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第三話‐夕焼けの屋上の魔法、存在意義

 

 

 空気粒子が茜色に染まっている、美しい風景。

 この光景が、ただの、一切の神秘に包まれていないことが、寂しくなるほど美しい光景。


「そういえば、魔法って、異常じゃないの?」


 ナルデは、その美女少女然とした相貌で、屋上フェンスを掴み、

 まったく不思議がってないような、ただの観測者に対しての謎掛けをする。


「異常じゃないな。

 魔法とは、超物理的な超科学の発現。

 どれだけファンタジーで彩っても、複雑に体系化しても、

 その裏には、根がシンプルに単純な一法則が元に在る。

 物理学的な宇宙の基本的な法則が、そこには在るだけだ」


「詰まらない。

 この光景も、何もかも、一切の神秘に包まれてないなんて」


 どうやら、似たような事を発想していたらしい、気が合う話だ。


「神秘が見たいなら、俺は観測者だから、幾らでも見せれる、演出できる」


「いらない、貴方から見て、神秘じゃないなら、それは真に神秘じゃないのでしょうし」


 それもそうだ、真に神秘的なモノなど、そもこの世に存在しないのだし。


「貴方の望みって、本当のところは、なんなの?」


「望みか? 幸福だ」


 ナルデは振り返って、黒髪黒目で言う。


「もっと厳密に、分かり易く、噛み砕いて、必要十二分に」


「幸福とは、異常の解明の総量値。

 観測者は、異常が解明され、神秘が明かされる事に幸福を覚える、そういう風に出来ている」


 ナルデは「異常ねぇ異常」と、ふらふらと中空に目線を漂わせる。


「わたしから見て、貴方は貴方を、永遠に解明し続ければ、いいと思う」


「なるほど、それも一理あると、言わざるを得ないな。

 俺は普通だが、最大級の普通だ。

 俺は存在が存在する為の、最大級の異常だ、ある意味で解明するべき最大だ。

 だが、その解明は一瞬で終わる、存在が存在する為の異常、それだけだ。

 宇宙は存在する為に、遍く神秘を、一見して異常の普通を、無上に創造する。

 観測者は、それを解き明かし、宇宙の存在の自覚とする、それだけの機構だ」


 ナルデは小声で、「本当に異常」と呟いた。


「貴方は、宇宙の謎を丸裸にして、己の存在の謎を明かしたいのでしょう?

 それって可能なの? 

 宇宙は存在する為に、無限の謎を、始まりの謎を代表とする、

 不可解で矛盾的な、原理的に解き明かせない謎を、内包しているみたいだけど?」


「ふっふ、それでも、今すぐ解明する。

 できるできないの話しじゃない、ただ一瞬ごとに、やるだけなんだ。

 目に映る全てが、言ってしまえば異常なんだから。

 俺は俺の目に映る、見える全てを、普通と定義する、それだけ」


 ナルデは、一瞬間、息を呑んだ。


「カッコいい、、、のかしらね? そういうの」

 

 俺は「だろ?」と、だろうだろうと頷いた。

 カッコいいとか、超越して、カッコいいんだ。


「ならやはり、特異点である、わたしも、普通と定義するの? してくれるの?」


「当たり前だろう、ナルデは普通以外の、何ものでもない」


「ふーん、それって、それはそれで、尊くはある。

 しかし、だけど、やっぱり物足りない。

 わたしはわたしのアイデンティティとして、特異点を合わせ持ちたいと思う」


 欲張りだ、どうしたいのか、自分で分かっているのだろうか?

 ナルデは、こちらをチラチラ見ながらも、夕日を見ることを止めない。


「観測者は、果たして、一瞬一瞬を、どのように生きているの?」


 なんだろうか、徒然と質問するノリなのだろうか。


「一瞬一瞬、異常を解明するだけだ。

 それだけが、幸福でありサガ、絶対総量値だ。

 俺は一瞬でも早く、全ての謎を解明し、普通に帰さなければいけない。

 この世界は放っておけば、自然発生的に、神秘に溢れすぎる」


「そう、さっさと、なにもかも無くし、俺は、楽になりたい、って、そうなの?」


 悲しみが偽装だが、見え隠れする瞳。

 まったく的外れなようでいて、偶然にも的を射るというか。


「違うな、なにもかも違う、観測者は、そもそも、語れるような簡単な存在じゃない。

 俺は紛れもなく、この宇宙の異常を、神秘を解明することに、意欲的だ。

 しかし、底の底では、確かに、全てを、己すら解明し、無に、無意味に帰したいと、そう思っているのかもしれない。

 だが、馬鹿にするなよ? 俺はそんな矮小な存在じゃないんだ、もっと凄い存在なんだからなぁ? ほんとだ」


 ナルデは、ジトッと、今度は湿度の高い瞳、どういう意図だろうか?


「それはダメダメ、ぜんぜんダメダメ、出直してきて、見つめ直してきて。

 わたし的には、面白くない感じで、心震えるロマンスが足らないわ。

 貴方は、、、無上なほど、複雑に、混沌に、どこまでも続く宇宙のように、

 終わりは必要ない、永遠に必要が無い。

 この世界で、貴方は、ただただ只管に、生き続ければいい。

 目的なんて必要ない、

 いえ、生きるためなら、存在する為に必要なら、目的は必要、だけど。

 そう、貴方は生きていて、どんな風でもいい、貴方は貴方なだけで、

 少なくとも、わたしには、凄まじく、どこまでも、意味と価値が、ふんだんに有り余って、零れるほどに存在する。

 今此処で、わたしが貴方のすべて、なにもかもを認めて、肯定するから」


 素晴らしい深み、深遠すら見通せそうなほど、

 ナルデの演技は、偽装は、ここに極まった感じだ。

 俺は素直に、手を叩いて、褒め称えたい気分だ、実際何度が拍手を打ちそうになる気分だ。


「どうも、、、それで?

 やはり、観測者なんて、心の底の底では、一切合財認めない、ナルデ。

 それで、次はどんな方法で、己を、俺がナルデを認めるために、策を弄するのかな?」


 悪戯がばれた猫のように、黒髪黒目で、フェンスを掴む。


「くく、そう、一筋縄じゃいかない、だから、面白いのだけど、こしゃく、どうしよう」


「当たり前だ、俺は俺なんだから、どうあっても挫けない、曲がらない、折れない。

 ナルデ、お前が例え仮に、ありえない過程だが、特異点でも、

 俺には適わない、どうあってもイーブン程度、いや、それすらも本来的に認め難いがね。

 観測者に打ち勝てるのは、存在しない存在だけだ、だから常に優越するのだ」


 ナルデは、毎度の俺の不遜な態度に、辟易したのか、夕焼けを見つめ直す。


「そう、ふーん。

 前から何度も言ってるけど、わたしが、他ならない”存在しない存在”なんだけども。

 まあいいか、どうあっても、そんなモノは、認めてくれないんだろうし、諦めないけども」


 柵をしっかり、強く握り締めた感じだ、本当に悔しいのだろうか? 一切分からない


「俺の話は、もういいだろ。

 仮の話だが、特異点の存在理由は、なんなんだ? 興味がないこともない、教えろ」


「そんなの無いわ、一別もなく無いわ。

 わたしは無限数量なようで、その実、からっぽで、なにも無い。

 常に何も無いから」


 それは有り得ない、これは流石に嘘だろう。

 

「それじゃ、存在できないだろう?」


「いいえ、存在できる。

 からっぽでも、そのからっぽの存在を、観測してくれる存在がいれば、

 わたしは形を成して、存在することができる、中身の無いからっぽの、存在しない存在として」


「意味が分からないぞ、存在しない存在なのに、存在するとは、どういうことだ?

 良く分かるように、上手く噛み砕いて、全容を把握させてくれ」


 ナルデは、こちらをまた、いつもの恨みがましい目で見て、言う。


「無理よ、意味不明だもの、貴方の存在は意味不明で不鮮明、解明ができない。

 どうしてなんだろう、可笑しい。

 特異点は、どうあっても、貴方が分からない、それが不満で、義憤に駆られるほど、なの」


 ナルデまた、夕日を遠く、遠く、眺めるようにする。


「ほお、どういう方向性だ?

 俺が特異点を認識したから、特異点は存在を始めた、そういう事か?」


「ええ、本来なら、存在しない存在すら、観測者は創造する。

 そして、そんな存在は存在しないと、存在を認めないようにする、

 ねえ、これって、誠に酷い話でしょう?」


「そうだな。まあ、特異点というのが、本当に存在していれば、酷い話だな」


 ナルデは「本当に、酷い人」と、呟き、夕日を見続ける。


「この夕日って、貴方が創造してるの?」


「さあ、神秘は一切内包されてない。

 観測者が創造するって発想自体が、よく分からないな。

 俺は、ただ見るだけだ、創作とは無縁の存在だ」


「さっき、この夕日をもっと美しく、とか、言ってなかった?」


 俺は思い出す、言ったかもしれないし、言ってないかもしれない、

 覚えていないのか、覚えているのかも、分からない心境、精神状態だ。


「知らん、だが、美しくする事は、断然可能だ。

 こんな夕日は、ようは内包される情報量が多くなれば、無上なほど鮮明になる。

 だが、ただそれだけだ、そこに何の価値があるというのか」


「価値はある、美しく、複雑に、それでも綺麗に、整合性のある物には、意味があるでしょう?」


「それも、そうだが、俺が自分で構築できる以上、それはソレ以上じゃないんだがなぁ」


 ナルデは、夕日を指で指す。


「これを綺麗に、もっと美しくして魅せて。

 それとも、わたしと一緒に見る景色に、価値がないとか、そういう話?」


「はぁ、そう言われたら、やるしかないんだがね、姫」


 俺は操作した。


「ちょっと、なにも、変わってなく、、、なくなくない?」


「ばか、よく見ろ、全てが一瞬で明瞭に変わったんだ、心の目で見ろ」


「ばかばか! なんにも変わってない! このインチキ! 詐欺師!」


「うるさい、観測者は、簡単には力を振るえないとか、そういうことだ。

 って、ことにして、実際には、何もしないことも出来るんだが。

 本当に良く見ろ、分からないのか? 夕日の明度も光度も、いろいろ、上がってるだろ?」


「分からない、どこが変わってるの?」


「いやいや、本当に良く見ろ、心の目でな」


「だーかーら、その心の目って時点で、己の嘘を自白してるも同然でしょう?」


「いや待て、よく考えろ。

 俺が綺麗に見えていると、思い込ませることで、

 この光景に付加価値が生まれる、それは翻って、本当に綺麗に成ったと、同様じゃないか?」

     

 ナルデはプイと、夕日に背を向けて「ぜんぜん同様じゃない、腐ってる」と言う。


「本当に、綺麗になるように操作した」

 

 俺は頑なに主張するが、無視される。


「まあ、実際綺麗だから、どうでもいいのだけど」


 ずっこけ、そうになった。


「だったら、初めから、もっと綺麗にしてくれなんて、懇願しないでくれ」


「どうでもいい、けど、もっと綺麗になればいいと思った、それじゃ、それって駄目?」


「もうどうでも、何でもよくなった、好きにしてくれ」


「ふーん、それじゃ好きにする、初めから好きにしているのだけど」


 夕日を見ていた、ただそれだけだった、下らなかった。

 それでも、異常は解明されてない。

 ただナルデが発する、情報が知れるだけだ。


「退屈だ」


「退屈ね」


「特異点、ナルデが、この夕日を綺麗にしてくれ」


「無理ね、やめて、そういう無茶振りは、この綺麗な夕日に対して、失礼」


「そうなのか、謝る」


 そろそろ、核心に迫りたいところだが、どうしようか?


「はぁ、ネタは出し尽くしただろ。

 そろそろ教えてくれ、特異点は、俺を解明しきれるのか?」


 ナルデは、夕日など、初めから興味が無かったかのように、こちらに完全に振り返った。


「無理だった」


「そうか」


「いえ、それでも、これから、一緒にいれば、解明できるかも、しれない。

 それは、きっと、わたしに対して、貴方も、そう、なんでしょう?」


 どうだろうか? この解明できているようで、できてないような、

 よく分からない、微妙な感じ。

 まあ、その時点で、既に解明できていないと、自白しているようなモノか? いやしかし、実際、どうなんだろうか?


「さあ、まったく異常だ、不明だ、特異点なんて、存在してないんだからな」


 ナルデは、目を丸くする、

 この反応は、だんだん、少しずつ、予測できた、理解できた、分かってきたのだ。

 それでも、意味が分からない、これが最近分かったのかすら、全然。

 

「まった、そういうこと言って。

 観測者だって、ミステリアスに深み持たせて、ひけらかして、うそつき、、嘘はき」


 胸が苦しくなる、ナルデに、このように言われて、存在否定、認められないと。

 これだけは変わらないようだ、俺は観測者だから、まあ当然の反射反応みたいなものだ。


「それは同じだろ?」


「さあ、どうでしょうね、わたしが、貴方と同一の存在だと、いつから錯覚していたの?」


 俺達は、夕日が沈むまで、ずっと話していた。

 なんやかんやで、夕日は美しくて、綺麗だったから、その間だけは、無駄に話すのも飽きないのだろう。


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