【そこにだけ在る】
カサカサと枯れ葉を散らし、軽い足音が近づいてきた。
村はずれの森の奥。山の幸を求める人や獣も寄りつかない、静かな森の奥深く。下生えもなく拓けたその一角に、その樹は在った。
うっそうと茂る木々は少しずつその葉を落として大地を覆い、柔らかな褥を敷き詰める。小暗い景色が不意に晴れたその先に、光が差し込む空間が広がる。
大きな樹がそこに在った。
眩しいほどに色鮮やかな赤い葉を茂らせる、大きな樹。
周囲が鈍色の空だけを透かし白く染まる時も、淡く輝く新緑を萌え出づらせる時も、深く艶やかな緑が濃い影を落とす時も、今のように大地を温め黄金色に覆う時も。
その樹はいつも赤い葉を茂らせ、そこに在った。
「やあ、来たね」
軽やかな足音がその樹の側で立ち止まると、長く真っ赤な髪をなびかせた青年が姿を見せた。
彼は、この紅樹の精。この森の守護者。
そのにじみ出る太古の力を畏れることなく、足跡の主は柔らかな笑みと声で答えた。
稚い声と姿の少女は彼の樹の根元にしゃがみ込み、側に立つ彼を眩しそうに見上げる。
少女は森の捨て子だった。遠くから何も分からず連れてこられ、ただ震え泣きながら彼の樹にたどり着き、そして彼に出逢った。
精霊は本来、守護するもの以外には何も為さない。森を守る彼が人の子を拾い、その命を救ったのは何故か。それは少女には分からないことだった。
その身を温められ、安堵を与えられ、やがて彼が指さす先に生じた道をたどって少女は村にたどり着いた。そこで新しい生活を始めた。
森の巫女。そう呼ばれ、大切にされ。
彼と同じ赤い髪の少女は、過去を忘れて日々を生きる。
三日に一度森に通い、彼と語らい側で過ごす。
紅樹の精が少女に望んだことは、ただそれだけだった。
たわいも無い、側にある人々の暮らしを。
時に伝え聞く、遠い遠い地の暮らしを。
少女がその目で見て、その耳で聞き、その心で感じたあらゆることを。
精一杯に言葉を紡ぐ少女の髪を撫でながら、彼は穏やかに微笑みながら耳を傾ける。
守護者の樹は、そこに在る。
森に根を張り、枝を伸ばし。その場に在り続ける。
どこにも行かず、どこにも行けず。
そこに在るものしか見えず、聞こえず、感じられず。
守護者はただそこに在るだけだった。
今は違う。
知らないことをさえずる、温かな声。
少女の幸福も、彼の幸福も。
そこにだけ、在るのだった。
【お題】
『可愛いらしいファンタジー』(小鳩子鈴さまより)
……コレじゃ無い感満載なので、近々リベンジします……。
【写真撮影データ】
撮影時期:2017年11月
撮影場所:梅小路公園(京都)
撮影機材:コンデジ撮影(SONY Cyber-shot HX60V)