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1話 カイン・カーレッジという男

 私の十八年あまりの凡庸で滑稽なる人生ではあるが、振り返ってみれば語るべき分岐点は往々にしてあった。

 その時その時で常にベストの選択をしてきたつもりではあるが、塵芥のような今の自分を見つめ直せばふと思うことがある。


 私は一体どこで間違えてしまったのか。


 考えるまでもない。その答えは明確に提示することができる。十年前だ。

 才能はおろか真っ当な向上心さえなく、甚だ鋭気に欠ける軟弱者のくせして一丁前に武の道など志すものだから、私の人生はこうも拗れてしまったのだ。


 剣を取った動機は単純明快。故郷で評判の剣術道場にはとびきり可憐で美しい一人娘が居たからだ。

 見目麗しきその容姿にまんまと惑わされた私はなんとかその娘の気を引こうと、一生懸命親に嘆願してまで名門と誉れ高い剣術道場についつい入門してしまったのである。この思春期男子特有の気の迷いを一体誰が責められよう。


 父はかつて王国軍に従事していたという経歴も相まって、真意を知らぬ両親は私の意気に泣いて喜んだ。

 計算外だったのは、どうやら私の運動能力は同世代の男子と比較しても一線を画するほど脆弱だったという点にある。


 瞬く間に私は道場の笑い者と成り下がった。


 周りには気を許せるような友人もおらず、一人娘の気を引くどころか公開処刑も同然の所業。恥を晒し、お前など門下生ではないと師範からは激しく罵られる。普通の人間ならすぐにでも道場を辞めて逃げ出してもおかしくはなかっただろう。


 だが、並々ならぬ打たれ強さと尋常ならざる精神力を有する私はあらゆる屈辱と厳しい鍛錬を耐え忍び、ずぶの素人相手に打ち合えばなんとか勝ちを拾える最低限レベルの戦闘力を身につけることに成功した。


 私は単に大器晩成型にすぎず、同世代でめきめきと頭角を現す剣技の天才たちとも引けを取らない潜在能力を秘めているのだと考えていた。その姿勢は今でも変わらない。弱いからネガティヴになるとは限らない、希有な例であろう。


 次の転機は私が十歳になったときのことだ。

 この国では通過儀礼として、その年に十歳となる子供たちは教会の下で女神の信託なる儀式を受けることになっている。

 女神アステルに祈りを捧げることで女神からの祝福を受け、その信心深さによって『異能』と呼ばれる超常の力を授けられるというのが儀式の概要である。


 私の家族は敬虔なアステル教徒であった。当然、私も小さなころからその教えを受けている。徳を積めばいずれは自分に返る。だからたとえ自分に利益がないことであっても、率先して人助けのために行動しなさいというのがアステル教の根本だ。


 女神の意に沿うよう、私は善行の限りを尽くしてきたという自負があった。

 人に誹りを受けるようなことなど何一つとしてない。女神様はきっと私の行いを見守ってくれている。そう信じて疑わずに日々を過ごしてきた。


 だと言うのに、私の祈りは届かなかった。


 私に女神の祝福は与えられなかったのだ。いわゆる『無能』である。


 同級生たちはそれぞれ多種多様な異能を覚醒させていく。中には剣術道場で私を侮辱している男もいた。

 彼は決して女神に祝福されるに値しないであろう下衆のはず。そんな男でさえも目覚めた強力な異能に周囲にはちやほやされている。


 この日から私は心の中で女神アステルに対して唾を吐き、聖人君子としての仮面を外したのだった。


 その後、紆余曲折を経て件の一人娘に完膚なきまでに振られた私は王都にあるリールラント士官学校に入学した。

 私は過去を決して引き摺らない。

 騎士になればもっとモテる。そう考えた上での決断だった。


 リールラント士官学校は武術を学べる騎士育成のための名門校。騎士団隊長クラスを多数輩出している伝統ある学園だ。

 それ知る者は「お前がリールラントなんてよく入学できたものだな」と感嘆し、口を揃えたが、何のことはない。ただの定員割れだ。


 確かに騎士を目指す者にとっては登竜門とも呼ばれる名門には違いない。ただ、入学当時我らがアルゼリア王国は隣国のロンドミオ帝国と外交上の問題を抱えており、戦争まで一触即発の雰囲気が漂っていた。


 アルゼリア王国もかつては騎士の国とも評され、今なお屈強な軍を有してはいるものの、広大な土地と資源、おおよそ倍ほどの人口を有するロンドミオ帝国と比べれば国力の差は歴然。長期戦になればなるほど不利というのが大方の予想であった。


 最悪の場合は学徒動員という状況にもなりかねないとも噂されたことも重なって、私が入学した年は特に士官学校への入学を希望する生徒は少なかったのである。


 とは言え、結果的に私の在学中に開戦には至らなかった。国王陛下を初めとしたこの国のお偉方の尽力もあってロンドミオ帝国との諍いは現在に至るまで小康状態を保っている。友好関係を築くところまではいっていないが、すぐに開戦するようなことにはならないだろう。


 そういった経緯もあって私は労せずに誰もが羨む名門校の一員となったわけだが、学園生活に抱いていた夢や希望などは瞬く間に一蹴された。私にとってリールラント士官学校で過ごした五年間は地獄と言うほか上手く表現することはできない。


 何せ周りの連中は戦争になれば我先にと戦地へ飛び込むような戦闘狂か、やたらと愛国心の強い脳筋ばかり。そのような阿呆どもに私の高潔なる思考回路を汚染されてはなるまいと、彼らとは距離を取りつつ極めて冷静かつ孤高に務めた。決してぼっちだったというわけではない。


 加えて、同世代には可憐な美少女など在籍しておらず、いるのは野生のゴリラと見紛うような筋骨隆々とした雄々しい女子のみ。状況を鑑みればラブロマンスなど起こりうるはずもなく、ひたすら心身の研鑽に集中するばかりの日々が五年も続いた。


 これを青春監獄と呼ばずして何と言おう。

 私の青春は不特定多数の同世代男子から大いに同情されて然るべきである。


 だが、何も悪いことばかりではなかった。

 相変わらず剣の腕は素人に毛が生えた程度ではあったが、マイペースながら私の実力は確実に向上していると実感できた。


 人に自慢できる異能はなくとも、自身の行いには胸を張れる。

 自分が明確に強くなっていると自覚していくのはなかなか悪くない感覚だった。


 もしリールラント士官学校に入学する前に戻れるのなら、こんな華のない学校には二度と入学するものかと声を大にして断言できるが、入学してしまった以上はその恩恵を目一杯教授するべきだ。実際の実力がどうであれ、名門校の学生というのはそれだけで将来の進路には有利になる。


 騎士としての道を走り出した以上、私が目指すのは王国騎士団だ。王国軍の中でも選ばれた者のみが所属を許されるエリート集団。私のように異能がない人間であっても、武術の腕でのし上がった騎士だっていくらでもいるのだ。


 この士官学校で地獄を経験した以上、立派な騎士となって可憐な美少女たちにモテなければ割に合わない。


 それにリールラント士官学校と王国軍との間には強いパイプがある。現在、軍の重要ポストに就くOBも多数おり、卒業後の進路に最も多いのが王国軍でもある。

 担任教官には強く反対されたものの、私は自分の意志を貫き王国軍への入団を志願した。


 おそらく、リールラントでの生活で最も能力が上昇したのは私であろうという自負があった。言わば伸び代の塊。今後さらに私の実力は上昇の一途を辿り、遠くない未来には騎士団での華々しい活躍が目に浮かぶ。


 卒業を間近に控え、初めてリールラントで希望を抱いたとさえ言えるだろう。

 しかし、そんな希望は数日の内に打ち消される羽目となる。


 何せ私、カイン・カーレッジの元に届いた王国軍からの封書には不合格の三文字が無慈悲に記されていたのだから。 




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