清潔感のある服が欲しいです
俺がウルシュテリアから帰還して一週間ほどが経過した。相も変わらず日本は平和なので、それに伴ってついつい俺の気も緩んでしまう。ウルシュテリアでは寝てる最中にモンスターの群れや盗賊が襲ってくることも珍しくなかったが、日本ではせいぜいチンピラどもが夜中にバイクを走らせているくらいなので非常に楽なのだ。まぁ正直言うとうるさいからやめて欲しいのだけど。あまり騒ぐと元勇者さんが粛清に向かうから、静かにしてね!
「どうしてこうなった……」
……さて。話は変わるが、今俺は市街地にあるデパートの屋上にいる。ステージやら噴水やらがある憩いの場といった風な、ちょっとした公園みたいなもんだ。普段ならカップルがデートしていたり小学生が遊んでいたりとほのぼのとしているその場だが、今日はいつもと違った。
確かに親子連れや小学生も見られ、俺も含めた総数30程の人達が屋上にいる。唯一違うのは、その全員が拘束されているということ。そして……
「てめぇら変な動きしてみろ、即座にぶっ殺すからな。」
目出し帽に拳銃で武装し、大きなバッグを抱えた7名の男達。いわゆる強盗というやつだ。ちくしょう、何が相も変わらず平和な日本だよ。誰だそんなこと言ったのは。俺じゃねぇか。
「うわああん、ママー!!」
「ね、ねぇ……これ冗談よね?」
「怖いよ……」
「せめて子供だけでも!」
各々が震える中、俺のすぐ近くでも一人の少女が目に涙を浮かべながら……それでも悲鳴は漏らすまいと、唇を強く噛み締めているのが目に入る。やがて彼女は悲しげな表情を浮かべると、申し訳なさそうに口にした。
「ごめんね、迷惑ばっかりかけちゃって。私がいなければ、こんなことにもなってなかったのに……」
……あー、何なんだろうな、これ。
本当にこいつは変わらねぇんだな。
取り敢えず、ここまで至るにあたっての経緯を語ろうと思う。事の発端は今から数時間ほど前のことだ。ウルシュテリアで鍛えた身体に服のサイズが見合わずシャツを破いてしまった俺は、うだうだとデパートに洋服を買いに来ていたのだった。
《時は少々遡り、大河がデパートに足を踏み入れたばかりの頃。》
「………やばい、さっぱり分からん。」
私服なんて、何を選べばいいのだろうか。ウルシュテリア基準で言うのなら【耐久力】【耐性値】【重量】【スキル】【特殊効果】【地形に適しているか否か】等から判断してたんだけど、平和な現代日本の基準で考えるのなら話は別だ。
……そもそも、生活の一端として着るための私服に戦闘数値を求めたところでなぁ。この布製の服とか、ちょっと伸ばしただけでブチッといきそうだもん。げっ、これで8.000円もすんの!?ううむ、やっぱり服ってのはさっぱり分からない。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
服を取ったり戻したりしていると、親切そうな従業員のお姉さんが話しかけてきた。……つっても、どうしよう。『流行りの服を探してます』なんて言うのも、なんか流行りに乗り遅れて必死な奴みたいでカッコ悪いし。
「あぁ……えっと、その…………せ、清潔感……?ある感じので……」
いや、なに口ごもってんだよ俺。てか何だよ清潔感って。こっちの方がよっぽどカッコ悪いわ。
「なるほど、清潔感ですね!それでしたら、こちらなんてのはいかがでしょうか?」
「お、おぉ……」
…流石プロと言ったところだろうか。ファッションセンス皆無の俺が絞り出した言葉で、上手く服を見繕うとは。
それにしても、これは……
「な、中々いいですね。」
店員さんが選んだのは白い長ズボンに水色の長袖、肌着には黒の半袖と割とあっさりめの上下だった。悪く言えばよく見る格好だが、逆に無難な服装とも言えるだろう。オシャレ初心者の俺にとっては、案外ちょうどいいのかもしれない。
「これ一式でいくらですか?」
「そうですね、全部合わせて……ずばりこのお値段です!」
笑顔で電卓を向けてくるお姉さん。そこには信じられないくらいの値段が刻まれていた。さぁっ、と顔から血の気が引いていく。
「ま、また後で見に来ますね!」
そう言葉を残すと、俺は足早に服屋を後にした。
「何なんだよあのゼロの数は……ヴェノムワイバーンの討伐報酬とほぼ変わらねえじゃねーか……」
褒めからの営業スマイルという即死コンボ。俺じゃなきゃ(抜け出すタイミングを)見逃しちゃうね。
余談だが、ヴェノムワイバーンとはウルシュテリアにいた準一級危険生物のことだ。時折人里に現れては家畜を食い荒らし、その際通った所は致死性の超猛毒に覆われ、その上猛毒に晒された身体の部位は全く使えないといった、迷惑極まりないモンスターである。その点処理が面倒な為討伐した時の報酬は相当なもので、一体倒せば一般冒険者なら三ヶ月は何もせずとも暮らせるくらいの富が手に入る。
要するに、あの店の品はそれくらい高価なものという事なのだ。買い物って難しいんだな、急に疲れてきた。
「……気晴らしにフードコートでも行こう。」
そのまま服を探す気にもなれず、腹も減ってないのにフードコートへ向かう俺。その姿にはかつて異世界を救った勇者と思われる威厳はどこにも無く、ただただ虚しい雰囲気が溢れだしているだけだったことだろう。
場所は変わり、フードコートにて。
「…………」
席がねぇ。
これだからデパートは嫌いなんだ!
こーいう時に社交性ある奴なら『相席いいですか?』的な会話を自然にするけど、内向的なやつにはそれができない。所詮この世は陰キャには厳しくできているんだ!ちくしょう!
しどろもどろになる俺だが、やはり席が空く気配は微塵も感じられない。もういっその事コンビニで済まそうかと考えていた、その時であった。
「あの、よければ座りますか?」
軽く肩を叩かれ振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
そのすぐ横には向かい合わせで座るタイプの机と椅子が二組ずつ。考えるまでもなく、同席を提案されているのだろう。
「あー……えっと。」
まだ少し幼さが残る顔立ちながらもくっきりとした顔のパーツは、彼女が美形である事を物語っている。それどころか、落ち着いた服のせいか大人びてすら見えた。
「……それじゃ、遠慮なく。」
何故かは分からないが、彼女に親近感を覚えてしまう。突然のことに対しても俺が答えられたのは、それが理由だったのかもしれない。
とりあえず、俺は見知らぬ少女と相席して昼食をとることになった。
「…………」
「…………」
……なんだろう、沈黙が凄く辛い。
本来フードコート等で知らない人と相席になった場合どうなるかと言えば、答えは『どうにもならない』であると言える。本来他人同士の人間が、ただ【場所の確保】という理由だけで近くにいる状況が相席というものであり、別に相席になった者同士の間になにか特別な関係が築かれる訳では無い。互いに用事を済ませば即座に解散される、ただそれだけのものなのだ。
ただし、今回は違う。二人がけで、しかも向かい合うように設置されたテーブルと椅子。この場合は相席とは言わず、どちらかと言えば知り合い同士のカテゴリに含まれる。そんな中、俺と少女は互いに無言で座っているわけで……
要するに、超気まずいのである。
「…………」
「…………」
早々に自分の頼んだカツ丼を平らげてしまった俺をよそに、少女は素うどんをゆっくり、ちゅるちゅると啜っている。現在進行形で気まずいのだが、この状況からの上手な抜け方が分からない。普通にご馳走様して、お礼だけ言って去ればいいのだろうか。でもなんて言うか、何となく失礼な気もするし……
散々悩んだ末に、彼女が食べ終わると同時に俺も食器を片付けて解散すればいいかという結論に落ち着いた。やがて彼女が最後の1本を啜り咀嚼を始めた、その時であった。
「おぉいおいおい!何勝手に座ってんだよテメーはぁ!!」
すぐ隣の席から聞こえてきた大声に、俺と少女が同時に反応する。目を向けると、いかにも頭の悪そうなヤンキーっぽい四人組が、一人の真面目そうな男子学生を取り囲んでいた。男子学生は目に見えて狼狽えていて、ヤンキー達は物凄い剣幕でまくし立てており……
要するに、これはそう。
一種の恐喝だ。
「ここは俺達が座ろうと思ってた席だぞ、あぁん!?テメー誰の許可を得て使ってんだよぉ、おい!!」
「ひっ……え、でも、その……」
「何だよ、なんか文句あんのか!?」
「ひぃっ!」
嘘だ。この学生は俺達が相席するよりも更に前から座っていた。どう考えても、座る場所がない彼らが席を奪おうとしているとしか思えない。
……さて、どうしたものかな。
なんだがなぁ。仮にフィクション作品とかだと、こーいうのって注意するだとか助け舟に入るだとかするのが普通で、大体DQN退治みたいなのを機に誰かから好かれたり、フラグがたったりとかするんだよな。そもそも異世界行ってきた俺の存在自体フィクションみたいなもんだし。
召喚前の弱虫な頃の俺なら、注意はせずともなにか思うことはあっただろう。ただ、正直に今の気持ちを言うのなら、『どうでもいい』というのが一番よく当てはまる。ウルシュテリアでは弱肉強食が常だったし、俺も最初の頃は盗賊や荒くれ者の冒険者に力ずくでアイテムや装備品を強奪されたことも少なくない。
……流石に強くなってから誰かの物を奪う真似はしなかったが。勇者だし。
とは言え、こればかりはどうしようもない。ウルシュテリアで辛い現実を味わった俺からしたら、この事件は仕方ないとしか言い表せないのだ。
それが嫌なら奪われないように対抗手段を持つのがもっとも。やはり向こうで修羅場をかいくぐってきた俺の感覚が、一般人とズレているというのもある。
……第一、俺この人達と関係ないし。関わっても面倒事が増えるだけだ。
「ちょっと……それは、おかしいんじゃないんですか?」
なんて、思ってた。
目の前の少女が、彼らにそう注意するまでは。
「あぁ?何だテメ……」
ヤンキー達の内の一人がそうキレかけ……しかし少女の顔を見て止める。
「へぇ、これは……これはこれは!随分と可愛い顔してんじゃねーの?」
「本当だなぁ!こりゃぺっぴんさんだぜ!」
「ひーっ、正義感強そーな子だ!どう?俺らと一緒にちょっとイケナイことして遊んでみない?」
注意してきたのが女子だと分かり、余裕綽々の笑みを浮かべ……それどころかナンパするが如く誘い始めた。
……なんだろう。ウルシュテリアにいた人攫い達と同じような言動をしているのは、俺の気のせいなのだろうか。
「お断りします。罪もない人に嗾けて座席を奪おうとしている人達なんかとは、特にごめんです。」
「うっわ、おっかねーっ!!」
「そう言わずに、ほらぁっ!」
「もっと良く顔見せて!!」
淡々と語る少女に怯むことなく、面白がっているヤンキー達。その内の一人が、恐らくもっと近くで顔を見ようとしたのだろう、少女の頬に手を伸ばした。
「……何だよ、何か文句でもあんのか?」
気付けば俺は、その男の腕を掴んでいた。ギリギリで少女に触れることの出来なかった男は、さぞ不満げに俺を睨みつける。
「ずっと黙ってたけどよ、何なんだテメーは?まさかとは思うが、この子の彼氏なわけねーよな?」
男の目は血走っていて、今にも殴りかかってきそうだ。こうなってしまっては、俺も後戻り出来ない。
「まぁ落ち着けって。そんな汚い手で女の子に触るとか、やめといた方がいいぞ?」
「は?何言ってやがるぉおっ!?」
次の瞬間、俺は通路側に向かって軽く男を押し出した。男は抵抗することも出来ずに、数メートル程飛んでいく。
「お手洗いはその角を左だからなー!」
「こいつっ……!!」
飛ばされたのとは別の男が、俺に拳を振り上げる。その手にはしっかりとメ〇ケンサックが付けられていた。おいおい、何年前の不良だよあんたは。
「こーゆーの、付けると危ないぞ?」
「あっ、がっ、がふっ!やっ、やめっ、ぐぇっ!!」
片手で男の後頭部、片手で右手を掴むと、めちゃくちゃ加減して互いを打ち付けた。傍から見ると自分で自分を殴ってるみたいで、かなりアホっぽい。
……よし、血は出ちゃいないな。
「…………」
「…………」
悶絶して座り込む男の手からメ〇ケンサックを外すと、黙り込む残り二人のヤンキー達に向き直った。
「よいしょ。」
男達の目の前で、メ〇ケンサックを指でつまみながら、無理やり形を変えていく。二人は同様にあんぐりと口を開けたまま、顔面蒼白で形が変えられていく様を見ていた。
やがて、俺の手の上にオリンピックの輪がさらに拗れたような、元はメ〇ケンサックだった何かが完成した。
「はい、どーぞ。」
それを見ていたヤンキーの手に握らせ直すと、俺は本気で拳を握りしめる。ギチギチギチ……と嫌な音が聞こえると同時、ヤンキーの口からは「ひっ」と短い悲鳴が漏れた。
「すんませんっした!気をつけます!」
そう短く告げると、二人は蹲るヤンキーの肩を背負い足早に逃げていった。よし、なんとか穏便に済ませられたようだ。
「…………」
そして、俺の横ではあんぐりと口を開けたまま、俺を見る少女がいた。
……やべぇ、すっかり忘れてた。
「今の、一体どうやって……」
「あー、めっちゃ怖かった!良かった、びびって逃げてくれて!え、何?今どうやったかって?やだなぁ、あんなのおもちゃに決まってんじゃん!本物をあんな風に出来るなんて、人間じゃないっての!あはははは!」
「…………」
「あはは、あは…………」
言い訳が辛すぎる。
よし、逃げよう。
「あ、あのっ!待って下さい!!」
踵を返して去ろうとする俺を、少女が止めた。というか、腕を掴まれてしまった。この状態で走ったとして、拘束が外れるよりも先に少女の肩が外れてしまうだろう。
「えっと……何ですか?ご飯食べ終わりましたし、そろそろおいとましたいんですけど……」
柔らかく離れたいアピールをしたのだったが、少女は引かなかった。
「その……ありがとうございます。助かりました。」
小さな声でそう呟くと、少女はそのまま続ける。
「反射的に注意しちゃったんですけど、実はすごく怖くて……もしかしたら手を上げられちゃうんじゃないのかって……その……」
次第に消え入りそうな声となっていき、少女の目に涙が浮かぶ。というか、待ってこれはやばい。傍から見たら俺が泣かしてるようにしか見えない。
「ぜ、全然気にすることじゃないから!大丈夫!そもそも注意できた時点で君は十分凄いよ!うん!俺この後買い物とかしなくちゃいけないし、悪いけどこれで……」
「そんな!そ、それじゃ……せめて今食べてたご飯代くらい出させて下さい!お願いします!」
い、いかん……
この子絶対に引かないつもりだ……
えぇ、ちょっ、……どうしよう。正直変に勘ぐられるより前にどっか行きたいし、かといってあまり強く突っぱねたところで泣いちゃったら……
あーー、もう!
「……あ。」
そうだ、いい事思いついた。
「じゃ、じゃあ服!」
「……へ?」
「俺服を買いに来てたんだよね!でも俺って洋服のセンス皆無でさ……ご飯を奢ってもらうより、俺に見合う服を見繕って貰いたいかなー、ってさ!」
「…………」
どうだ、これこそ俺がウルシュテリアで培った必殺技、立場を利用して図々しいことをお願いして相手に興ざめさせるアタック(今考えた)だ!
服を見繕うなんて、他人同士ではまずありえない。時間も労力もかかるし、何より男女で行っていてはもはや恋人同士だ。普通に考えて、お断りするのが当たり前だろう。
ウルシュテリアで救った人は数しれずだが、その中にもこの少女のようにお礼を弾ませるような発言をする人がいた。その場合、「そうか!それならこの勇者ラージリヴァ様に金塊500kgを即座に用意しろ!あとパーティメンバーに加えられる可愛い女の子もだ!年は20前後、スタイル性格良しの子限定な!」とか言っておけば、大抵の人が何も言えなくなるのだ。別に俺も欲しいわけではないし、相手からすれば『こんなゲスい勇者に助けられたのか…』と思うことで、お礼をしたくなる気持ちを薄れさせることができるのだ。
俺は今一刻も早くこの少女から離れたいし、この少女も俺に何かをしてあげたいという気持ちそのものが消し飛ぶ。それに服が欲しいと言うのは嘘ではないので、適当に理由をでっち上げて逃げるより俺自身の罪悪感も少なくて済むのだ。これぞ本当のwin-winな関係!是非とも皆参考にしてくれていいぞ!
「本当に、そんなことでいいんですか?」
「はい?」
ところが、少女の返答は思っていたものとは全く異なっていた。
「服の見繕いでいいなら、喜んで!」
「…………」
俺の前には、役に立てると目を輝かせる少女。少女の前には、引きつり笑いを浮かべる俺。
「……清潔感のある服が欲しいです。」
一度口にした手前どうしようもなくなった俺は、先程の少女のように涙目になりながら、そう答えるしかなかったのだった。
こんな勇者の真似は是非とも皆参考にしちゃダメだぞ。
余談だが、一人目のヤンキーを撃退した時点で男子学生は別の席に逃げるように移動していった。
……なんのために言い争ってたんだろうな、俺たち。
「そう言えばお名前聞いてませんでしたね。お互いに自己紹介しませんか?」
「たしかに。俺はラ……じゃなくて、大河。黒木大河だ。堅いのは苦手だから、敬語は無しがいいかな。」
「そう言うことなら、大河くんって呼ばせてもらうね!私の名前は___」
誤字脱字あれば教えてくれると有難いです。