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俺は、やってない

 粉々になった机をこっそりと処理し、そのまま学校を後にする。ゆっくりとした歩調で進みながら、俺は必死に現在の状況を考えていた。


「……まずい。非常にまずい。」


 それしか言葉が出ない。学校を出る前にトイレの鏡で確認したら確かに俺の見た目は中学生らしくなっていたし、服装も魔王を倒した時の装備で統一されていた。幸いウルシュテリア転移時に制服をアイテムボックスにしまっていたので服装は問題なかったのだが、『アイテムボックスを出せる』という事実がまたしても俺を困らせた。他にも色々と試してみたのだが、アイテムを始め魔法やスキルさえも完璧に使うことが出来た。強いていえばウルシュテリアに比べて大気中に漂う魔力の量が無いに等しいほど少ないが、それだけである。

 ちなみに、クソ女神とは音信不通である。こっちが強く念じてもうんともすんとも言わず、居留守を決め込んでいやがった。


 ため息をついた俺は、たまたま通り過ぎたマッチョなお兄さんに鑑定魔法をかけてみることにした。これは対象物を鑑定出来る魔法で、ウルシュテリアではとくにお世話になったもののひとつでもある。生物に使うとステータスの値を測定してくれるので、今の俺が地球だとどのくらい能力があるのかを確認するのにも応用が利くのだ。

 やがて鑑定を終え、俺の眼前にウィンドウのようなものが表示された。


《鑑定結果》

【名前】剛力 筋太郎

【性別】男

【年齢】28

HP:220

MP:15

攻撃力:154

守備力:120

俊敏性:87

魔力:35

余剰スキルポイント:0

【補足】この世界の一般的な人間の平均に比べると、大幅に高い値を獲得している。特にHPと攻撃力の面では常人を逸脱。全体的にかなり優秀な測定値といえる。



 いや、お兄さん、名前………

 うん、まぁいいや。

 なるほど、ウルシュテリアの駆け出し冒険者以下の実力でも地球では強い部類に入るということなのか。

 取り敢えず、俺は自分自身にも鑑定を使用することにした。



《鑑定結果》

【名前】黒木 大河

【性別】男

【年齢】15

HP:7£8^||

MP:╋~…5✲

攻撃力:6』¥&〆

守備力:%)G2•

俊敏性:↳▽0F7

魔力:_≡仝‥¢4

余剰スキルポイント:'☓‰1

【補足】こn0世かかかiのヰ般◈な\=間の平gに比ヴぇru斗ん$部ゃ亜%°:*<〆^…☆#######################



「鑑定壊れちゃったよ……」


 どうやら俺は地球にて想像出来る限界以上のステータスを引っさげて戻ってきてしまったらしい。


▽▽▽▽▽▽▽▽


 それから程なくして、俺は自宅にたどり着いた。

 5年ぶりの我が家を見て色々と思うことがあったけど、何より……


「マジでどうすればいいんだ、俺は……」


 はっきり言って、今の俺は完全にウルシュテリア色に染まっている。家族や友人なんかの名前は流石に覚えているが、勉強関連だとかの細かいことは基本的に忘れているだろう。そもそもの話もはや人外と言っても過言ではない存在なのだから、単純に人と関わっていくことさえ難しいのかもしれない。軽いノリで人を突き飛ばせばミンチも真っ青の肉塊になりかねない。何とかぼろを出さなければいいのだが……


「あれ、大河じゃん?おかえりー。」


 どうしようかと考えこむ俺にかけられたその一言は、突然聞こえたものだった。

 懐かしいそれに反応して顔を上げると、そこには数年経っても忘れることの無い顔があった。

 腰ほどまである黒髪に、くっきりとした顔のパーツ。細い体とは対照的に突き出た胸、そして何より、やる気のなさそうなダサい部屋着。


「姉ちゃん……」


 紛うことなき俺の姉、黒木和泉がそこにいたのだった。



〜〜〜


『うぅ、もうやめてよぉ……』

『へっ、すぐ泣きやがる!泣き虫大河ーっ!』

『ホントーにこいつよえーな!』

『だっせーやつ!』

『男のくせに泣いてやが……ぶふっ?!』

『な、なんだてめーは!?』

『あんた達、あたしの弟に何か用?』

『う、うるせー!お前ら、やっちまえ!』


………

……


『ぐすっ……お、覚えてやがれ!にーちゃんに言いつけてやる!!』

『こ、こいつのおにーちゃんは有名なフリョーなんだぞ!あやまってもしらねーからな!!』


『フンっ、男のくせに簡単に泣いてんじゃないわよ。』

『ずびっ……うぅ……おねえちゃん……』

『あんたも泣くな、大河!』

『いたいっ?!ぅ、うえええええん……』

『……ったく、ほら。』

『ぐすん……?』

『一緒に家まで帰るよ。あんたは私がいないと駄目だね、全く。』

『お、おねえちゃん……あいつらのおにいちゃんは、つよいふりょーなんだよ……』

『それがどうしたっていうのよ。』

『だ、だって……』

『何を心配してるのよ。あんたの前には、誰にも負けない……世界一強いお姉ちゃんがいるでしょうが。何も怖くないじゃない。』

『お、おねえちゃん……』

『ほら、早く涙拭きな。家でお母さんがハンバーグ作って待ってるよ。』

『ぐすっ…………うん!』


〜〜〜



「……………」

「大河?」

「……いや、何でも。」

「まぁいいわ。どうでもいいけど、そんな所で突っ立ってないで、早く家入ったら?」

「……うん、そうだな。」


 本当に、懐かしいな。確かあれは、小学校低学年の頃の記憶だろう。

 俺が泣くと、いつも姉ちゃんはヒーローのように駆けつけてくれる。いじめっ子達が不良の兄達を呼んでもなんのその。男勝りな姉ちゃんは、俺にとって絶対に負けることの無い最強で最高の存在だった。

 そんな姉ちゃんも、確か俺が高校に入学して間もなく海外へ留学してしまい、結局卒業してウルシュテリアに召喚されるまでの間に会うことはなかった。というか、そもそも連絡さえ取らなかった。それも踏まえるなら、だいたい8年振りの再開って所だろうか。


「……姉ちゃん。」


 思わず涙が溢れかけてくる。

 ウルシュテリアで何度も死にかけた俺にとって、無事に地球へ戻ることが出来るかどうかなんてのは全く分からない事だった。大切なものは失って始めて気付くという言葉がある通り、家族と生きて再会出来たことは、今の俺の心を揺さぶるのに十分すぎる事象だった。感傷的にならない方がおかしいと言ってもいい。


「…ただいま。」


 自分でも聞こえるか分からない……それ程までに小さい声しか出なかったが、俺は確かにそう口にした。この一言にどれほどの思いが詰まっているかは、無論姉ちゃんには分からない。

 それでも……それでも、俺はこの一言を口にした時、感情の限界を迎えてしまったんだ。

 一粒の涙が頬を伝い、やがて落ちる。

 それを見ていた姉ちゃんは一瞬驚いたような顔を見せたが、やがていつものように無表情になると俺に語りかけてきた。


「……大河、私がいつも言ってる言葉は覚えているわよね?」

「いつ……も?」


 目頭を押さえる俺に、姉ちゃんは握りこぶしを作る。



「男が簡単に泣くなって、いつもいつも言ってんだろーがっ!!」



 そのまま問答無用で右ストレートを放ってきた。この野郎、実の弟になんて事しやがるんだよ、感動シーン台無しじゃねーか。

 ……ごほん!まぁ、とは言え。


「……ふふっ。」


 やっぱり、姉ちゃんはいつまで経っても姉ちゃんだよな。


 転移前の日常らしさが、逆に俺を安心させてくれた。このままいけば俺はコンマ数秒後には殴られているだろうが、それもまたいい思い出になるだろう。姉ちゃんの拳、ほんとに懐かしいなぁ。あ、言っておくけど俺はマゾじゃないからな!


「っと。」

ひゅっ。

「?!」

「ん。」

ぱしっ、くるっ、ズダアアアン!!

ベキベキベキッ!

「かっは……」


「あ。」


 そんな長い回想とは裏腹に。

 ウルシュテリアで染み込ませた幾億もの戦闘パターンから最適解を導き出した俺の体は、無意識で姉ちゃんのストレートを避けると、流れるような動作で右腕を掴み、勢いそのまま背負い投げの容量で地面に叩きつけていた。

 …………やっべー、早速やっちまった。


「わりー姉ちゃ……」


 そこで気づいた。

 泡を吹きながら白目を向いている姉と、その下で大きくひび割れているコンクリートの地面。



「俺のステータス、一般人にとっては化け物と同等じゃん!」



 すっかり忘れてた。ほぼ無意識での護身的行動だったのが幸いし、威力は無いに等しいくらい抑えられていた。……のだったが、俺にとっての1%は一般人の100%より遥かに高い威力なのだ。やらかしてしまった。思いとどまってまともにストレートを受けていたらこんなことには…………いや、それこそ俺の防御力を考えるなら姉ちゃんの拳が折れかねない。


「このイカれたステータスの中、まじでどうやって過ごせばいいんだよ、俺は…………」


 気絶している姉ちゃんを見ながら、俺は再びそう呟いたのだった。






 それからしばらく経ち、黒木家の夕食どき。食卓にいるのは俺と姉ちゃん、そして父さんと母さんの4人だ。


「ねぇ大河、家に帰ってきた辺りから記憶がなくて……あと後頭部が凄く痛いんだけど、私何かしてた?」

「俺はやってない」

「え?」

「俺は、やってない」

「……いや、私は何を」

「俺は…………やってない」

「うん、ごめん。また今度聞くね。」


 一口大に切ったコロッケを口に運びながら、姉ちゃんは何か思案するような素振りを見せた。うん、そりゃ状況的に考えたら不思議に思うもんな。

 さて、本気でまずくなってきた。少なくとも5年ぶりに再開した両親への懐かしさが薄れる程にはまずい状況になっている。あ、コロッケはまずくないから安心してね!……話を戻そう。

 今の俺は完全に人外のバケモノのわけで、ふとした事からその正体が簡単にバレてしまう。そんなバケモノの存在がもし世間に知れ渡ればどうなるか。まず、間違いなく警察が動くだろう。当たり前だ、やろうと思えば世界征服だって出来るくらいの力を兼ね備えている者を放っておくことなんて出来るはずもない。それだけにとどまらず、俺を利用しようとする輩も間違いなく現れるはずだ。テロリストや過激派の宗教組織、マフィアやギャング。こちらに至ってはまじで容赦なく手を挙げてくるので、ある意味警察よりタチが悪い。俺だけならどうとでも対処出来るが、家族に手を出されてしまえば一貫のおしまいだ。

 取り敢えず前提条件として、誰にも俺の存在がバレてはいけないのが一つ。よし、今度からは二度とボロが出ないように努めないと。


「そう言えば大河、玄関前のコンクリートがひび割れていたんだが、何か知らないか?つい一昨日修繕したばかりなんだが……」

「俺はやってない。」


 ……親父、そりゃねーぜ。


 なんとか異世界云々は誤魔化せたけど、後日一人でコンクリートの舗装作業をやらされた。

誤字脱字あれば教えてくれると有難いです。

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