【虹を追いかける】
湖面を渡る冷たい風が、頬を赤く滲ませた。さっきまでかかっていた雲が少しだけはれ、うっすらと白いものを被った山嶺が、静かに自分を見下ろしてくる。
冬が近づいている。
鈍色が混じる雲間から忙しなく切れ切れに届けられる陽光だけでは、なかなか身体は温まらない。青い空と鈍色の雲、ときおり運ばれる冷たい滴は、時雨の欠片か、水のしぶきか。湖岸のベンチでぼおっと呆けながら、波立つ湖面に想いをはせる。
うねり、ざわめく水面。自分の心と同じように。
何が、と問われても答えられない、曖昧で漠然とした心のうねり。
不安、憂虞、焦燥、諦観……どれでもなく、全てである。
仕事だって、人間関係だって、大きなトラブルがあったわけじゃない。変わらぬ日々を変わらぬ流れで繰り返し、いつの間にか過ぎていく日々。
だからだろうか。“代休”なんていう「常ではない日」をもてあますのは。
誰も居ない晩秋の岸辺。鈍色の空と湖面は、自分の心を無彩色に染める。
――ああ、世界はこんなにも味気ない。
あくびをした拍子に風が吹き付け、文字通り砂を噛む。ジャリっとした感触に渋面し、頭を垂れて足下につばを吐く。広がる地面は、よどんだベージュ色。こんな所まで味気ない。
と、首筋に熱を感じた。屈み込んだ自分の影が、枯れ草の上に濃く落ちる。その陽光に照らされて、名前も知らない小さな白い花が靴底から顔をのぞかせた。その上を、飴色をした蟻が行き過ぎる。
「おかーさん! にじ! にじ!!」
甲高い子どもの声が響く。バサバサとジャンパーの裾をなびかせて、ベンチの脇を小さなつむじ風が通り過ぎていった。
「にじのねっこ、はっけん!! いちごうき、ついせきします!!」
飛行機のまねだろうか、両手を水平にあげて幼児が湖岸を駆け抜ける。
視線をあげた先で、波打つ湖面に幾筋も射し降ろされる光の槍。雲間から延びる光芒が、キラキラと波間を彩る。
そこに、半円を描く七色の帯。
七筋の光に向かって、走り出す小さな背中。
鈍色の空へと結ぶ、色鮮やかな光の橋。一つ、二つ、七つの色を重ねて繋がる刹那の架け橋。
はじけ飛ぶような歓声。軽やかな足音。陽光に照らされ輝く、花咲く笑顔。
――ああ、世界はこんなにも美しい。
ベールを剥ぐように彩られた光景は、いつもと変わらずそこにあった。
【写真撮影データ】
撮影時期:2017年11月
撮影場所:琵琶湖湖畔
撮影機材:コンデジ撮影(SONY Cyber-shot HX60V)




