万能鼻
「……え?」
歩みを止める。
ケガしてる? ドラゴンくんが?
「大変じゃん!」
私は振り返ると、慌てて未だに寝ているドラゴンくんの元に戻った。
「せめて、ケガ具合だけでも……」
そう思って見つけたケガは、想像を絶するものだった。
「ひどい……」
何かで刺された後にえぐられたのか、未だに血が傷口からあふれている。よく見ると、尻尾の毛もむしりとられたみたいになっていて、ぼろぼろになっていた。
私が気付かなかったのは、きっとドラゴンくんが隠そうとしていたからだろう。
だとしても、自分の欲望のせいでケガを悪化させたなんて……。
「最悪じゃん私!」
思わず叫ぶ。
そこで気付いた。
気付いて、しまった。
「もしかしたら、ドラゴンくんは……」
寝てるんじゃなくてケガのせいで衰弱しているんじゃ 。
そう考えたら止まらなかった。
早くドラゴンくんの怪我を治さなゃ!
「確かここに、アルバさんが持たせてくれた回復薬が……」
いざという時にとアルバさんが持たせてくれたバッグ。まさかここで使うことになるとは思ってもみなかった。本当にアルバさんには頭が上がらなくなってきたな。
ドラゴンに人間の回復薬が効くかは分からない。けど、これで少しでもドラゴンくんの傷が治ればいい。
「あった。これだ!」
小さな小瓶に入った緑に光る液体。最初、スライムかなにかと本気で思ったけど、どうやらこれがこの世界の回復薬らしい。効果はアルバさんが目の前で見せてくれた。
液体が傷口に触れた瞬間、逆再生みたいに傷が塞がっていくのはとてもすごかったな。
「いっ!」
瓶のコルクを抜こうと思ったら、ぴりっと手のひらに痛みが走る。よく見たら、手が擦り傷だらけになっていた。
うわ~血が結構出てる。
そうだ。さっき枝掴んだ時にケガしたの忘れてた。
まぁそんなのに構ってる暇は今ないけどね。
「あ~け~!」
思ったよりもきつく締めてあるのか、傷をおった手では開け辛いのなんの。それでも必死に引っ張ってると、きゅぽんという音と共にコルクが抜ける。
直後、液体が口から飛び出そうとしたので、慌てて口を手のひらで押さえた。
幸い中身はこぼれてなかった。良かった良かった。ぶちまけたら元も子もないもんね。
「あとは、これをかければ……」
と思った時、それは起きた。
ふたをしていた私の手のひらから滲んだ血が、瓶の中に入り込んでしまったのだ。
直後、瓶の中から眩い光があふれだした。太陽光みたいな、フラッシュよりも強い光。思わず目を瞑る。
『なになに!』
「わからないけど、まぶしい!」
目を閉じてもまぶしいって感じるなんてどれだけ強い光なの⁉
心の中で突っ込んでると、ふっと光か消えた。う~、目を閉じたままなのにチカチカする。きっと閃光弾とか受けたらこんな感じなんだろうな。
「液体こぼしてないよね……」
恐る恐る目を開ける。
色や物の形が全く判別できない、おかしな感覚の視界を瞬きをすることで必死に戻す。おかげでやっと視界が元の状態に戻ってきた。
「あれ……?」
確か、私が持ってた回復薬って、緑色していたはずだよね? 思わずまじまじと見つめてしまった。
「これ、どう見ても紫色だよね……?」
なにが起こったのか……私の持っていた瓶の中身がどきつい紫色に変わっていた。こんなゲテモノ料理みたいな色、初めて見たんだけど。においをかぐけど、なんとも言えない香りがするような……。
「まさか……腐った⁉」
私は思わず瓶を持っていない方の手で頭を押さえてしまった。
回復薬って血とか、人の体液が入り込んじゃいけないものだったの⁉
あ、けど不純物が混ざった瞬間にダメになるものもあるし、回復薬はその部類だったのかもしれない。だとしたら、とんでもないことになってしまった。
「これ、一本しかないよね」
バッグをひっくり返してみるけど、やっぱり一本しかない。
「どうしよ……」
まさかのドラゴンくんを救う手立てが断たれてしまうとは……。絶望以外のなにものでもない。
けど、このままこの子が苦しむ姿を見てるのは絶対に嫌だ!
「薬草を探す? けど、私そういうの詳しくないし……」
う~んと頭を悩ましていると、何故かアンズちゃんが地面に置いてある腐った回復薬の臭いを嗅いでいた。
って!
「アンズちゃんダメだよ! それ腐ってるから!」
アンズちゃんは犬だから、絶対に鼻が良い。そんな得体の知れないものの臭いなんて嗅いだら、それこそぶっ倒れちゃうかもしれない。
と思っていたら、
『カヤちゃん! これすごい!』
なんかとても高いテンションでぴょんぴょん跳ねてた。
……なにが起きたんだ?
「えっと、なにがすごいの?」
『これね、すごい回復薬の臭いに似てる!』
「すごい回復薬?」
「うん! えっとね。アルバが使ってた時は、腐りかけてた腕治ってたよ!」
「な、なんですと!」
これはビック情報だ! そんな医者を路頭に迷わす勢いの薬と私の体液入りの回復薬が同じ匂いをしてるなんて。
「けどこれ、私の体液が入っただけだから」
『だけど似てるの! アタシの鼻はおじいちゃんがポンポンしてくれたから本物なの! 皆じゃ探せない浮気現場もばっちりだし、財宝も探し当てられるよ!』
「なんたる万能鼻!」
時には浮気現場を暴き、時にはここ掘れわんわんで、金銀財宝ざっくざっく。
華麗なる美犬、アンズ! ここにあり!
うん! 一本ドラマが作れそうだね。
『だから、アタシの鼻は信用していいんだよ!』
「アンズちゃんは偉いね~!」
アンズちゃんを抱き上げて、血のついてない手の甲でうりうりと撫でる。
はぁ~手の甲でも感じるもふもふさいこうだわ~。