第一連 襲来
5月25日(金)
「おはよう・・・」
「お、龍村、おはよう!って、てめえ、なんて顔してんだ。」
「ああ、昨日いろいろあってな・・・。」
龍村の顔は朝にも関わらず、疲れ切っていたのだった。
結局、あの後、母にこってりと絞られたのであった。
龍村は机に突っ伏しながら、その視線は窓際の席に座っている東御院あやかに向けていたのだった。
彼女は静かに読書をしていた。
(今日もかわいいなぁ・・・癒される・・・。)
彼女は、今日もいつもと変わらない大きな髪飾りによって二つに結び分かれた美しい絹のような髪、透き通るようなきめ細かな乳白色の肌、制服の上からでも分かるほど年相応よりも発達していて、尚且つ成熟しきっていないが故に更なる可能性を感じる身体、目は丸く赤い大きな垂れ目、顔のパーツも整っており、幾らか幼さを感じるあどけない印象を与えているのであった。
「おい、龍村!何、ボーっとしてんだ。てめぇの意識はテキサスまで吹っ飛んじまってんのか。」
「す、すいません・・・」
先生から指導され、クラスから笑いが起こる。
今日の龍村は授業どころではなかった。
昨日の出来事。自分を助けた「白銀の巫女」の正体が「東御院あやか」ではないかと彼は考えていた。
だが、そのことをどうやって確かめるか。彼はかなり悩んでいた。
休み時間中に何度か声を掛けるタイミングがあった。
しかし、緊張と恥ずかしさでタイミングを逃し、意を決して話しかけようとするも、彼にとって会いたくない幼馴染が彼女と楽しそうに話しており、話しかけることができなかったのである。
そうこうしていると碌な結果を得ることなく、すでに午前中最後の授業の時間になっていたのだった。
龍村は悲しいほどのビビりであった。
「おい、龍村。食堂行こうぜ。」
「ああ。うん・・・?」
昼食の時間になり、龍村はいつも通り、友人達と一緒に食堂に行こうとしたが・・・
「えー、あやか。今日は弁当、一緒に食べないの・・・。」
「うん、ごめんね、りょーちゃん。用事できちゃったの。すぐに戻るから。」
「じゃ、待っとくね。」
「ほんとにごめんね、りょーちゃん。」
そういうと、東御院は走ってどこかへ行くのであった。
「すまん、トイレ行くから、食堂には後で行く。」
「お、おう・・・。」
その一連の流れが目に入った龍村は意を決して、彼女を追い、真実を問い詰めることを決心するのであった。
彼は友人達との誘いを断り、彼女を追いかけるのであった。
東御院は裏門から学校を抜け、街の方へと全力疾走していたのだった。
龍村は、後ろからバレない様に追いかけていた。
今日は見逃さないよう、細心の注意を払っていたのであった。
「な、なんだこれは・・・」
彼女を追いかけた先には地獄絵図が広がっていたのであった。
大量のゾンビたちが人々を襲っていたのであった。
あまりの光景に龍村は絶句し、立つことしかできなかった。
「お、お願い・・・た、助けて、うあぁぁぁぁぁぁ!」
「どうか、どうかこの子だけは助け、いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ、お願い、食べないで、食べないで、あ・・・・・・・」
ある者はゾンビに許しを請いたが頭から食べられ、ある者は子供だけでも見逃すよう請うたが無慈悲にも子供を先に食べられ、その後、その者を食べられ、腹から食べられる者。
まさに地獄であった。
この光景に龍村は狂いそうであった。
グラァァァァァ!
そんな中、上空から強烈な光が降り注ぎ、ゾンビたちを焼き尽くし、灰にしたのであった。
「あ、あれは・・・」
上空には白く美しい髪に、乳白色の肌、巫女装束のような純白な小袖とミニスカを身に包み、その手には槍のような物を持っている少女が佇んでいた。
「白銀の巫女・・・」
彼女は昨日、出会った白銀の巫女であった。
龍村は見間違うことはなかった。
彼女は手に持っている槍の様な武器の先に、光を収束し、
「ファイアー!!!」
掛け声と共に、光は分散し、閃光となって、ゾンビたちを焼き尽くしたのだった。
瞬く間にゾンビたちは灰になっていくのであった。
「ふぅ・・・」
ゾンビたちがいなくなったことを確認し、安堵する白銀の巫女であった。
「なんてヘビーな火力だ。これが『白銀の巫女』か。これはヘビーな戦いになるな。」
上空に佇んでいる彼女の後ろに、突然、男が現れたのであった。
彼女は男の気配を感じると、男の方を向き、槍の先から極太ビームを男に放出した。
「おいおい、挨拶なしでの攻撃とは、ヘビーじゃあないか。巫女様は礼儀をライトにしているのかい?」
男は極太ビームを間一髪で避け、軽口をたたいていたのだった。
その男の格好は、男性にしては小柄な体型で、髪はやや金髪が入っているオールバックであり、軽薄そうな印象を与えていたのだった。
「あなたは誰なの?」
白銀の巫女の気配が明らかに変わった。明確な殺意を持って、その男に対峙していた。
「『白銀の巫女』様は意外と無愛想なんだな。まぁ、俺の名前は『背徳者』の一人、『辺獄』だ。」
「『背徳者』。ようやく会えたわ。」
「おいおい、その名前で俺を呼ぶのはヘビーだぜ、巫女様。俺のことは『辺獄』って呼んでくれ。」
「名前なんてどうでもいいわよ。どうせ、ここで清浄してあげるから!」
「ハハッ!そいつはライトなジョークだな。」
彼女の武器の先から光のビームが何発も放たれた。
彼女の攻撃は熾烈を極め、「辺獄」と名乗る男は避けるだけで精一杯であった。
「おいおい、こいつはヘビーな状況だぜ。」
男は避けながらも距離を取りつつ、小石を拾っていたのだった。
「隙ありだぜ、巫女様!」
男は一瞬の隙間を狙い、小石を彼女に投げつけたのであった。
小石程度避ける必要はないと判断した彼女であったが、
「がはっっっっっ!」
小石に当たったとは思えない程の衝撃が彼女を襲うのであった。
あまりの衝撃に一瞬、気を失い、上空から落ちるのであった。
「くぅ!ハァ・・・ハァ・・・あなた、なにをしたの?」
彼女は何とか地面に直撃する前に意識を取り戻し、着地に成功したのだが、身体には先ほどの痛みがまだ残っていたのだった。
「ハハッ!決まっている。俺の能力は『物の重さを変える』。石が当たった瞬間に重さを何倍にしただけさ。」
「そういうことね。じゃ、さっき空を飛んでいたのは、自らの重さを軽くしたからなの。」
「その通りだよ、巫女様!」
「自分の能力をそんなに簡単に教えるなんて、あなた、優しいね。」
「優しい、いいや違うぜ。これは余裕の証だぜ、巫女様。」
男はそう言うと、周りの椅子や机、花壇、マンホール等が宙に浮きはじめたのであった。
「さて、巫女様。パーティの開演だぜ!」
そして、宙に浮いた物たちが一斉に彼女を襲い始めたのであった。
彼女はそれらをビームで全て撃ち落としていたのだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なんてヘビーな火力なんだ、巫女様。」
(だが、しかし、これほどヘビーな火力。いつか、魔力切れが来るに決まっている。勝負はその時ッ!)
巫女の攻撃を避けつつ、辺りの物を空気よりも軽くすることで浮かし、それを放出し、相手の魔力切れを狙う「辺獄」。
それらを全て、撃ち落とすのと同時に男にもビームを放つ「白銀の巫女」。
その戦いを常人の域を超えていたのだった。
龍村はただ立ち尽すしかのであった。
もはや自らの想像をはるかに上回る光景に思考を停止していたのだった。
ただ、おのれの無力さを嚙み締めることしかできず、あまりの恐怖でその場から動くことができなかった。
「た・・・たすけて・・・」
そんな時、弱々しい声が龍村の耳に入ったのであった。
彼は声のした方を見ると、赤ん坊を抱えた女性がいたのであった。
よく見ると、女性の足から大量の血が流れていたのであった。
「お願い・・・足を怪我して、ここから動けないの・・・せめて、この子だけでも安全な場所に連れていって下さい、お願いします。」
龍村は女性の声を聞き、我に返ったのであった。
「大丈夫です。俺が両方、助けますよ。」
龍村は勇気を振り絞り、赤ん坊を抱えた女性をお姫様抱っこしたのだった。
「このまま逃げましょう。」
「あ、ありがとうございます。」
お姫様抱っこをしたまま、龍村は全力で走った。
できるだけここから離れよう。その一心で彼は全力で走った。
「ここまでくれば、安心だな・・・」
充分に離れ、安堵した瞬間、目の前に男が飛んできたのだった。
「ガハッ!ほんとヘビーな状況だぜ。当たり所が悪かったら一発でお陀仏になるところだぜ。」
飛んできた男は「白銀の巫女」の攻撃によって、吹っ飛ばされた「辺獄」であった。
(なんてことだ。こんな状況で目の前にこの男が現れるなんて・・・。いや、今のこの男の状況なら逃げ切れるかも・・・。)
龍村は目の前に突然、「辺獄」が現れても、さきほどのような思考停止状態にはならなかったのである。
それもそのはず、確かに目の前にいる男は普通の人間ではないことは明確であったが、「白銀の巫女」の攻撃を喰らい、大きなダメージを負っているように見えたのであった。
実際に「辺獄」は吐血していたのであった。
「だが、今日は運がいい。こんなヘビーな状況でもまだまだ希望があるのだからな・・・。」
「辺獄」がそう呟いた瞬間、彼の姿が消えた。
「なッ?!」
突然のことに龍村は驚きを隠せずにいられなかった。
そして、背後から何者かが彼の肩を触れるのであった。
「?!」
龍村はすぐさま背後を振り向いた。すると、そこには下衆な笑みを浮かべた「辺獄」がいた。
「バカな!いつの間に背後に!」
(そ、そんな見、見えなかった。こんな簡単に背後に回られるなんて・・・)
龍村は剣道をしていたこともあり、自らの目には自信があった。
だが、そんな自信を打ち砕かれ、目の前に立ちふさがっているこの男の恐ろしさを改めて、認識し、絶望するのであった。
抱えている女性が大声で何か叫んでいる。だが、龍村にはその声は届かなかった。
(もうダメだ・・・。こんな怪物から逃げれねぇ・・・)
もはや龍村には先ほどまであった勇気はすでに塵と化していた。
「がッ!」
(お、重い・・・身体がう、動かねぇ・・・ど、どういうことだ・・・)
突然、龍村の膝が折れて、正座状態になり、全身が鉛のように重く感じたのであった。
「ふぅ・・・全く俺の能力はライトに面倒くさいぜ。直接手に触れないと重さを変えることはできない、俺以外の生き物の重さを変えることはできない。が、使いこなせば、俺にヘビーな恩恵を受けさせてくれる。ハハハハハッ!」
「辺獄」は勝ち誇ったように高笑いをしていた。
龍村は自らの状況をほんの少し理解した。今、身体が重いのはこの男になにかされたということだと。
だが、ある疑問が龍村の頭を横切ったのであった。
「おや、『なんで俺の重さを変えることができたのか』みたいなことを聞きたそーな顔をしているな、お前。何、ライトな答えさ。俺はお前の『身体』の重さを変えていない。変えたのはお前の『服』さ。」
その言葉を聞き、龍村に抱え込まれている女性が急いで、彼の服を脱がそうとしたが・・・
「おーと、待ちな。あんたにはもっとヘビーなことを手伝ってもらうぜ。」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「辺獄」は躊躇なく、女性の腕を掴み、抱えている女性から赤ん坊を奪い、女性を地面に叩き付けたのであった。
(くそ!くそ!身体が動かせれば・・・畜生!)
目の前で行われた悲惨な景色に龍村は改め自分の無力感を嚙み締めていたのであった。
服が鋼鉄のように重く身体が動かず、服を脱ぎたいが重すぎて脱げず、何もすることができなかった。
「辺獄」は女性から奪い取った赤ん坊を地べたに置き、そのお腹の上に拳骨サイズの石を置いたのであった。
「おっと!巫女様、その攻撃は止めな。もし、おかしな行動をしたら、あの赤ん坊の上にある石の重さを何百倍にするぜ。」
「・・・ひ、卑怯者ッ!」
巫女は自らの攻撃で飛んでいった「辺獄」を追っていたのだが、予想以上に吹っ飛んでいたため、ここに来るまでに時間がかかってしまっていた。
巫女は背後から「辺獄」を打つために武器に光を収束していたのだが、「辺獄」の言葉を聞き、収束していた光を霧散させたのだった。
「ヘビーな判断だぜ、巫女様。それじゃ、次はその武器を捨てな。」
「そ、それは・・・」
巫女は一瞬、躊躇したのだが、
「おや、巫女様はあの赤ん坊がレクター博士好みのミンチになることをお望みかな?」
「くッ・・・この卑怯者!」
「辺獄」の言葉に巫女は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かばせながら、その手に持っている武器を迷いなく地べたに捨てたのであった。
バキッ!
その瞬間、「辺獄」は彼女が捨てた武器を踏み潰したのであった。
見るも無残な形になっていく彼女の愛用の武器。
「カハッ・・・?!」
「辺獄」の拳が巫女の鳩尾に入ったのであった。
彼女はあまりの痛みに地面に倒れ込み、悶絶していたのだった。
「ハァ・・・ハァ・・・オエッ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
さらに「辺獄」は悶絶している彼女の美しい白い髪を掴み、無理矢理立たせたのだった。
「ハハハハハッ!ヘビーな眺めだぜ、巫女様。魔力を放出するための武器を持たない巫女様なんて、ライトな存在だぜ。ハハハハハッ!」
「辺獄」は勝ち誇った高笑いを上げながら、彼女の身体に何発も拳をたたき込むのであった。
そのたびに彼女から痛ましい重い悲鳴とえずき声が漏れていた。
少女の身体をまるでサンドバックのように殴りつける「辺獄」、サンドバックのように身体を殴り続けられる「白銀の巫女」、龍村はこの光景をただ眺めることしかできなかった。
3分にも満たないこの残酷な現実は、永遠に続く悪夢としか感じられなかった。
「ハァ・・・ハァ・・・カハッ・・・ハァ・・・ハァ・・・オエッ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
突然、「辺獄」の猛攻が止まったのであった。
巫女は地面に倒れ込み、何発も殴られたことによるためか、吐血し、息も絶え絶えで、身体も痙攣していたのだった。
「バイザーのせいでその目元は見えないけど、口元から察するヘビーな美人と見たぜ、巫女様。そこでだ、そのバイザーを外して、俺の靴を舐めて、敗北を認めたら、俺の奴隷にしてやるぜ。ハハハハハッ!悪くねぇ、条件だろ、巫女様。」
地面で悶え苦しんでいる巫女の顔の前に「辺獄」は靴を差し出したであった。
「そ、そんなこと、するわけないでしょ、この外道!」
巫女は顔を上げ、凛とした声でそれを拒否したのであった。
その声には未だ彼女は諦めていないことは明白であった。
「ふぎゃッ・・・」
「おいおい、ヘビーに気に入らねぇな、その態度はよッ!」
「辺獄」は躊躇なく、彼女の頭を踏みつけたのであった。
「こうなったら、ヘビーなお仕置きが必要だな・・・」
彼女の頭を踏みにじりながら、「辺獄」は下衆な笑みを浮かべていたのだった。
「この『腰抜け』が・・・」
「あッ!てめぇ、今、なんて言った?」
「辺獄」の行動に龍村は思わず、声を零したのだった。
だが、その瞬間、先程まで龍村に見向きもしなかった「辺獄」が恐ろしい形相で彼を睨み付けていたのだった。
「ああ、もう一度、言ってやる・・・この『腰抜け』!」
「ああああん?!この俺のことを『腰抜け』だとぉぉぉぉ?!」
軽薄そうな雰囲気でどこかしら余裕を持った態度をとっていた「辺獄」が一変、これまでに見せたことのないような怒りの形相を浮かべていたのであった。
龍村は先程の巫女の凛とした態度に再び勇気を奮い立たせていた。
激変した「辺獄」の雰囲気には恐怖を抱いていたが、その勇気が消えることはなかった。
「誰もッ?!」
「カハッ!」
「辺獄」の拳が龍村の鳩尾に入ったのであった。
「この俺をッ?!」
「ぶッ!」
次は左ストレートが龍村の鼻に直撃し、
「『腰抜け』とは言わせねぇぇぇぇ?!」
「ゲホッ!」
最後に右フックが龍村の顔面に入り、ぶっ飛び、痛みのあまり地面で悶えていたのだった。
「ハハハハハッ!どうだ!参ったか!俺は『腰抜け』じゃねぇ!ハハハハハッ!」
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・そんなこと・・・これから消えるあなたにはもう関係ないことよ・・・」
「なにぃ!」
「白銀の巫女」が「辺獄」を羽交い絞めしていたのだった。
だが、「辺獄」は余裕の笑みを浮かべていたのであった。
「魔力を放出する武器をもたない巫女様に何ができるのかなぁぁぁぁ!その細い腕で俺の首でも砕くのかなぁ。それとも背中に当たっているその柔らかいおっぱいで何かしてくれるのかなぁぁぁ!」
「そんな軽口を言えるのはここまでよ。見せてあげるわ、私のとっておきの技をね。」
彼女は柔らかい笑みを浮かべていたのであった。
だが、その笑みにはなにかしら覚悟を秘めていたのだった。