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乱世の街  作者: ネタヌキ
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グッバイ

 初めまして。今回初の投稿になります。お菓子を食べながら読めるような簡単な話にしていく予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

 誰かがやってくれる。誰かが守ってくれる。

 ――――そんな当たり前だった日常は、呆気ない程簡単に崩れ去った。

 何てことは無い一日だったのだ。今日という時間は。

 母が作った朝食を頂き、常に無表情のような父に笑顔で挨拶し、そして学生鞄を持って家を出た。

 早朝の通勤ラッシュでうんざりするような溜息を吐き、手元の携帯でゲームをして、学校に近い駅で降りてからは同じ学生服の生徒を視界に入れながら学校に辿り着いた。

 そうして朝礼が始まり、授業が始まり、部活をせずに帰って勉強をする筈だったのだ。

 

「それが……どうしてッッ」


 手元の携帯からは避難警報の音が鳴る。

 日本国民全員に鳴るよう用意されたそれを耳に入れつつも、俺はそれにまったく意識を向けられなかった。

 呆然と立ち尽くす。視界の外にあるのは一枚の窓ガラスであり、その先は外だ。

 俺と同様の事態に陥っている生徒の皆は悲鳴やら怒声やら逃げるやらで大混乱となり、誰もが自分だけでも助かろうと必死だった。

 だが、原因は外にある。無暗に外に出ようとすれば、警報が鳴る原因に殺されるだろう。

 時は2029年。科学技術が発達したこの時代において、警報が鳴るような要素は当たり前にある。

 しかし国民の誰もが、ましてや外国の誰だってこんな事が原因で警報が鳴るなどとは思っていなかっただろう。

 

 それは俺も一緒である。

 こんな風景を間近に見る事になるのであれば、最初から家に引き篭もっていたに違いない。

 母や父に扉という扉を閉めさせ、備蓄の続く限り籠城をするのだ。それで尽きたら、その時はいよいよ死を覚悟するのだろう。

 そう、死だ。普段ならば何処にも転がっていないようなその言葉が、今は目と鼻の先に居る。

 教室の窓からは街の様子がある程度見渡せるようになっていて、その画面を占める七割は炎と煙だ。

 時折何らかの生物と思わしき――――否。化け物のような存在が咆哮をあげていた。

 転がる死体の群れは百は二百ではない。最早街中の人間が死滅してしまったのではないかと錯覚するような光景に、思わず尻をついてしまったのは仕様が無いだろう。


 一体何が起きたのだろうか。

 一体どうしてこうなったのだろうか。

 被害は?怪物の数は?何処までこんな被害が広がっているのだろうか。

 警報が鳴ったということは、広範囲に似たような状況が誕生してしまったという事だ。ならば死傷者の数も当然並では済まず、本当に街単位で人が消えている可能性もあった。

 出現は真実、唐突そのもの。

 街中を歩いていたら通り魔に襲われたような感覚で――今日この日から絶望は始まった。


「――全員落ち着けェ!」


 太く強い怒声が教室を突き抜ける。

 その声に全員が顔を動かせば、入口に立っていたのは体育の教師だった。

 授業中だったのか紺のジャージで構成された上下は皺だらけで、恐らく他の生徒達にもみくちゃにされたのだろうと予測出来る。

 顔中から汗は流れ、目は血走っていて、とてもではないが平時の顔ではない。

 いっそ不審人物と評した方が良いくらいであり、しかしこの教師の言葉によって騒ぎが終わったのは喜ばしいことだった。

 体育教師は落ち着いた教室内で静かに避難の指示を告げる。

 

 俺達は二年。その避難場所は屋内ではなく屋上だ。

 普段は禁止されているそこを避難場所にするという事は、既に何かしらの動きが教師陣の間で始まっていると見て間違いあるまい。

 もしかすれば警察関係も既に動いている可能性があるが、しかし一学校程度に割ける人数は少ないだろう。

 そもそも、始まったのは十数分も前。まだ行動を起こしたとしても準備すら終わっていない筈だ。

 疑問はしかし、教師の力強い声によって強制的に潰された。

 黙って行けと指示を下す声は普段であれば業腹ものだが、今では頼もしくも映る。

 一部では気を取り直した生徒が友人数人を連れて一緒に行く光景が見え始め、それに連鎖するが如く皆も向かっていた。

 

 俺もその後に続いて一人で階段を上る。

 高校生活において、俺の日常は一般的に見るのであれば暗いものだ。

 友人ゼロ。知人が数人。味方をする人間はおらず、空気という二つ名が実によく似合う。

 これといって主張らしい主張をした覚えもなく、流され人生とは正にこの事を言うのだろうと常に世の中をマイナス的に見ていた。

 好きになった女子も居ない。というか、頑張るだけの何某かも無いのだ。

 あるとすれば両親への恩返しくらいで、個人的な欲というものが酷く希薄だった。

 つまらない人間だ。極めて価値の低い人間だ。

 その結論に行き着くのは半ば自然な流れであり、されどそれを表に出しては家族に迷惑が掛かってしまう。

 だから空気として無難な道を選んだ。結果としてそれが現状プラスになったかどうかは定かではないが、親に迷惑を掛ける事態は避けている。


 このままいけば社畜として無事に過ごしていけるだろう――――そう考えた矢先だった。

 階段の壁に嵌まったガラスを見る。外では今も爆発が続き、既に学校の校門にまで化け物が迫っていた。

 爬虫類のような鱗を持った、トカゲを二足歩行にした存在。空想にしか出現しないような巨大な蜘蛛。

 数にして十数体といったところだ。

 人間が勝てるとはとても思えない戦力に、恐怖などという概念は最早吹っ飛ぶしかない。

 ……ああ死ぬのだと。そんな悟った心境になるのに一時間も必要ではなかった。

 それでも階段を上ったのは、本能が生きようとしていたからか。

 

『……よいしょぉ!!』


 長い間屋上を使ってこなかったのか、3人がかりでなければ扉は開かなかった。

 一人は扉に身体を叩き付け、それで漸く何も無い平らな屋上に到達したのだ。

 最初に到着したのは我等が二年B組。全部で四十人は居た生徒数は逃走によって三十人程度にまで落ち、その生徒がどうなったのかも最早不明のままだ。

 扉が硬かった故に教師の姿も無く、恐らくは他のクラスにも避難の呼びかけを行っているのだろう。

 それが終わるまで。或いは屋上に何かしらの動きがあるまでは変化は無い。

 恐怖と不安に支配された同級生は外の様子に目を移し、何かを発見したのか目を見開いた。


『おい!あれ佐々木じゃねぇか!!』


 佐々木。それは同級生の佐々木望か。

 成績優秀スポーツ万能。所謂完璧超人とも言える姿の為に人気となったあの男は、どうしてか学校の外を走っていた。

 いや、見る限りでは単に走っているのではない。

 呼吸を激しくし、顔を常に何処彼処に向ける。振った両手足の幅は大きく、後先を考えない様からは焦りも伺える。

 あれはきっと逃げているのだ。誰よりも先に安全圏を目指そうと行動したそれは、つまるところ周り全部を最初から大した存在として見ていない事を示唆をする。

 

 友人と思わしき人物が必死に声を送ってもまったく意識を傾けない。

 ファンのような女の子が耳に五月蠅い程に呼んでも、警戒感を増やすばかりで探そうともしない。

 つまり、自分以外は全員敵だと彼は考えている。

 そして、一人で訳も分からず行動しているからこそ当然の結果が待っていた。

 学校を囲む緑のフェンスを突き破って出現したのは銀色の杭のような足。その足だけで佐々木望以上の巨大さを誇り、更にそこから顔を出した黄色の丸みを帯びた頭部が彼を捉える。

 例えとして表現するのであれば、それはまるで亀だった。

 足は杭のように鋭い所為で一見すると蜘蛛にも見えるが、足と頭部が接続している部分に六角形の黄色の甲羅がある。

 その亀擬きは彼を見て、さながらスッポンのように首を伸ばした。


 驚きの声を上げる間もない。

 最後の断末魔も無く、佐々木望の身体は亀擬きの口の中に入っていた。

 唐突な死。知っている人間が死んだという事実に、悟っていると語った俺も驚愕している。

 咀嚼音が嫌という程生々しく、口の端からは彼の血液だろう赤い水が垂れ落ちて止まらない。満足そうに一回頷き、されど次の標的を探しに今度はグランドの方向へと亀擬きは歩いて行った。

 

『――なんだよ、あれ』


 クラスメイトの誰かがそう言う。

 しかし、解る者など居る筈もない。こうなるだろうと誰も予測出来てなどいないのだから。

 今の俺達に出来るのは怪物達が此処に来ないよう祈ることだけ。そうしなければ、精神がまともでいられなくなる。

 この環境は異常だ。過去に起きた大震災時でもこの異様さは無かっただろう。

 あちらは自然災害故に納得出来る部分がまだある。だが今回は、まったく未知の生物にコミックよろしく人類が侵略されているのだ。

 自衛隊とてこのような事態を想定してはいないだろう。

 それだけに、今後の未来は暗い。まるで勝てそうな気がしないのだから。


 硬い扉が開く音がする。

 全員の聴覚が敏感になり過ぎているが為に、皆の視線は一直線にそこに向いていた。

 怪物ならば絶望。人ならば取り敢えず安堵。――――もっとも、既にこの状況では詰みなのだが。

 現れたのは先程会った体育教師。皺だらけの服で汗を垂らしながら、無駄に膨張した肉の塊が一歩出る。

 

『全員、まだ無事か』


 声には、明らかに不安の色があった。

 そもそも他の生徒の避難誘導の為に彼は駆け回っていた筈だ。それが彼一人であるということは、言葉に従ってくれなかったか、或いはもう虐殺が始まっていたか。

 数多くの死体を見たかもしれない体育教師の為に、誰かは無理矢理にでも笑みを浮かべた。

 大丈夫ですよ。確かに居ない奴はいるけど、今はまだ無事ですから。

 そういう言葉を言おうとしていたのは間違いではなく、だからこそ体育教師の背後に煌めいた光にそのクラスメイトは目を見開いた。

 

『そうか。そいつは良かっ――』


 一瞬の煌めき。

 されどそれは横に動く。体育教師の首を切断するように、端と端で一瞬ずつ瞬いた。

 

 

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