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3話 ペア試験

 私の辞書には『敗北』という文字は太字で記され、『失敗』という文字にはアンダーラインが引かれている。しかし、『挫折』という文字はない。敗北や失敗から学ぶことはあっても、挫折から得るものは何一つないからだ。


 故に、王国軍に不合格になったからといって心が折れた、なんてことはない。その気になれば来年もう一度試験に挑むことだって制度上は可能である。


 ただ、落とされたことで意固地になっていた部分もある。よくよく考えれば王国軍に入ることが長年の悲願だったということは断じてないのだ。そもそもモテたいがために目指した道であったことを思い出す。


 動機が不純極まりないと蔑む者もいるだろうが、私と同じ考えで王国軍を志望した人間は他にも必ずいるはずだ。


 まぁ、要するに、王国軍でなくとも今回試験に臨む謎の隠密部隊とやらが、万が一女性にモテる立ち位置であるというのなら私としては何の文句もない。あまり期待はしていないが、可能性はゼロではないのだ。


 前日にこれといった感慨もないままリールラント士官学校の卒業式を恙なく終えた私は、現在王都の東区に足を運んでいる。


 基本的に東区は歓楽街の様相を呈しており、夜の街という印象が強い。辺りには飲み屋やらカジノやらちょっとエッチなお店やらが立ち並んでいるが、正午ということもあり大半の店にはクローズドの看板が掛かっている。


 私は至極真っ当な模範生であったが故に、東区については詳しいというほどではなかった。せいぜい寮を抜け出して夜遊びに興じたことが数回あり、教官たちに追われて夜の街を逃げ回った経験があったという程度にすぎない。学生とはいえ、それくらいは嗜みとして許容されて然るべきだと私は思う。


 さて、そんな私ではあるが、アリス教官が言っていたシンフォニアという店名にはピンとくるものはなかった。


 場所の詳細を聞くのをすっかり失念していた私は、通り沿いをしらみつぶしに探していかなければならないと覚悟していたのだが、いざ歩き回ってみると思いのほかあっさりとその店は見つかった。


「ここ、で合ってるのか?」


 古びた木造店舗はお洒落とは程遠い。軽く蹴り飛ばしただけで外壁が崩れそうなほど脆く見える。一応汚らしい看板にシンフォニアという店名が掲げられているが、文字が欠けていた。果たして夜にはちゃんと営業しているのかどうかさえ疑わしい。


 周囲は閑散としている。人の影もまばらだ。

 よもや試験を受けるというのが私一人ということはあるまい。


 この店で合っているのか半信半疑になりつつもドアに手をかける。施錠はされていなかった。

 からんからん、という入店を告げるドアの鈴を鳴らし、私は一歩を踏み入れる。


「まだ営業時間外なんだけど、何の用だい」


 店内に響くしゃがれ声。

 小太りのおばさんが奥の方でソファに寝転がりながら新聞を読んでいた。視線をこちらに合わせようともしない、無愛想な大年増だ。


「知り合いの紹介あってこの店に来た。受験者コードMのカイン・カーレッジだ。ここに来れば案内してくれると聞いているんですが?」


 ぎょろりと猛禽類のように目玉を動かすと、おばさんは新聞を片付けこちらを値踏みするようにまじまじと見つめる。あんまり見つめられると吐き気を催しそうなのでなるべく目を合わせてほしくないのだが。


「どう見てもただの冴えない男にしか見えないがねぇ。まぁいいさ、ついておいで」


 ぽつりとそれだけ言ってさらに店の奥へと進む。


 なんだか馬鹿にされたような気がして目の前の丸々とした背中を蹴りたい衝動に駆られたが、私は至極真っ当な常識人であるが故にその気持ちを押し殺して後に続く。


 先導するおばさんは地下に進む螺旋階段を指差し、言った。


「この下に進みな。もう他の受験者は揃っている。坊やで最後だ」


「他に何か説明はないのですか」


「ないよ、そんなもん。ここがどういう場所なのかすでに説明を受けたから来たんじゃないのかい」


「とある高貴なお方直属の隠密部隊を選別するための試験だとしか」


「その通りだ。それで充分だろう?」


 どうやら詳しくは話すつもりがないらしい。

 いいだろう、これでも臨機応変な対応には自信がある。


「まぁ、一つアドバイスをやるとしたら、他の受験者をよく観察しておくことだね」


「はぁ。意図はよくわかりませんが、肝に銘じておきますよ」


 不安はなかった。むしろこの後一体どんな試験が待ち構えているのか楽しみのほうが強い。


 受験者同士で殺し合いが始められるとでもいうのなら即座に尻尾巻いて逃げ出す所存であるが、密偵を選別するのにそのようなバトルロワイヤルには発展しないと信じたい。


 ぎしぎしと音を立てながら地下へ続く螺旋階段を降りる。


 それなりに長い階段だったが、降りた先は広々とした地下空洞になっていた。階段と電灯以外に人の手が入っていない、鍾乳洞のような空間が広がっている。


 一体何のための場所なのか。ここでは物音が外に漏れることもないだろうし、冗談のつもりだった殺し合いというのも違和感がないレベルに感じてしまう。


 周囲に目を向けると、その場にいたのは私を含め十五人。

 いかにも真面目なだけが取り柄とでも言わんばかりの華奢な眼鏡青年もいれば、もう少し幼く見える少女や白髪の目立つ老紳士など、老若男女入り交じっている。


 隠密部隊の選考試験だからなのか、リールラント士官学校によくいた腕力自慢の屈強な騎士タイプの人間は見受けられなかった。そういった人種は大半が軍に入るかフリーランスの冒険者としての道を進むだろうし、むしろ私の経歴でこの場にいるという方が異質だと言えよう。


 私が最後の入室者ということもあってか、皆の視線を一身に受ける。


 割と時間ギリギリの到着ではあったが、焦ることはない。堂々たる立ち振る舞いで余裕を見せつつ、圧倒的強者ムーブで私は静かに地へ降り立った。


「えー、ごほん。どうやら受験者の皆さんが無事に揃われたようですので、今回進行役兼監督役を仰せつかったこの僕、リック・ガードナーから試験概要についてご説明させていただきます」

  

 静寂の間に緊張が走る。


 声を発したのは二十代半ばの青年だ。目尻が下がった気の優しそうな風貌は、彼に関わる大多数の人々にさぞ好印象を与えることだろう。私個人としての意見を言わせてもらうならば、彼のようにわざとらしく爽やかさを演出する優男は見ていて虫唾が走るほど大嫌いであるが。


「受験者コードについて皆さんすでにご存じのはず。見せていただかなくても結構なので、それは大事にしまっておいてください。ただ、点呼を取りますので返事だけはお願いします。まずは受験者コードA、サンドラ・アルマーニ」


「はーい」


 始めに呼ばれたのは三十代くらいの女性。


 素人目にも見てわかるほどに化粧が濃く、細い目や高い鼻など意地の悪そうな捻くれた顔立ちをしている。隠密部隊でその派手な化粧はどうなのか。あるいは外見に左右されないほどの実力の持ち主か。まぁどっちでもいい。三十代の女性というのは私の中では充分ストライクゾーンの範囲内ではあるが、この女は却下だ。もはや興味さえ湧かない。


 その後も次々と名前が呼ばれていく。

 周囲がざわついたのは五人目のときだった。


「受験者コードE、チェルシー・グランドール」


「はい」


 声を発した小柄な少女は、雪のような白い肌と煌めくような白銀の髪の持ち主だった。ショートカットに切り揃えられているが、前髪が異様に長く顔の右半分が隠れている。


 顔の半分が隠れていても、隠しきれない美少女のオーラ。薄暗い地下空洞の中でも燦然と輝く黄金瞳は見る者すべてを魅了する。間違いなく今日この場にいる中では一番の愛くるしさだ。ギャラリーがざわつくのも頷ける。


 十三番目に受験者コードMである私の名が呼ばれた。

 私の後の老紳士が最後の受験票を受け取ると、進行役のリック・ガードナーが再び口を開く。


「はい、全員の出席が確認されました。では試験の詳細をお伝えする前に、皆さんには一つ準備をしていただきます。その準備とは・・・・・・」


 全員が息を飲んでリック・ガードナーの言葉を待つ。


 リックはゆっくりと辺りを見渡し、全員が耳を傾けているかどうかを確認した上で言う。


「皆さんにはこの場にいる人間の中から二人一組のペアを作っていただきます」


 瞬間、受験者たちは一体誰とペアになるのかとそれぞれの顔を見合わせた。

 受験者の数は十四人。順当に組めば七組のペアができる。


 続いてリックは説明する。


「ペアの相手は各自で自由に決めてもらって結構です。ペアとはつまり相棒。実際の任務でも二人一組で挑むケースも応々にしてありますからね。なのでペアを組んだ相手と今すぐ一対一の決闘をしてください、なんてことは言いませんのでご安心を。それぞれフィーリングが合う相手でもいいですし、腕の立つ実力者と見込んだ相手を選んでもいい。制限時間は一時間とします。各々で話し合い、心して取り組んでください。では――始め!」


「受験者コードM、カイン・カーレッジだ。チェルシー・グランドール、俺とペアを組んでくれ」


 機先を制する。

 私はチェルシーの目の前に握手のための右手を突き出し、声高らかに宣言した。

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