8今日も、明日も、いつまでも
「嘘、でしょ…。」
日奈は震えながら風船を見つめる。
「おい、東野、突然どうしたんだ?」
「あの風船、今朝も見たやつだ…。」
「あ?あの風船か?お前、こいつに会ったことあったのか?」
陽介は困惑して目を白黒させる。
「違うんです。この風船は、自然公園の街灯に引っかかっていたやつなんです。それと、本当によく似ているんです!」
「まさか、その街灯とこの夜獣は、同じってことか?」
「そんなわけないじゃないですか!夜を照らす光と夜の恐怖の象徴ですよ!真逆じゃないですか!」
「夜の光だって恐怖の一つじゃないか…ぁ。」
陽介と明は口論を始めるが、突然陽介が黙り込む。
「…まさか、夜獣のことを夜の光って呼ぶのは、夜獣が夜の光そのものだからなのか…?」
「…夜獣は、夜の近代的な光、そのものなの?」
桃子が口を開く。
「そんな…じゃあ、夜獣は、いくら倒しても消えないの?」
日奈はその場に座り込む。
夜の光を消すことはできない。
夜の光は倒さないといけない。
「でも…消えない化け物を、いつまでも追い続けて…化け物の正体は、光で…。」
昔の夜獣狩りが夜獣の正体に気づき、夜の光と呼んだのだろう。
「東野、何してる、避けろ!」
誰かの声が聞こえる。
「日奈さん!逃げて!」
逃げろと、叫んでいる。
「日奈!」
自分の名を呼ぶ声。
その声に一瞬、日奈は反応する。
でも、遅い。
夜獣の爪が日奈に迫り…。
「雫の塊。」
突如、水が日奈の前に落ちてくる。
「私の出番はないかと思っていたのですが…想定外でしたね。」
木陰から少女が現れる。
「あんた、水本さんじゃねえか!」
「はい、そうですよ。お察しの通り、私が水本絵里香です。ちょっと前まで入院していたんですけど、最近退院できたので、昼の光を菜々子に光らせてもらいました。私も夜獣の正体を知ったんです。そのショックで、ぜんそくも悪化してしまって。あなたたちのことも見ていました。頑張っていたようですね。」
絵里香は微笑む。
「夜獣が目覚めますよ。」
夜獣は起き上がり、目を光らせる。
「星の輝き!」
まだ驚いている日奈の前に、桃子が現れる。
「しっかりしなさい、日奈!」
そして、日奈を叱責する。
「どんなに辛いことがあっても、あなたは立ち直っていたじゃない!私の知っている東野日奈は、こんなところでへこたれる子じゃないわ。夜獣からこの町の人々の守る。私たちの使命は揺るがない。私のようになるんでしょう?なら、座り込むのをやめて立ちなさい!」
桃子の声に、日奈は驚く。
しかし、日奈は桃子をしばらく見上げ、立ち上がった。
「…はい。へこたれてる暇なんてない。私は桃子さんみたいに…桃子お姉ちゃんみたいに、なります。お姉ちゃんも超えるような、すごい人になります。」
「それでこそ、日奈ね。」
桃子は静かに微笑む。
「さあ、ラストスパートだ!ぶちかますぞぉ!」
陽介はこぶしを突き出す。
「消えない炎!」
炎は渦を巻いて夜獣を包んだ。
「永遠の風!」
明の手から鋭い風が生み出され、炎とともに夜獣を包む。
「時の止まった水!」
絵里香の手の中で水が生み出され、水滴が夜獣に飛び散る。
絵里香は残る二人に目配せした。
日奈と桃子はうなずき、ゆっくりと手を突き出す。
「永遠をさまよう光と闇!」
二人の詠唱が重なる。
光と闇は、混ざりながら空中を飛んでいく。
そしてそれは夜獣にぶつかり、一気に夜獣に絡まる。
炎、風、水、そして光と闇は、強い光を放つ。
その光は夜獣を包み込み、もう一度強く光って消えた。
辺りは、激しい衝撃波に飲まれていった。
「桃子さーん、最近学校の近くにカフェができたみたいですよ~。いつか行ってみません?」
「いいけど…あんまり食べ過ぎちゃだめよ。」
「はーい。」
学校帰りに見た新しいカフェ。
瞼の裏に真新しい建物が蘇り、日奈はうれしくなる。
ここは、とあるマンションの屋上だ。
「今日の夜獣狩りは、終わりですね。」
「そうそ~う。終わり~。」
「今日頑張ったんだから、明日の仕事はなしな!」
「はいは~い。」
菜々子は仕方なく、陽介が仕事を休むことを認める。
「僕は行きますよ。」
「私は明日、用事があるので。あの女子二人は来ると思いますよ。」
明はさっと挙手し、絵里香は残念そうに首を振る。
一方、日奈は桃子に説教(だと思われるもの)をされていた。
「春に甘いものの食べ過ぎで虫歯になりかけたでしょ?ちゃんと気を付けてちょうだい。」
「わかってますよ、桃子さん。確か数年前、虫歯になると歯がすごく痛くなっちゃうんだよ、って言ってましたよね。」
「あら、確かそれ六年前のことよ?よく覚えてるわね。」
「えへへ。その言いつけを信じて、ずっと虫歯にならないように気をつけてきたんですから。」
「春に甘いものの食べ過ぎで虫歯になりかけたでしょ?」
「なってないからいいんです!」
「すみません、二人とも。」
虫歯の話をしている二人に、絵里香が声をかける。
「明日、夜獣狩りに行けますか?」
「はい、オッケーです、水本さん。」
「私も大丈夫です。」
「そう、ならよかった。西原さんと一緒によろしく。」
絵里香は安心してその場を離れた。
「…で、なってないからいいでしょー。」
「いや、だめね。歯医者に定期検診に行ったら、虫歯になりそうな歯があるって言われた…だったわね?私も驚いたわよ。虫歯ゼロだったあなたに、虫歯になりそうな歯があるって言うんだもの。」
「なりそうなだけ、なりそうなだけだったもん!」
二人の話はしばらく続きそうだ。
夜獣は消えない化け物だ。
夜獣と人間の戦いは永遠に続く。
それでも、夜獣狩りは人間を守る。
それが使命だから、それを心に誓ったから。
その誓いを果たすため…
いつまでも、彼ら彼女らは、夜獣に立ち向かう。