれない。
しかし、モリブデンを含むこの国の商人で信頼できる人は本当に少ない。
モリブデンの商業ギルドの職員も、俺を騙そうとしたことがあるし、ギルド自体も信用していない。
急ぎで大量の食料を確保しようとしても難しい。
これが奴隷ならば、目の前にいるドースンさんやモリブデンのフィットチーネさんからいくらでも手に入る。
しかし奴隷の場合、そもそも奴隷自体がなかなか俺の欲しがるような人材が出てこないため、いつも困っているが、相談だけはできた。
酒に関しては王都にはバッカスさんがいるし、どうにかなる。しかし、庶民の生きるための食料となると、彼らに紹介してもらうというワンクッションが入るし、何より俺自身が信用できるか甚だ疑問が残る。
本当に偶然なのだが、商業連合や諸国連合には、有力商人と知り合いになった。
そのため、それを利用しない手はない。
そもそもあの領地の拝領も、知己を得た人の願いで治療した大商人の命を助けたことが発端だ。
かえすがえすも、全ては俺の助平心からだと理解しているが、あのエルフたちを助けてムフフ……後悔はしていない。
後悔はしていないが、もう少し上手に立ち回っていればと思うことはある。
少なくとも、今世話になっているから本人のフェデリーニ様には言えないが、治療したことを秘密にしてもらうといった措置を取っておけば、王都で伯爵の嫡男の治療などしなかったのに。
まあ、そうすれば彼がどうなっていたかは怪しいが、彼は命を助けられたためか、俺に対しては人当たりがいい。
かなり気持ちの良い性格をしていると思っている。そのため、彼の命を助けることができたことは正直良かったと思う。
この世界に来てからも、あの主任のような連中を多く見てきた。
心底人が悪い人間はどこにでもいるものだと感じたが、それと同時に令和の日本では俺の周りにいなかった人の良い人も多くいる。
今の俺はそういう人たちのおかげでどうにかなっている。
今回の領地の問題でも、緊急課題だった食料についても、それこそ儲け度外視で仕入れてもらっているため、助かっている。
「どうした、レイさん」
いかんいかん。一人で別世界に飛んでいた。
ただでさえ異世界に転移しているというのに、どうでもいいか。
「いや、ドースンさんの話で、色々と見えてきたので、今までを振り返っていました」
「今までって」
「いや、俺の領地拝領の件ですよ。あれって、王都郊外での奴隷たちの治療?あれって治療かな、でも衛生状態を改善したことで病気の蔓延を防いだことからですから」
「それって、俺のおかげかな。レイさんが男爵になって領地を拝領されたのは」
「ええ、ある意味ドースンさんのせいですよ。俺が余計な目に合うのは」




