誤魔化し方不自然過ぎない!?
「うーん、カーキのパーカーがよく似合いそうだけど……いや、ワインレッドの方もなかなか……グレーのカットソーも捨てがたいなぁ……」
「…………。」
何だ、この状況は。
先程の彼女に、異世界から帰還してまだ間もない俺が、現在進行形で服を見繕って貰っている。
というか、なんでそんなに迷ってるんだ?女子高生がケーキ屋さんにいるんじゃないんだから、とっとと終わらせちゃえばいいのに。
「大河くんって思ったよりもすらっとしてるんだね。これなら脚のラインが目立つスキニーのパンツに、少し余裕を持たせたゆったりめのアウターとか合わせるといいと思うよ。カラバリも豊富で合わせやすいし。」
何語だよ。あっちの言語だってもう少し理解しやすいものだったぞ。
とりあえず少女からスキニー?とかいうのを受け取った俺は、時間をかけてそれを吟味した。
「ふーん、このぴっちぴちそうな黒のズボンが俺に似合うのか。」
見た感じだと一瞬で破れちゃいそうだけどな。本当にこんなのがオシャレなのだろうか。やはり分からない。
ふと気づくと、彼女は残念そうなものを見るような目を俺に向けていた。
「ズボンって……。せめてパンツって呼ぼうよ。」
「いや、パンツって下着のことじゃないの?俺今トランクス履いてるし、その上から履くんだったらパンツってよりもズボンじゃね?」
「……」
「あ、もしかして下着履かずに直で着るからパンツっていうのか?」
「……ごめん、ファッションセンス皆無とは聞いたけど……まさかここまでとは思わなかったよ。」
彼女はため息をひとつつくと、顔をぴしゃりと叩いてから「よし!」と俺に向き直った。
「せっかくだし、今日ここでオシャレ道に一歩踏み込んでみようよ。私がコーディネートするから。」
「えぇ……」
……どうやらこの買い物は短時間で終わるようなものではないらしい。
「あー、いい買い物したっ!」
「……疲れた。」
それから更にしばらくして、俺と彼女はデパートの屋上にきていた。噴水やステージをこさえており、人工芝がいい見栄えの、ちょっとした憩いの場といったところだ。
端にあるベンチに彼女と腰掛けると、今日買った服の類が入った袋を覗いて見た。中にはズボ……パンツやパーカー、ベルト等が綺麗に収まっている。
「……予算は2.000円位だったのに。」
「それだと殆ど何も買えないよ……むしろ、これだけ揃えてよくその値段で済んだ方だと思うよ。」
レシートをひらひらさせながら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。まぁ正直な話諭吉が一枚で何とかなったのは驚いたのだが、それでも当初の予算オーバーなことには変わりない。
ため息をひとつつくと、俺はバッグからたばこを取り出して咥えた。流石にウルシュテリアの時みたいに火魔法を使う訳にもいかないので、ライターがなければまともな一服すら出来ない。
えーっと、ライターライター……
「ちょっ、何やってるの!?」
「ん?」
不意にぎょっとした様子の彼女に声をかけられた。
「何って……何が?」
「何が?じゃなくて!!それ!!」
彼女は慌てふためきながら、俺の口元に指をさす。……あぁそっか、そーいや副流煙って結構な毒だったよな。
…確かに、世話になった人の前でたばこふかすってのも可哀想か。
「ごめんな、ちゃんと喫煙所で吸ってくるよ。」
「そーゆー問題なの!?」
俺の言葉に、彼女はいちいち大袈裟に反応している。何だよ、副流煙が嫌ってことじゃないのか?
…………
………
……
…
あ。
「ああああああああ!?!?!?」
「えっ、ちょっと!?」
やべぇよ、すっかり忘れてた!!今の俺って見た目若返ってるわけだし、日本ではまだ15歳じゃねぇか!
……いや、待て!弁明させてくれ!ウルシュテリアでは成人が15歳以上で、それを過ぎれば酒もたばこも合法なんだ!!そ、それに今の俺は実年齢的には23歳なんだから……その……
…………やっちまった。
「……たばこ、吸ってるの?」
「ち、違うんだよ!これは、その……そう!親父がヘビースモーカーでさ!いやぁ、間違って持ってきちゃったみたいだな、あははは!」
「……咥える必要あった?」
「咥っ……あっ……お、俺、ココアシガレットが大好物でさ!!いつも持ち歩いてるんだよね!ちょっと小腹すいたし食べようかと思ったんだけど……いやぁ、これ本物のたばこじゃんっ!入れ間違えちゃったのかな?何してんだよ俺はーっ!」
「……喫煙所行くって言ったじゃん。」
「あぐっ………」
不味い、言い訳がことごとく論破されていく。……落ち着け、下手な言葉を重ねた所で焼け石に水だ。こーゆー時は落ち着くのが一番なんだ。
とりあえず近くの自販機で缶のオレンジジュースを買うと、笑顔で彼女に手渡した。
「そうだ、喉乾いてるだろ?」
「誤魔化し方不自然過ぎない!?」
あああああ!!!
もう無理だ、誤魔化しきれない!!
「なんて言うか……ほんと、大河くんって不思議な人だよね。」
あたふたしている俺に、彼女はそう口にした。
「凄い力で不良達を撃退してたし、服装はセンス以前の問題だし、急にたばこ吸おうとするし。何だか別の世界からやってきた人みたい。」
「…………」
理由は置いておき、あまりの勘の良さに思わず目を見開いてしまった。それを好機と捉えたのかは分からないが、彼女は続けて口にした。
「それに、私の名前を聞いた時凄く驚いた顔してた。それって、単に私の名前が珍しかっただけじゃないよね。」
「…………」
「ねぇ、大河くん。君は一体、何者なの?」
俺の沈黙を肯定と捉えたのであろう。事実そうであったがゆえに、俺は最後まで何も言えなかった。
そして、彼女がそう聞いた、まさにその瞬間の出来事であった。
「きゃあああああああ!!」
響き渡った声に、その場にいる誰もが目を向けた。見るとそこには、目出し帽を被り大きなアタッシュケースを持つ数人の姿と、それに羽交い締めにされている女性の姿があった。
そのうちの一人が、手に持った拡声器らしきもので声を張り上げる。
「あー、あーー。いきなりだが、俺達は銀行強盗だ。テメーらには今から、俺たちが無事に逃げるための人質になってもらう。つっても人数が多いし、邪魔だと感じたら片っ端からぶっ殺していくからな。」
俺も彼女も、散歩していた初老も、デートしていたカップルも、遊んでいた子どもも。全員がぽかんとして、ただただその男を見ていた。
「離してっ、いやっ!」
静かになったその場で、羽交い締めにされていた女性の声がより大きく聞こえ……
「君たち、一体これは何のつもりなのかね!?」
次いで声を上げたのは、屋上にたまたまいた警備員の人だった。
「人に迷惑をかけるようなら、悪いが今すぐこの施設から……」
パァン!と、大きな音がした。
この音には、聞き覚えがあった。
俺の嫌いな……大嫌いな音だった。
「ぐっ……ああぁっ!!」
「俺は優しいから、もう一度だけ言ってやるよ。邪魔だと感じたら片っ端からぶっ殺していくからな。」
男の手には、日本ではあまり見慣れない拳銃が握られていた。警備員さんの押さえる足からは、絶え間なく真っ赤な血がどくどくと溢れ出ている。
「ひっ…………」
パァン、パンッ、パァン!
空に向かって、空砲が撃たれた。
「あとついでに、うるせぇのも癪に障る。大声あげてもこの世から消えてもらうからな。状況を理解したやつは、一列になってここに並べ。死にたいのなら話は別だがな。」
__こうして。屋上にいた人達は皆逆らうことも出来ず、携帯等の連絡を取るための機器や荷物を取り上げられ、両手を背中の後ろに縛られたまま一箇所に集められた。
「いいか、よく聞け。俺達は捕まらない為にも、人質の価値を見せつける必要がある。今この場にいるのは全部で30人ちょっとだが……」
そして、強盗犯達は驚愕の言葉を口にした。
「5人ほど見せしめに死んでもらうぜ。警察の目の前でな。」
「なっ、なんだよそれ!?」
「ふざけるな!」
「ちょっと、冗談でしょ!?」
これには流石に誰もが不満を露わにした……のだが。
「選ぶ基準はうるせぇやつから順番にだ。生き残る可能性を少しでも上げたいのなら最後まで口を開くんじゃねぇぜ、カス共。」
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そして、今に至る。
幸いまだ誰も殺されていないが、辺りには緊張感と絶望が広がり、最悪の空気を醸し出している。
ちら、と警備員さんに目を向ける。一応血は止まっているが、顔は青白くとても苦しそうだ。鉛中毒にならないうちに早く病院へ行かないと、後々大変なことになるだろう。非常に参った。どうすればいいのか、全く見当がつかない。
ここまでくれば疑問に思った人もいるだろう。
『何故俺が戦わないのか』。
確かに、俺からしてみたらこんなの何とも思わない。飼い慣らされた一級危険生物レベルの魔物と二千の帝国兵を夜中いきなり向けてくるウルシュテリアでの奇襲に比べたら、それこそ子どものお遊びにすらならない。事実3割くらいの感覚でちょちょっと動けば、次の瞬間には今この場にいる人質が全員解放され、警備員さんは全回復し、強盗犯達を一人残らず肉塊にするくらいには出来る。
では、何故しないのか。
答えは簡単、『出来ないから』だ。
何を言っているのか分からなくなりそうだが、これにはちゃんとした経緯がある。
これはウルシュテリアから帰還した日の夜のこと。机を破壊したり姉ちゃんを殺しかけたりした俺は、早めに自分の力を抑えるべく対処を施したのだ。
その方法とは、『強制的に力を抑える魔道具を装備すること』。ウルシュテリアから持ち帰ってきていた(というよりアイテムボックスに入ってた)4つの輪を、順に装着していく。
ー【減魔の枷】ー。ウルシュテリアに存在する、強力な拘束具である。効果は凄まじく、装備した対象の身体能力を9割以上抑制し、魔力の関与する一切の行動が出来なくなるというものだ。仮に魔王ヴァレスティンにこれを装着出来た場合、駆け出し冒険者数人がいれば無傷で八つ裂きに出来るくらい強力なのだ。
勿論、それ相応の手順を踏まなければ効果は発揮されない。減魔の枷は4つ全てを四肢に装着して初めて効果を発揮するため、どれかひとつでも付けていなければ全くの無意味である。また装着する際に高度な魔力操作をしながらひとつひとつの枷に大量の魔力を注ぎ込まなければならなく、更に装着してから発動までにしばらくの時間がかかるため、戦闘中に使えることは皆無なのだ。基本は無力化した犯罪者たちにこれを装着させ、牢獄に閉じ込めるといった目的で使うのだが、俺はこれを自分自身に装備したのだ。ご丁寧に、ひとつひとつ時間をかけて。
これこそが今直面している、本当の問題点なのだ。
減魔の枷を付けている俺は本来の身体能力の数%しか力が出せないし、魔法も使えない。ウルシュテリアで言うなら駆け出し冒険者に毛が生えた程度のもので……
つまり何が言いたいのかといえば、今の俺はめちゃくちゃ弱いのだ。純粋な身体能力は世界大会で活躍するアスリートの数倍くらいしかないし、武力行使で世界征服をしようとしても精々県二つ三つが関の山だし、拳銃で撃たれようものなら普通に痛いのである。
おまけに魔法が使えないため、一番楽な方法(一瞬でテロリストを無力化してからここにいる人達の俺に関する記憶を消し、転移魔法で逃げる)も使うことができない。悪目立ちを防ぐ為にとの考えでつけていたが、まさか裏目に出るとは思わなかった。
……よく考えたらこれ、本来無力化した犯罪者に付ける拘束具だもんな。俺の使用方がそもそも間違ってるんだよ。
「大河くん……」
不意にかけられた声に横をむくと、そこには涙を浮かべながら震える彼女の姿があった。
「…………っ」
『この疫病神が!消え失せろ!』
『アンタが近くにいるだけで、不幸が降り掛かってくるじゃないか!』
『何が勇者だよ、クソが……。悪魔よりタチわりぃ。』
『守りたいだとか救いたいだとか。綺麗事並べておいて、魔物を呼び寄せるだけの役立たずじゃないか。』
……そうだよな。俺があの時誘わなきゃ、少なくとも彼女だけは救えただろう。
それだけじゃない。俺と人質が重なっているこの場で今の俺が動けば、それだけで数人は間違いなく犠牲になる。外部にいたら奇を衒うことも出来たかもしれないが、この状況では無理だ。
……俺は、本当に使えない人間だな。
「ごめんね、迷惑ばっかりかけちゃって。私がいなければ、こんなことにもなってなかったのに……」
「…………」
この状況で……
こいつだって怖いはずなのに、死ぬかもしれないのに……
自分より、俺の心配するのかよ。
『見てみて、リヴァくんっ!ほらっ、これ!!飴玉貰っちゃった〜!!』
俺の中で、彼女がある奴と重なり合った。
……あー、何なんだろうな、これ。
本当にこいつは変わらねぇんだな。
〜〜〜
『そう言うことなら、大河くんって呼ばせてもらうね!私の名前は水面。大橋水面だよ。』
『……みな…も………』
『あれっ、大河くん?どうしたの?』
『……いや、何でもない。いい名前だな。』
『珍しいね、大河くん。変わった名前だってよく言われるけど……えへへ、ありがとっ!』
〜〜〜
「お前が気にすることじゃねーよ。こんな理不尽な状況、誰にだって非はねーさ。」
ほぼ無意識に、俺は彼女の涙を拭っていた。弱かったあの日にしてあげられなかったことを、5年越しでようやくできた気がした。
俺は意を決し、口を開く。
「……ちょっと遅れたけど、さっきの『何者なの?』って質問に答えようと思う。」
「………?」
「ただ自分で言うのもあれだけど、これ言うのめちゃくちゃ恥ずかしいんだよな。そもそも言わない方がいいことなんだけど。」
「何を言って……」
「それと、後でもう一度釘刺すけど、絶対に口外しないでくれよな。」
そして、俺は大きく深呼吸して…
「俺の名前はラージリヴァ。異世界ウルシュテリアで魔王を倒した男、勇者ブラクゥド=ラージリヴァだ。」
一息に、そう口にした。
誤字脱字あれば教えてくれると有難いです。