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道路標識がくねくねと絡みついてくるので。

作者: 佐々雪

 彼は、わたしが作ったカレーを、おいしいって言って食べてくれました。あまりにもおいしそうに、にこにこと食べるから、あたしもにこにこしてしまっていて。それで、勝手にしあわせになっていました。


 でも、彼はほんとうは、カレーは嫌いだったみたいです。彼が帰ったあと、ゴミ箱の中に私が作ったカレーが捨てられていました。私のカレーをにこにこと食べてくれる男の人。そんな人は、ほんとうは、実在していなかったということです。そのことが、きっと、悲しかったのだと思います。わたしのあたまのなかで、一人で遊んでいただけでした。そういえば、わたしは、うまれたときから、ずっとひとりでした。そのことを、いつも忘れてしまうのです。だから、誰にとってもよくないことが起こるのです。


 大学校は休まないと、だめでした。冷蔵庫のお寿司が、まもなく賞味期限をすぎてしまうので。空気を変えるために窓をあけると、冷たい風がほっぺたをかすめて、他人みたいに通り過ぎていきました。窓からみえる景色の、どれだけが実在しているのだろうと思うと、少しだけこわくて。思わずカーテンをしめてしまいました。


 しかも寝室にいくと、床中がどんぐりでうめつくされていました。これにはわたしも困りました。足を踏み入れると、膝下くらいまでびっしりとどんぐりなのです。


 なんでこんなことに……と呆然としていると、部屋のすみにいる小りすと目が合いました。


「こらあ、だめじゃあないの!」


 わたしが怒ると、子りすはびくっとして、すぐに涙目になりました。子りすは気が弱いのです。


「子りすさん、どうしてこんなことするのよう」


「それは私が説明しましょう」


 そういってベッドの中から出てきたのは、中りすでした。

 中りすは沈着冷静な口調で、わたしを諭すようにいいました。


「いいですか。この中に一つだけ、金色のどんぐりがあるのですよ」


「ちっとも良くないわよ。だから、なんだっていうのよう」


「この子りすは、あなたに金色のどんぐりを見つけて欲しかったのですよ」


「大きなお世話よう。わたし、金色のどんぐりなんて、ちっとも欲しくないし、欲しいと思ったことなんてないわよう。なんでわたしが、金色のどんぐりを見つけなきゃならないのよう!」


 すると子りすが、おずおずと話しました。


「あのう……金色のどんぐりで作ったカレーは、とてもおいしいといいます……」


「だからなんなのよう」


「レシピサイトで、『金色のどんぐり』、『カレー』で検索してみてください。レビューと評価が半端ないんです」


 どれどれ、と思いスマホで調べてみました。

 すると確かに、どのレシピもレビューと評価がダントツに良いのです。


「あのう……このレシピなら、カレーを好きになってもらえるかもしれないです」と、子りす。


「彼はカレーがきらいなの。だから、きっとだめよ」


「あのう……とても言いにくいのですが、あなたのカレーが美味しくないだけかもしれませんよ。作ってみないと分からないと思います。やるだけやってみませんか?」


 むむむ、とわたしは思いました。

 何を作ったところで、きっとうまくいかないだろうと思いました。しかし、子りすの涙目です。中りすは心配そうに子りすを見ています。


「分かったわよう。探すわよう。探してカレー作るわよう! でもこんなにたくさんの中から、見つけられないわよ。何かヒントを頂戴よ」


「金色のどんぐりは、暗闇でぼんやり光るんです。だから、電気を消して探すと見つかりやすいですよ」と、中リス。


 わたしは早速、部屋の電気を消して、どんぐりを両手にすくって、天井に向かってばらまきました。じゃらじゃらじゃら、と心地よい音がして、ばちばちばち、といいながら落下しました。


 そのじゃらじゃらとばちばちばちを何度も、何度も繰り返しました。繰り返しながら、彼の笑顔を思い出しました。ゴミ箱のなかでゴミと交わるカレーのことも。つないだ手のあたたかさ。彼のくれた気の利いた冗談も。カレーが美味しくないなんて、気づかなかったな。考えたこともなかったから、考えることがきっとたりなかったんだな。


 いや、いいんだ。余計なことは考えなくて。今は金色のどんぐりを見つけ出して、おいしいカレーを作ることだけを考えよう。


 じゃらじゃら、ばちばちばち。


 でも、わたしが一人で遊んでいるあいだに、どんな気持ちでカレーを食べてくれていたのだろう。


 じゃらじゃら、ばちばちばち。


「あっ……」


 放りなげたどんぐりのなかに、ひとつ光るものがありました。それは天井からゆっくりと落ちてきて、蛍が呼吸するように光の強さを変えていました。それはゆっくりと、わたしの手のひらの中に落ちてきました。そっと握りしめるとほんとりと温かく、胸に近づけるとじんわりと暖かくなりました。


 わたしは金色のどんぐりを握りしめると、そのまま家を飛び出しました。人っ子一人いない、静かな深夜でした。わたしは走って、彼の家に向かいました。


 しかし、それをはばんだのは、道路標識でした。速度制限。一時停止。止まれ。徐行。進入禁止。そして一方通行。道路標識たちは、わたしの姿を見つけるやいなや、くねくねと身体をまげてわたしに絡みついて来ようとするのです。わたしはこういう人たちを、偉いと思ったことなんてちっともないのです。わたしは、行きたいところに、行くべきところに、行きたいように行くのです。ですのでわたしはそれらを交わしながら、なんとか彼の家までたどり着きました。


 わたしは彼の家の光にみつからないように、人知れず彼の庭に入り込みます。そして、そっと金色のどんぐりを、庭に埋めました。光がこぼれてしまわないように、たくさん土をかけて。ぽんぽんと叩き、手を合わせました。


───大好きな人に、たくさんの幸せが、訪れますように。


 そんな念仏を唱えながら、わたしは蛍をお弔いしたんです。


 でもこれって、不法侵入なんですよね。何かいいことしている風ですけど。でもまあいいかと思ってしまったんです。だってまあ、深夜テンションでしたし。まあいいと思うんです。




めでたし、めでたし。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 目の前では食べて貰えるけど、裏ではっていうのを知ってしまうと切ないですねぇ。 というか、カレーどこいったwww 彼の家の庭に金色のどんぐりの芽が出て大きくなって実を付けて、大量に金色のドン…
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