4.元カレ
彼に出会う前にも、男の子と付き合った事はあった。
「さくら、男に免疫なさ過ぎ。そのまま大学行ったら、変な男に騙されちゃうよ」
高校の終わり、当時一番仲の良かった女の子から言われて紹介されたのは、6つも年上の大学院生の男の子だった。
女の子と付き合うのは私が初めてだという、穏やかで優しい人だった。
何を話していいのか分からなかったから、買ったばかりというスポーツカーの助手席で、いつも世間話をしていた気がする。
「さくら、何考えてるの?」
唇を離しながら、彼が拗ねたように私の目を覗き込んだ。
「他の男の事、考えてただろ?」
「え! なんで!?」
慌ててドギマギと聞き返すと、
「ウソ、マジで!?」
と彼はがっくり肩を落としてため息を吐いた。
会社では頼りになる上司だったのに、私の前ではとっても子どもっぽい人。私にしか見せてくれないそんな素顔が大好きだった。
「で、それは、どんなヤツ?」
彼は私のほっぺたに手を当て、私の顔をじっと覗き込んだ。
「まさか、会社の誰か!?」
「修一くん、……もしかしてヤキモチ焼いてるの?」
私が聞くと、彼はぱくっと私の首筋にかみついた。
「……あん」
変な声を上げてしまい、真っ赤になる。
「もう!」
「お嬢様学校育ちのこの世間知らずが、どこで、男と知り合った? ん?」
彼の舌はそのまま首筋をゆっくりとなぞり、私の耳たぶにとやってきた。
「……ん、やぁ」
「嫌だったら、正直に答えなさい」
「わ、私、隠してなんか……んっ、あん」
彼は私の服のボタンを器用に、しかも素早く外していく。
「だ、ダメ、修一くん」
「何がダメ? 君は俺の婚約者でしょう?」
「そ、そうだけど」
「結婚するってのは、こう言うことをするって事だよ。知ってるよね、さくら。ん? 一体、何がダメなの」
そう言いながら、彼の手は、ボタンを外した隙間から、胸元へと進入してきた。
「……ん、あぁ」
「さくら、愛してる」
彼が私の唇をふさぐ。
むさぼるように、私の舌を吸いながら私の胸をゆっくりともみし抱く。
「……あ、ん。だ、だから……」
「もう言葉はいらないよ、さくら」
「ああっ……ん」
言おう言おうと思って口を開く度に、彼に言葉を止められる。
しかも自分から聞いておいて言葉はいらないって何よ。そう思いながらも、思考はすっかり散漫になり、彼に触れられたところの熱さばかりに意識が向かってしまう。
もう私の理性も限界だった。
誘惑に負けて、何もかもゆだねて、彼に身を任せてしまうまで後数秒……というところで、ドアがノックされた。
彼がハッとして私から飛び退いた。
「さくら、修一さん? そろそろ、お食事に出ようと思うから、降りてきてね」
「……は、はい!!」
裏返った声。
慌てて両手でかき合わせたブラウス。
ドキドキ、ドキドキ。心臓バクバク。
ママは何を想像してか、親切にもドアは開けずに、
「下でパパと待っているからね」
とだけ言って、また一階に戻っていった。
足音が十分に遠ざかってから、彼がフウッと大きく息を吐いた。
「……悪い。忘れてた」
返事代わりに、彼の胸板にコツンと頭をぶつけてみる。
私も我を忘れかけていた。後少し、ママが来るのが遅かったら、うっかり事に至っていたと思う。
彼は申し訳なさそうに私のブラウスのボタンを留めてくれた。それから、目元に優しくキス。頬に手を当て涙の痕を親指の先でなぞった。
「髪の毛と化粧、直しておいで。……泣かせてごめん」




