第五連 君のために歌いたいよ―Synchrogazer―
「ガハッ!バカな!この俺が!負ける・・・この俺が!この『辺獄』がぁぁぁぁぁぁ!」
「ここまでよ。大人しく清浄されなさい・・・。」
「辺獄」は肩で息をしながら、四つん這いになり、その頭に「白銀の巫女」は武器を向けていたのであった。
「白銀の巫女」の圧倒的な火力の前に「辺獄」は窮地に陥っていたのであった。
もはや、「白銀の巫女」の勝利は誰が見ても明確であった。
「さようなら・・・。」
彼女は『辺獄』にとどめを刺すべく、武器の先に光を収束させていたのだった。
だが、その瞬間であった。
「おいおい、スクープだ、回せ!回せ!早く撮れ!」
ほんの20m先にカメラを持っている男たちがいたのであった。
彼らの存在に彼女の注意が一瞬、それてしまった。
「油断したな、巫女様。」
「・・・ッ!しまったッ!」
その一瞬の隙を「辺獄」は逃さなかった。
自らの体重を軽くして、カメラを持っている男たちの所へ一直線に飛ぶのであった。
「さぁ、撃ってみろ、巫女様。だが、分かるよな、そのまま撃つとどうなるかよぉぉぉ!」
「くッ・・・!」
彼女は武器を構えて、収束した光をビームにして、「辺獄」へ撃とうとしたが、「辺獄」の真後ろには男たちがいるため、もし撃ってしまえば、「辺獄」もろとも、彼らも巻き込んでしまう。
膨大な魔力で作られたビームが当たれば、一般人である彼らが無事なわけがない。
かと言って、今から「辺獄」を追いかけても、体重を徹底的に軽くして飛んでいる「辺獄」の速さに追いつけるはずはなかったのであった。
圧倒的な火力を持っている彼女であったが、その優しい心によって、彼女はどうすることも出来なかったのである。
「な、なんだお前はッ?!」
「フフ・・・今日は運がいい。こんなヘビーな状況でもまだまだ希望があるのだからな・・・。」
「辺獄」がそう呟き、カメラを持った男たちに触れたのであった。
「ギャァァァ、いてぇぇぇえ!重いっっっっ!」
突然、彼らの膝が折れて、正座状態になり、全身が鉛のように重く感じ、彼らは持っているカメラも落とし、泣きわめいていたのであった。
「辺獄」は彼らの頭の上に拳骨サイズの石を置いたのであった。
「おっと!そこまでだ、巫女様。もし、おかしな行動をしたら、こいつらの上にある石の重さを何百倍にするぜ。」
「・・・ひ、卑怯者ッ!」
今度は「白銀の巫女」が「辺獄」に追い詰められたのであった。
「どういうことだ、これは・・・!」
龍村は困惑していたのであった。
彼は妙な胸騒ぎがしたため、病院から急いでここへと戻ってきたのだが、見ている景色が予想していた「白銀の巫女」が「辺獄」を倒している景色には程遠い物であった。
あの親子は人質になる前に救い出したのに・・・もう誰も人質にならず、彼女の足を引っ張る者など誰もいないはずなのに、なぜ、再び、「辺獄」は人質を取っているのか。
彼女は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かばせながら、悔しさのあまり身体をブルブル震わせていたのであった。一方で、「辺獄」は下衆な笑みを浮かべて、一歩一歩、悠然と彼女へと近づくのであった。
その瞬間、龍村の脳裏にあの時の記憶がフラッシュバックするのであった。人質を取られ、武器を捨てさせられた上に、サンドバックのようにタコ殴りにされた上で、命を落とす彼女の姿を。
龍村は考える前にすでに走り始めていた。
そして、ウェルギリウスの言葉を思い出していた。
「大切なのは『想い』さ。それを忘れなければ、きっと祝福に満ち溢れた行く末にたどり着ける・・・。」
その言葉が脳内で何度も反芻していた。
なぜ、彼は時を遡ったのか、そう、それは・・・。
(俺は東御院さんを救いたい!俺の『想い』を俺の『言葉』で伝えたい!それだけ、それだけが俺の『想い』ッ!俺を導いてくれッ!)
彼は無意識に両手をパンと叩くのであった。
すると、左の手のひらの赤い丸印から赤い鞘の日本刀が出てきたのであった。
「業ぁぁぁぁぁぁ!」
龍村は刀の名前を呼び、刀の柄を両手で握り、鞘を地面に捨て、抜刀したのであった。
刀身は茶色く錆びており、何も切ることはなどできないはずであるが、彼は無意識のまま、なんと、彼は人質になっていた男たちをそれで斬りつけたのであった。
「ギャァァァァァァ!」
男たちは叫んだのだが、不思議なことに痛みもなく、傷もない、いや、むしろ身体が軽くなっている。
「ここから早く逃げだしな!」
「ひぃぃぃぃぃ・・・」
龍村の言葉に男たちは慌てふためいたように逃げ出すのであった。
「おいおい、これはヘビーな状況じゃあないか・・・」
「待ちなさいッ!」
「辺獄」は人質が逃げ出したことに驚き、再び彼らを追いかけるため、彼らに向かって飛ぶのであった。
「白銀の巫女」も、「辺獄」のビームを放つが、それを軽やかに避けるのであった。
龍村はこの状況でも不思議なくらい冷静であった。
「次に大切なことはイメージすること。どうありたいか。どうしたいのか。」
目を閉じ、ウェルギリウスの言葉を思い出していた。
(もっと速く。あいつのスピードに負けない速さを。脚だけじゃない、腕も。そして、あいつの動きを捉える目を!)
龍村はカッと目を見開いた。
すると、どうだ、あの時は見えなかった「辺獄」の動きが見えるようになっているではないか。
龍村は「辺獄」を斬りつけた。
「龍村君ッ!」
「ほう、普通の人間がこの俺を・・・しかも、そんなナマクラ刀で斬りつけるとは、ライトなジョークだ。」
「笑えるか?」
「笑えねぇな・・・。」
龍村は「辺獄」と対等に戦えることに関して、満足していたのであった。
「確か、あんたの能力の条件は直接手に触れないと重さを変えることはできない、自分以外の生き物の重さを変えることはできない。だったかな?」
龍村の言葉に「辺獄」は一瞬、焦り顔を浮かべるのであった。
「ふぅ・・・どうして、その秘密を。まさか、あの一瞬で観察したのか。ヘビーな観察力、洞察力だぜ。」
余裕の顔に戻って「辺獄」であったが、
「ここまでよ・・・。」
背後から「白銀の巫女」が「辺獄」の頭に武器を向けていたのだった。
「ふぅ・・・。ヘビーな状況だぜ。」
もはや「辺獄」は諦めたように見えたが、
「だが、ヘビーな程詰めが甘いぜ。」
その言葉を言った瞬間、下から砂煙が舞い上がったのであった。
「キャッ!」
「くそ!目が!」
「ハハハハハッ!こんなこともあろうかと、あらかじめ、触っておいた砂を下に置いておいたのさ。再び、あいつらを人質にしてやる。」
(他人の技を使うのは気に食わないが、このヘビーな状況だから仕方ないぜ。)
突然の砂煙に視界を奪われた龍村と巫女は「辺獄」の動きを捉えられなった。
そのまま、「辺獄」は先程逃げた人質の所へ飛んでいこうとしていた。
「・・・ッ!卑怯者!」
オレンジのバイザーにこびり付いた砂を必死に取ろうとしている巫女の声にも、「辺獄」は動じなかった。
(このままでは、また人質を取られてしまう。どうすれば、どうすればいい・・・!あいつの注意を一瞬でも、こちらに向けることができれば・・・一瞬、一瞬でもいい。どうすればいい、考えろ、考えろ!)
そんな龍村はある言葉を思い出す。
「待ちな・・・この『腰抜け』・・・」
「あッ!てめぇ、今、なんて言った?」
龍村の囁きに「辺獄」は思わず、反応したのであった。
そして、「辺獄」は恐ろしい形相で彼を睨み付けていたのだった。
「ああ、もう一度、言ってやる・・・この『腰抜け』!目潰しをしたのに、直接攻撃せずに、人質を取らないと勝てない糞野郎など『腰抜け』以外になんと言うんだ、この『腰抜け』」
「ああああん?!この俺のことを『腰抜け』だとぉぉぉぉ?!」
軽薄そうな雰囲気でどこかしら余裕を持った態度をとっていた「辺獄」が一変、これまでに見せたことのないような怒りの形相を浮かべていたのであった。
「ああッ!『腰抜け』はたったと家に帰って、ママのミートパイでも食ってなッ!」
「辺獄」は真っ直ぐ龍村に向かってきたのだった。
龍村は内心ほくそ笑んでいた。
「誰もッ?!」
「カハッ!」
「辺獄」の拳が龍村の鳩尾に入ったのであった。
「この俺をッ?!」
「ぶッ!」
次は左ストレートが龍村の鼻に直撃し、
「『腰抜け』とは言わせねぇぇぇぇ?!」
「ゲホッ!」
最後に右フックが龍村の顔面に入り、ぶっ飛んだのであった。。
「ハハハハハッ!どうだ!参ったか!俺は『腰抜け』じゃねぇ!ハハハハハッ!」
視界が完全に回復していない龍村は「辺獄」の攻撃を避けることが出来なかったが、あの時とまったく同じ攻撃だったので、彼は殴られる部分を硬くするイメージをしたことで、ダメージを軽減したのであった。
「そんなこと、これから消えるあなたにはもう関係ないことよ。」
「なにぃ!」
「白銀の巫女」は手に持っている武器を「辺獄」の腹に突き刺し、そのまま、壁に押し付けたのであった。
龍村が「辺獄」の注意を引き付けている間に、バイザーの砂を落とし、その視界は完全に復活していたのであった。
「ガハッ!」
「ここまでよ。」
武器の先端に光が収束する。
そして、その光が六枚の白い翼となり、周りの空気が震え始めたのであった。
「ま、まさか、この距離で、その魔力で放つのか・・・。やめろ・・・やめてくれ・・・」
「さようなら。」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!糞アマぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼女は柔らかい笑みを浮かべた瞬間、「辺獄」の腹に刺さった武器の先から極太ビームが放たれたのであった。
そして、「辺獄」は姿形もなく、灰になったのであった。
「ふえぇぇ・・・やっと、終わった・・・って、あれ?」
「白銀の巫女」は戦いが終わったことに安堵し、全身から力が抜けることを感じ、倒れそうになるが・・・
「大丈夫?」
龍村が彼女を抱え、何とか倒れるのを防いだのであった。
「ふへッ!いい、大丈夫!大丈夫だよ!」
彼女は突然のことで吃驚し、彼の腕を振り払ってしまった。
そして、なんとか一人で立ち、
「協力、ありがとうございました。」
龍村に礼を述べるのであった。
「こっちもありがとう、東御院さん!」
「へっ!」
「ん?・・・あッ!」
龍村は思わず、「白銀の巫女」の正体を言ってしまったのであった。
この時間軸では、決して知りえない彼女の秘密。
「ふへっ!はわわわわわわわわッ!わ、私、東御院あやかじゃないよ!ほんと、ほんとよ!キャッ!」
自分の正体を見破られ東御院の顔は見る見るうちに、真っ赤になっていた。
彼女は全力で否定するが、気が動転したのか、それとも先ほどの戦いでの疲労なのか、瓦礫で足を引っ掛けてしまい、転んでしまった。
「いててて・・・」
「だ、大丈夫?」
「あ、ありがとう、龍村君。」
「アッ!」
「へ?」
龍村は転んでしまった彼女に手を差し出して、彼女もその手を掴んで、立ったのだが、あることに気づいてしまう。
転んだ衝撃でバイザーが外れ、彼女のルビーのように赤く、丸い大きな垂れ目が露わになったのであった。
そのことに気づいてしまった彼女の顔は恥ずかしさのあまり、先程以上に顔は紅潮し、言葉にならない言葉で叫び声を上げたのであった。
「そこまでだ・・・龍村夢斗君。」
「ハッ!」
いつの間にか周りを黒服の男たちが取り囲んでいたのだった。
「さて、我々と来てもらうかな。」
「辺獄」
本名:蘆田道信
能力:触れた物の重さを変える能力
―――――――どんな犠牲も勝利よりは軽い。
犠牲の上の勝利ほど虚しいものはない。―――――――