第六話‐アトラスにて銀妖精と邂逅する
スキル・観測者特権とは、魔法である。
その特権は幅広く、様々に汎用性が高い。
しかし、プレイヤーの所持する特殊な数値、
いわゆる”情報力場”が低ければ、高レベルの特権は使用不可能だ。
この情報力場とは、世界を観測すればするほど、
世界の未知を既知に収めるほどに、高くなる傾向がある。
「あの少女は、あのままでいいの?」
やっとナルデが突っ込んだ。
「まあ、今はな。
もし助けが来れば、そいつから、あいつの所属が知るかもしれない。
それに、情報収集系のスキル所持者は、観測者サイドには重宝だ。
できることなら、仲間にしたいところだしな」
ナルデは「だったら放置プレイは好感度下げると思うのだけれど」と言っていたが無視した。
あの幼女っぽい見た目の人物が、俗に言う”変態”である事を祈るのみだ。
「ちなみに、ここは”アトラス”、機械都市、メガロポリスみたいな所だ」
「知ってるわよ、誰に説明してるの? あとメトロポリスじゃなくて?」
眼前は、本当にメカメカしい、広大な近未来ちっくな町が広がっている。
鉄サビ色と、その他もろもろ。
もろもろの中で、町のような背景は、此処では二の次に値する。
もちろん、此処は町並みも凝っていて、それなりだが、第一に目に付くのは、美麗なアバターだ。
一言で表すなら、人工的な芸術品、美麗な衣服を纏った、西洋人形のような機械少女達だ。
「ナルデ、お前はこの町の、どこが好きだ?」
俺は、大概、この町は女の子を見るために行く場所だと、定義している。
観測者としては、情報価値の圧縮されたポイントを選定して、よく見なければいけないサガだ。
だがしかし、好みの一風違った異性の意見も、取り入れようと、殊勝な発想もあるのだ。
「ええ? まあ、あれでしょ?」
指すのは、ほぼ町の中央、巨大な人口タワー。
摩天楼のような概観。
内部では、この町全体を運営するのに十分な電力を供給するための、ある特殊な機構がある。
今も、永久機関として、昼夜問わず稼働。
突き出た何かが、引っ込んだり押し込まれたり、目まぐるしく動いている。
その様は、その巨大さからも、一見にして周囲から一線を画す、存在感のようなものを発する。
「まあ、あれはちょっとは面白いな、合格だ」
「なにが合格なのよぉ、試すような事しないで」
「わるかったわるかった、機嫌直せ、甘いものでも奢る」
十字交差点で、駐留している店を見つけて、そこから物をもってくる。
「なにこれ、凄く人工甘味料」
「当たり前だろう、電子甘味なんだから、これでも、まあ、多少は旨い方だ」
「そう、偶に食べるくらいなら、及第点なのかしら」
俺は、さきほどから、ここで探査を続けていたのだが、ようやく見つけた。
「特権行使、第七級”複数転移”」
言った瞬間に、別の場所に到着する。
さきほどの、都会の雑踏からは対極。
ここは都会の外れの外れ、ほぼ廃墟のような、静寂が支配する場。
そしてポイントは、荒廃した高層ビルの、頂点の付近。
そこには、一人の少女がいた、歌っていた。
「~~~~~~♪」
可聴域を外れて、高周波過ぎて、上手く聞き取れない。
だが、不思議と、その電波は芸術的であり、
その少女の、最高級を外れた美貌と相俟って、総合的に良い景色、風景画となる。
「ちょっちょ、と、彼女はなに? 知り合い?」
ナルデ、多少音量の絞った声で、問いかけてくる。
「まあ、そうだな、知り合い、なのかもしれん、まあまあ、今は黙っていようじゃないか」
「そうね、あんな美しい歌声、私は今生において数えるほどしか、聞いたことがないわ」
それは、おそらく、そうなのだろう。
だがしかし、あのレベルの歌声を、初見でない人間が、果たして、どれほどいるのか。
あの少女は、世界において指折り程度しか存在しない存在なのだが。
それから。
少女は、高層建築の天辺、そこでの絶唱のような音量を次第に低めて、ついには沈黙した。
「気が散るから、どっか行ってくれない?」
そして、耽美に甘い声で、こちらを鋭い三月で睨みながら、言った。
「聴衆がいたら、駄目なのか?」
「そういうこと、どっか行ってちょうだいな」
少女は、腰を折り曲げて、うやうやしく、尊大な口調で言う。
「というより、さきほどから、俺達の存在に気づいてたのか」
「悪い? どうでもいいでしょう?
わたしはただ、歌うためだけに、存在してるの、だから、勝手気ままに歌わせて」
少女は、ふわっと、全身のひらひらドレスを舞わせると、ここから立ち去ろうとする。
「ちょっとまて、リリー=サンクチュアリ、話がないこともない」
「どっちよ」
俺の声に、対手、返事に応じたのはナルデだが、振り返って、こちらを見る。
「なに? わたしの名前を知っているの?
だったら、話が早いわ、浄化されたくなければ、わたしの機嫌を害しない方が賢明と思わない?」
「まあ、そりゃそうなんだが。
君ほどの大物が、手の届く距離に居るのに、なんのアクションを仕掛けないほど、俺も落ちぶれてないというか?」
少女は、こちらを胡乱げな瞳で見つめる。
「なに? なにが目的なの? 単刀直入に、言ってくれない?
もし仮に、双方に利益がある事象なら、わたしにも考えがあるんだから、さっさと」
「利益? くっく、利益か、面白い、実に面白い、ひさしく忘却していた概念だな」
俺は不適に笑う、ナルデは、そんな俺を白けた、冷めたような瞳で平坦に見ている。
だが、眼前の少女は、こちらのそのような態度に、ハッとしたような目で見直した。
「もしかして! あんたはアルドの知り合い?
なんか、その語り口調というか、わたしを前にしても超然とした感じ、似てるというか!」
少女はいきなり食いついて「どうなのよ!??」と急きたてる。
「アルド? 誰だそれは、俺は知らんな」
俺は深くは語らなかった。
俺は観測者なので、アルドと呼称される存在は、星の数ほど知ってるのだがな。
「本当に? 隠してるんじゃないでしょうねぇ?」
疑わしい瞳で見てくる、同時にひらっと、こちらの足場に落ちてくる。
ちなみに、俺とナルデは、少し上を見る視点、高層ビルの屋上鉄骨が密集する、高架下に居た。
具体的には、直ぐに飛び移れる程度の至近、突き出たテラスのような、不安定な場所に居る。
「そういえば、私はアルドって、一人知っているわ、貴方の知る方かは、知らないのだけど。
あと、ちょっと、ここ、場所を変えない?
吊橋効果じゃないけど、さっきから、無駄に心臓がぱくぱくいって、落ち着かないのよ」
「いいじゃないか、その方が、よりドラマチックにロマンチックだろ?」
ニカっと笑いかけてやる、ナルデは嬉しくないように横を向いた。
「というよりさ、そこの彼女って、ナルディアの影じゃん」
リリー、対面に移動した彼女は、至近距離から見てやっと気づいたのか、そのような事を言う。
「そうか? ナルデは、少しの可能性だが、オリジナルである可能性もあるだろ?」
「いいえ、この存在規模でオリジナルは、ありえない。
隠蔽してても、流石に、こんなに規模を圧縮できないでしょ? 常識的に考えて」
「ちょっとちょっと、貴方達、なに内輪だけで分かる会話してるの? 詳細まで分かるように話なさい」
俺は詳細を語るのは、あまり勧めなかった。
「いや、詳細は語らないでおく、そう、今はまだ、語るべきときではないのだ。
語るべきときが来れば、自ずと「うるさい!」、ああ、そう、なら教えてあげない」
ナルデは、ちょっと怒ったような風だ。
「だいたい、影ってなに、影って、まるで偽者か、ダミーみたいじゃないのよ」
まあその通りなのだが、黙っておく。
「はいはい、そんなこと、どうでもいいじゃん、アルドの話だったんでしょ?」
「そうだそうだ、さっさとスルーして、本題に移るぞ」
「ちょっと、あんたたち、、、はふぅ、まあいいわ、アルドね。
私の知ってるアルドは、前世の記憶よ。
私は前世では、混沌の幹部って位置に居て、ニアル=メディアと呼ばれる端末だった。
そして、まあ、あんた達の言うナルディア? その人の下で動いてたのね。
それで、その隣にいたのが、アルドって奴」
話を聞いて、途端に少女は落胆した。
「なんだ、今の話じゃないんだ、だったら意味ないよ、お手間おかけしてすみませんでした」
「いえいえ、別に気になさらないで、大した手間でもない事だし」
「だな。
それで、だ」
俺は本題に、俺の本題に戻すために、合いの手を入れる。
「俺はお前に、頼みがあって来た」
「なに? しょうがないから、このさい、聞いておいてあげる、早く言って」
「俺達の仲間にならないか?」
「却下、意味が分からない上に、面白くなさそう」
ノンタイムで否決された、そりゃないんじゃないだろうか?
「だいたいさ、なんで私を仲間に引き入れたいの?」
「なんだ? 興味あるのか? どうして自分が指名されたのか、その理由を?」
「はあ、まあ、そうだけど? なに?」
「そりゃ、秩序の盟主級だろ? 傍にいれば面白そうな人材だし、戦力にもなる、一石二鳥じゃん」
少女は溜息をついた。
「はあ、馬鹿の考えそうな話、くだらない。
面白い、確かにそれは、そうよ、わたしは面白いでしょうよ。
でも戦力にはならないわよ、わたしは誰にも味方しない、誰にも己を依存させない。
わたしはわたし一人で、すべてを自給自足させて、世界になんて、いっさい干渉も、害されたりもしない」
その宣言は、高潔なる、強い意思が内包された言霊だった。
「ほお、その話くわしく、カッコいいじゃん、もっと詳細プリーズ」
「はあ、なに? わたしに興味が沸いた? まあいいけど。
あんたアルドに似てるし、似てる義理で教えてあげるわ。
そうね、一口に言って、わたしは世界が嫌いなのよ。
この腐った法則、支配がまかり通って、そんな運命が押しつけらるって道理にね。
昔は、秩序に、その解決、脱却の希望を抱いたけど、それも冷めちゃって、今が在る。
アルドって奴も、どっか行っちゃうし、もうわたしには何もない。
何もない世界で、わたしは決めたわ。
この世界では、絶対に己を害させない。
害させないから、わたしも世界を害さない。
そして、どうせなら、もう何もかも干渉をやめて、孤立すると決めた。
この世界は嫌悪感に溢れてる。
なぜって? わたしと比べて、この世界は低廉に薄汚れてる。
昔から思っていたけどもね、この世界って反吐が出るほど汚い構造なのよ? 分かる?
まあ分かるわよね、それが多少なりとも世界を知った人間の、最終結論。
そういうわけで、わたしはわたしを絶対の糧にして、ただ好きな歌を奏でながら生きてるの」
それは、何でもない、一個の絶望的な存在の独白だった。
希望的な存在なんて、この世にはありえない奇跡だが、それと比較できるくらい濃い絶望の色だ。
「いいねいいね、君は俺の好みのタイプだ?」
「そう、やっぱり? あんたアルドに似てるわ」
俺達が意気投合してる感じで、隣のアルデは、つまらなそうに別の中空を観察していた。
「どうかな? 俺と来ないか?」
「そうね、行ってもいいけど。
やっぱり駄目、わたしは今は、自由に世界を駆け回りたいの。
ここにも、少し前に着たばかりだけど、おさらばするつもり。
連れが居ると、わたしの翼は重くなる。
ただただ、気侭に、風の向くまま、己の感性が導くままに、旅がしたい気分なの」
「ふんー、だったらしょうがないな、君の意見を尊重することにして、諦める。
だけど、偶に、君の歌が聞きたくなったら、覗いていてもいいかな?」
「特に、気分が害されなければ、わたしは何をされても構わない」
「そうか、そりゃそうだ」
そして少女は「貴方とは、秩序の運命の相性がいい、きっとまた会えると信じられるか、また、さよなら」
と、意味深な台詞を残して、遠くの空に消えてしまった。
「行っちゃったわね」
「そうだな、帰るか」
「貴方は、あの子に会いに、此処にきたの?」
「妬いたか?」
「死ねばいいわね、そういう事を言う人は。
それで、本当に、あの子に会いに、アトラスにわざわざ来たの?」
「いや、直接、あのさっきの、ナルデが言った、無限動力機関な。
あれに対して、コピーしたスキル、発動させて、解析できないか、今もって試してる。
距離が離れると、観測の認識認知精度が落ちるから、わざわざ足を運んだ。
こっちの用は、まあ本題なようで、どうなのか、微妙なラインだ、他に質問は?」
「ないわ、もう用が済んだの?」
「ああ」
「どうだった?」
「無理だ、あの無限縮退路は、+1程度の深度じゃなかったらしい。
一単位の世界以上の、複数以上の世界が関わった、そのような複雑怪奇な構造体だ」
「そう、もし解明できれば、劣化になったとしても、汎用性のあるモノだったのにね」
「残念だが、今回は無駄足だったな」
俺達は、また転移して、アトラスを後にしたのだった。




