第二話‐反論反証、観測者の証明
「逆に聞きますが、貴方は、貴方が観測者だと、証明できるの?」
「ナルデ、そんなことは証明する必要もない。
我思う故に我ありだ、俺は己が観測者であることを、確信している、予測じゃない。
それだけで、俺が観測者である証明として、一体全体幾らか不足するのか?」
ナルデは、その黒髪黒目を波立たせ、目を丸くして俺を見る。
「だったら、貴方も、わたしを特異点存在として、肯定するべきでは?
なぜなら、わたしは貴方のように、己を己として、そのように思っているのですから」
「はっ、それは駄目だな、俺は問屋を卸さない。
観測者は存在する、が、それ以外は全部、ありえない存在だ。
第一前提として断言しておくが、この世界は完全無欠に完璧だ。
オカルト染みた変な、なんというか、そう、
特異点とか意味不明な、物理現象とか、普通とか、そういうのを逸脱した存在はありえない。
存在していないし、存在してはいけない、
それは学校に虐めが絶対に無いかのように、問答無用で断定されるべき、宇宙の絶対摂理なのだ」
俺の演説に、ナルデは「はふぅー」と風船から空気が抜けたような音を出す。
「なるほど、理解できました、それでも良しとします、わたしは構いません。
ですが、もし仮に、貴方が貴方を観測者と証明してくれるのなら、わたしは歓迎します。
わたしの知的欲求を満たすのにも、いくばくか役立ちます」
「そうだな、俺が観測者である事を証明するのも、至極悪くない、しばし待たれよ」
俺は観測者だ、それは真実で、本当だ、誰にも否定させはしない。
世界が何もかも終末に破綻しても、それだけは絶対不変の真理、真髄なのだから。
「もしかして、証明できないんですか?
あれれ? 可笑しいな? 可笑しいな、どうしたんですか?
その弱気な態度、わたしは態度を変化させます。
どうやら、貴方はやはり、というか必然として、
観測者などという超越者では、やっぱりないんですよね? そうなんですよね?」
ナルデは、俺のその言葉に絶句したような顔をする。
「どっ、どや、、、どうだ。
俺は観測者だから、、、お前の台詞を、一字一句、読み切った、観測した、恐れ入ったか?」
ナルデは、冷や汗をかいて、こちらをすまなそうに、
痛々しいモノでも、あるいは恐れ多い、大いなる存在を見るかのように、所在投げにチラチラ見やる。
「そ、そうですね、信じます、
わたしは、貴方が観測者であることを、確信とまではいかなくても、信頼する材料を手にしました。
なるほどなるほど、確かに、
わたしの発する台詞、その一字一句、正確に予想するには、超越者である必要性が発見できますから」
「そうだろうそうだろう、俺は観測者なんだからな、それが当然なんだからな」
ナルデは、本当にすまなそうに、している。
まあ当然だろう、相手の存在性を疑って、その疑いが不当だと露見したのだ、当然の反応だ。
すこしたって、場が落ち着いたのを見計らったかのように、またナルデが口を開く。
「どうですか? 動揺は落ち着きましたか?」
「どういうことだ、初めから俺はゆるぎない、観測者という超越者である事でもあるしな」
「そうですか、ならば話は早いです。
やはり、弄り足りないというか、再起不能になる一歩手前までは、やはり、やりたいというか。
いえ、今の違います、忘れてもらって構いません。
やはり、わたしは観測者を信じきれません。
確かに、観測者という存在はロマンスがあって、存在するなら存在するで、
現実の面白い一要素、一大コンテンツになります、なので、やはりしっかり完全証明してください」
こちらを詰めるような語調、ナルデは頑なな態度を変えるつもりは無さそうだ。
「酷い言い掛かりだ、ナルデは証明証明とうるさい、そんなに証明が大事かね?」
「ええ、大事です」
「実の話をすると、観測者として、観測者は観測者であることをバラスのを禁じられている」
「つまり?」
「そういうのは困るから、やめて」
「嫌です、駄目です」
「もっと、厳密に言うとな。
観測者は観測対象が、観測範囲が、厳密に規定、定められているのだ。
それは一般的に、普通にカテゴライズされている。
普通を外れるものを、観測者は観測することが、普通は許されないのだ。
だから、観測者が観測者であることを証明すること事態が、普通から外れる。
だからなあ? 分かるだろ? なあ?」
ナルデは、こちらを真底から疑わしそうに、恨めしそうに、微妙絶妙に横目で見やる。
「だったら、この宇宙は、どうなんです?
宇宙は、その存在自体が、始まりの大いなる謎に包まれていたり、しますね。
ブラックホールだって、普通ではありません、
ああ、普通とは言わせませんよ、アレは普通でない。
普通という概念が、どのような基準かは知りませんが、
アレを普通とカテゴライズするなら、この世には普通しか存在しませんよ?」
「ふぅ、分かってないなナルデ」
「何が、ですか?」
「この世には、そういうモノが必要なのだ。
つまり、世界を成立、存在の矛盾を内包するための、普通でない物は、普通とされるのだ。
普通でない物とは、つまりは、それ以外の異常だ。
存在が存在するための異常は、異常とは言わない、それは普通と言うことだ、そうとしか言えないだろう?
例えばだ。
人間が風をひいて、発熱する、これを異常と言うか? 言わないだろう?
なぜなら、それは正常な反応だからだ。
宇宙にも同じことが言える。
宇宙は存在するために、始祖の始まりの無限の謎を必要とする、ブラックホールを必要とする。
だから、それは普通なのだ、存在する為に必要な異常は、すべてが普通と分類される。
逆に言えば、存在する為に必要が無いのに存在する異常こそが、真なる異常。
われわれ観測者が、この世界から解明するべき、一般物なのだ」
ナルデは、平坦に聞いていた。
「なるほど、解明とは、排除?」
「排除など、ありえない。
この世界に、不必要なモノは一切合財存在しない、存在しえないと言った方が正確か?
この世の異常に見える普通のモノを排除すれば、端的にいって、全宇宙が崩壊するからな」
「ふーん、まあもしもの万一、の話よ。
それとも、害悪に対する外科的処置?それを放棄するか、どうか」
「いいや、何度も言うが、解明でしかない、ありえない。
この世界は、真に完全無欠に完璧、鉄壁なのだから。
異常など、絶対に本来はありえない。
もしそう観測される、見えるなら、それは、そのように擬態している普通に過ぎないからな」
ナルデは、平行線ね、と呟き、くたびれたように頭を撫でた。
「それでも、可笑しな点が一つあるわ」
「なにかね?」
「貴方の存在は? どうなるの?
観測者は、この完全無欠で鉄壁でお素晴らしい世界において、異常じゃなくて普通なの?
普通ならば、どんな存在の必要性があって、この世界に、その存在を成しているのか?
断固たる説明が欲しいところなのだけど?」
俺は当たり前を語る、言う。
「簡単な話だ、観測者は観測する為に存在している、名前の通り明瞭じゃないか?」
「だから、その観測が不鮮明な意味なんじゃないの?」
「観測とは、精密に正確に、事象を読み解く、に値する。
この世界は、無限大に擬態する。
普通でない物が、異常である振りを、する。
それは宇宙の謎すらも、例外ではない。
要は、簡単なモノが、複雑なモノと、化けているのだ。
観測者とは、つまり、存在が存在であることを、認識する為の、原初の自我でしかない」
俺は続ける。
「宇宙を人間と例えてみよう、分かり易い。
人間は己を自覚する、自覚できるのは、単純化された己一つの自我を認識できるからだ。
存在が存在しているのは、この自覚を得るためだ、つまりは存在する為に、存在しているのだ。
なにも宇宙も変わらない。
宇宙も己を自覚する、そして自覚できるのは、
単純化された己一つ、自我を認識できるからだ。
そして、その自我認識機構が、観測者なのだ。
ほら、見てみろ、観測者は一見異常でありながら、この宇宙では何の変哲も無い平常、普通だ」
ナルデは、敵対するような、情熱的な瞳を向ける。
「いいえ、貴方は存在自体が意味不明な、どう考えても矛盾的で歪でしかない」
「なぜだ、一からすべて、説明したはずだが?」
ナルデは焦れったそうに、何度も何度も、髪の毛を撫で付けて弄ぶ仕草をする。
「少なくとも、わたしは思う、
貴方は存在しているのが、どう考えてもありえない、オカルト。
神秘的で不可思議、
だって、存在自体が、既に異常でしょう?
というより最初から、言っておけば良かったかしら?
つまり、宇宙の存在が、既に異常なのよ、だから」
「なるほど、一理くらいは、その意見には正当性が、あるのかもしれない。
だが、先ほどの例えで示すが、それは異常では、まったくありえない。
人間と宇宙、存在するにおいて、必然的な異常は、普通に変容するのだ。
存在する、それ自体が異常と定義されるのならば、確かに観測者は異常になってしまうのかもしれない。
だが、存在を異常と定義することは、さすがに出来ないだろう? そういうことだ。
だいたい、仮に、その意見が通って、しても。
異常な存在が、存在の異常を指摘できる通りが、どこにあるというのだろうか?」
俺は手を広げて、この空間の正当性を示すように、ナルデに語り聞かせる。
「宇宙の存在が異常と定義されて、その異常を是正できるといったら、無理だろう?
是正できない、是正するべきでない異常を、異常と定義されるべきであろうか?
ふっふっふ、ほら見たことか、それは普通なのだ、普通でしか定義できない。
そして振り返って、観測者は宇宙に存在する、普通である、これが真理なのだ」
ナルデは、目を血走らせて、こちらを睨む。
「ずいぶんと、そうね、観測者は別格の、特別な場所に在るみたい。
それで、観測者以外の、たとえば、わたしとか、どうなるの?
ただのわたしは、どうなるの?」
縋るような目を向けられる、これは弱る、どうすればいいのだろうか?
「ああ、そうだな、ナルデはナルデだ」
「そう、観測者の貴方と比べて、ずいぶんと小さくなってるみたい。
それでも、わたしはわたし、なのよ?」
「ぐぬぬ。
しかし、ナルデを肯定すると、観測者を根底から否定することになる、それは困る」
意地になったみたいに、ナルデは睨みを増す、もう般若の面に近い。
「そう、だったら、わたしも貴方を観測者と認めない」
「おう、それは困る。
俺は宇宙の意志で、宇宙の自我は、常に肯定されたいと、自覚されたいと願っている。
俺が観測者と認められないのは、それはそれは、凄く困る、認めてくれ」
「それじゃ、等価交換。
わたしを認めてくれたら、わたしも、貴方を認める、信じるわ、信じてあげる」
「そ、それは無理だ」
「だったら認めない」
ど、どうしろ、と。
それから、小一時間たった。
「どちらも、証明できないし、どうにも出来ないし」
「俺は「わたし」貴方を「ナルデ」を認めない「認めない」
分かっていた結論だった。
観測者は、誰にも認められないし、肯定されない、認識されない、そういう存在なのだから。




