2.思い出
「乗馬部ってのがあったんだけどね」
「乗馬部!! さすがセレブな香り」
え? そこで反応するの?
思わず言葉を止めて彼の顔に目をやると、彼も私の顔をまじまじと見返した。
「もしや、続きあった?」
「うん」
「どんな?」
「友だちの友だちが乗馬部に入ってたんだけどね、契約してる乗馬クラブまで通って活動するんだって話から、馬はそこのを借りるのって聞いたら、この前買ってもらったって言ってて、」
彼はぽかんと私の顔を見た。
「……馬、買ってもらっただぁ!?」
「うん」
「ありえね~!」
「そうだよね~。私も驚いたよ。馬なんて高いでしょうって聞いたら、車一台分くらいだからって言われてさ」
「それって大学の時?」
彼は恐る恐るという様子で私を伺い見る。
「中等部の時」
「うわーー! 何それ! 中坊に車一台分の馬買う!? ……どーせ、乗馬でオリンピック目指すってような部活じゃないんだろ?」
「見たことないけど、多分」
「あー、ホント、信じらんねー! マジ、お嬢様学校、おそろしー! ……で、次は?」
彼はふうと大きく息を吐くと、ニヤニヤ笑って、また私を見た。
「え? もうないよ」
「いやいや、そんなはずはないだろ?」
ほら、思い出せと彼にほっぺたをびろーんと引っ張られた。
「やーめーれー」
「思い出した?」
変な声を出すと、彼はようやく手を離してくれた。
「し、絞り出す」
ほっぺたをさすりながらそう言うと、くすりと笑われる。初めてあった頃は、こんなヒトだなんて思いもしなかった。
イケメンで仕事できて人当たりもいい素敵な人。だけど、うんと年上の上司だったし、彼と付き合う事になるなんて思いもしなかったし、付き合ってみるまで、こんな風にフランクに話す姿なんて想像もしなかった。
早く早くと期待に満ちた表情で、彼は今、私の言葉を待っている。
「……ああ。家に電話したらお手伝いさんが出て、『お嬢様はただいま出かけておりますが』って言われたとか」
「わお、定番だな!」
「でも、家にお手伝いさんがいるってお家は珍しかったよ。その子、隠したかったみたいで慌ててたんだって」
「そんなもん?」
「さあ?」
言うと、彼は苦笑した。
私があまり人付き合いが得意じゃないのを彼は知っている。元々は、人間ってものにあまり興味がなかったって事も。
そんな話をしたのも彼がはじめて。誰にも見せたことにない自分を、まさか彼に見せる日が来るなんて、あの頃は思ってもいなかった。
「で、それから?」
「ええ~。まだ聞くのぉ?」
「さくらの全てを知りたいんだ」
「嘘ばっか」
「嘘じゃないさ」
彼はそう言うと、私のほっぺたにそっとキスをした。
そのまま、腕を引っ張られて、彼の足の間に座らされた。
「で?」
本当に諦める気はないのね。
でも、私を抱きしめながら、耳元で囁かれると、答えないわけにもいかない気分になる。
「こんなの別に珍しくもないかもしれないけど……」
「うんうん」
「高校の選択授業で食物取ったんだけど、世界各国のお料理の歴史とかマナーとか色々勉強したのね。で、先生がせっかくだから実習しましょうかって、みんなで料亭に会席料理を食べに行ったよ」
「……おいおいおいおい。高校生が授業で会席料理かよ」
「先生がね、お皿の並べ方とか、出てくる順番とか説明してくれたり……」
「はあ。すげーわ、やっぱり。参考までに、選択授業ってのは、他に何あるの?」
「え、色々」
「例えば?」
「お嬢様学校っぽいのでしょう? ……なんとか流礼儀作法とか、お茶とかお花とか、後、ドイツ語、フランス語、中国語」
「ほえー。礼儀作法。そんでもって、語学充実しまくり。それから?」
「音楽では、弦楽アンサンブルやったり」
「げんがくあんさんぶる……って、何?」
「バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスでの合奏、かな?」
「そんなん教えてくれるの!? てか、楽器は?」
「学校にあったよ。貸してくれるから、家でも練習できるし」
「……へえ~」
「吹奏楽部とかだって、楽器持ってるじゃん」
「まあ、そうだよな、確かに。それは、俺の学校にもあったわ」
「それにね、学校のはそんないい楽器じゃないだろうし」
「分かんの?」
「分かんないけど、自分の楽器持ってきてる子いたし」
「へえ~。それいい楽器?」
「何百万って言ってたよ。やっぱ車と同じくらい……みたいに。でも、楽器には幾らでも上があるから、その子、それでも安い方だって……」
「ふーん」
どこが安いんだよって彼の心の声が聞こえてきそうだ。
「それに、その子、音大受験して、合格してたし。お嬢様の趣味じゃなかったよ」
「あ、そうなんだ」
彼は意外そうに言った。




