女神ちゃんに任せなさい!
ウルシュテリアの召喚の間にて。
俺は女神リューラと対峙していた。
「お疲れ様でした、勇者ラージリヴァ。本当にありがとうごさいます、貴方のおかげでウルシュテリアの平和は……」
「御託はいらないから、さっさとしてくれ。」
リューラの言葉に対して食い気味に回答する。仮にも神である存在に無礼だろうが、俺からしてみればどうでもよかった。
途端、リューラの態度が一変する。
「…はーっ、人がせっかく褒めてあげてんのに、相変わらず可愛げのない男ね。私これでも神なのよ?少しくらい嬉しそうにしたらどうなの?」
「俺の嬉しそうな顔が見たいんだったら、一秒でも早く地球に帰還させろ。」
「むきーーっ!ホントアンタ感じ悪いわね!それでも勇者かっつーの!」
「それでも女神かよクソアマ。」
「うぐっ…………うぅ、どうして大河くんは私にはそんなに冷たいのよ……ぐすっ……」
「泣き真似してる暇あるなら早くしろ。」
「……えっと、大河くんマジで怒りそうなので、からかうのはやめにします!」
「既にキレてるけどな。」
お察しの通りだが、こいつは初対面の時からやけに口が悪く、それだけに限らず何度かお告げを通して会話する時もほぼ一方的に無理難題をふっかける、女神らしからぬ女なのだ。最初の頃はまだ敬語を使っていた俺だが、いつしか限界が来てこのような言葉遣いになってしまっていた。
「んで?約束は守るんだろうな?」
「もちろんよ!女神ちゃんに任せなさい!」
怒気を含んだ俺の問いに胸を張りながら答えるリューラ。相変わらずムカつく野郎だが、今はおさえるとしよう。
「……こほん。これでも、君には本当に感謝しているよ。改めてお礼を言うわ。ウルシュテリアを救ってくれて本当にありがとう。君がウルシュテリアにて過ごした5年間分の時間は、現実世界でちゃんと巻き戻しておくわ。ゲートを通れば、次に見える景色は高校の教室のはず。勿論、時間はそのままで卒業式後だから、安心しなさい。」
「…………」
「それだけだと割に合わないわ。地球に帰還してから、どうしても必要な時があった場合、心の中で私に強く念じなさい。私に出来る範囲でなら、出来るだけ助けてあげるわ。」
「……そうか。」
何だよ、思ったよりまともじゃねーか。最後の最後までふざけてくるやつだと思ってたのに、急にかしこまりやがって……
「さて、君の怒りが爆発しないうちにとっとと済ませましょう。」
リューラは区切り直すと、右手を目の前に掲げた。それと同時に、手のひらから数メートル程離れた位置に真っ白い別の空間が現れる。
「このゲートはそのまま教室に通じてるわ。ウルシュテリアにて君が培った経験も記憶ごと転移させるから、すこし時間はかかると思うけど……」
「……いや、構わない。何だかんだ言って助かったよ。それじゃ、せいぜい元気でな。」
俺はそう短く告げると、リューラの返事を待たずしてゲートに飛び込んだ。これで異世界系統とは完全におさらばなわけだが、現実世界に戻れる喜びとは裏腹に少しだけ悲しさも感じた。
それからしばらく経過して。ウルシュテリアと地球を繋ぐゲート(簡単に言うなら時空の境界みたいなもんだ)を通る間に、過去の思い出を振り返る事にした。
転移時のこと。
自分が勇者だと聞いて驚いたこと。
フレメアが可愛すぎて張り切ったこと。
スライムに負けて泣いたこと。
ローガン師匠のもと必死に努力したこと。
そこそこの実力をつけてきたこと。
周りに貢献出来て嬉しかったこと。
調子乗ってドラゴンに挑んで大敗したこと。
軍に入団したこと。
仲間が増えたこと。
王国の武闘大会でベスト8まで残ったこと。
A級賞金首の山賊を一人で捕縛したこと。
軍の中で上層部に表彰されたこと。
王国の武闘大会で決勝まで残ったこと。
上位魔法が使えるようになったこと。
仲間を失ったこと。
死闘の末ドラゴンの首をとった時のこと。
S級冒険者をまとめる存在になっていたこと。
聖剣を引き抜く事ができたこと。
魔族と本格的に戦い始めたこと。
聖剣を完璧に使いこなせるようになったこと。
魔界四天王を倒したこと。
最愛の人を失ったこと。
魔王を討ち取ったこと。
「あぁ、そんな事あったな……っと、あんな事もあったし……そういや、あの時俺は……」
こうしてみるとやはり濃い5年間であったと思い直す。思い出とにらめっこしてしみじみとしている間に眼前が急に眩しくなったかと思えば、気がつくと俺の目の前には懐かしい景色が浮かんでいた。
「これは……俺のいた高校か。」
どうやらリューラの言っていたことは本当だったようだ。ありがたいことに、俺は誰もいない教室内で一人ぽつんと立っていた。
「うわやっべぇ、めっちゃ懐かしいな。」
ウルシュテリアのTheファンタジー世界観に慣れていた俺は、地球での日常風景をさっぱり忘れていたわけで……
こうして見ると、非常に感慨深いものである。
周りにあるものはもちろん、自分自身が着ている制服まで。どれもウルシュテリアには無かったものだし………
制服……
制服……
制服……
…………
………
……
…。
ちょっと待て。
「なんで俺制服着てねぇんだ?」
俺は一つの疑問を抱く。
制服を着ていなかったのだ。
いや、制服を着ていないどころじゃない。
俺が着ていたのは【破闇の輝外套】という超レア装備で、闇系統の敵(アンデッド系、魔術師系、悪魔系)から受けるダメージを軽減してくれる補助機能を持ったシロモノなのだ。このアイテムがあったおかげで悪魔達との戦闘を上手く進められたと言っても過言ではなく、非常に感謝している装備なのである。
違う、そうじゃない。
そうだけどそうじゃない。
__卒業式後の時間軸に転移したのなら、制服を着てるはずなのだ。
「…………」
まさかと思いながら背中に手をやると、握りなれた感触と共に、聖剣が携えられていることがしっかりと確認できた。
因みに、聖剣は言わずもがな地球には存在しない物質で構成されている。そんなものが今、俺の背中に座しているのだ。
いや、ちょっと……これ、やばくね?
「おいおい嘘だろ……聖剣なんて絶対地球にあっちゃいけないもんだろ…何してんだよあのポンコツ女神は……」ドンッ
思わずその言葉が出てしまう。くらりとする感じに耐えつつも苛立ちを覚えた俺は、すぐ近くにあった机にこぶしを叩きつけた。
バッッッゴォォォォォォン!!
パラパラパラ……カンッ、カランッ。
机が鉄の脚ごと木っ端微塵になった。
「…………」
言葉を失う俺に、どこからか声が聞こえてきた。
「やっほー大河くん、10分ぶりくらいだねーっ!えっと、非常に恐縮なのですが……お姉さん転移の情報間違えちゃいました!大河くんがウルシュテリア転移時あまりにも弱くて、『あー、これは少なくとも魔王討伐まで8年はかかるだろーな』って考えてて、大河くんが魔王討伐したら8年前に転移する設定にしたまま、変更するのすっかり忘れてました!でも君は5年で魔王を倒しちゃったわけだから、要するに今の君は転移時の3年前……つまり高校入学前の時代まで転移しちゃったんです!あとリセットするの忘れ……ゲフンゲフン!いじめられてた君のことを考えて、敢えて身体能力と装備そのままにしちゃったけど、まぁマイナスにはならないしそれでいいよね?い、いいに決まってるよね!?まぁ、嫌なら嫌で……えっと……その……うん。まぁ、我慢してね!あ、いっけなーい!ペットのバジリスクを散歩する時間になっちゃった!それじゃ大河くん、地球でも元気に過ごしてねーっ!
p.s.そんなちょっとドジっ子☆な女神リューラちゃんに、清き一票を!」
そこまで聞こえたかと思うと、声は途切れた。
「ふっざけんなよクソ女神ーーーーーッ!!!!!」
それはそれは大きな声で俺は叫んだのであった。
誤字脱字あれば教えてくれると有難いです。