6話 課題
試験の概要について整理しよう。
まずはペア試験についてだ。
私たち十四人の受験者はそれぞれ二人一組のペアを組み、合計七つのペアで試験に臨む。
七組のペアには一つずつ試験の課題が与えられている。
与えられた課題の解答を提出すれば合格。
誤った解答を提出すれば不合格。
解答の提出機会は各ペア一度のみ。
他の受験者に課題の内容を密告され、密告の内容が正しい場合はその課題は無効となる。ただし、解答提出後の密告に関しては、その密告が正しいものであったとしても課題自体は無効にならない。
さらに密告の内容を間違えた場合は不合格。
続いて個人試験について。
それぞれ受験者には自身の『標的』となる相手の受験者コードが記されたカードが与えられている。
自身の『標的』が持つトランプの絵柄を密告できれば合格。
自身を『標的』とする受験者にトランプの絵柄を密告されれば不合格。
密告に成功したとしても、自分が密告されてしまうと不合格になってしまう。
そして重要なのは個人試験の結果はペア試験の結果に優先されるということだ。
試験の監督役を担うリック・ガードナーは、王都東区にあるシンフォニアという店に常駐しており、質問があれば随時受け付けるとも言っていた。試験において、彼に確認しなければならないことも追々出てくるのだろう。
私たち受験者は自分たちの課題や推薦者を他の受験者には知られないようにうまく立ち回り、かつスムーズに与えられた課題の解答と標的の推薦者を探し出さなければならないというわけだ。
満を持して開封した私たちのペア試験の課題にはこう書かれている。
『アルゼリア王国において四大貴族の一つに数えられるハートレイ家の令嬢、サラスティア・フォン・ハートレイの想い人は誰か』
これには思わず私もチェルシーも頭を抱えた。
「一応聞くけど、カインはサラスティア嬢と面識はある?」
「ない」
あるわけがない。
四大貴族とは、このアルゼリア王国で最も家格が高いとされる四つの貴族の家系を指す。浅学の身なれどその程度の知識は持っている。何せ歴史の教科書に載っているくらいだからな。
ただ、噂で聞いたことがあるという程度に過ぎず、サラスティア・フォン・ハートレイなるご令嬢についてはまるで知らない。年齢、外見、現在の居所など調べなければならないことは山ほどあった。
「でも、ちょっと拍子抜けではあるね。もっと無理難題を吹っかけられるのかと思ってた」
「いや、紛うことなき無理難題だと思うぞ、これは」
まず、四大貴族のご令嬢ともなれば必ず専属の護衛がついているはずだ。それもとびきり有能な逸材が。どこの馬の骨とも知らぬ私たちが簡単に近づけるような存在ではないと言える。
一週間という限られた時間の中でサラスティアと友人関係を結び、信頼関係を築いた上で恋愛相談に乗るなど現実的に考えて不可能に思えた。
「とにかくこれで課題は把握できた。さしあたってはサラスティア・フォン・ハートレイについて調べなければ何も始まらないね」
「だな。情報が何一つないこの状況では動くに動けない。万が一サラスティアと接触できればチェルシーが速やかに拉致監禁し、拷問した上で想い人とやらを強制的に吐かせれば課題クリアだ」
「・・・・・・そんな物騒な真似するわけないでしょ」
若干引き気味にチェルシーは目を細めた。
暗殺を売りにしてきた人間が何を言うか。
まぁ、実際そんな真似をしようものなら腕利きの護衛たちが黙っていないだろうけれど。
「冗談だ。それで、調べると言ったって当てはあるのか?」
「うん。暗殺者として活動するときもよく世話になっていた情報屋が王都にはいるからね。現状では満足に支払うだけの情報料はないけれど、長い付き合いだし今回はツケでも許してもらえると思う」
「それは願ったり叶ったりだな。よし、せっかくだから私も同行しよう」
「あー、ごめん。その情報屋ってのがすごく人見知りで、一見さんは完全お断りな子だから。サラスティアについてはボク独自で調べさせてもらっていいかな」
「おいおい、試験はもう始まっているんだぞ? 私を一人にして大丈夫か?」
受験者コードG。真面目そうに見えたメガネの青年。
私との接点はなく、今となっては顔もおぼろげだが、チェルシーと同業らしい暗殺者と言うからには最大限に警戒しておくべきだ。私が単身で歩いていれば、万が一襲撃された際には対処できない恐れがある。
「・・・・・・よくもまぁそんな情けない台詞が吐けるよね」
冷ややかな視線。これはこれで癖になりそうである。
だが、いいだろう。私はこれでも栄誉あるリールラント士官学校の卒業生だ。相手がプロの暗殺者と言えど、容易に殺されるほど柔な男ではない。せめてやられる前にあの黒縁メガネくらいは壊して一矢報いてやろうではないか。
「わかった、ペア初日から別行動というのも連れないが、君の言う情報屋の手腕に期待しよう」
チェルシーが隣にいないというのは残念でならないが、やむを得まい。こっちはこっちで動かせてもらおう。
「決まりだね。それじゃ、こっちについても話し合っておこうか」
そう言ってチェルシーは自身の『標的』が書かれたカードを見せる。
カードには『あなたの標的はCです』とある。
「私に見せてもよかったのか?」
「知っておけばお互い協力できることもあるかも知れないでしょ」
ペアの相手が『標的』となることはないと言っていたが、極端な話、その情報を他の受験者に売ることだってできるのだ。だからこれは私のことをある程度信用してくれるという意思表示なのかも知れない。
地下空洞での面々を振り返るも、受験者コードCというのが誰であったかは記憶にない。それはチェルシーも同じなようで、さほど印象にも残っていないということは取るに足らない存在であるか、完全に周囲に溶け込み存在感を消していたかのどちらかだ。
まぁ、隠密としては後者が正しい姿なのだろうが。
「私の標的はN。順番的に私の次に呼ばれた人物だからよく覚えている。あの白髪交じりの老紳士だ」
チェルシーがしたように私も標的のカードを見せる。
ペア試験で合格できるなら私の『標的』については何の意味も持たない。むしろ誰が私を『標的』としているのかという点について、策謀を巡らせ情報を手に入れる必要があるだろう。
「それじゃ、お互いに情報は共有するということで。ボクはもう少し休憩したら出発することにするよ」
チェルシーはベッドに倒れ込むようにダイブした。
ふかふかという感じはなく、今にも壊れてしまいそうなほどぎしぎしと軋みを上げている。
こうして見ると年相応の女の子だ。彼女が凄腕の暗殺者だと言われても半信半疑になってしまう要因の一つがこの光景である。
窓から差す陽はすでに赤みを帯びてきた。
夕食はどうするのかという疑問が沸いたが、他に仕事がない以上、言わずもがな私の役目なのだろう。所持金はわずかだが、贅沢しなければ市場で安い食材を買い揃える程度は残っているはず。
などと、なぜ私は庶民の主婦のようなことを考えているのか。
どうせなら女の子の手料理が食べたいとは思うが、情報を仕入れてくると言うチェルシーに対し、帰って来るなり夕食の用意をしろと命令するほど私も厚顔無恥ではない。
むしろここは料理男子アピールをして好感度ポイントを稼ぐべきだ。こう見えてレパートリーはそれなりに持っている。曲がりなりにも全寮制の学校で五年間過ごしたのだ、ある程度の料理スキルは身につけていると言っていい。
「ねぇ、カインはどうしてこの試験を受けたの?」
私の思案をよそに、ふとそんな質問が飛ぶ。
「就職活動の一環だ」
それ以上でもそれ以下でもない。
あっけらかんとした私の物言いにチェルシーは小さく微笑んでくすりと笑う。
「変なの」
然り。自分でもそう思う。
是が非でも合格したいという確固たる意志は今のところない。他ならぬアリス教官が私に向いていると言うのだからそれを信じてみようと思ったまでだ。
他愛のない雑談だが、それを聞いてくるということはつまり自分も聞いてほしいという裏返しに他ならない。私もチェルシーに同じ質問を投げかける。
「君はどうなんだ?」
暗殺一家グランドール家を飛び出してまで隠密に入りたい理由。実家にいれば暗殺稼業で食うに困ることはなかっただろう。それを身一つで家出まがいの真似までして今や無一文に近い状況だ。それ相応の理由があるに違いない。
もっとも、話したくないというのなら無理に問い詰めようとは思わない。なぜなら私には関係がないからだ。
「うーん、そうだなぁ。元々人を殺してお金をもらうって仕事に抵抗があったからっていうのが一つ」
「ほう」
暗殺一家で育った割には真っ当な意見だ。
少なくとも人を殺したことがない私には到底理解してやることはできない問題である。
「もう一つは、ボクが小さい頃に生き別れになったお姉ちゃんを探したいんだ。隠密部隊を取りまとめる高貴なお方だったら各方面に強いコネがあるはずでしょ? スパイとして活動する中で情報を集め、それを通じていつかお姉ちゃんに再会したいって思ってる」
真剣な表情でチェルシーは語る。
「お姉ちゃんも暗殺者なのか?」
「少し教育は受けたみたいだけど、才能がなかった。人前に出せる技量ではなかったみたい。だからボクほど全身傷だらけにはなっていないのは救いかもね」
傷が疼くのか、自身の両手でぎゅっと抱きしめるように体を抑えた。
私が見た彼女の傷痕は顔の火傷痕のみ。それに限らず、体に刻まれた無数の傷は今なおチェルシーを苦しめているらしい。
どれほどつらい経験をしてきたのか、何も知らない私がとやかく言えることではない。だが、もしも今後チェルシーの裸体を目にする機会があったとしても、私なら傷より先におっぱいに目が行く自信がある。
そんなもん何の慰めにもならないだろうけれど。
「近いうちに会えるといいな」
だから、私は当たり障りのない言葉で返す。
再会できるよう協力するだなんて、そんな無責任なことはとても言えない。
「うん。ありがとう」
チェルシーはそう言ってにこりと笑う。
花が咲いたような優しげな微笑みは、本当にこれまで暗殺者として他者の命を奪ってきた人間が見せるものなのかと疑ってしまう。
何にせよ、改めて私はこの少女を美しいと思えたのだった。