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【プロローグ 後編】決別

 ギィン、ガキィン!

 剣と剣が火花をちらしながらかち合わせられていく。一合二合、と続くうち、互いの体に傷が入り、鮮血が溢れ、また剣がぶつかり…その繰り返し。

 現在戦闘中の二者は、異世界ウルシュテリアに存在する善と悪の最高戦力である。

 片や悪の代表、魔王ヴァレスティン。永きに渡る封印から目覚め、ウルシュテリアを征服しようと目論む悪魔達の王である。

 片や善の代表、勇者ラージリヴァ。悪魔に対抗すべく人間達から参出された、全人類の希望を背負う信託をうけし人間である。


「ヴォアアアアアアアア!!!」

「うるぁああああああっ!!」


 その二者が共に雄叫びをあげ、一般人は勿論、ウルシュテリアのエリート戦士ですら視認できない程のスピードで戦闘を続ける。実力は双方五分と言えるであろうが、勇者が見せた一瞬の隙をついて魔王が斬撃を放った。その一撃で勇者の持っていた剣は折れ、地を滑るように転がっていく。


「…っ!くそっ!」


 流石に素手で魔王に勝てるほど甘くない。勇者は即座に魔法の詠唱を始めるが、それを見逃す魔王ではない。放たれた刺突攻撃が勇者の心臓を襲う。何とか勇者は直前で体を逸らすが、結果肩を深々と貫かれた。


「がっ……はぁっ……!」


 ______そして。


「……やっと、捕まえたぜ!!」


 血を吹き出しながら、勇者は魔王の腕を掴んだ剣ごと握りしめる。驚愕の表情を浮かべる魔王に、勇者は切り札である聖剣を取り出した。


「お前みたいな速くて、しかも再生能力まであるチート野郎相手に、真っ向勝負じゃ分が悪い。どう考えてもジリ貧な以上、確実に決定打をあびせる為には油断を誘う必要があった。良かったよ、お前が折れた剣を聖剣だと勘違いしてくれて。今までと同じく刺突攻撃を心臓狙いにしてくれて。」


 賭けでもあった、勇者の捨て身の攻撃。

どれかひとつでも噛み合っていなければ、確実にやられていたであろう。

 それほどの手を打たなければ倒せない相手。

 当然、全て噛み合えば利は勇者へと傾く。

 魔王が攻撃を仕掛けるが、既に遅かった。


「とっとと地獄の底へ戻りやがれええぇっ!!」


 その言葉を最後に、勇者の一閃を受けた魔王がとうとう地に伏せる。次第にその体から真っ黒い煙がたちこめ、勇者が限界を迎え膝をつく頃には完全に消え去っていた。


「……ハァッ!はぁ、はぁ、ちくしょう……」


 魔王が討伐されたことを再確認すると、そこで初めて勇者は息をついた。最後まで油断の出来なかった相手だからか、疲労はピークをとっくに通りこしていた。


「はぁ、はぁ、痛ってぇ……くそっ……。……でも、っ、こ、れで……ようやく……終わっ……たん……だよ、な……ははっ。」


 途切れ途切れで呟くなり、勇者ラージリヴァ……

 こと、黒木大河の意識は薄れていった。





ー大河サイドー


 今俺がいるのはズィグリード王国の一室である王姫の部屋。眺める先の外からは賑やかな声が聞こえる。なんでも魔王の封印を祝して、数週間は祝い事が続くのだとか。続きすぎだろ…と内心思いつつ、俺は折れた腕のギプスを無理やり外した。途端俺の横にいる姫、フレメアが声を荒らげる。


「リヴァ様いけません、どうか安静にしなさって下さらないと!まだお怪我は治られていないのですよ!」

「大丈夫だって、フレメアは大げさなんだから。ほら、このとおり!」


 笑いながら腕をブンブン振り回す。

 痛い。

 腕を抑えていると結局またギプスをつけられた。


「もう、あなたはどうしてそうやって……うっ…」

「わ、悪かったってフレメア!頼むから泣かないで!俺が悪かったから!!」


 泣きそうになるフレメアを慌てて慰める。いかに勇者であっても、王様の自慢の娘を泣かせたりしたらどうなるかわかったもんじゃない。全く、フレメアの泣きぐせには本当昔から困らされたものだ。


 ……ウルシュテリアに来てからもう五年か。

 あの日……卒業式の日、崩落に巻き込まれて死んだと思ってた俺が、気がつけば自称女神を名乗る女の前にいて、異世界がどうとか訳の分からない長ったらしい話をされて、また気がつけば広い草原にたった一人置き去りにされ。異世界が本当に存在することを嫌でも知らしめられ、魔王に対抗する手段として俺が選ばれ、訓練に訓練を重ね、仲間と出会い、笑い、挑み、別れ、泣いて。

 気がついた時には俺がウルシュテリアの誇る最大戦力となり、魔王と戦うことになっていた。

 本当に色々な事があったものだ。地の性格すら変わっているのだから、もはや日本での黒木大河はどこにも残っていないのかもしれない。


「リヴァ様っ!!」

「ハーイ、リヴァくんやっほー。」

「ラージリヴァ殿、ご無事ですか!」

「リヴァ、目覚めたんだね!」

「ラージリヴァ、起きたか。」


 思いを巡らせていると、入り口の方から次々と声が聞こえた。もう言わなくても分かると思うけど、ラージリヴァってのは俺の名前ね。……慣れちゃいるが、『大河』だからってラージリバーは安直過ぎたかな。まず発音が微妙に違うけどね。素直にタイガって名乗っとけば良かったかも。いや、今更だけどさ。


「あぁ、もう大丈夫だ。心配かけたな。」


 説明しておくと、今の5人は俺の属していたいわゆる勇者パーティのメンバーだ。入ってきた順に皆のマスコット的存在な賢者ミーシャ、ちょっとSっ気のあるお姉さんの魔女リィリスフォード、いかにも任侠者の戦士レンヴィス、ノリのよく活発な盗賊レオナ、そして俺の師匠的存在でもある、武闘家のローガン。他にも数えればキリはないけど、フレメアも合わせたこの6人には特にお世話になったのだ。


「にしても、あのリヴァがまさかホントに魔王を倒しちゃうなんて……」

「ええ、本当に驚きました。ですが、現に魔王の魂の反応は完全に消失しています。悪夢は過ぎ去ったのですよ。」

「ははは。まぁ、自分でも吃驚って感じだな。」


 身体能力向上系の魔法を複数詠唱して、パッシブスキルを重ねがけして、聖剣の力を借りて、そこで初めて土俵に立てる相手。拳を振るうだけで軽く地形を変えることの出来る攻撃力に、瞬間的に音速を超える速さ、イカれた自然治癒力まで持ってる。生半可な攻撃ではダメージすら受けず、腕が千切れても瞬時にくっつくような奴にどうやって勝つのかが不明だ。

 ……改めて考えると、よくそんなバケモンに勝てたな俺。未だに実感わかねぇや。


「まー、私はリヴァくんならやり遂げるって思ってたけどねー。」

「ラージリヴァ殿の強さは自分も感服の一言です。もちろん、精神的にも肉体的にも、です。」

「師匠として誇りに思うぞ。もっとも、今はお前のが俺よかよっぽど強いがな。」


 次々と皆が俺に言葉をかける。確かに、転移時ウルシュテリア最弱とも言っていい程の雑魚だった俺が、5年でウルシュテリア最強の魔王を倒したなんて事実に驚くなという方が無理だろう。

 当たり前だが、俺がそこまで強くなれたのは皆の協力があってこそだったのだ。ミーシャとリィリスフォードから魔法の知識、レオナからは闇の世界での生き方、レンヴィスとローガン師匠からは近接戦闘の心得、そしてフレメアからは異世界常識と、元気と、勇気。

 それだけではない。ズィグリード王国のズィグル王や、お付きのメイドさん達。鍛冶屋のジョンに宿屋のリン、万事屋のトムに食堂のルコばあちゃん。そして、俺を生かすために犠牲になった仲間たち。他にもあげればキリがない彼らの助けがあって、初めて今の俺がいるんだ。

 皆には本当に感謝している。だからこそ、俺にはここで言わなければいけないことがあった。


「もう1週間程したら傷も完治するだろうし、そうしたら俺は……元の世界に帰るよ。」


 ぴくり、と皆が一瞬動くのが分かった。


「そう言えば……そうでしたね。確かに魔王が倒される前までは必要不可欠だった、勇者としてのリヴァ様の力は……」

「うーん、リヴァくんは自分の役目を精一杯果たしたわけだしねー。」


 俺が召喚された理由は、簡単に言うのなら魔王を倒す勇者を創り出す為であり、だから俺はこの5年間死ぬ気で自分を鍛えてきたわけだ。

 逆に言えば、魔王を倒した今俺は役割を全うしたことになる。


「ですがラージリヴァ殿……その、無理に戻らなくとも……」

「そうだよーっ!皆リヴァのことが大好きだし、もっと一緒にいたいんだ!ウルシュテリアに残るなら、富も名誉もぜーんぶ、リヴァのものに…」


 俺が地球へと帰還するかしないかの問題で、パーティメンバー達の顔に不安の色が浮かんでくる。ぶっちゃけた話、俺だってこいつらと別れたくない。この中で一番短い付き合いであるリィリスフォードですら会ったのは2年前。フレメアとローガン師匠に至っては、ほぼ5年間一緒にいたと言っても過言ではない。愛着を湧かせるなという方が無理な話なのだ。




 ______ウルシュテリアに残るのも、悪くないのかも。





「お前ら、そこら辺にしておけ。」



 俺の決心が揺らぎかけたその時、辺りに芯の強いしっかりとした声が響く。その一言で不穏な空気が一瞬にして消え、それに続くかのように声の主……ローガン師匠は語る。


「俺達は別の世界で暮らしていたラージリヴァに勇者の役職を押し付け、今日まで戦わせてきた。ラージリヴァが何の関係もない一般人で、召喚時ウルシュテリアの平民よりも弱かったことは誰しもが知っているだろう。唐突すぎるし理不尽すぎる。こちらからしたら世界の存亡をかけた緊急事態でも、ラージリヴァからすれば無関係だ。それを嫌な顔一つせず、こうして受け入れてくれた。もう俺達のわがままは十分すぎるほど聞き入れて貰えたんだ。今度は俺達が、ラージリヴァの願いを聞き届ける番だ。そうだろう?」


 ローガン師匠の発言に皆が渋い顔をしたのは、きっと要求が呑めないからではなく、正論を語る彼に返答出来なかったからだろう。皆の沈黙を肯定と捉えたらしく、ローガン師匠は俺に向き直った。


「ラージリヴァ、お前が決めることだ。勿論、お前がウルシュテリアに残りたいというのなら喜んで歓迎しよう。ただ、それをお前が望んでいないのなら話は別だ。お前がいなくなるのは寂しいが、お前の思い通りにならない結末を迎えるのはそれ以上に酷なものなんだ。改めて問うが、俺の話を聞いてもなお、お前はウルシュテリアに残るという選択をするのか?」

「………………」


 言い切ったローガン師匠は表情を変えず、ただ鼻先を何度か掻いた。どんな事があっても冷静沈着なローガン師匠だが、ふとした拍子に出る仕草はこの5年で随分と分かるようになっていた。この人は涙をこらえる時、いつも鼻先を掻くのだ。

 ……本当に、師匠には最後まで敵わないや。

 思わず浮かんできた涙を拭うと、深呼吸を一つ入れてから口を開く。なんと答えるかはもう決めていたし、揺るぎもしなかった。


「皆、今までありがとう。俺は地球に戻るよ。」


 俺の言葉にやはり悲しそうな顔をしつつも、それが正しい選択であるかのように、パーティメンバーの皆は一様に微笑んだ。






「本当にありがとう。皆と会えて、俺は幸せだった。……それじゃ、元気でな!!」



 その日から1週間後の真夜中。

 俺は共に死線をくぐり抜けた最高の仲間達に別れを告げ、ウルシュテリアを去った。

誤字脱字あれば教えてくれると有難いです。

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