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8  本場のモンスターたこ焼きとたこ焼き器アヒージョ

「も、もし、そこのお方……。ジステリアという町はここでございましょうか?」


 背後から時代劇風なセリフを掛けられ振り返ると、見たことのある女の人が立っていた。黒く長い髪、琥珀色の瞳を持つその人の名前を私は呼んだ。


「セレスティーア! 一体全体、何があったの?」


 セレスティーアは、先日採集へ行ったニアの森で出会った、二十代前半くらいの美人な女性だ。

 だけど目の前に立つ彼女は、先日と雰囲気が全く異なっていた。

 流れるような黒髪はボサボサで、服は埃っぽくてスカートの裾が擦り切れている。

 おまけに、太く長い棒でその華奢な身体を支えながら、かろうじて立っていた。


「ご招待いただいたのでお言葉に甘えて来たのですが、少々道に迷ってしまいまして」


 いやいや、その廃れっぷりは少しどころじゃないだろう!

 というツッコミが喉まで出かかった。


『ぐうううううぅぅぅっ』


 その時、セレスティーアのお腹から盛大な音がした。

 セレスティーアは赤い顔で棒を放り出して咳払いをしている。


 いやいや、そのお腹の音は咳払いなんかじゃごまかせませんから!


 どうやらセレスティーアはよほどの空腹を抱えていそうだ。

 森があれば木の実や動物を食べることも出来るけど、森以外の場所で迷ったとすれば食べるものはそうそう見つからなかっただろう。

 彼女の武器は剣だから、いくら強くても飛んでいる鳥を捕まえるなんて出来ないだろうし。


「どのくらい食べてないの?」

「……実は、もう三日ほど」

「三日!? それは大変!」


 私は取り敢えずその場から近かったヴィーの家へセレスティーアを連れていった。

 ヴィーとの挨拶もそこそこに、取り敢えずということで家にあったリンゴを剥いてあげると、セレスティーアは貪るように一瞬で食べ終えた。その様子はまるでヒマワリの種を一心不乱に食べる、リスみたいだった。


 そしてあまりに薄汚れていたので、ヴィーが服を提供することになった。


「水場を貸していただいてありがとうございます、さっぱりしました」


 汚れを落としたセレスティーアは小ざっぱりとした顔を見せる。

 日焼けしていると思っていた肌が白くなっているのを見ると、どうやらただの汚れだったようだ。

 ヴィーの服に着替えてきたセレスティーアは、鞄からぶら下った大きな包みを取り出した。


「今日はお土産を持って来たんです」


 差し出されたのは、円錐形の何かだった。

 太い部分はマッチョな男性の腕くらい太い。

 側面にはたくさんの吸盤が付いている。


「これって、もしかして?」


「はい、私が倒したクストです。明け方に海を通ったので」


 クストはどう見てもタコの足の一部だった。

 海水の塩でいい感じに脱水されている。

 足でこんなに大きいなら、本体はどれほど大きいんだろう。


 そんな巨大タコを倒すセレスティーアって、やっぱりすごい。

 っていうか、明け方にタコを収穫するなんて、猟師かよ!


「じゃあ、これを食べたらよかったのに」

「ダメです、お土産なんですから!」


 セレスティーアはぶんぶんと首を振った。

 空腹で倒れそうになってもお土産に手を出さないなんて、律儀なのか頑ななのか、この残念少女は判断に困るなあ。


「分かった分かった。じゃあこれで何か料理を作って、今から皆で食べようよ。それならいいでしょ?」

「私も食べていいんですか? ありがとうございます!」


 セレスティーアの笑顔と共に、彼女のお腹の音がまた大きく鳴った。

 やっぱりリンゴだけじゃその場しのぎにもならなかったみたいだ。

 これは早く料理を作らないと、彼女じゃなくて彼女のお腹と会話をしなきゃいけなくなっちゃうかも。


「あ、しかもこれって……」


 タコが入っていた包の中には何か乾いた黒っぽい物も入っていた。

 平ぺったくて、端がフリルみたいに波打っている。


 よく見るとそれは昆布だった。


「ああ、それは浜に落ちていたので、ついでに持ってきてみました。それも食べますか?」

「もちろん!」


 まさかこの世界で出汁を楽しめるとは!

 でも、海苔や昆布を消化できるのは日本人だけって聞いたことがあるけど、私を含め、この異世界の人たちはどうなんだろう?

 うーん、ここは念のため、昆布自体は食べずに出汁だけの方がいいかもしれないな。


 タコの方はすでに作る料理が決まっている。

 タコといえば、たこ焼き以外に無いでしょう! 異論は認めない! って、この世界でツッコんでくる人はいないけどさ。


 でもたこ焼きならやっぱりたこ焼き用の鉄板が必須だよね。

 ってことで、私はタコを珍しそうに見ているヴィーに向き直った。


「ヴィー、お願いがあるの」

「何かしら?」

「錬金術で作って欲しいものがあるんだけど」

「お安い御用よ。何でも言って!」


 快諾してくれたヴィーに、私はたこ焼き用の鉄板について詳しく説明した。


「フライパンみたいな火にかける調理器具で、分厚い鉄の板で出来ていて、一面に丸いくぼみがたくさんあって……」

「たくさんのくぼみって、蜂の巣でも作るの? 蜂って鉄でも住み着くのかしら……?」

「そんな訳ないでしょ!」


 思わずツッコミを入れたものの、早とちりをしたヴィーの頭の上にはたくさんのハテナマークが浮かんでいる。


「説明が下手でごめん。紙に書くね」


 前と同じく紙に絵を描き、説明を重ねるとヴィーは力強く頷いて見せた。


「なるほど。意外と簡単な構造なのね。これならすぐに出来ると思うわ」

「さっすがヴィー! ありがとう!」


 ヴィーが錬金術でたこ焼き器を作ってくれている間に、私はさっそく準備に取り掛かった。

 昆布もあるし、前回作った醤油を使って、出汁風のたこ焼きも作ってみようかな!


 私はたっぷりのお湯で昆布を茹で始めた。

 思った通り、水が徐々に色付き、旨みが出ているのが分かる。

 風味が消えないように沸騰する前に火から下ろし、適量の出汁に醤油を入れれば、出汁スープの完成だ。


 黒っぽいタコを茹でると、一瞬で色が赤に変わり、ぷりぷりとした茹でダコになった。一応チェックしてみたら、鮮度も良好だったようで、これだけでも十分に美味しい。

 私はそれを一口サイズに切り刻んだ。

 そしてヴィーの家で育てている西洋ネギを刻み、別鍋で天かすを作る。


「よし、次は生地作り!」


 ボウルに小麦粉、卵を入れて、更に粗熱を取った出汁を適量入れて混ぜる。


「アンナ、完成したわよ!」


 呼ばれて振り返ると、そこには鉄のたこ焼き器が出来ていた。

 日本のたこ焼き屋で見るのと全く違わない、業務用の長方形だ。


 くぼみは二十四個ある。

 ケンカしないように、三人で割れる数にしてもらったのだ。

 一回焼けば一人当たり八個ずつの計算になる。


「すごい! ヴィー、天才!」


 私が抱きしめると、ヴィーは嬉しそうに微笑んで私の腕をぎゅっと掴んだ。


「じゃあ、さっそく焼いていこう!」


 熱した鉄板に油を大目に引き、全ての穴に生地を半分ほど入れる。鉄板はじゅわっという音を立てた。

 熱が通ってきたら蛸を投入。

 そしてタコに火が通ったら残った具材と生地を鉄板から溢れるギリギリまで入れる。

 穴から溢れた生地を上手に入れながらくるりと回転させれば、きれいな球体をしたたこ焼きが姿を現した。


「すごいですね! 満月みたいにまん丸です!」

「ほんと、丸くて可愛いわ。さすがアンナね!」

「そーお? ま、そんなこともないけどっ!?」


 二人が拍手をしながら褒めてくれるので、私の鼻はどこまでも伸びていった。


 その時、家の入口の扉がノックされ、ヴィーがどうぞと返事をするとラウルスが顔を覗かせた。


「邪魔するぞ。……と、何かいい匂いがするな?」

「ラウルス、ちょうどいいところに!」


 ラウルスの登場は焼き上がるのを待っていたんじゃないかというくらいナイスタイミングだった。


 ラウルスはセレスティーアを見て足を止めた。

 セレスティーアも戸惑った様子でラウルスを見ている。


「ええっと……こちらの方は?」


 そうか、二人は初対面なことをすっかり忘れていた。


「セレスティーア、この人はラウルスウィードって名前で私たちの幼なじみなの。ラウルス、こちらはセレスティーア。この前、ニアの森でカバラドから助けてもらったの」


 私が二人を紹介すると、ラウルスが「ああ!」と納得したように頷き、あろうことかセレスティーアの手を握ってぶんぶんと振った。


「先日はアンナを助けていただいてありがとうございます!」

「……私もいたんだけど?」


 ヴィーが低い声を出す。

 ラウルスは照れているだけだから! 素直じゃない男心を分かってあげて!

そんで、美人のセレスティーアを目の前にしても鼻の下を伸ばさないラウルスを褒めてあげて!

 ……なーんてことを言えるはずもなく(まだまだ可愛いヴィーは誰にも渡さない)、私は湯気の立つ皿を掲げてみせた。


「まあ、詳しい自己紹介は後回しにして、さっそく食べようよ」


 私たちはテーブルを囲んで席に着いた。たこ焼きは全部で24個。

 四人で分けても、一人あたま六個ずつで割り切れる。

 食べ物の恨みは恐ろしいから、皆で平等に分けないとね!


 私は熱々の湯気を立てるたこ焼きを皿に盛り、テーブルにドンッと乗せた。


「左がソースで、右が出汁だよ」


 各々に配った取り皿二つにはそれぞれ違う味が楽しめるようになっている。


「あら、スープもあるんですね。……わあ、とっても美味しいです」


 セレスティーアはいきなり出汁を飲み始めた。


「いやいや、それスープじゃないから! 浸して食べる用のタレみたいなもんだから!」

「そうだったんですか! すみません、もう半分飲んでしまいました……」

「出汁はまだあるから大丈夫だよ。さあ皆、どっちでも好きな方を掛けたり浸したりして食べて!」


 三人は左右の取り皿に視線を行き来させ、ヴィーとラウルスはソースを、セレスティーアは出汁を選んで熱々のたこ焼きを投入した。


「熱いっ! でも、美味しーい!」

「こっちの透き通ったスープの方も美味しいです! 空きっ腹に優しいお味です」

「これは……何個でも食べられそうだな」


 三者三様の反応だが、この上なく好評みたいだ。


 私も負けじとたこ焼きにソースを掛けてハフハフっと頬張る。

 カリカリの表面の中から、とろふわな出汁の効いた生地が。

 その奥から登場したやや歯ごたえのあるタコ。全ての素材が絶妙なハーモニーを奏でている。


 瞬く間に自分の分を食べ終わった皆は、残念そうな顔をしていた。


「焼けばまだまだ食べられるけど……もっと焼く?」


 私が生地の入ったボウルを見せると、三人の目が輝き出した。

 答えは聞くまでもない。


 結局、全部焼いたものの到底足りず、生地を追加して作ることになった。


「もう満腹で食べられなーい! ……あれ? これは何?」


 テーブルの足元には巾着のように口を紐で縛られた袋があった。

 その隙間からは紫がかった黒い木の実がのぞいている。

 青梅かと思ったけれど、世界観を考えればオリーブの実だろう。


「美味しそうだったので取ってみたんですが、味がイマイチで」

「どれどれ」


 話を聞いたラウルスが、オリーブの実をひょいっと口に放り込んだ。


「ああ、ダメ、ラウルスッ!」


 私は慌てて止めたけど、ラウルスはすでにオリーブの実を思いっきり噛み砕いていた。


「何だこれ、マズッ!」

「キャッ! こっちに飛ばさないで!」


 思わず吐き出したラウルスを叱るヴィー。

 確かに汚いけれど、ラウルスの気持ちは分かる。


 オリーブの実は生だとすごく苦くて、その渋味で舌が痺れてしまう。

 まあ、私も話に聞いただけで、実際に食べたことはないんだけど、喉を押さえて悶えているラウルスを見ればその話が真実かどうかは一目瞭然だ。


「昨日は南の方に行ってまして。味も食べられないほどではないですし、お腹も壊さなかったので、空腹が限界になったらまた食べようと思っていました」


 そうか、これも迷子になった時に収穫したものなんだね。痺れをものともしないセレスティーアは、神経が太いというか何というか。

 オリーブの実が採れるほどの南ってどのくらい遠いんだろう……聞かないけど。


「ねえ、セレスティーア。この実も料理に使っていい?」

「え? これって料理出来るようなものなんですか? ぜひお願いします!」


 オリーブの実っていったら、やっぱりオリーブオイルだよね、どう考えても。


 よし、やってみよう。


 まずはボウルに入れたオリーブを麺棒で潰す。

 潰れたオリーブを料理用手袋をはめた手で揉むと、油が分離してくる。

 真新しい麻袋で漉せば、オリーブオイルの完成だ。


 せっかくヴィーがたこ焼き器を作ってくれたから、あの料理に挑戦してみよう!


 私はそれをたこ焼き器に入れて、ヴィーを振り返った。


「もうちょっと食材と材料をもらってもいい?」

「ええ。何でも使っていいわよ」


 了解を得た私は、ヴィーの家にあったジャガイモやナスなどの野菜と、棚に並んでいた瓶の中から乾燥させてあった鷹の爪とニンニクを拝借した。


 オリーブオイルにニンニクと鷹の爪を投入して熱すると、満腹のはずなのに胃を刺激する良い香りが部屋中に広がった。


「よーし、ここに色んな具を入れていくよ~」


 なす、じゃがいも、それから余ったタコ。

 色んな具材を投入していく。

 火が通れば、お手軽アヒージョの出来上がりだ。


 さっきまで満腹だと言っていたのに、全員が美味い美味いと言いながらアヒージョを次々と腹に収めていく。


 するとセレスティーアが余ったオリーブの実をアヒージョに突っ込んで食べていた。斬新すぎる食べ方だ。


「セ、セレスティーア……何してるの?」

「この実、淡白でイマイチな味だと思っていましたけど、こうやって食べるといけますよ。お一ついかがですか?」


 ……うん。味覚も残念なところがあるんだね。


 一方、ヴィーは錬金術で使うらしい、怪しげなきのこを突っ込んでいる。


 何だか闇鍋を食べている気になってきたのは、気のせい?


「それって美味しいの?」

「材料としても便利なんだけど、食べても美味しいのよね。アンナも一緒に食べない?」


 ヴィーがいやに密着しながら勧めてくる。さっきから私がセレスティーアと会話してばかりなので、少しだけ妬いているのかもしれない。

 ラウルスはそんな私たちをじーっと見つめている。

 私がヴィーとイチャイチャしているから羨ましいんだろう。ふふん、代わってあげないよ。私がそんな気持ちを込めて笑顔を向けると、ラウルスははっとして顔を背けた。表情に出してしまったことを恥じているのかもしれない。構わんよ、青少年。


 すっかりお腹が満たされたセレスティーアは、輝く笑顔でお礼を言った。


「アンネレーナさん、ごちそうさまでした」

「アンナでいいよ。その代り、私もセレスって呼ぶね?」


 愛称で呼ぶと、セレスは少しだけ驚いた表情を浮かべ、すぐに笑顔になった。


「それにしても、アンナさんの錬金術はすごいですね……!」

「いやいや、錬金術じゃないから」

「でも、アンナの料理の腕は錬金術に匹敵すると思うわ」

「アンナは料理の錬金術師だな」


 謙遜したものの、皆に口々に褒められて、ちょっとその気になってきた。

 料理の錬金術師か、何か二つ名みたいでカッコよくない?


 するとセレスは、仕事の依頼があるのでこれから隣町へ行くと言った。

 一人じゃ無理だから誰かと一緒に行けと力説する私に、セレスは「大丈夫ですよ」と譲らない。

 ラウルスが送ると言っても頑なに固辞するセレス。


 結局根負けして、一人で旅立つ彼女を見送りに、町の入り口までやってきた。


「今度はオリーブの実をたくさん持ってきますね!」

「ああ、うん。期待しないで待ってる」


 私は正直にそう言った。

 次回もまた南の方へ行くかどうかは分からないもんね。


 小さくなっていくセレスの背中を見ながら、私は思った。

 ……隣町に行くまでに、何日かかるのだろう、と。



■今日の錬金術レシピ

~たこ焼き器~

・鉄


●たこ焼き

・タコ

・昆布

・西洋ネギ

・小麦

・卵

・天かす

・醤油

・ソース


●アヒージョ

・オリーブオイル

・タコ

・トマト

・ナス

・じゃがいも


今日も大成功! 私って本当に料理の錬金術師かも!


■今日のラウルス君

ちゃっかり参加でたこ焼きでオリーブが苦くてもヘヴン状態。

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