【こんな、お誘い】
「ということで、私と一緒に来てください」
「いや、だからそれ、訳わかんないから」
「…………いいですか? これで三度目です。あなたのその耳、このピンと尖った私の耳と交換して差し上げましょうか!?」
「いや、アンタのその姿、“借り物”なんだろ? 勝手に寄越すなよ」
「言葉の綾を突かないでください。本当に融通の利かない思考の持ち主ですね、あなた」
「人語を話す“鹿”に諭されるのを受け入れているオレは、十分柔軟な思考を持っていると思う」
「でしたら、そのまま素直に現状を受け入れてください」
「というか、オレはまだ困惑しているだけで、現状に納得はしていない」
「ですから、三度も説明したではないですか。三度も!
その通り、この姿は借り物です。慣れない姿で、今から四度目の説明をさせられる私に、申し訳ないという気持ちはないのですか?」
「それはそっちの都合であって、オレには全くもって関係のない話」
「この姿をお貸しくださったのは、こちらの神なのですよ? でしたら、あなたにも私を敬う義務の一欠片くらいはあるでしょう?」
「……オレはいま、猛烈に建御雷命様に物申したい」
「なんとも不遜な。畏れ多くも、この世界をお守りくださる神々に文句を申すとは」
「異世界から現世の人間を《拉致》しにきたヤツの提案を受け入れて、ホイホイ神使に憑依させるのは、神様であっても共犯者」
「拉致とは失礼な。我らが世界に必要な神託の勇者とはいえ、いきなり略取するのは失礼とのことで、我らが御神が礼を尽くしてこちらの神々に筋を通されたというのに。
いいですか? 私はあなたのいう“異世界”から御神によって正式に遣わされた使者であり、この姿はこちらの神使。双方の神々によって認められた、栄えある御遣いなのです! そもそも私は、誉れ高き賢者の血筋であり――」
「ストップ、ストップ、また脱線。アンタのことなんて、今は聞いてねえよ」
「アンタとは何ですか、年長者に向かって」
「今の姿は、ただの鹿」
「ちゃんと名乗ったでしょう! 我が名はスタグ・ディア・ハート、栄えあるハート家の――」
「…………うん、全力で『自分は鹿』だと名乗らなくてもいいから」
「どういう意味ですか、それ」
「ともかく。オレは現世で真っ当に生きたい人間なの。いきなり異世界の勇者なんて言われても、知らね、行かね」
【写真撮影データ】
撮影時期:2017年10月
撮影場所:春日大社参道(奈良)
撮影機材:コンデジ撮影(SONY Cyber-shot HX60V)
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【お題】『会話文だけで書く、冒頭』(自主課題)
某「書き出し祭り」用の没ネタ供養その1。
異世界召喚系のネタに従って書いてみたけれど、やはりこの手の話は自分に合わないことをシミジミと感じました。よって冒頭部分をネタはそのままに、「会話文だけの描写」訓練としてリライトしてみました。
タケミカヅチ様の罰が当たりそう……。




