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裏道レストラン


 気がつけば、28歳。


 ……なんて、今気付きました風を装ってはみたものの、本当はずっと前から気付いている。というか、自分が28歳である自覚も認識もいつでもしっかりある。


 十代の頃、自分がこんなに身動き取れない28になっているなんて、考えもしなかった。


 やりたいことも出来ていない。


 やりたくないことばかり降りかかる。


 でも、やりたくないことはしたくない。


 28年も生きた私には、謙虚さが消えてしまっていたのかもしれない。



 小さい頃から絵を描くことが好きだった。


 周りからも『絵、上手だね』なんて褒められていたもんだから、『自分には才能があるんだ。将来は漫画家になるんだ』と思っていた。というか、自分ならなれるはずだと思い込んでいた。


 小学校高学年になると、少ないお小遣いを貯めて、近くの文具店で少しづつ漫画を描く為に必要なものを買い集め出した。本当はデジタルで描きたかったが、ペンタブとソフトは値段が高く、親に強請ってみたが聞き入れてもらえなかった。諦めずにしつこく粘ったら激怒された為、私の漫画のスタートはアナログだった。


 漫画を描く為の道具を買ってもらえない私が、教室に通わせてもらえるはずもなく、独学で漫画を描き始めた。


 中学生の頃には、何となく形に出来ているだろう漫画を描けるようになっていた。


 受験勉強もそっちのけで漫画三昧。ろくに勉強もせず、当時の自分の学力で楽に入れる高校を受験し、入学。


 高校2年の時だった。


 毎月欠かさず買っていた、月刊の漫画雑誌のコンテストに応募した作品が佳作に入賞した。


 漫画家デビューが決まった。


 高校を卒業するとすぐに、自然しかない田舎を飛び出し上京した。



 種の蒔き方が悪かったのか。


 水のあげ方がいけなかったのか。


 養分が足りなかったのか。


 種自体の問題なのか。


 東京に出てきて10年。私は未だ、花も咲かない。実もついていない。



「絵は魅力的なのに、ストーリーがねぇ……」


 何度目だろう。編集部に行き、今日も担当にボツを言い渡された。


 そんな私の現状は、原作のある物語を漫画にすることだ。


 だから、発売されている単行本には原作者の名前と私の名前が並んでいる。


 未だに単独で本を出したことがない。


 そんな原作付きの漫画が、次号で最終回を迎える。


 ここぞとばかりに自分の漫画を売り込むが、敢え無く玉砕。しかも、


「篠崎先生の次回作、もう原作決めましたから」


 私のストーリー下手を知っている担当は、早々次の仕事を用意していた。


 仕事が無くならないのはとても有難いこと。


 でも、担当から「これです」と手渡された原作は、


「篠崎先生には、次から少女誌ではなく青年誌で【溺れる主婦】を連載して頂きます」


 官能小説の様なものだった。


 私の描きたい漫画は青年用ではなく、小中高生をターゲットにした青春少女漫画だ。

 

 私のやりたいことでは、ない。


「……2、3日考えさせてもらえませんか? そっちのジャンルは描いた事がなくて……自信がありません」


 担当に頭を下げると、ボツになった原稿を胸に抱きしめて編集社を出た。



 外は曇天。


 薄暗くて肌寒かった。


 今日の朝、テレビで見た天気予報の降水確率は50%。


 傘は持たずにアパートを出た。


 雨の降る確率がフィフティフィフティなら、降らない方に賭けたかったからだ。


 でも、こんな私にそんなツキがあるはずがなかった。


 ポツリポツリ。


 あ、小雨が来やがったと思えば、すぐに本降りになった。


「あー、もう‼」


 どうせボツなのに、陽の目を浴びることなど決してない原稿を服で守りながら、目に入った裏道にあるレストランの軒下へ走った。


 雨宿りをしながら、ポケットからハンカチを取り出し洋服の濡れた部分を拭いていると、レストランの扉がゆっくり開いた。


 「傘、使いますか??」


 中から、いかにも女子が好きそうな顔面を貼り付けたウエイターらしき男が、ビニール傘を手にしながら出てきた。


 「・・・貸していただけるんですか??」


 「どうぞ」


 男はニッコリと微笑むと、ワタシに傘を手渡した。


 「すみません。 ありがとうございます」


 有難く傘を受け取ると、


 「どういたしまして」


 男は白い歯を見せて素敵スマイルをした後、店内に戻って行った。


 「おぉ・・・。 少女漫画に出てくる性格までもが良いパーフェクトイケメンが実在するとは・・・」


 男が入って行ったドアに向かってポツリと呟くと、拝借した傘を広げ、軒先を出た。


 振り返って看板を確認する。


 『SHIRAKI』


 イタリアンのお店だろうか。





 翌日も雨。


 『2、3日考える』などと言いながら、シゴトが無くなる事が怖かったワタシは、昨日寝ずに原作を読み耽り、登場人物のイメージを絵に起こした。


 早速それを編集部に持って行くことに。


 靴を履いて傘を手に取る。


 ・・・昨日の傘もついでに返しに行こう。


 昨日描いた絵を濡らさぬ様胸に抱きかかえ、傘を2本持ちながら玄関を出た。





 「・・・絵はキレイなんですけどねぇ・・・。 今回の主人公の年齢は『35歳』なんですよ。 ちょっと裸の肉質が若過ぎる」


 編集部にて、昨日の力作を担当に見せた途端のダメ出し。


 そんな事を言われても、ワタシは今まで学生や20代しか登場しない漫画ばかりを描いていた。


 35歳を描いた事がなければ、裸体を描くのも初めて。


 「もう少し弛ませた方がいいですか??」


 「35歳バカにしてんの?? そうじゃなくて、こういう弾ける肉質じゃなくて、もっと『しっとり』させてほしいの」


 担当の35歳(雄)が35歳(雌)の肌質を語る。


 確か、コイツの嫁はワタシより年下。


 さてはコイツ、同級生と不倫してやがるな。


 勝手な憶測で担当に白い目を向けていると、


 「描き直して近日中に持って来て」


 その不倫男(多分)に、昨日の努力の結晶をアッサリ突き返された。


 不倫してろ!! そして、嫁にバレろ!!  ちょっとは、ワタシの頑張りを褒めろや、クソが!!


 全く寝てないので、むやみにイラつく。


 35歳の肉質・・・。


 しっとり・・・ねぇ・・・。



 またもボツになった絵コンテを胸に、雨の降る屋外に出た。


 時刻は13:00ちょっと前。


 ・・・お腹空いたなー。


 あ、傘返すついでにあのお店でランチしよう。


 ランチメニューあるのかなぁ。 やたら高かったらどうしよう。


 取り敢えず、『SHIRAKI』に向かう。


 お店を見つけ近寄ると、店のドアの前にランチメニューの看板が置いてあった。


 ヨカッタ。  ランチやってるじゃん。


 「どれどれ・・・」


 腰をかがめて看板を覗き込む。


 Aランチが1,000円、Bランチが1,100円、日替わりパスタが900円。


 まぁまぁな値段だなー。


 雨も降ってるし、入っちゃえ。


 ドアの取っ手を引き、中に入ると、


 「昨日はどうもありがとうございましたー」


 出入り口付近で、昨日のイケメンウェイターに借りた傘を返しに来ただろう若い女子が3人ほどそのウェイターに群がっていた。


 「いーえ」


 今日もアイドル顔負けの笑顔を振り撒くイケメンウェイター。


 ・・・この男、何人の女に傘貸したんだ。


 てゆーか、なんか嫌。


 ワタシまで、傘を返しに来たと言う名目でイケメンに会いに来たみたいに思われるじゃん。


 ワタシは純粋に傘を返そうと思い、そしてただ、空腹と言う生理現象で来たと言うのに・・・。


 傘を握りしめながら眉をひそめていると、


 「あ、お客様も昨日の傘、わざわざ持って来て下さったんですか??」


 ワタシの存在に気付いたそのイケメンが、それはそれはキラキラスマイルで近づいて来た。


 『お客様も』


 そうですけど、違います。 一緒にしないで頂きたい。


 「・・・昨日は有難うございました。  ・・・日替わりパスタを食べに来ました」


 決してアナタに会いたかったワケではないのですよ、ワタシは。


 『このブサイク、チョロいな』とか思われたくないのですよ、ワタシ。

 

 「では、お席ご案内致します。 こちらどうぞ」


 イケメンがその長い腕をを伸ばしながら、カウンター席に誘導した。


 イケメンにとって、ワタシの鼻くそ並みの声にも出さない主張など、それこそ鼻くそ以上にどうでも良い事で。


 促されるまま、おとなしく用意してもらった席に座ると、


 「日替わりパスタ、すぐごに用意しますので」


 イケメンはキッチンへ下がって行った。


 日替わりパスタが運ばれてくるまで特にやる事もないので、ポケットから携帯を取り出し、無意味に弄っていると、斜め後ろの席から楽しそうな笑い声が聞こえて来た。


 チラっと視線をそっちに向けると、傘を返却しに来ていたさっきの若い女のコが、友人らしき女のコと恋バナを繰り広げていた。


 なかなか面白いその話。


 漫画になるカモ。


 鞄から紙とペンを取り出し、話の内容と話をしているコの似顔絵と服装を描き込む。


 軽快にペンを走らせていると、


 「・・・それ、あちらのお客様様ですよね」


 背後から声がした。


 振り向くと、先ほどのイケメンが物凄い形相でグラスに水を注いでいた。


 慌ててガバッと上半身をテーブルに貼り付け、描いた絵を隠すも、時すでに遅し。


 それどころか、そんなワタシの行為が更に怪しさに拍車をかけた。


 にも関わらず、


 「違います。 怪しい者ではないんです!!」


 最早、自分で不審者を名乗ってしまってるかのような怪し過ぎる言い訳を被せる。


 違うのに。 シゴト熱心なだけなのに。


 「・・・パスタはまだですか??  すぐ食べて即刻出て行きますから。 すみません」


 さっさと食べて、速攻で店を出たい。


 居た堪れなくて、パスタを催促しながらイケメンを見上げると、


 「・・・お客様のしてる事って、盗撮みたいなモンですよね??」


 イケメンが嫌悪感たっぷりの眼差しを降り落としてきた。


 確かに、気付かないところで勝手に似顔絵とか描かれてたら気持ち悪いだろう。


 「・・・ワタシ、漫画家なんですよ、一応。  全く売れてないんですけど。 ・・・なんか、漫画のネタになりそうな話が聞こえてきてつい・・・すみません」


 弁解をしながら謝ると、


 「どうりで。  絵がすごく綺麗」


 イケメンは、責め立てる事もなくワタシの絵を褒めてくれた。


 「別に法に触れる行為じゃないけど、気持ちの良いモノでもないので、見つからない様に描いて下さいね」


 そう言うと、イケメンは他のテーブルに水を注ぎに行った。

 

 そんな風に言われて描き続けられるわけがない。


 キッチンの方へ目を向け、『一刻も早く茹で上げろ』と念を送る。


 『それでねー』と、斜め後ろから聞こえてくるさっきの恋バナの続きは、更に面白い展開になっていた。


 頑張れ!! ワタシの記憶力!! 可愛いコの容姿はもう描いたし、あとは恋バナを忘れぬ様、斜め後ろに全神経を尖らせていると、


 「お待たせしました。 日替わりパスタです」


 先程のイケメンがパスタを片手にやってきた。


 ・・・諦めよう。


 さっさと食べてここを出よう。


 だって、イケメンの視線が怖いし。


 「ごゆっくりどうぞ」


 などと言いながら、イケメンはパスタをワタシの前に置いてくれたけど、腹の中では『早く帰れよ、変質者』って思ってるに違いない。


 フォークに分厚くパスタを絡めて、無理矢理口に突っ込む。


 うま。 美味すぎる。


 変質者さながら、鼻からフーと息が漏れ、口元が勝手に緩む。


 他のパスタも食べてみたいなー。


 イヤ。 無理だ。 もうこのお店には来られない。


 ふと、あのイケメンと目が合ってしまった。


 ・・・そうだ。 そんなのどうでもいいから早く食べ切ろう。 居心地が悪い。


 パスタを巻く時間も削減したい。


 蕎麦をすするかの様に、勢いよくパスタを吸い込んだ。


  『ぐっほぉッッ』


 見事に変な器官に入り込むパスタ。


 女子が出してはいけない声が、店内に響いた。


 「『ごゆっくり』って言ったでしょ」


 あのイケメンが、あきれ顔でグラスに水を注ぎ足しに来た。


 むせながらグラスに口をつける。


 それがかえって咳き込む結果になった。


 完全な、タイムロス。


 早く店を出るどころか、食べれもしない。


 てゆーか、この上なく恥ずかしい。


 「美味しそうに食べてましたね。 お客さん」


 ついでに喋る事さえ困難になっているワタシに、イケメンが笑いかけた。


  あぁ。 こんなイケメンに、醜態しか晒せないワタシって・・・。


 咳が止まらないからというのもそうだけど、違う意味でも涙が出てくるぜ。


 あぁもう、イヤ。


 それでもどうにか持ち直し、必死でパスタを平らげた。


 よし!! お金払って一目散に帰ろう!!


 一瞬でお会計を済ませたい為、財布を小脇に挟めてスタンバイ。


 テーブルの端の伝票立てからオーダーカードを抜き取ると、それを持ってレジへ・・・。


 ・・・って、会計までもオマエなのか、イケメンよ。


 小銭入れなど確認せず、財布から1000円札を取り出すと、レジに立っていたイケメンにオーダーカードと一緒に手渡した。


 「ディナーの方が色んなお客様がいらっしゃるので、面白い話聞けますよ」


 そう言うと、イケメンはお釣をよこさず、代わりにディナーメニューのリーフレットを見せた。


 イーケーメーンー。 さっさとお釣ちょうだいよ。 なんならいらないよ。 ワタシ、もう帰りたいのよ。


 とりあえずリーフレットを受け取り、サっと目を通す。


 ・・・えー。 5000円コース、7000円コース、10000円コース・・・。


 高ッッ!! アホかッッ!!


 仲の良い女トモダチとの女子会だってMAX4500円だし、ワタシにはこんなディナーを御馳走してくれるエグゼクティブな彼氏だって、勿論いない。


 「ワタシ、売れない漫画家なんですって。 こんな豪華なの食べてたら破産します」


 丁寧にリーフレットをお返ししながら、催促をするかの様に手のひらを広げてお釣を待つ。


 「じゃあ、またランチに是非来て下さい。 いい席がありますので」


 ニッコリ微笑み、お釣りの催促に全く気付かないイケメン。


 え??  もしやパスタランチって1000円だった??  もう、それならそれでイイ。


 「ワタシ、売れないながらに一応漫画家なんですよ  今日は編集部に用事があったから来ただけで、普段は自宅から出ずにシゴトしてますので」


 パスタランチは1000円だったんだ。 という事にして店を出る事にした。


 「どんな漫画を描いてるんですか??」


 しかし、イケメンの話は終わらない。


 イケメンが、ワタシが胸に抱えているボツをくらった原稿の入った茶封筒に目を落とした。


 「・・・イヤ、これはボツになったヤツで・・・」


 イケメンの視線から遠ざけようと、持っていた茶封筒を背中に回し、隠した。


 「オレ、漫画の事はよく知らないけど、何がダメだったの??」


 それでも終わらない、イケメンの話。

 

 ほっといてくれよ。 オマエさんには1ミリたりとも関係ないよ。


 「・・・こんな漫画、描きたくて描いてるわけじゃない。 ワタシの描きたい漫画じゃない」


 ただでさえボツを喰らってイライラしているのに、何故かなかなか帰らせてもらえない事が輪をかけて、『描きたくない漫画だからボツになったんだ』と言わんばかりの、する必要のない言い訳をする。


 「そんなシゴトの仕方してるから、いつまでたっても売れないんだよ」


 イケメンが、鋭利すぎる言葉でワタシを切り裂いた。


 は?? 今何て?? 何でアンタにそんな事言われなきゃいけないの??


 そんな事、今のワタシに言ってははいけないでしょうが。


 ----------ボロッ。


 右目から、涙が出た。


 それを慌てて拭うも、一度緩んだ涙腺は簡単には締められず、今度は左目からも出てきてしまった。


 「・・・ごちそうさまでした」


 一瞬イケメンを睨みつけると、お店のドアを開いて外に出た。


 外は、さっきまで降っていた雨は止んでいたけれど、そのうちまた降りそうな空の色だった。


 雨が降る前にさっさと帰ろう。


 鼻を啜り、呼吸を整えて歩き出すと、


 「お客さん、お釣!!」


 追いかけてきたイケメンが、後ろから『グイッ』とワタシの腕を掴んだ。


 「・・・ありがとうございます」


 来んなよ!! と思いながらも100円玉を受け取り、それを握り締めると即座にイケメンに背を向けた。


 だって、何も喋りたくないし、何も言われたくない。


 「ゴメン。 オレ、お客さんの事、最初変質者だと思ってた」


 イケメンが、背を向けて既に歩き出しているワタシに話し掛ける。


 てゆーか、謝るトとこ、そこじゃなくない!??


 ワタシの涙への謝罪は?!!


 「でも、『売れない漫画家』って聞いて、それでも頑張ってるんだなぁって思って。  ・・・オレと一緒だなぁと思って」


 「・・・え??」


 思わず足を止め、振り返る。


 『オレと一緒』って、どういう意味??


 「オレもあの店軌道に乗せる為に頑張ってる真っ最中だから」


 『オレの店』くらいの勢いで、親指で『SHIRAKI』を指差すイケメン。


 え?? アンタって・・・。


 「・・・ウェイターさんですよね??」


 「オーナーです」


 イケメンが困り顔で笑った。


 と、言うことは、このイケメンが・・・。


 「・・・『白木さん』??」


 「そうです」


 イケメンが首を縦に振った為、目の前の人間が『白木』という名前である事が判明。


 だからって、『ほぅ』としか思わない。


 だから何だと言うんだ。


 「オレだって、料理が好きで、料理が作りたくて店出したんですよ」


 「・・・そう・・・ですか」


 トモダチでも何でもない、全くの他人に出店経緯を語られ、どう返事を返したら良いものか分からない。


  で?? それが何だというんだ。


 「じゃあ、ホールにいないでキッチン入ればいいじゃないですか」


 「オレ、女のコたちに傘貸してたの、完全に狙いなんだよね。  いつでも貸せる様にストック山ほどあんの。 で、返すついでに食べてもらう作戦。 親切心とかじゃ全然ない。」


 ワタシの質問の答えになっていない話をしだす白木氏。


 何?? シカト?? それとも日本語通じない?? 何故に自分の腹黒さを暴露した??  しかもワタシ、見事に白木氏の腹黒な策略にハマったし。


 「オレの顔って、割と女受けするじゃん??」


 白木氏、今度は自慢話をしたいらしい。 え??  何?? 壮絶に厄介。


 「金無くて、こんな裏道にしか店出せなくて、でもどうにかしてお客さん呼びたくて、この顔フル活用だよね」

 

 白木氏の話がどこに向かっているのかが全く分からない。


 「・・・・・・何が言いたいのでしょう??」


 「要するに、オレは自分のやりたい事の為だったら、何だって利用して、何にだって縋り付くって事」


 白木氏の野心は分かったが、


 「イヤイヤイヤ。 何が『要するに』なんだか分かんないんですけど」


 どこをどう要したらそうなるのかが分からない。

 

 「だーかーらー。 集客の為なら女に媚びだって売るし、オレの顔目当ての客も多少なりともいるから、お客さんの入りが悪い時はキッチンに入るのを我慢してホールにいるの、オレは。 形振り構ってカッコつけてる場合じゃねぇっつー話。」


 どうやら白木氏は、シゴトを選り好みしているワタシの事が癇に障ったらしい。


 「でもさでもさ、それじゃあ女性客しか呼べなくないですか??」


 白木氏の言いたい事は理解出来たけれど、作戦に詰めの甘さを感じる・・・と言うか、安易すぎる様な気が・・・。


 だって、一般的に女子は男子に比べて自炊率が高いっしょ。


 女性より男性客捕まえた方がいい様な気がする。


 「女性客を捕まえれば、そのコが彼氏さんとか連れて来てくれるじゃん」


 白木氏は、『オレはちゃんと見越して行動している』とばかりに話すけれど、ゴメンナサイね。 彼氏、いないから連れて来れないわ、ワタシ。


 「・・・なるほど」


 もう、苦笑いするしかなくなっていると、


 「で?? 描きたくない絵って、どんな絵??」


 またも、イケメンの視線がワタシの手元の茶封筒に注がれた。


 「・・・・・・エロ漫画」


 渋々答えてやったら、


 「エロ漫画」


 白木氏に何故かオウム返しされた。 なんか、ムカつくんですけど。


 ・・・てゆーかこのヒト、経験豊富そう。


 「・・・あの。 35歳の裸ってどんな感じですか??」


 このイケメンなら、35歳の女だって何人か抱いているだろう。


 「はぁ??」


 「ワタシの描く裸体は、35歳じゃないってダメ出しくらったんです。 今日」


 『はぁ』と溜息と同時に俯くと、地面にポツリポツリと水玉模様が出来た。


 あ、雨だ。


 「とりあえず、中に入ろう」


 白木氏がワタシの手首を掴んで引っ張った。


 「イヤ、もう帰りますんで」


 「中に入ってって。 ウチ、学生バイトいるから誰かしら熟女系とか人妻モノのAV持ってるっしょ。 借りてやるから」


 白木氏がワタシの腕を更に強く握り、グイグイ引きながらズンズン歩く。


 「ちょっと待って!!」


 「濡れちゃうから、ちょっと早く歩いて」


 ワタシの制止に聞く耳を持たない白木氏。


 何コイツ。  顔が良ければ自己中が許されるとでも言う、ろくでもない勘違いしてやがるな。


 「白木さん、ワタシに初対面の若者からAV借りろって言うんですか?!!」


 何の嫌がらせだよ。 どこまでワタシを変態に仕立て上げたいんだよ。


 「何そのウンコみたいなプライド。 だって描けないんだろ?? そんなんだからいつまで経っても『言うな!! その先言うな!! 泣くぞ!!』

 

 自分から問いかけておいて、白木氏の返事の腰を折る。


 しかも『泣くぞ!!』と言う前から既に泣いている。


 だって、白木氏の言わんとする事が分かっているから。


 『そんなんだから、いつまで経っても売れないんだよ』


 何で何の関係もないこの人に、そんな辛辣な事を言われなければいけないんだ。


 悔しさに奥歯を噛みしめていると、白木氏が立ち止まってこっちを見た。


 「オレにはよく分かんないけどさ、そっちの世界だって相当厳しいんだろ?? シゴト、貰えないヤツだっていっぱいいるんじゃないの?? シゴト貰えてるならさ、それで結果出して自分のやりたい事に繋げればいいじゃん。

 やりたくない事をすっ飛ばしたり、テキトーにこなしてるヤツが、やりたいシゴトにありつける様な、世の中そんな甘くない」


 白木氏の放つ言葉は、正論過ぎて反論の余地などなかった。


 ぐうの音も出ないワタシは、白木氏に腕を引かれながら、さっきまでパスタを喰らっていたお店に満腹状態にもかかわらず、再度入店するハメになった。


 が、白木氏は泣いてるワタシに気を遣ってか、はたまた顔で女性客を集めてるから、ワタシと一緒にいるのを見られたくない為か、裏口にワタシを連れて来た。


 裏口から休憩室らしき、小さな部屋に案内されると、さっき白木が言っていた学生バイトであろう男のコが、美味しそうなまかないパスタを食べながら寛いでいた。


 そのコはウチらの気配に気付くと、口の中のパスタをゴクッと飲み込んで、白木氏の方を見ながら『ニヤッ』と笑った。


 「お疲れ様っス。 オーナー、何、女連れ込んでるんスカ。 しかも泣かせてるし」


 「泣かせてないし。 オレ、何にも悪い事してないし」


 シレっと答える白木氏。


 はぁ??! じゃあ、ワタシが勝手に意味無く泣いてるって言うのかよ!!


 「それよりオマエ、熟女か人妻のAV持ってねぇ?? あ、熟女っつっても35歳な」


 白木氏は、ワタシの涙のフォローなど一切する事なく本題に入った。


 「超ピンポイント。 あー。 オーナーの趣味はそっち系かぁ。 ちょっと待って下さいね」


 学生バイトは、食べていたパスタの皿を一旦テーブルに置くと、笑いながらロッカーを漁りだした。


 「オレじゃないわ、このヒトだわ」


 白木氏がワタシを指差す。


 何を言い出すんだ!! 白木!!


 「違!! ワタシの趣味はそっちじゃない!!」


 慌り過ぎた。 ワタシの趣味は、どっちでもない。


 「おっ!! あったあった。 どっちがいい?? てか、どーゆー事??」


 学生バイトがワタシに、DVDを2枚手渡してきた。


 『人妻の秘めたる情事』『女上司と会議室で密会』


 何だ、このタイトル。


 DVDになってる時点で、秘めてもないし密会でもないじゃん。


 てゆーか、大公開やんけ。


 イヤ、そんなツッコミはどうでも良くて。


 「・・・どっちがお勧め??」


 今度の漫画は青年誌。 男性の読者が集まるエロを描かなくてはいけない。


 「え?? 何なんスカ、このヒト」


 あからさまに顔を顰め、ドン引きする学生バイト。


 それもこれも、全部オマエのせいじゃ!! 白木!!


 キッと白木氏を睨み付けると、


 「売れない漫画家なんだって、このヒト 。 今度、35歳の裸体を描かなきゃなのに、上手く描けないんだとさ」


 白木氏が、学生バイトにワタシの事をざっくりと紹介した。


 てか、白木氏よ。 今、敢て『売れない』って付ける必要あったかよ。


 全くもってその通りだけど、わざわざ言う必要ないだろうがよ。


 「へぇー。 今まで何てタイトルの漫画描いてました?? オレ、お世話になってたかもー」


 ワタシをバカにしているのか、興味本位なのか、学生バイトがワタシに問いかける。


 学生バイトくん。 ワタシの漫画はキミの夜のオカズにはなってないよ。


 だって、


 「今までは『月刊少女マジック』で『青い風』ていう漫画描いてたんですけど、次号で最終回になるんです。 で、今度青年誌で初めて『溺れる人妻』っていうエロ漫画を描く事になって・・・。 だから、ワタシの漫画はキミのお世話はしてないよ」


 ついこの前までは、とりあえずは希望通りの少女漫画家だったんだ。


  「『青い風』妹が全巻持ってるから、オレも読んだ事ありますよ。 めっさ面白いっスよネ!! 絵もスゴく綺麗で上手い。 えーと・・・漫画家の名前・・・『篠崎千秋』!!」


 学生バイトくんが、閃いた!! とばかりに人差し指を突き上げた。


 自分の名前を知っていてくれた事が、素直に嬉しかった。


 でも、


 「ワタシは絵を描いただけで、面白い話の内容は原作の林先生が考えたものだから・・・。 ワタシの考える話はつまないらしくてさ・・・。 だから今回も原作有りきのエロ漫画を描く事になったんだ・・・」


 ワタシはこのエロ漫画に全力を注いで、自分のやりたい事に繋げる事など出来るのだろうか。


 だって、ワタシの考える話はいつもつまらない。


 「絵は上手いんだから、 後はストーリーの問題だけじゃん。 なら、ウチの店で色々面白い話盗み聴きすればいい」


 DVDを握りしめて俯くワタシに、白木氏が『オレはこっち派』と『人妻の秘めたる情事』を指差した。


 「DVDと交換条件。 篠崎先生のサインちょうだい。 妹が喜ぶから」


 学生バイトくんがノートとペンをワタシの前に置き、『オレもこっちかなー』と言いながら、彼もまた『人妻の秘めたる情事』を押した。


 アパート帰ったら、人妻の秘め事を細部まで見てやろうじゃないか。


 学生バイトくんのノートにサインを描き込んで、借りたDVDを鞄にしまった。


 何かワタシ、頑張れそうな気がする。




 -----------その日、アパートに帰って繰り返し繰り返し『人妻の秘めたる情事』をガン見した。


 自分が思う『超絶エロシーン』で一時停止をかけては、ペンを走らせた。


 ・・・しかしこのモザイク、邪魔だなー。 なんとかならんのか。


 当然の事ながら、そういうシーンには絶対的にモザイクが掛かっていて、描き様がない。


 知らないわけではないから、想像で描けなくもないけれど、そうじっくりと眺めながらそういった行為をした事がない為、微妙に曖昧になってしまう。

 

 漫画にモザイクを描いてはいけないわけではないが、描いたら描いたでギャグ漫画になってしまう。


 今回の漫画にギャグ要素はない。 したがって、『モザイクを描く』のはナシ。


 あー。 モザイクの部分がどうにもこうにも描けない。


 どうすりゃいいのさ。




 頭を抱え、数時間悩み、苦肉の策を編み出す。






 「・・・うん、努力の痕跡は確かにある。 ・・・でも、何コレ。 昭和のAV??」


 昨日の努力の集大成を握りしめ、いざ編集部に来たはいいが、またも担当のお気に召さない様子。


 「どういう事ですか?? ワタシ、昭和のAV見た事ないんでちょっと分からないです」


 昨日借りたのは新しめのDVDだから、そんなに古臭いカンジには描いていないと思うんだけど。


 「だからさー。 昭和のAVっつーのは、モザイク使わないで大事なところが見えない様に、すげぇアングルから撮ってコーヒーカップやら花瓶やらでその部分を隠すっつー、高度かつ笑える技術を使ってたわけさ」


 昭和のAV監督の技法を事細かく説明する担当が、気持ち悪くて仕方ない。


 もう、ボツならボツでいいから帰りたい。


 「ワタシ、そんな高度な技術使ってませんけど」


 担当の手から原稿を奪い取り、鞄にしまう。


 「何言ってんだよ。 オマエは100%笑える方だよ。 バカか」


 気持ちの悪い担当が、ワタシを『笑えるバカ』と嘲笑った。


 は?? ふざけんなよ。  昨日あんなDVD見ながら、ムラムラする気持ちを抑えてどんだけ真剣に描いたと思ってんだよ。


 「何でそんなに昭和のAVに詳しいんですか?? あー、アレだ。 幼い頃に父親が隠し持ってたAVを、幾度と無くこっそり凝視してたわけだ」


 悔しさ余って無意味に悪態をついてみる。


 「他人の甘酸っぱい少年時代にケチつけてんじゃねーよ。 何だよ、『幾度と無くこっそり凝視』て」


 気持ちの悪い担当が、自分の少年時代を『甘酸っぱい』などと言う、気色の悪い表現をした。


 ただのエロバカのクソガキだったくせによ。


 「篠崎先生は、絵だけは秀でてると思ってたから、こんなに手間取ると思ってなかったわ」


 そんな担当が『ふー』と溜息を吐き、コーヒーを啜った。


 何?? ワタシ、絵さえも否定されているの??



 「つー事で、アポ取ってやるから、明日流山先生のアトリエに見学しに行って」


 担当が『流山、流山・・・』と言いながらスマホをスクロールさせた。


 「流山先生って、あの流山登先生ですか?!!」


 驚きの余り、スマホ画面を弄る担当の人差指を握って止める。


 「他に誰がいんの」


 『邪魔。 退けろ』と、担当はワタシの手を振り解くと、アドレスの検索を再開させた。


 流山登先生は知る人ぞ知る、エロ漫画業界のトップだ。


 そして、この出版社の稼ぎ頭の1人でもある。


 そんな流山先生の自宅かつアトリエはこの出版社の近くにある。


 都会のど真ん中の一等地。 それはそれはばかデカくて、とんでもなく広いエロ漫画御殿は、知らない人などいないのではないか?? という程有名だ。


 「明日、くれぐれも失礼のない様に。 時間厳守!!」


 流山先生にアポを取った担当が、ワタシに釘を刺す。


 流山先生は、この出版社にとって神様みたいな人だ。


 絶対に怒らせてはならない。


 またもボツをくらった帰り道、DVDを返却すべく『SHIRAKI』に向かう。


 扉を開けると、


 「いらっしゃいま・・・あ。」


 白木氏が今日もホールにいた。


 ホールにいるという事は、客入りがあまり良くないと言うことか。


 「コレ、昨日のバイトくんに返して下さい。 ありがとうございましたと伝えて下さい。 あと、日替わりパスタを1つ」


 DVDを返しつつ、ちゃっかり空腹を満たす事に。


 「かしこまりました。 お席に御案内致します」


 DVDを受け取った白木氏が案内したその席は、角の端の隅っこの席だった。


 何?? 嫌がらせ?? 他にも席空いてるじゃん!!


 「この席、千秋さんの特等席。 ここなら何してもあんまり目に付かない」


 そんな漫画に出てきそうなセリフを、なかなかのイケメンが笑顔(営業スマイルだろうけど)で言うから、うっかり恋に堕ちかけた。


 しかも『千秋さん』。


 そっか、昨日学生バイトくんが『篠崎千秋』っておっきい声で言ってたもんね。


 覚えていてくれたんだ。


 ・・・なんか、すごくこそばゆい。


 「では、少々お待ち下さい」


 ワタシの心境など知るはずもないし、知りたいとも思っていないだろう白木氏は、オーダーを伝えるべくアッサリとキッチンへ下がって行った。


 『ふぅー』と息を吐きながらテーブルに突っ伏していると、


 「どうだった?? あのDVD役に立った??」


 頭の上から声がした。


 顔を上げると昨日の学生バイトくんがいた。


 「タケ!! シゴトさぼんな!!」


 奥から水とグラスを持った白木氏が、こっちに向かって来る。


 この学生バイトくん、『タケ』っていうんだ・・・。


 「だって気になるじゃないッスか」


 タケくんが、興味深々な目を向けてきた。


 ・・・あぁ、言いづらい。


 「・・・スイマセン。 またボツでした」


 「えぇー?! 何でー?! ちょっと見せて」


 タケくんは、ワタシがテーブルに無造作に置いていた茶封筒を手に取ると、ボツになった原稿を引き抜いた。


 「ちょ・・・待っ!!」


 このコ、今ココで裸体の絵を見る気なの?!!


 阻止しようと手を伸ばすも、遅かった。


 タケくんと、その後ろから覗き込むように白木氏が、昨日のワタシの渾身の絵を見て、


 『ぷぷぷぷー』


 笑いよった。


 「え?? 何コレ。 ワザと??  ナイわー。 ナイナイ。 萎えるー」


 「タケ、黙っとけって。 だーはっはっはっはー」


 2人に完全にワタシの絵がバカにされている。


 逆に何ががそんなに面白いの??


 ワタシは至って真面目に、全身全霊で描きましたけど?!!


 「千秋さん、なんでこんな不自然な位置に吹き出し描いてんの??」


 タケくんが『クックッ』と笑いながら肩を揺らしていた。


 「だって、モザイクかかってて良くわかんなかったんだもん」



 ------------苦肉の策。


 そう。 ワタシは、モザイクでどうしても描けなかった部分を、吹き出しや効果音のカタカナで隠すという荒業に出たのだ。


 「違う角度から描くとかあるっしょ。 あと、何なわけ?? このやり過ぎ感満載のポーズ」


 白木氏が、ワタシの1番の自信作を見ながらこき下ろした。


 「このポーズがあのDVDの最大のハイライトだったんだって!!」


 この時人妻が、『え??  死ぬ??』ってくらい喘ぎまくってたんだよ。


 そんなん、描かなきゃダメでしょーが。


 「だからってオマエ、このポーズした事ある??」


 アレ?? さっきは『千秋さん』って呼んでくれたではないか、白木氏よ。


 オマエって・・・。 ワタシ、お客さんなんですけど。


 「あるわけないでしょーが。 恥ずかしい」


 「だろうが。 こんな腰捻って陰部見やすくしたり、わざとらしく脇の下全開に見せるのなんかAVの世界だけだわ」


 『コレはボツになって当然だな』と白木がタケくんに同意を求めれば、タケくんも『オレが担当でもボツっスネ』と笑った。


 くっそー。


 「でも、漫画だってフィクションの世界なんだから、多少は大袈裟に描かないとでしょ!!」


 「多少大袈裟に描いて、大事な部分を吹き出しにして萎えさせてどうするんだよ」


 白木氏は、ワタシの反論をいとも簡単に跳ね返した。


 「だから明日、流山登先生のアトリエに見学に行く事になった」


 何気なく言ったワタシの言葉に、


 『流山登?!!』


 白木とタケくんが声を揃え、目を見開いて喰いついてきた。


 「いーないーな!! オレも行きたい!! 流山先生は人生の大先生!!」


 タケくんがテーブルを『ドンドン』叩きながら大興奮。


 「流山先生の描く漫画は男の浪漫だよなー」


 白木がはしゃぐタケくんの肩を組んだ。


 ・・・さすが流山先生。


 名前だけでこんなに人を喜ばせるとは・・・。


 「・・・イヤイヤイヤ。 どーでもいいけど、パスタまだですか??」


 コイツら、シゴト忘れてない??


 ワタシ、お腹空いているんですケド。


 「あ、忘れてた。 もう出来る頃だなー」


 と言う白木氏の素振りに悪びれが一切ない。


 何だよ!! やっぱり忘れてたのかよ!! 白木!!


 「もーぅ。 食いしん坊だなぁ、千秋ちゃんは」


 そしてタケくんは、ワタシの座る席のテーブルに頬杖をついた。


 てか、食いしん坊って何だよ。 腹減ってるから来たんだろうがよ。


 しかも・・・。


 「『千秋ちゃん』?!! ちょっとちょっと白木さん!! 従業員教育しっかりしなさいよ!!」


 パスタを取りにキッチンへ向かおうとした白木を呼び止める。


 「細けーなー」


 白木がめんどくさそうに振り返った。


 えぇ!!? ワタシが悪いの?!!


 「いいじゃんいいじゃん。 オレと千秋ちゃんの仲じゃん」


 タケくんが、ニコニコしながらワタシの肩に『ポン』と手を置いた。


 何言ってんだ、コイツ。


 「どんな仲だよ」


 「AV貸し借りする仲でしょ。 最早親友でしょ」


 親友って・・・。 タケくん、何歳よ。 仮に大学1年だったら18歳でしょ?? 10コ離れとるやんけ。


 「日替わりパスタお待たせしましたー。 千秋ちゃん?」


 そこに白木がワザとらしく『千秋ちゃん』と言いながらパスタを運んで来ると、


 「いい加減、タケはシゴトに戻れ」


 「はーい」


 やっとタケくんをシゴトに戻した。


 ・・・にしても、いいにおい。


 今日はアサリのパスタかぁ。


 あぁ、おいしい。 食べてないけど、もう分かる。 絶対に美味い。


 早速くるくるとフォークを回してパスタを巻きつけ、パクリ。


 ホラね、やっぱりね。 うーまーいー。


 『ぐふぅー』


 あ、やべ。 鼻息出た。


 「ホント、幸せそうに食うよね」


 白木が嬉しそうに笑った。


 「美味しいものを食べてるんだから、幸せに決まってるじゃん。 ワタシは料理の事よく知らないから、何がどうしてこんなに美味いのかサッパリ分かんないけど、美味いよねー」


 あぁ、美味い。 あぁ、美味い。


 今日も大満足の味に、モリモリ食べ進めていると、


 「知らなくていいよ。 教える気もないし。 知られたら店が潰れる」


 そんなワタシを診ながら、白木が白い歯を見せて笑った。

 

 「明日の日替わりは何パスタ??」


 あまりの美味さに、明日のメニューも参考までに聞いてみると、


 「明日も来るの??」


 言いたくないのか、秘密なのか、白木氏に質問で返されてしまった。


 「イヤ・・・。 流山先生のアトリエ、ここから近いから・・・。 迷惑なら辞めときますけど??」


 「・・・千秋ちゃんは何パスタが好きなの??」


 悉く質問返しをする白木氏。


 しかも、その質問難しいわー。


 「えぇー。 ワタシ、パスタ全般大好きだから・・・。 うーん・・・。 あ、クリーム系まだ食べてないから、こってりしたパスタが食べたい」


 「そっか。  明日、絶対来てね。 千秋ちゃん?」


 『ぽんぽん』とワタシの頭を撫でると、白木氏は席を離れて行った。


 え?? 期待していいの?? クリームパスタ作ってくれるのかい?? 白木氏ー。

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