表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

真面目くんの恋愛苦悩

 僕には秘密にしていることがあります。お恥ずかしい話なのですが恋愛の話です。惚れた腫れたは人の身であるうちはどうしようもないことだと思うのですが、その相手が少し具合が悪いのです。僕としては本当なら今すぐにでも昂ぶって仕方ないこの気持ちを告白し楽になってしまいたいのですが、うまくはいかないのが人の定めなのでしょう。それが許される機会はいつになろうとやってくる気配がないのです。

 彼女のことを詳しく説明しようと思うのですがなにしろ好きな人ですから恥ずかしいという気持ちが先に立ってあまりうまく伝えられるような気がしません。僕は昔から馬鹿正直だと言われてきましたが、その分気が弱く恥ずかしがりなので気持ちを隠してしまうことが多くありました。流されやすいというのも自覚しております。あるときには店の人にいい道具を揃えた方がよいなどと唆されて書道の道具を買ってしまったことがありました。ただ高校の授業で週に一回を五ヶ月学ぶだけなのに身にそぐわない高品質のものをお年玉の貯金で買ってしまったわけです。なんとか生かそうと考えた結果入りたかった演劇部を諦めて書道部に入部したのです。あとから考えると演劇部なんかに入ったとして大声で台詞を読むなんていう行為は僕には土台無理な話だったように思えるので禍転じて福となすといったものでしょうか。

 いえ彼女の話をしなくてはいけませんでしたね。少し偏見が混じってしまうのはご容赦願います。恋は盲目というように僕も彼女のことを正確に捉えられているのか分からなくなってしまっています。例えばですが僕は彼女の欠点が分かりません。これは彼女の全てを愛しているからです。他人から見て欠点と言われる部分も私にすれば愛らしい特徴に脳が変換してしまいます。ただこれは彼女を崇拝しているという訳ではありません。時には文句を言うこともあれば頼みを断ることもあります。あくまでも自分の存在を損ねることは本意ではありません。

 では少し詳しくはなしましょう。彼女と僕を正確に表すことのできる言葉は『幼馴染み』でしょう。彼女と出会ったのは保育所のころだったそうですがそのころの記憶はもはやありません。好きになったのは一人前に恋愛感情を理解した時期、つまりいつの間にかというのが正しいのだと思います。少なくとも中学生になったときには彼女はただの幼馴染みの枠を遙かに超えていたのは間違いありません。僕が恥ずかしがり屋であるというのは話しましたね。彼女はその反対でした。彼女は一度たりとも誰かに臆すことがなくそれでいて自分にも正直なんです。正義感が強いとも言いますね。僕がこれまで馬鹿正直だと自覚するほどに正確なことばかりを話そうとしてきたのは彼女に憧れそのようにあろうと努力したからにすぎません。もしも僕一人だったらもっと卑屈で暗い人間になっていたことでしょう。

 彼女は誰であろうと構わず関わりをもつことを至上の楽しみであるかのように毎日を過ごしていました。だから彼女を好ましく思っているのはきっと僕だけではないでしょう。彼女は学校で一番可愛い、美しい、綺麗だと言われるような人ではありませんが、一番共にいたい、話していて楽しいと思われているのは間違いなく彼女なのです。現に僕は名も知らぬ人たちから彼女のことを教えて欲しいと何度も頼まれるといった経験をしています。もちろん自分に分かることで隠しておかなければいけない箇所以外は全て正直にお伝えしましたよ。僕は他人の恋愛を邪魔したいとか思ったことがなかったんです。ずっと誠実に彼女と向き合えば誰がどうしようときっと振り向かせることができるのだと思っていたからです。もしも彼らの誰かが彼女と恋愛関係になったとして僕はきっと悲しみに暮れるでしょうがそれでも邪魔してやろうなんてことは思わないでしょうね。ええ、可能な限りの馬鹿であることは自覚しています。でも彼女に憧れる僕は僕がそう或ることをきっと望んでいるのです。

 ここまでは僕にとっての彼女の話をしました。ここからは彼女にとっての僕とは何かについて話そうと思います。簡単に言うと彼女にとって僕は特別な存在です。小さい頃から気心が知れていますし、僕は彼女が望み僕自身が望むように正直にあろうとする人間なのです。あろうとする、という部分で分かるとおり僕も彼女も本質的に正直者ではありません。彼女もまた自分にそのような仮面を着せて偽っているのです。僕と二人きりの時はその仮面が外れるのですけれど、それの詳細については誰にも話したくないので諦めてください。ただ彼女は僕と違って恋愛感情をいだいていないのです。それは彼女が本当の意味での正直者を望んでいるからで、このように言えない秘密を持っていたり、恥ずかしがり屋で時に言葉を濁してしまう僕では彼女を満足させられないからなのです。

 しかしそれは理想中の理想であってもう少し経てばきっと彼女もそんな存在がいないことに気づくのだと思っていたのです。思っていた、という表現通りそれは僕の楽観的観測でありました。正直者が彼女の前に現れてしまいました。彼女は考えるより先に彼に恋に落ちていたように思います。何しろその瞬間を僕は隣で見ていました。見たことのない表情でした。僕が見たことのない彼女がそこにいました。

 僕は初めて嫉妬という感情を得ました。そしてこれまで嫉妬することがなかったのは僕が他の誰よりも彼女の好みに合致する要素が多いと思っていたからであり、彼女の好みに正確に当てはまる人など存在しないと考えていた僕の傲慢だったのだと気づいたのです。私は嫉妬を抱いた自分を褒めようと思いました。これまで自分は誰に対しても真面目で正直であろうとしてきました。しかし僕はいつの間にか彼女の隣に居座り続けられるのだと傲慢になっていました。

 これはきっと罰なんでしょう。真面目で正直であろうとしてそうあれなかった僕への神様と彼女からの罰なんでしょう。そこまで考えたところで僕はどうしたらいいのか一切合切が分からなくなってしまいました。

 そこで僕の唯一と言ってもいい彼女以外の友人である君に相談をさせてもらったと言う訳なのです。僕は今までとは違い、彼女を諦められなくなってしまいました。しかし彼女が正直者の彼を好きなのはもはや明白であって僕がそこに介入してしまうのは嫌なのです。彼女の気持ちをないがしろにすることは僕が一番嫌なことの一つなのです。僕が自分の気持ちに正直に告白が出来ないのもそういうわけなのです。

 ねえ友人よ僕は一体どうすればいいんでしょう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 お風呂から出てスマートフォンを確認すると、気持ちが悪くなるようなメッセージがLINEで届いていた。メールでもなく一行十文字くらいが限界のLINEで二千字を超える悩みを聞かされても読みにくいし堅苦しいし困るところである。読み終えてスマートフォンを思いきりベッドに投げた。俺にどうしろというのだ。まともに恋愛したこともなければ会話できる女子すら一人として存在しないのに、いきなり恋愛相談をされたところでうろたえるだけで話が前に進むとは考えなかったのだろうか。確かに彼には友達と呼べる存在は少なく、相談する相手が不足しているのは事実であろう。けれどよりによって俺でなくてもよかったのではないか友人よ。

 当然の様に返信に困ってしまったので頭を抱えつつ部屋の中をぐるぐると回ってみたが一向に考えがまとまる様子はない。仕方なく簡素に『彼女って誰』と面白みのない返信をしてみる。残念ながら俺の記憶にはあいつが女子と懇意にしているものはない。手がかりとしては学校で一番共に居たいと思われるような女子生徒ということだが、俺は学校内の女子というものを知らない。クラスメイトの数人がやっとどこかで見たことがあるような気がする程度である。異性というものは自発的、また積極的に関わろうと思わない限りあまり関わりあいにならないものである。興味が皆無というわけではないのだが俺はいささか年上趣味なのだ。

 正直なところ俺も彼のことを棚上げできないレベルで友は少ない。気の許せる男友達が数人と同じ部活の先輩が二人、それが俺の限界である。きっと他人には嫌われてはなかったのだろうけれど、とことん誰とも趣味が合わなかった。周りの少年少女がアイドル曲やJ-POPを聞いている中、俺はマイケル・デイビスやビル・エヴァンスを聞いていたというただそれだけのことなのであるが、ただそれだけのことが絶妙に致命傷で見事クラスメイトの話に混ざることはかなわなかったのだ。そうしてクラスで余った流行知らずで理解されない奴らの総称をこう呼ぶのだ。『俺の友人』と。

 彼は数少ないそのうちの一人なのである。本人が自覚しているように真面目を貫き、習得できる部分は完遂してしまおうとする人間だ。ただ正直であろうと努力しているということは初めて聞いた気がする。友人とはいえ俺たちは互いにそんなに気を遣う関係ではないし、知っていることは本人から聞いたことで、それ以外は詮索しないし知りたいとも思わない。それが分かっているから俺たちは自分の中の晒していい部分の境界線を自分で区切ることができる。

 その上で彼がこのメッセージを送ってきたのは多少深い意味が存在するような気がするのだ。ここまで深く彼自身のことを聞いたのは初めてだし、そうする価値を俺に見いだしてくれたのだったら悩みを解決してやりたいと素直に思える。だから慣れない恋愛相談にも全力で解答を探そうとしているし、それに少し心を躍らせている自分もいる。何にせよもう少し彼の話を聞かなければならないようである。この夜はきっと深くなる。彼の既読マークを見てそう思った。しかし当然今晩の内には彼は変身を書き終えることは出来ないのであろうことは火を見るより明らかであった。

 また明日、きっともう一度二千文字が届くのかと思うと憂鬱であるが、俺は他人の恋愛なんていう蜜の味をわざわざ味わいに行かないなんていう怠け者になった訳ではない。話を読んだ限りでは当然望み薄なんだろうから、友人Aの絶望する顔でも拝みに行ってやろうではないか。ああ、それは実に楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ