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出会い

別サイトのブログにて投稿掲載した話を加筆しながら修正しています。


8話程度で完結予定となります。


評価、感想、ポイント、ブクマ等よろしくお願いします。

「先輩、すみません。 道、また間違えたみたいです」


「おい……ナビがついてるのにどうやったら間違えるんだよ」


「おっかしいよなぁ……。 ちゃんと指示通りにしたのに」


「例えば俺の指示でお前が言う通りに動けた事、今まであったか?」


「いや、俺だって頑張れば。 だいたい先輩がいつも厳しいから」


「言い訳してんじゃねぇよ」


「ここ、どこなんですかね?」


「そこら辺ブラブラして来るから今居る場所と、この先の抜け道をナビ見て確認する事。 わかったら教えて」


「先輩、助けてくれないんですか?」


「じゃな」


 ☆ ☆ ☆


 まだ新人の二年目社員、山田和貴の運転で俺、宇田川亘はどこだか知らない場所にやって来た。


 いや、やって来たというより、迷い込んだのだ。方向音痴の山田のせいで。


 確か、あともう少しで着く予定だったはずだ。なのに、どうしてこうなった?

 ……なんて愚痴っても仕方ない。

 こればかりは奴の方向音痴を甘く見ていた俺の責任だ。


 とりあえず、軌道修正する為の時間が必要だ。

 幸いにして時間はまだある。

 遅れないように早めに出て来たのが良かった。


 少し散歩する事にした俺は、誰もいない何もない田舎道を歩き始めた。


 空気が美味しくて空も高い、太陽が降り注ぐ暑さの中で少しばかりの涼しさが心地良い。


 会社からこんな山奥まで車でほんの二時間の距離。


「あぁ、いいなぁ」


 近くに民家もなければ、人の姿もない。

 あるのは遠くに見える牧場らしき建物だけ。

 もう少し手前に目を向けると、幾つもの四角い枠に囲まれた田んぼの青い稲穂がサラサラと風に揺れている。


 こんな所に放り出されたら帰り道がわからなくて、大変な事になるかもしれない。

 不安になってポケットのスマホを確認すると、どうにか繋がるようだ。

 山田はもう少し時間が掛かるだろう。


 こんなにもゆっくりした時間の流れを見付けられて、意外な掘り出し場所かもしれない。


 そんな事を考えている時だった。


 道から川べりへ下りる少し坂になった草むらに段ボール箱を見付けた。


「何が入っているのかな」


 子供みたいな興味が湧いてきた俺は坂を下りて段ボール箱に駆け寄った。


「子犬か子猫でも入っているのかな。 或いはゴミの不法投棄とか?」


 サスペンスって事はさすがにないか。


 そんなワクワク感を抱きつつ、そっと段ボール箱を開けると……。


 中に入っていたのは、薄汚れた老犬だった。


「え、嘘……なんで?」


 老犬は中で身体が押し込まれるように窮屈そうに寝ていた。

 目は開いているのか、閉じているのかわからない。


「これって、まさか……」


 誰かがこんな酷い事をしたのだろうか。

 或いは犬が入り込んで抜けられなくなったとか。


「出してやった方がいいのかな……」


 犬の身体をそっと触ると、動かない。

 どうやらかなりの高齢犬らしく、自ら動かせない状態。


「どうしよう……?」


 その時、ポケットの中のスマホが震えた。

 相手は当然ながら山田だ。


 腕時計に目をやると、いつの間にか三十分以上経っていたらしい。

 これから仕事だ、すぐに行かなければ間に合わない。


 と、いうより少し遅刻しそうだ。


「いや、でも……このままはまずいだろ」


 そうは言っても連れて行くわけにはいかない。

 段ボール箱の犬が気になったが、俺が戻らなければ何も始められないし、終わらないのだ。


「ごめんな……」


 俺は後ろ髪を引かれる思いで、来た道を引き返した。


 途中、聞こえる微かな鳴き声。

 まるで俺を引き留めるかのように背中越しに。


「散歩なんてしなきゃ良かった……」


 山田の運転は、どうにかナビ通りに目的地の仕事先に到着成功。

 俺達はさっそく遅れた分を取り戻しながら動き始める。

 次第に俺は仕事に熱中し、雑念を追い払っていった。


 俺は最低な人間だ。


 ☆ ☆ ☆


 俺の勤める会社は規模が小さく、社員も少人数だ。

 俺だってベテラン社員とは言い難い。後輩を指導したり、指示なんてどうかとも思う。

 それでも新人を同行させたからには覚えてもらわなければならない事はたくさんあるし、俺も甘えてはいられない。


 仕事が全て終わって外に出た時には犬の存在をすっかり忘れていた。


 車に乗り込み、山田と来た道を帰ろうとして、犬の散歩をしている中年男性を見掛けた。


 何気なくその男性の散歩を眺めていたら昼間見掛けた段ボール箱の犬が頭に浮かんだ。


 そういえばあの犬、どうなっただろうか。

 ずいぶん年老いた感じだった。

 誰か気付いたかな……。

 もしもあのまま誰にも気付かれなかったらあの犬は……。


 そんな考えが次々にかすめていき、気が咎めた。

 あそこに犬がいるのを知っていて、その場に放置したのだ。

 子犬なら自力で段ボール箱の外に出る事も出来るかもしれない。

 でも、あの老犬ではおそらく不可能だ。


「山田、ごめん。 本当に申し訳ないんだけど、昼間迷い込んだ所まで戻って欲しいんだ」


「え、今からですか? どうかされました? 忘れ物とか……。 俺、ナビ通り運転してますよ?」


「忘れ物といえば忘れ物……。 本当に悪いんだけど、頼める?」


 山田も疲れてるだろうに無理言ってあの場所まで行ってくれるように頼んだら向かってくれた。


 まだあの犬があそこにいるかわからない、もしかしたら誰かに拾われたかもしれない。


 ひょっとしたら……。

 なんとなく嫌な予感がしたのだ。


 ☆ ☆ ☆


 そこは昼間のような明るさも外灯も何もない真っ暗闇。


「どこに忘れ物されたんですか? 俺が取って来ますよ」


「いや、いいよ。 とりあえず懐中電灯借りる」


 山田から借りた電灯を足元にかざしながら昼間のあの場所を探した。


 何せ田舎道だ。

 ここだという目星の付く物がまわりに何もない。


 感覚だけを頼りに歩いていると、ようやく見付けた段ボール箱。


 箱の中で元気でいてほしい気持ちと、誰かに拾われていなくなっていてほしい気持ちの両方が混在した。


 恐る恐る電灯を照らしながら坂を降りて近付くと、あの老犬はまだ昼間の時と変わらずにそこにいた。


 息はしているものの、おそらく何も食べていない。弱りかけているのがわかった。


 このままにはしておけない。

 俺はそっと犬を抱き抱えて、来た道を戻った。

 その犬は大型犬でも小型犬でもないのにもかかわらず、軽い抱き心地で大人しい。


「ごめんな、一人ぼっちにして……」


 戻って来た俺を見付けた山田は、腕の中の犬を見て驚きを隠せないらしい。


「え、先輩の忘れ物って犬だったんですか?」


「段ボール箱の中にいたんだよ。 ずいぶん年取ってるし、それに弱ってる。 そのままにはしておけない」


「確かに弱ってますね。 あれ、この犬……」


 山田は子供の頃から実家で犬を飼っていたからすぐにピンときたらしい。

 俺の抱き抱えたその犬は両目が見えていなかった。


「とにかくまずは病院に連れて行きましょう。 すぐに診てもらわないと」


 俺は山田が用意してくれたブランケットに犬を包み、車に乗った。


 そして動物病院を探しながら、戻る事にした。


 後々、利用する可能性を考慮する必要がある。

 そうなると、夜間でも診てくれる動物病院だ。


 医師の診断では、やはり両目とも見えていないらしく、おそらく緑内障だろうという。

 目以外には悪いところは見当たらないものの、年老いて足腰が弱っている。


 何も食べていないのはわかっていたので、病院側の手助けでミルクを与える事が出来た。


 医師は言った。


「状況から察するに間違いないでしょうね」


「やっぱり……」


 段ボール箱には犬以外、何も入っていなかった。首輪すらも。


「飼い主が介護を放棄したのでしょう。 元気な内は可愛くて面倒見れても、年老いていくとそうはいきません。 下手をすれば、生活の全てをそれに取られてしまう事だってあります。 そうして飼い主の責任を全う出来ずに捨てていく飼い主は少なからずいるのです」


 そう嘆く医師。


「動物であっても命を育てる意味を忘れているのですよ」


 その通りだと思った。


 そして医師は、この犬の余命はもう残りわずかだと、付け足す事も忘れなかった。


 帰り際、病院で扱っている犬用のミルクと老犬用のドッグフードを買った。


 でも、これからどうしたらいいのだろうか……。


 車の中で山田と話をしても、解決策は見当たらない。


 俺は仕事でどうしても留守にする事が多いし、そもそもマンションでは飼えない。

 知人に頼んだとしても、老犬の大変さは飼った経験のある人なら二の足を踏むかもしれない。


「どうしたらいいんだろうな……」


 膝の上でブランケットに包まれて眠るこの犬を見ている内に、もしかしたら俺も捨てた飼い主と同じなのかもしれないという思いが沸き上がって来た。


 この犬を捨てた飼い主も、きっと今の俺と同じように飼えない理由付けを並べていたのだ。


 俺は犬を飼った経験はなくても、拾った責任は全うしたいと思った。

 この犬の余命がほんのわずかだとしても……。


「決めたよ」


「飼うんですか? 大変ですよ」


「うん、そうだよな」


 山田が途中、ペットショップやホームセンターに寄って持ち運びの出来る優れ物を買って来てくれた。

 これは肩から斜めに掛けて運べる布タイプのバッグで、抱っこした状態のままで移動出来る。


 俺の住んでるマンションでは犬を飼えないから、おそらく規約違反になるのは間違いない。

 だからというわけではないにしても、共用スペースではバッグから出さないように匂いを残さないように気をつけなければならない。


 そして後日、マンションの管理会社に話をしに行くつもりだ。


 山田に送ってもらってやっと帰って来た時にはもう真夜中。


 とりあえずリビングの一角にブランケットを敷いてその上に犬を寝かせた。


 動く力もないのか身動きせず、横になったままだ。


 身体をそっと撫でると、突然触られて驚いたらしく一瞬ビクッと硬直した。


「ごめんな」


 それは段ボール箱に入れられていた時から同じ。

 年老いて目が見えず、捨てられたと思ったら今度は拾われて知らない所に連れられて来たのだ。


 この犬は今どんな気持ちだろう。


「なぁ、お前の名前は何て言うんだ?」


 答えるわけもないのに思わず話し掛けてしまう。


「はぁ……」


 色々な事があって疲れてしまった。


 シャワー浴びて寝たら、明日からは大変な毎日だ。


 でも今の俺は疲れているのに初めての経験でワクワクして眠れそうにない。



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