エイセルさん
「ああもう! 竜ちゃん!」
沈みながら、知らない声が聞こえたと思ったら、
「がう!」
いきなり首根っこを掴まれて、水から引き摺りだされた。
「え……?」
ぷら~んと物干し竿のかけられた洗濯物のように、手足をぶらぶらさせる。見上げると、呆れた顔のドラゴンくんと目が合った。
完全に馬鹿にされてる。
分かるぞ。これは言葉が分からなくても分かるぞ!
理不尽だとドラゴンくんを見つめていると、ぺしんと頭を叩かれた。
「たく、こんな浅い場所でなにやってるのよ! 人間族は死にやすいんだからしっかりしなさいよ!」
やばい! 人いたの⁉
「ごめんなさ……」
声がした方向を見た私は、言葉を失った。
「もぉ。今度から気を付けなさいよ」
そう語尾にハートマーク付きで答えてくれたのは、紫色のパンチパーマの女性? 男性? だった。
服装はヒョウ柄のシャツに、ピンクのタイツ。手には山菜たっぷりのかごを持ち、厚化粧の鏡みたいなどきつい化粧をしている。唇なんて、イチゴのように真っ赤でつるつるだ。
そんなどこぞのおばちゃんだという人が泉の上に立っていた。
……人って、驚きすぎると声、出なくなるんだね。
「あなたが異世界から来たカヤちゃんよね! 私はこの神秘の泉を守ってる神族、エイセルよ」
「えぇ!」
「神族を直接見るのは初めてでしょ? 驚くのも無理ないわよね」
いや、神族にじゃなくてあなたが神族なのに驚いたの。
なんて、口が裂けても言えない。
って、今はそこが重要じゃない!
「今、神秘の泉って言いました⁉」
「そうよ。ようこそ私の神域へ」
おばちゃ……げふん。
エイセルさんがそう言った瞬間、あれほど濃かった霧が一瞬で晴れていく。
突然降り注いだ日差しに目を細めながら改めて辺りを見回した私は、目を見開いた。
目の前には、大きな泉があった。
底が見える程、透き通った水。中心に湧き上がる水柱は宝石のように輝いていて、とても綺麗だった。
これぞファンタジー世界。そんな景色が私の眼前に広がっていた。
「すごい……」
無意識に出た感激の言葉。そこまで目の前の光景は、美しく、壮大で……私の語彙力では表現できない程、素晴らしいものだった。
「それは私が手間暇かけて作り上げた空間だからね。すごくて当然よ」
「すごい、すごいです!」
テンションが上がりすぎてドラゴンくんに咥えられながら、ぶらぶらと体を揺らしてしまった。こんなに感動したのは、久々だ!
あとは、エイセルさんがこの空間に相応しい、清楚な感じだったら最高だったんだけどね!
「うふふ! そんなに褒められると照れちゃうわ~」
赤く染めた頬に両手をあてくねくねしてる姿は、思わず目を反らしたくなるほど壮絶なものだった。
……う。これ以上は流石に精神的にキツイ。
「あ、あの、エイセルさん! 私従族を貰いにきたんですけど」
「そうだったわね! ごめんなさいねぇ~、人間族がここに来るの久々だから、浮かれちゃった!」
「あはは……そうなんですね」
「私、自他称認めるおしゃべりなんだけど、おしゃべりしたいが為に人間族と頻繁に交流してたら、構いすぎ~って上に怒られて、ここから動けないようにされちゃったのよ。もう、やんなっちゃう」
「へ、へぇ~」
エイセルさんには悪いけど、なんか分かるような気がしてしまった。
私ならこの顔を毎日見るのは正直辛い。
エイセルさんの上司、グッジョブ。