願ってもみない提案
「君は転移者……なのかな?」
「え?」
イケメンお兄さんの言葉に、私はぽかんと彼を見上げてしまった。
なんでイケメンお兄さんが、転移者なんて言葉を知っているのだろうか?
あれか、この世界には魔法みたいなファンタジーがあって、別世界の人間が召喚されたりっていう事があるのかな?
ほら、勇者とかの召喚ものって小説とかゲームもあるし。
「どうやらそうみたいです」
ここで嘘を言ったところで意味がないので、素直に答えると、
「え? そうなの! 本当! 本当に⁉」
って、やけに食いつかれた。
「は、はい」
「嘘だろ! 聞いた事はあったけど。……ってことは、それ神族からの手紙だよね!? ちょっと、いや、一文でもいいから見せてもらっていい!?」
「一文と言わず、全部見て下さい!」
目を輝かせているイケメンお兄さん。
え? これってそんなにすごい事なの? 当の本人はお先真っ暗で脱力してるんだけど。
「……なるほどね」
手紙を読み終わったイケメンお兄さんは、先ほどの明るい表情が成りを潜め、少し難しい顔をしていた。それもそうだ。自分で言うのもなんだけど、女性が身一つで右も左もわからない場所に放り出されてしまった状況を知ってしまったんだから。
かといって、イケメンお兄さんにたかろうとは思わない。こう見えても一応大人だからね。
「君の名前は、サヤマ……カヤだっけ?」
「はい。カヤでいいですよ」
「わかった。そういえば自己紹介がまだだったね。俺はアルバ。このヒツジウシの農場の管理をしている」
おお、若いのにすごいな。
これさ、テレビだったら、『さわやかイケメン管理人のいる農場』みたいな感じで売れそうだな。
「転移者ってことは、行く場所ないよね」
う! 痛い所をついてきた。胸が苦しいぜ。
「もしよかったら、ここに住まない?」
「え!」
思ってもみない嬉しい言葉に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
いやいや、狭山華夜! 今さっきイケメンお兄さん――アルバさんにはたからないって決めたばっかりでしょ!
けどさ、向こうが言ってきてるわけだし、そういう事ならいいんじゃないかな……と。だってさ、アルバさん優しそうだし。イケメンだし。目の保養だし。
「いいんですか? 私、お金とかそういうの全くないんですけど……」
会社用の鞄も一緒にこっちにきてれば何かしら珍しいものあげられたんだけど、今は身一つなんでお礼になるものを持ってないし。
「実はちょうど離れが空いてるんだ。家って人が入らないとどんどん劣化しちゃうから、君が住んでくれればこっちとしてもありがたい。それに、ヒツジウシがこんなに懐く子なんて見たことないしね」
言われて、私の足元にヒツジウシたちが沢山いることに気付いた。モフモフしたものがあたってると思ったら、この子たちだったのか。無意識にもふもふしてしまった。
「あと俺、昔膝を悪くしてて長時間動くことが出来ないんだ。だから、俺の仕事の手伝いをしてくれれば、ご飯と少しだけどお金も出すよ。どうかな?」
確かに衣食住があって、ヒツジウシの最高の毛並みを毎日もふもふできるなら、願ってもいない頼み。
ここは日本人大好きの遠慮をするところではない!
「ぜひもお願いします! あ、けど落ち着いたらきちんと働いて賃料払うので!」
「え? 気にしなくても大丈夫だよ」
「いやいや、社会に出た人間としてそこはきちんとしますよ!」
貰えるのはとてもありがたいし、遠慮なく受け取るけど貰ってばっかりじゃ申し訳ないしね。親しき中にも礼儀あり! これ重要!
「……分かった。それじゃよろしくね」
「はい!」
差し出されたアルバさんの手を私は握った。
硬くマメだらけの手は少しごつごつしてたけど、これがヒツジウシたちの最高の毛並みを作るためにできたものだと思うと、綺麗にさえ見えた。
そんな感じで、始まった異世界での生活。正直、右も左も分かってないけど、スタートの切り方は良かったと思う。アルバさんは優しそうだし、ヒツジウシはかわいいし、もふもふだし。
それだけで、不安なんてすぐに吹き飛んだ。今私の中にあるのは、冒険に飛び出すようなワクワクとドキドキだ。こんな気持ち、久しぶり過ぎて楽しくさえ思える。
やっぱり、こういうのは楽しんだ者勝ちだよね!