5昔の記憶
小さな日奈はバッグを持って歩いている。
おつかいに行った帰りだ。バッグには人参やネギが入っている。
その時、日奈は横断歩道の向こうに友達を見つけた。
日奈は嬉しくて走り出す。
車が横断歩道を通過しようとしていることも知らずに。
「危ない!」
「え?」
その声は後ろから聞こえた。
その直後、突然腕が後ろに引っ張られる。
驚いた日奈は、ひっくり返りそうになってしまった。
しかし、倒れそうになった日奈を誰かの手が受け止めた。
「大丈夫?」
後ろには、そのころ五歳だった日奈よりも大きい少女がいた。小学生だろうか?
「え、えっと、うん。大丈夫。」
日奈は立ち上がる。
「た、助けてくれてありがとう。」
「どういたしまして。これからは気をつけるんだよ。」
少女は立ち上がり、その場から去ろうとする。
「ま、待って!」
「?」
日奈は慌てて少女を呼び止める。
「私、東野日奈っていうの!あなたは?」
少女は振り返り、微笑んだ。
「私は本田桃子。よろしくね、日奈ちゃん。」
桃子はまた歩き出した。
「また会おうね!桃子お姉ちゃん!」
日奈が言うと、桃子はもう一度振り返って、手を振ってくれた。
それから二人は時々遊ぶようになった。
その時、日奈は桃子が六歳だということを知った。
とても大人びているのに、自分とはたったの一歳差だと知って、日奈は驚いた。
そして、桃子のような素敵な人間になりたいと、望むようになるのである。
それからしばらく経って、日奈は小学生になった。
毎日が楽しかった。
可愛いランドセル、優しい先生、たくさんのクラスメイト、桃子と同じ学校。
日奈は学校が大好きになった。
しかし、そんな生活が続いたのは一年だけだった。
それは一年生の春休みのこと。
「えっ、引っ越し!?」
「そうだ。お父さんの仕事の都合で、別の町に引っ越すことになったんだ。」
「悲しいけど、しょうがないのよ。」
父の転勤が決まってしまったのだ。
「桃子お姉ちゃん、私、引っ越すことになっちゃったんだ。遠いところだから、もうここには来れないかも…。」
「そう…さみしくなるね。」
「でも私、桃子お姉ちゃんに、また会いたいな。」
それが最後の会話だった。
引っ越してから五年。桃子とも友達とも会えなかった。
桃子とは手紙のやり取りはしていたが、日奈はさみしくてたまらなかった。
二年生、三年生、四年生…。
五年生になったころには、またあの町で暮らすことはあきらめかけていた。
しかし、六年生の春休みのこと。
「日奈、やったぞ!あの町に、蛍町に戻れることになった!」
日奈の父が大喜びで日奈に駆け寄る。
「ほんと!?」
日奈も、やった、やったと喜び始めた。
懐かしい学校、懐かしい公園、懐かしい家。
昔の思い出がどんどん蘇ってくる。
それから数日は、引っ越し作業でドタバタしていた。
しかし、騒ぎも落ち着いたころ、日奈は友達に会いに行くことを許可された。
公園に行くと、子供たちがいた。
その中には、日奈の同級生もいた。
「あれ、日奈じゃない?」
「日奈、戻ってきたんだ!」
みんな再会を喜んでくれた。
日奈は友達とたくさん遊び、楽しい日々を過ごしていた。
しかし、桃子にはまだ会えていなかった。
そんなある日のこと。
火星が地球に最接近するというニュースを見て、日奈は夜、自然公園へ向かった。
どの星が火星なのだろう、この星か、あの星か。
日奈は夢中で星を探している。すると、
「え?」
目の前に誰かがいた。
きれいな黒髪をのばしている、日奈より大きな少女。
「桃子、お姉ちゃん?」
「間に合ってよかったわ。」
少女は振り返り、日奈に微笑んだ。
「日奈ちゃん。」
これは間違いなく桃子だ。
「桃子お姉ちゃん…どうして、ここに?」
「一から説明するわね。」
桃子はすべてを話してくれた。
夜は夜獣という普通の人間には見えない化け物がいること、自分はその夜獣を倒していること、日奈の前に夜獣がいたから倒しに来たこと。
「そうなんだ…。私も夜獣狩りになれるの?」
「…菜々子、調べてちょうだい。」
「は~い。」
「?何と話したの?」
「普通の人間には見えない小人よ。」
二人が話している間、菜々子は日奈に夜獣狩りとしての才能があるかどうか調べていた。
「…む~!むむ~!すごいよ桃子~。この子、すごく才能ある~。」
「え、そうなの?」
桃子は日奈に向き直る。
「確かに、あなたには夜獣狩りとしての才能があるわ。でもね、夜獣はとても危険な生物なの。それを狩る夜獣狩りは、とても危険な仕事よ。もっとよく考えてみて。あなたがじっくり考えて、それでも夜獣狩りになるというなら、私は止めないわ。」
「…うん。もっと考えてみる。」
日奈は家へ帰って行った。
それから一週間。
日奈は夜獣のことを考えていた。
中学校の入学式も終わり、授業も始まった。
そして日奈は決めた。
放課後、日奈は自然公園で桃子と会った。
「桃子お姉ちゃん、私、一週間しっかり考えてみた。」
日奈はこぶしを握る。
「それでね、夜獣狩りになるって決めたの。桃子お姉ちゃんの…桃子さんの、力になりたい。桃子さんのように人を守れるようになりたい。だから、夜獣狩りになります。」
「…それなら私は止めないわ。菜々子、やってちょうだい。」
「あ~い。」
「手を出して。」
日奈は言われたとおりに手を伸ばす。
菜々子はその手に自分の小さな手を重ねる。
すると、目が眩むほどの光が辺りを包み込んだ。
「わあ、これはすご~い!」
菜々子は驚いて目をつむる。
次の瞬間、日奈の手には宝石が乗っていた。
「これ、黄色じゃ~ん!光の魔法に適性があるすごい子だよ、この子!」
「わっ、誰?」
「私は小人の菜々子~。夜獣狩りのサポ~ト担当~。」
「へえー。」
「夜獣狩りは私だけじゃないわ。私の同級生の斉藤陽介さんも夜獣を狩っているのよ。」
「ちなみに、その宝石は昼の光っていうんだ~。持ってると、頭とか運動神経とか良くなるよ~。」
桃子と菜々子は夜獣狩りの説明をする。
「じゃあ、帰りましょう。」
「そうですね。いろいろとありがとうございました、桃子さん!」
「もう桃子お姉ちゃんって呼んでくれないのね。」
「だって、私だってもう中学生ですし。」
「そう。」
それっきり桃子は何も聞いてこなかった。
「ところで、桃子さんはなんで夜獣狩りになったんですか?」
「夜獣から町を守るためよ。私に夜獣狩りとしての才能があると知って、私が何かできるならやりたいと思ったのよ。」
桃子は足を速めて日奈の前に立つ。
「いつかあなたが帰って来る町を、守りたかったの。」
「…。」
日奈は驚いて立ち止まる。
桃子はずっと、日奈が帰って来ると信じていたのだ。
それがうれしかった。
「そういえば、これを言ってなかったわね。」
桃子はにっこりと笑う。
「久しぶり。また会えてうれしいわ、日奈。」
「…はい。私もうれしいです、桃子さん!」
二人は静かに微笑んだ。